find
静寂。暗闇。
それらに包まれていた俺は、自分が目を閉じていたことにしばらく気づいていなかった。
―死んだのか?
自分の生存に自信が持てず、目を開けるのを躊躇ってしまう。
ズキンッ
「ぐぅ…!」
その時、右腕を焼けるような痛みが襲い、反射的に目を更に強く瞑り、次いでうっすらと開けた。
俺は自分がコックピットにいるのを確認し、まだ死んでいなかったことを確信した。死んだ後の光景にしては、無骨が過ぎる。計器の類は揃って沈黙し、どうやら機体はおしゃかなようだ。
脈打つように痛む右腕を見ると、割れたコックピットの破片が腕に刺さっていた。
それを引っこ抜き、備え付けておいた包帯とガーゼを使い処置をする。
他に、負傷した部分は無いか体を見回したが、目立つ外傷は右腕以外なく、そのような感覚も無い。
「まさか、あの状況で生き残れるなんてな……」
感慨と共に、呟く。
四年前、しおりが死に俺は生き残った。そしてまた、友が二人死に、俺が生き残った。
「俺は…」
俺は、また生き残ってしまった。大切なものがいくら死んでも尚、この悪運は無くならないのか。
ぼやけた視界の中、無意識に、首から提げたネックレスを左手で握った。
俺は生き残ってしまった。あの時聞こえた、幻聴のおかげで。
あの瞬間、俺は確かにしおりの声を聞いた気がした。そんなはずはないのは分かってる。
それでも俺は、しおりが生かしてくれたのだと、心のどこかで確信していた。
だったら悔やむな。
自分に言い聞かせる。
生かしてくれたしおり、死んでいった友のためにも、もう悔やむんじゃない。
そう、自分に言い聞かせる。
「……ありがとう」
ネックレスに呟き、ベルトを外して、俺は機体から出る準備を始めた。
どうなった?私は、どうなった?
目の前は真っ暗。体が熱を持って、ジンジンする。だが、体の一部がまったく逆の冷たさも持っている。その冷たさが徐々に広がり、熱のある部分を侵食していく。
何も無い。その冷たさの中には、何も無い。それを知覚した時、私は得体の知れぬ感情に襲われた。だが、いくら逃れようとしても、体を蝕む冷たさは、どんどん範囲を広げていく。
やがて、その冷たさが体全体を包み、顔を侵食してきた。
そして、冷たさが頂点に達した時、私は目覚めた。
目を開く。
見えたのは、緑。ゆらゆらと揺れながら、かさかさと音を鳴らしている。
どこ?なに?どうなったの?
疑問符が次々と浮かぶ。いつもと景色が違う。いつもは、もっと暗いところだ。こんな、明るみじゃあない。
ふと、自分の手を見る。それは、生身の手。いつもは、見ることの無い、肉体。
そして、私は、強烈な違和感を感じ、自分の体を、よく見た。
いつもと違う手足。いや、体の感覚そのものがいつもと違う。
その時目に入ったのは、何本ものコード。私と「U-ゼウス」を繋いでいた、神経回路接続コード。
私は、そこに至って、初めて、愛機と自分が切り離されたことに思い至った。
それとともに、先ほどまでの戦闘の光景がフラッシュバックし、あの時感じた感情を、少しだけ思い出してしまった。
なんだったのだろう、あれは。
背中が冷たかったような、お尻の辺りがぞわぞわするような。ああ、そうだ、さっきも同じ感情を味わったじゃないか。
ともかく、もう味わいたくは無いものだった。
手を広げ、見る。なんだろう、全然自分の物じゃないみたいだ。私の手は、ゼウスの翼。そのはずだったのに。
手を握り締める。なんだこれは。この感覚は、なんなのだ。私の手は、体は、どこへ行ったのだ。
背中に、冷たさが走った。ああ、まただ。また、この感じ。もう味わいたくは無いのに。
私は、その冷たさを失くそうと、懸命に体を丸める。自分を抱きしめる。だけど、その抱きしめた体さえも、不気味な生物を触ってるような感触に思える。
「ゆーりかごの……うた…を」
無意識に、口が動いた。枯れた声が、喉から出てくる。
「カーナ…リア、が…歌う…よ」
意味は分からないが、でも、この歌は、口から流れ出てくる。私は、目から雫があふれ出てくるのに気づきながらも、この歌にすがるしか、自分を救えなかった。
「ねーんね…こ、ねーんねこ……ねーんね、こ…よ…」
「…どうしたもんかな」
翼は、森の中で、ひとり愚痴っていた。
周りにあるのは背の高い木ばかりで、日光はほとんどさえぎられている。自分がどの辺りに墜落したのかさえ把握できず、翼はとりあえず、これからの行動を考えることから始めねばならなかった。
「ま、とりあえずは水と食料か」
助けを呼ぼうにも、無線は使えないし、なによりここは敵の基地の防衛ライン真っ只中、発煙筒を使うのはあまり気が進まない。ただでさえ翼は敵の戦闘機を落としているのだ。捕虜になったとしても、どのような扱いを受けるかは、あまり想像したくない。
そういうわけで、とりあえずひとりでも生き延びられる環境を出来るだけ早く整えることにしたのだ。
「…しっかし、この辺に川はあるのか?どこまで行っても気しかねぇな」
木々の間を抜け、動かしにくい右手も使い、葉をどけながら進むが森を抜けることは出来ない。獣道があることから、ある程度の生き物はいるはずなので、どこかに水はあるはず。そう考え、翼は歩き続ける。
さらに歩き続けること十分ほど、翼は、微かな音が聞いた気がした。
耳を澄ませる。
すると、確かにごく小さな音が聞こえてきた。
川のせせらぎ…いや、違う、これは―
「……歌?」
そう、この抑揚は歌だ。人が歌う、歌。
「…誰かいるってことか」
翼は、腰の拳銃があることを確認してから、音が聞こえてきた場所を探して再び歩き始めた。
確かに声は聞こえてくる。それもかなり近い。
恐らく、この葉を掻き分けた先に歌を歌っている者がいる。
しかし、この歌は聞き覚えがある。
なんだったか、この、記憶を引っかく歌は…
そんなことを考えながら、体をかがめ、向こう側を伺う。
「……!!」
翼は思わず息を飲み込んだ。
そこには、黒い物体があった。
それは自分が落とした漆黒の戦闘機。大部分が破損しているが、確かに間違いが無かった。
コックピットは剥き出しになっており、そしてうずくまったパイロットの後姿が見えた。
生きてやがったか。
口中で呟くと同時に、今更というべきだろうが、翼はその声が女のものであることに気づいた。
その瞬間、翼は記憶が強く揺らいだのを感じた。
その混乱を押さえつけながら、翼はこの状況の理解に勤めた。
つまり、自分は、あの黒い戦闘機を落としたものの、パイロットは不時着に成功したのだ。そして、そのパイロットは目の前にいる女、そいつはこの状況で歌なんぞ歌ってやがる。
しかも、この声は――泣いてる?
「なんだってんだよ…!」
小声で愚痴りながら、拳銃を取り出す。弾を確認し、安全装置を外す。
脳裏を引っかき続ける歌声から無理やり意識をひっぺがし、目の前の戦闘機にいる女をこれからどうするかを必死に考える。
とりあえず、拘束する。敵兵が来ても、それでなんらかの交渉材料に出来るし、あいつがなんらかの食料を持っている可能性もある。相手は気づいてない、十分無力化は出来るだろう。
そこまで考えた翼は、行動を起こした。
歌声は、翼の脳内を、ますます掻き乱し始める。
なんなんだ、この歌は。なんなんだよ。
「動くな!」
拳銃を敵の後頭部に突きつける。
びくっ、と震えた肩は、明らかに少女のものだった。
歌を止め、そして、何が起こったのか分からない、といった目で振り向いた彼女の顔を見た瞬間、翼は、心臓を殴られたかのような衝撃を感じた。
記憶がフラッシュバックする。先ほどの歌が再び脳裏を駆け巡る。拳銃を握る手に冷や汗が浮かび、喉が引き攣る。
「…しおり?」
少女の瞳が見開かれる。
翼の脳内には、しおりがよく歌っていた子守唄が流れていた。
感想、批評、お待ちしております