0.1
書き溜め投下。
VR技術が開発されて専用機器『Amuse』が発売されて1年が過ぎた。開発を進めたAmuseと言う会社は同時にVRMMO「Again Online」――通称AOのサービスをスタートした。当初、VR機器は高値であり時には数十万の値がついたぐらいだった。だが、現在は数万円に落ち着いている。
高校生であった俺――松木淳は、5万円でVR機器とAOのパッケージを購入した。
俺は高校の陸上部に所属し「未来のボルト」と呼ばれるほどの実力を持っていた。練習のためにVR機器を購入し、部活では外で練習し帰宅後はAOで練習。その毎日が続いた。とても楽しかった。この毎日が続けばいいと思った。
そう……あの日までは――。
部活が終わり、親友の城阪歩と帰っている途中だった。周りは薄暗く少し不気味であった。
突然目の前が明るくなった。居眠り運転だろうか。車はどんどんと近づいてくる。どうすれば良いのか、考えている暇はなかった。向かいの歩道に移動するためすぐさま車道におりて向かいの歩道に走った。だが、運が悪かったのだ。足が何かに躓き自分の体が車道に倒れる。歩はそれに気づきすぐ手を掴み起こそうとした。だが、もう遅かった。
ブレーキのかかる音はない。自分の足と車のタイヤが接触するのが分かる。足に激痛が走った。
俺は足を骨折した。安堵した。骨折だけなら治って練習に励めば何とかなる、そう思った。だが、現実はそう甘くなかった。
「足は治ります。ですが、残念ながら走ることはできないでしょう。陸上競技は一切できないと思っていいでしょう」
その言葉が何度も何度も蘇る。
俺は……生きるための目的を失ったのだ。
それから、俺は外の世界との接触を拒んだ。学校は中退し自分の部屋に籠りAOをした。何を言われようとも部屋に籠り、部屋の外に母さんが置いてくれている食べ物を食べて生きた。AOをして、朝食、昼食、夕食の時だけ現実に戻りそしてまたAOをする、そんな堕落した人生を送っていた。
「本当に落とせるのかよ。こんなにデカい巣穴なんだぜ」
俺のフレンドの【ARU熊】はそう言って渋い顔をする。
「2人なんだし大丈夫だろ。それに事前に俺が凸って敵の位置とか確認したからいけるだろ」
俺は小刀を腰から抜き取り戦闘態勢に構える。
俺のアバター名は【JUNE】。小刀を使いプレイしている。小刀の名前は[忍者刀+10]だ。
今俺とARU熊は、巣穴攻略と言う――MMORPGで言う要塞戦をしているのだ。巣穴にはレアモンスターが出現し巣穴占領者または占領したギルドに狩猟権がある。つまり俺たちはそれを狙っているのだ。俺たちが狙っている巣穴はまだNPCが所持しているもので小数精鋭ギルドが数度に渡って攻めても陥落しない堅固な巣穴である。
そして俺の愛用武器種小刀は攻撃力は低いが、武器を振るう速度、取り出しの速度は全ての武器を凌いでいる。特にこの忍者刀は小刀界ナンバー1、ナンバー2を争っている武器である。+10というのはアップグレード回数のことで数字が大きい程強いがアップグレードは難しくなる。
だが、それでも小刀と他の武器とは極わずかな差であり使用者は殆どいない。そんな武器をなぜ俺が使っているのか。
「そろそろ攻めるぞアル。アルは右方から、俺は左方から攻める。迷路を突破したら顔出しチャットよろ」
そう言い顔出しチャットを止めて、アイテムポーチからお札のようなアイテムを取り出す。これは[雷神御札]と言うアイテムで使用すると前方10メートルにいくつもの雷柱を作るという物である。相手が複数である場合によく使われ巣穴攻略には必須の物だ。
そのまま片方の手で文字チャット覧を開く。
「カウント10」
「おk、9」
「8」
「1」
「0」
左右同時に雷柱が数本上がる。
一斉に幾多のモンスターが飛び出してくる。たぶん今ので数十体殺ったがまだまだモンスターはいるだろう。迷路――巣穴の前に立ちはだかる迷路のような所にはモンスターが蠢いている。
地面を蹴り、超速で迷路に侵入目の前に立ちはだかる。敵を1体、2体を切り倒した。敵の殆どが[メタルアント]と言う蟻で攻撃と防御と体力を兼ね備えた曲者だが俺の敏捷力にはついていけていない。
――そう。俺はAOに唯一存在する敏捷優先上げプレイヤーなのだ。敏捷Lvは570。普通プレイヤーなら敏捷Lvは精々60程度だ。
俺は、昔陸上練習にこれを使っていたため敏捷が嫌でも上がっていき、陸上をやめても敏捷Lvは420。
敏捷Lvが400超えると武器を取り出す速度、武器を振るう速度、移動速度、スキルの冷却速度、立ち直り速度などが全てが早くなるという隠れ能力がある。そのため、敏捷とマッチする武器の小刀を使い、[忍者刀]に至っているわけだ。
例えば、筋力Lv400のプレイヤーと戦ったとすれば、勿論俺は紙装甲である故一発で死ぬだろう。当たればの話だが……。敏捷がこれだけあれば相手はこちらの動きを見切るのは不可能に近く、攻撃を当てようと試行錯誤している間にこちらの連続剣技に体力を奪われてしまうのだ。そう言った強さが敏捷にはある。
迷路に蠢く蟻共を蹴散らし巣穴の入口に着くと同時に顔出しチャットでARU熊を呼び出す。
『大丈夫か? 因みに俺は着いたぞ』
ウィンドウには映し出されるもののARU熊がしゃべらない。というか戦っている。
『早すぎだろ……。俺ももう少しだ』
『おっけ。じゃぁ待っとくわ』
『助けに来いよ!』
と会話を交えながらも数分。ようやくARU熊が到着した。
「はぁはぁ。早すぎだろ……。つかまだ大量に残ってるけどどうするんだよ」
そう、まだ迷路内にいるメタルアントを殲滅したわけではない。というか、倒したのは1割に満たない。下手すればメタルアントの軍勢が襲ってくるかもしれないという状況だ。
「まぁいいだろ。ボスを倒せばいいんだから」
巣穴占領戦では敵を殲滅する必要はなく、敵の一団を率いるBOSSを倒すことで巣穴を占領したことになる。だから、こういう速攻的な戦い方もありのだ。
ARU熊は不安気に「そうなのか……?」と呟く。こいつ、俺を信用してないな。
「んじゃぁここに残って鉄蟻軍の相手でもしとけ」
「すいません。ついていかせてもらいます……」
しぶしぶと立ち上がりARU熊は片手剣と盾を両手に装着。いつでも戦闘可能という状態になった。
その時、後ろからメタルアントの大軍勢が迫っていることに気づいた俺はすぐさま走りだしそれに続く形でARU熊も走り出した。
巣穴はいわゆる蟻の巣みたいだ。洞窟にいくつもの部屋がありどこかに女王の部屋があるという構造になっている。ギルドで来た時には此処で迷子になることが多く、強力な敵がでる巣穴占領戦での死亡率はここが一番高い。
「絶対に止まるなよ。止まったら死ぬからな。俺についてこい」
次々と曲がり角に入っていき、道を見つける。それを繰り返してとうとう――。
「きっとここだろうな」
道の先にある部屋。入口には門がないもののしっかりと守備モンスターがいる。メタルアント[精鋭]だ。体格が大きく、ほとんどのステータスが著しくアップしている。これを倒すのには、ガチ勢――AO内の上位ギルドの連中でもかなりきつい。勿論それは俺も言えることでモンスターの中でもこいつは特に苦手だ。
メタルアント[精鋭]は2体。
「俺が右のを殺るから、お前は誘惑で左のを引き離して違うところで1対1な」
「おっけ。任せとき」
言い忘れていたが、ARU熊は女性プレイヤーだ。
俺とARU熊が出会ったのは3か月前だった。
AOではPKが可能であった。どこのMMORPGでもPKはありがちだ。だが、AOでのPKでは一味違った。PKされプレイヤーが死ぬと身に着けている装備かゲーム内マネーのGがドロップする仕組み――PKDになっていたのだ。そのシステムによりAOで頭角を現し始めたのがPK・犯罪者・レッドギルドと言われるものだった。
俺が、いつものように強レベルの湧きポイントでレベリングしていた時近くから声がした。
叫び声と共に聞こえたのは鉄と鉄がぶつかり合うあの金属音。別に助けなくても良かったんだが、なぜか声のする方に行った。
やはり俺の思った通りPKギルドにフルボッコにされていた。やられているのは女性だ。俺の良心がこの光景を許さなかったわけで……。派手にやっちゃいました。ハイ。おかげで皆殺しにしました。ハイ。
というわけで、お互いAOで最初のフレンドとなり仲良くなったわけなのだ。
そして、狩を殆どともにするようになった。
メタルアント[精鋭]予想以上に強い。上方修正されたんじゃないのか……。体感だが、攻撃力と瞬発力がさらに強くなったかのように思えた。
開始5分で敵体力は残り5割。最大スキルを限界まで使っていないとはいえ、通常の敵でここまで粘ってくるのは非常に珍しい。
早く終わらさなければARU熊の体力が持たない可能性がある。
「ファイブトリック」
5回にわたって相手を俊足の速さで敵を切り裂く暗殺系のスキルである。コンボを繋ぐ時に多用し早いにも関わらず攻撃力が高いというお得なスキルなのだ。
俺はメタルアントに向かって素早く切り込む。が、固い……。さらにコンボを繋げる。
「ダブルスパイク」
強力な連続二撃を素早く敵に放つスキルである。これもコンボを繋ぐ技としては最適だ。
ファイブトリックにより出来た傷に攻撃を放ちさらに穴を深くする。
「フラグビー」
このコンボの最後のスキルであるフラグビーは、現在持っているスキルの中で一番の攻撃を誇る技だ。溜めが長いため単体では使わないがコンボなら溜め時間が大幅に短縮される奇怪なスキルなのだ。
深くなった傷に向かって瞬間移動するかのような速さで移動し、そして突く。ガッという鈍い音の後に、敵のHPバーが消滅しメタルアント[精鋭]はポリゴンの欠片となって消え去った。
何とか、ARU熊の体力限界のところで救援に入ることができた。もう少し遅ければARU熊もHPが0になり死んでいただろう。
「少し遅れた。ごめん」
「いいんだって。気にすんな」
ARU熊はあのPK事件いらい女性なのに男っぽいしゃべり方をする。本人いわく強がってるだけだそうだ(かなりツンデレ風に言ってくれました)。
「さて女王様を狩りに行くかな」
女王の部屋には真ん中にデカいオブジェが立っているだけで、何もない変哲なところだった。NPCが所有しているときはこんな感じなのだろうか。
「来るぞ……」
突然ARU熊が身構える。それとほぼ同時にオブジェの近くで強い光が起こる。そして、その光が終わったと思うとオブジェの横には巨大な何かが立っていた。名前はメタルクイーン。
「な、何だ……」
「親玉だ。きっとメタルアントの女王だろうな」
俺は絶句した。デカすぎる……。メタルアントの10倍はある大きさだ。メタルアント特有の攻撃手段ハサミ攻撃に使われる顎、あれもデカすぎる。一撃喰らったら一撃死って感じのイメージしか湧いてこない。
「オブジェを壊せば勝ちだ。あいつが倒れてアイテムがドロップする」
「おっけ。分かった。俺がオブジェ壊しに行くからアルは釣りよろしくな」
ARU熊はコクッと頷き槍を構える。
「カウント10」
「9」
「8」
「2」
「1」
「0!」
俺たちは一斉に走りだし俺は右、ARU熊は左に分かれる。当然ARU熊の誘惑によりターゲットがARU熊になっている。その時間がチャンスだ。その時間に勝てなかったら勝機は薄い。
女王モンスター――今俺たちが戦っているような巣穴の番人には他とは並はずれた能力がある。パーティ推奨であるためかなり無茶な設定になっておりきっとだが、ガチ勢8人PTでも勝つのは不可能だろう。連結というPTを連結させ共同で戦うようにしなければ勝てない、そのぐらいに強くしてある。ARU熊も数分が限度だろう。
ARU熊も必死にハサミ攻撃を躱して攻撃をしているが敵のHPバーは微動打にしない。これは急がないと相当やばいかもしれない。
すぐ真ん中のオブジェに近づき持ってきた『更新結晶』を穴に差し込む。この状態を100秒守りきれば、NPC対プレイヤーの戦いならこちらの勝利である。
「アル……耐えてくれ……」
更新結晶を差し込んでいる間はオブジェの周辺に雑魚モンスター――ここならメタルアントがポップするようになっている。その状態で100秒守りきらなければならないのだ。
各地から数体のメタルアントがポップされ一斉にオブジェに向かって迫ってくる。
俺は瞬間移動のような速さで移動し先頭のメタルアントに近寄る。そのまま移動時に出た反動を使用し敵の首あたりを忍者刀で切る。これだけでHPバーが消滅しメタルアント1体は消滅する。何これ……。弱いっす……。精鋭ならまだしもノーマルごときが俺には通用しない。
さっきと同じように忍者刀で敵を圧倒している間に100秒経ってしまった。
ポーンという軽快な音が後方、前方ともに鳴り響く。同時にアイテムBOXに数十個のアイテムが収納される。
「アル、大丈夫か?」
後方でへたへたになっているARU熊に尋ねる。ARU熊のHPバーはオレンジ色――つまり4割を切っておりかなり危なかったのだろう。
「う、うん。何とか……」
「何とか占領出来たけど、次はギルドが襲ってくるからな」
「そうだな。明後日が大戦になるな」
この巣穴占領戦は2日に1回ある。宣戦布告は攻撃の1日前にはしておかなければならない。たぶん明日には宣戦布告してくるだろう。特に、ここに何度も攻め入った少数精鋭ギルドとか……。そう思った矢先に。
『ギルド「夜仲間」が宣戦布告してきました。2日後の巣穴占領戦で有効になります。守備側の皆さん、準備をしておいてください』
ギルド「夜仲間」はここに攻め入っていた少数精鋭ギルドだ。取り返しに来るだろうと思っていた。
さらに……。
『ギルド「GaiaGaia」が宣戦布告してきました。2日後の巣穴占領戦で有効になります。守備側の皆さん、準備をしておいてください』
ギルド「GaiaGaia」はかなりの大規模ギルドで精鋭から初心者までメンバー数は100を超える。ここも攻めてくるとなったら大混戦となりそうだ。
「これは大変だな……。頑張れよ」
他人事のARU熊。
「何言ってんだ? お前も防衛するんだぞ?」
キョトンとするARU熊のポンと肩を叩き耳元で「頑張ろうな……」と囁く。
「巣穴占領戦の時はPKDないからいいだろその代り、ここのダンジョンで一緒に狩ろうな」
巣穴には占領者、占領者に許されたプレイ
そう言って、高難易度の巣穴ダンジョンに向かった。
ヤーが入れる特別ダンジョンがありそこはドロップ率などからして狩にうってつけなのだ。勿論PT推奨の、強力モンスターが犇めきあう高難易度ダンジョンだ。
「分かった……」
ARU熊は渋々頷く。
「そろそろ落ちるわ。お疲れ様」
ARU熊が武器をしまい、ウィンドウからログアウトを押す。
「おう、お疲れ」
俺がそう言った、数秒後ARU熊はポリゴンの欠片となって消滅した。誰もいなくなってしまった。俺一人だ。あの頃のような感覚がまた蘇る。時刻は12時を過ぎていた。ARU熊はいつもこの時間になったら落ちる。最初にあった時のしゃべり方からして学生っぽかったから明日の準備だろうか。と、色々思いつくがすぐにそれを頭から消去する。あまりリアルの詮索はしないようにしていたからだ。
「さて……。ソロで行くか」
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