8話 防具屋
いきなりだがぼっちの教訓その1、話しかけられたら自分じゃないと思え。
うん。よくあるよね? おーい、なんて前から来た人が自分に手を振っていて、誰だっけ知り合いだっけ?
なんて思って手を振り返したら、自分の後ろの人に向かって手を振っているってやつ。
あの時の恥ずかしさったらない。とりあえずその場から逃げるよね。
俺はすでにそんな経験をいくつも重ねてきている。
だからもう勘違いをする事などない!
ということでスルーした。
やっぱり防具大事だよね。死にたくないし。
じゃあ防具屋行って、しっかりとしたやつ買おうっと。
「無視するとはいい度胸ね。後悔するわよ」
背中から掛けられた絶対零度の声には、さすがの俺も足を止めて振り返った。
これ逆らったらあかんやつや。怖すぎるわ。
そこには一度無視されただけでそうとうお怒りの美少女が立っていた。
「あなたちょっと前から私達の事つけていたでしょう? あれ、やめてくれる?」
「え、いや、その、そんな事は……」
「ばればれなのよ、それで話をつけに来たらまるで初心者。いやらしい目線は感じなかったし、大方私達のスキルとか見て盗もうとか思ったんでしょう?」
あぶねー。そっちはばれてなかった。周りからよく言われる、俺の死んだ魚の様な目もちょっとは役に立ったみたいだ。
「どうせ初心者が見てても真似できるような物ではないし、あとつけて来て魔物と遭って死なれてもあれだから、防具のアドバイスぐらいはしてあげるわ。だからもうつけてこないでくれる?」
最後は疑問系だったが、目と雰囲気は否定を許さない凄みがあった。まじで怖すぎる。
何も言えなくなった俺は、首を縦に振る事しかできない。
最初から大して話してないのは気のせいだ。
「そう、ならいいわ。では行きましょう」
そう言って颯爽と彼女は歩きだした。3歩後ろに俺を従えて。俺は貞淑な妻か。
街を歩く彼女に、男女問わず視線が集まる。欲望、羨望、嫉妬、さまざまな思いのこもった視線を、まったくもって彼女は意に介していない。
そんな背中は孤高で、孤独でもあった。だからと言って共感も同情もしない。それはむしろ彼女に失礼だからな。その孤独も感情も彼女だけのものだ。
そういえば、いつも一緒にいるピンクの魔術師は一緒じゃないのか。
こんな氷で出来てる様な女じゃなく、どうせならもう一人のおっとりした子の方が良かったな。ピンク髪は淫乱だし。
そんな事考えてたら、急に振り返った美少女剣士に睨まれた。やべぇ、こいつもしやサトリか。
「何やっているの? 速く着いてきなさい。防具屋はすぐそこよ」
どうやらあいつはサトリではなかったようだ。びびらせんなよ、まったく。
言われるがままに距離を詰める。とはいえ良妻賢母の俺は1歩下がった位置に控えているがな。だから何で俺が良き妻しなきゃいけないんだ。
防具屋についた俺は、さも詳しいかの様な振りしながら防具を手に取り見ている。うーん、これはなかなかの品。掘り出し物か。
あっちの世界ではなんちゃら鑑定団割と好きだったんだよな。
それにしてもあいつに予算を伝えたらあとは暇でやることまじでない。
素人の俺には、防具のどれがいいかなんてまったくわからん。
黒髪の剣士は俺を指差し、店主となにやら話していた。俺の悪口を言われている気がして欝な気分になるからやめて欲しい。
フルオートでなるから困る。俺のこのオート欝機能、オフにできないんだがバグだろ。運営にバグ報告しているんだが一向に直る気配がない。まったくこの世界の運営は仕事しない。
「これ着けてみて」
そう言って剣士が持ってきたのは軽そうな革の胸当てと手甲、そして山登りでもする様なブーツだ。
てか予算を言っておいたんだが、3つもあって予算内に収まるのか? 1つで予算の値段て事じゃないだろうな。
まぁ、剣はあるし依頼こなしていれば、数日で払えると思うが。
「初心者のあなたには、鎧は動きが阻害されて逆に危ないわ。むしろ最低限の箇所だけ守っていて動きやすい防具の方がいいはずよ」
先輩冒険者がそう言うんだから、そうなんだろう。ここは素直に従っておく。
胸当ても手甲も紐で縛ってサイズを調節するタイプで、サイズは合わせられた。
ブーツは少し大きかったが、中敷を入れたら履き心地がよくなった。
鏡などは無いが、見下ろした自分の姿はそこそこ冒険者っぽくなった気がする。
「馬子にも衣装というけれど、あなたの場合は例外みたいね。完全に防具に着られてるわ、いっそ清々しいほどに」
こいつまじなんなの? ドSなの? こんな俺でも傷つくんだからね? 言葉には気をつけて欲しい。
「うっせーよ、ほっとけ」
怒りゲージMAXになったおかげか、こいつに気を使う必要を感じなくなった為か普通に話せた。
普通ならここから恋愛に発展するのがラブコメの基本なんだろうが、こいつ相手の場合そんな気がまったくしないわ。
早くピンク髪の魔術師とのラブコメが始まって欲しい。
「で? いくらなんだよ、これ」
「あら、普通に話せたのね。予算を聞いていたのだから、予算通りの値段の銀貨1枚よ」
「まじで? 安すぎねぇか。この剣1本で銀貨6枚したんだが」
「その剣は、初心者のあなたにはもったいないくらいの業物よ。その剣、バスティア武具店で買ったものでしょう? 柄のマークがあの店のものだもの。あの店は国内でも有名なのよ」
まったくそんな事もわからないのかと言わんばかりの雰囲気だ。
この前こっちに来たばかりの異世界人なんだからしょうがないだろうが。
という事は……おいおい、ひのきのぼうの次の装備ではがねのつるぎ買っちゃった感じか。
最初の街付近の雑魚なら一撃なんじゃね? まぁ、ゲームとは違ってこの世界じゃそうはいかないんだろうな。
そんなこんなで俺は店員にお金を支払い防具屋を出る。
「まぁ、ありがとな。正直助かった」
そう俺が言うと黒髪の剣士は驚いたような顔をしてこっちを見た。
「あなた、お礼が言えるのね。驚いたわ」
「お前は俺をなんだと思ってるの? 素直すぎると人を傷つけるんだからね? 少しは心に留めておくって事を覚えようぜ」
「本当の事を言ったまでよ。ともかく、もう私達の後はつけないでくれるかしら?」
おいやめろ、そんな目で睨むな。怖いだろうが。
「わかったよ。もう後はつけない。これでいいか?」
「えぇ、それじゃあさようなら」
それだけ言って黒髪の剣士はどこかへ歩いていった。
ふぅ、ようやく行ったか。
久々に人と会話したが、会話ってキャッチボールが基本だろ? あいつの場合ドッチボールどころかサバゲーレベルだからな。
そもそも相手がキャッチする事を想定していない。
なにはともあれ装備も揃ったし……採取でもするかな。
石橋を叩いて渡るタイプなんだよ。俺は。
武器屋防具屋回ったがまだ昼過ぎだし、依頼を受けるにギルドに行くかな。今日も自畜自畜。
次回予告:徐々に冒険者らしくなっていく彼。ついに因縁の相手と出会うが・・・?
次回 討伐