え、俺、死んだ?
学校の帰り道、俺は一人で薄暗い道を歩いていた。
仲のいい友達は家が反対方向で、俺はいつも一人で帰っている。
「すみません、君は、霧風蛍登さんですよね。」
変な男が話しかけてきた。
黒いボロボロの服に身を包み、伸びっぱなしの髪の間から気味の悪い赤い色の目が見える。
「あんた誰だ?」
こんな知り合いは俺にはいない。
なぜ俺の名前を知っているのか、一体誰なのかもわからない人物に、俺は少しだけ距離をとった。
「霧風蛍登さん、ですよね。今の現実に満足していますか?何の変化もない繰り返しの毎日に、満足していますか?」
男の言葉に、俺はじっと男を見た。
「満足していらっしゃらないようだ。決められた毎日、先の見えている人生・・・。変えたいとは思いませんか?」
男の言葉に、俺は共感を示した。
しかし、何者かわからない怪しい人物の言葉を鵜呑みにするわけにもいかず、俺は黙ったまま男を見ていた。
「変えたいようですね。チャンス、あげましょうか。今決断をしてください。」
よくわからない、この男の意図が。
一体何がしたいのか、何を言いたいのか、何をさせたいのか・・・。
それでも、内容を聞いてみたかった。
「あなたはよく想像をするようだ。違う自分を、違う世界を、刺激のある毎日を。」
にやりと笑う男は、ものすごく不気味だ。
けれどなぜか男の言葉を最後まで聞いてみたいという自分がいる。
「刺激のある毎日を選ぶか、それとも、何の刺激もないままだらだらと過ごして死にゆくか。」
「刺激って、どんな刺激だよ。」
ついつい口に出してしまった言葉に、男はにやりと笑った。
「繰り返しではない毎日を。不定期にイベントのある楽しい毎日を。内容を言ってしまっては面白みがないでしょう。」
結局何も教えてはくれないみたいではあるが、ものすごく興味を持ってしまった自分がいる。
完全に不審者の、それも頭のいかれたような台詞なのに俺は聞いてみたいと思っている。
「君は心のそこでは思っています。人生は同じ毎日の繰り返し、何の変哲もない毎日を送るだけ。
そんな毎日の中で生きていくしかないという諦め。まったく同じというわけではないけれど、それでも代わり映えのしない毎日であることに変わりはない。
そんな毎日から抜け出したい。違いますか?」
なぜこの男はわかるのだろうか。俺の考えていることが。
正直言って気味が悪い。心を読まれているようで・・・。
「君の考えはわかりやすいです。さて、新たな人生、歩んで見たくはないですか?」
とても魅力的な言葉だった。
どうせ叶わないことなら、ここは頷くのも一つの手だろう。
「歩めるなら歩んでみたいな。新たな人生ってのを。」
どうせ無理だろうけれどと思いながら、俺は男に言った。
「歩めますよ。今の人生を諦めればねぇ。」
クスリと笑った男に、俺は何をされたか一瞬わからなかった。腹部に激痛が走る。
生暖かい液体が体の表面を伝って地面に流れ落ちていく。
これは・・・俺の、血だ。
男は俺に刺したナイフをそのまま回転させ、引き抜いた。
「う、うぐっ」
血が止まらない、どうしたらいいのかわからない。
このままでは死んでしまう。誰か、誰か助けてくれ。
痛みに声を発することも出来ず、俺はその場に崩れ落ちた。
「霧風蛍登を我のモノとし、今ここに契約を結ぶ。我が名はリューイ・E・ランベル。我が命令をすべて聞きっ・・・な、何者だ。」
違う誰かの気配がする。
リューイと名乗っていたものが何かを食らって吹っ飛んだ。
「説明もなしに引きずり込むのは規定違反だ。しかも、禁忌である血の契約を行おうとするなんてな。」
新たに現れた男は俺に近寄ってきた。
「生きたいかな、少年。説明する時間はなさそうだ。規定違反だが、仕方がないか。俺と契約を結べ。内容は俺を護ること。いいかな?」
ここでダメだと答えたら、きっと俺はこのまま死んでしまうのだろう。
規定がなんなのか、契約がどういうものなのかまったくもってわからないが、俺は生きていたい。だから、最期の力で頷いた。
これからどうなるなんてわからないけれど、それでも、まだ、生きていたいんだ。
「よし。霧風蛍登を我を護るものとし、今ここに契約を結ぶ。
我が名はシエル・ノタール・ガルゼムディア。我を護るものとなれ。そうすれば我はそなたを護ろう。」
シエルというらしい男の言葉を聴き終わると、俺は暖かい何かに包まれたような感覚がした。
意識が遠のく。けれど、暖かくてやさしい光に抱かれた心地のよい感覚に、俺は身を任せたのだった。
「ちょっと眠っていてくれよ。あっちに帰って身体を創りなおさなきゃならないからな。」
シエルはそういってその場を立ち去った。
腹部を刃物で切りつけられ、血を流しながら絶命した俺の体を置いて・・・光る何かを手にとって・・・。