memoryー記憶ー
視界に映るあらゆるものが線となる。身体のあちこちが軋む。
左翼を吹っ飛ばされたゼウスの中で、彼女は恐怖にもまれていた。
なにこれ、どうなってるの?私はどうなるの?
何をすればいいのかわからない。いや、そもそも墜落している、というのがどういうことなのかが分かっていなかったのかもしれない。
「いや、いやあああ!!」
何に対して叫んだのか、それは彼女自身もはっきりと分からない。ただ、本能的に死を予感し、拒否したかったのかもしれない。
破片が飛来し、コックピットを叩く。爆発したミサイルの爆炎が彼女の視界を覆った。
その瞬間、突如、彼女の脳裏に、何かが映った。
…なにこれ?
人?なんでそんなに慌ててるの?どこに行くの?
真っ赤な景色。一面が赤く、とても騒々しい。誰かに手を引かれながら、私は階段を下りていた。そして玄関に着き、その手は離れていった。待って、どこに行くの?
その人は外へ出て、空を見た。瞬間、目が見開かれ、顔が恐怖で強張った。
そして、その人の目は私を見て、口が何かを叫んだ。
その直後、凄まじい衝撃波がその人を弾き飛ばし、私を赤い爆炎が包み込んだ。
「……!!」
何かをしようとしたのではない。ただ、身体を動かした。
生きなければ。そう思った。
-メインコンピュータ、応答、確認。
意識したのはそれだけ。後はただ、身体が動いた。
そして、私の意志と直結している愛機は、見事にその動きをしてくれた。
地面がどんどん近づいてくる。でも、死にたくない。
-ホバリング機能、作動。
-右翼、エンジン確認。
-着陸、演算、開始。
-結果、不時着が有効。
-行動、不時着、遂行。
-機体損傷、限界。コックピットの保護を最優先。
次々と繰り出す命令と演算は、彼女が生きようともがいている証。
そうして、「U-ゼウス」は山の森の入り口付近へと落ちていった。
「ぐ、がっ!!」
コックピットが揺さぶられ、激しい振動に体が悲鳴を上げる。
だが、翼の目は地上へ向かっていく、黒い敵機を捉えていた。
--見たか、このスカシ野郎。
翼は口中で呟いた。
だが、翼の機体も、同じように落ちていた。
翼は目を閉じ、あの日のことを思い出した。
故郷が真っ赤に染まった日。その日は彼女ーしおりの誕生日だった。
「こんなご時世だし、ちっちゃいもんしかできねぇけどさ。パーティーやろうぜ」
俺はそうしおりに言った。
「え、やだ、そんなのいいよ、恥ずかしい」
「うるせぇ、やるぞ、絶対にやるぞ」
そう言って、俺は強引にしおりの誕生日パーティーを計画した。
俺の家で、しおりと彼女の妹を呼んで、ささやかながらケーキも用意してやることにした。
そして、このときのために、ネックレスも買った。
昔しおりと出かけた時、彼女はアクセサリー店をちらりと見た。
「なんだ、興味があんのか?」
「え、違うよ。そんなんじゃないよ」
「でも。見てたじゃねぇか。ほしいのか、これ?」
俺は、そのアクセサリー店に寄り、ネックレスを指差した。恐らく、しおりはさっきこれを見ていた。
「え、いらないって、第一高いし」
「じゃあ、安けりゃほしいのかよ?」
「ま、まぁ、安かったらね」
「んじゃ買ってやるよ」
「いいって、いいって!!」
俺は遠慮するほどの値段でもないから、それを買ってやろうと思った。しかし、彼女は頑なに断り続けた。
「ほんと、いらないから!」
恐らく、照れ隠しと、遠慮があったのだろう。
だから、その時は買わなかったネックレスを、俺は誕生日に渡すことを決めた。
「わぁ、すごい!ケーキだ!」
彼女は、なぜか自分のパーティーの支度を手伝うと言い出し、俺の家に来ていた。
このままでは、まずい。隠してあるネックレスがばれてしまう。
「おい、ケーキも準備できたし、そろそろ妹さん、呼んでこいよ」
「う~ん、しずか、起きてるかなぁ?」
「起きてる起きてる。そんなに子供じゃないだろう、あの子も」
「え~、4歳も下だよ?」
「たった4歳だ」
「そうかな?」
「そうだよ、いいから行って来い」
「は~~い」
そう言って、彼女は出て行った。
そして、合衆国の爆撃が始まった。
「……」
飛び散る破片がコックピットを叩く音で、翼は思い出から意識を覚醒した。
胸で踊るネックレスを見る。
あぁ、しおり、今からお前のところに行くよ。聞いてくれよ、俺、新しい友達が出来たんだぜ。先にそっちに行ってるだろうから、今度紹介するよ。
それに、このネックレスもやっと渡せるな。
死ぬのは怖くなかった。ただ、満足し、もう一度、目を閉じた。
--だから、そんなのいらないってば!
はっ、とした。突然、彼女の声が聞こえた気がした。そんなはずは無い。だが、はっきりと聞こえた。
そんなネックレスはいらないから。だから、まだこっちには来ないで。
生きて。
そう、しおりが言った気がした。
「う、うをおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
操縦桿を必死で引き上げる。なんとか、機体をもちなおそうと、力を込める。
生きなければ、彼女のために。
だが、どうしても、機体は持ち直らない。
「くっそ、このポンコツが!!」
翼は必死で怒鳴った。
「持ち直せよ!!お前は、合衆国の最強の敵を、叩き落した機体だろうがあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
限界を振り絞り、一気に引き上げる。その瞬間、わずかに機体の先があがった。だが、地面との距離はあと少し。
「死んでたまるか!!俺は!生きるんだああああああああああああ!!!!!!!!」
特攻用の機体は、山の近くへと、その機体の腹を削るように滑りながら着陸した。
どうもお読みいただきありがとうございます。
放置していた連載作品を再開しようかと思いました。
少し自分が情けないですが、なんとか完結させます。放置してあるもう一つも近いうちに再開しようと思います。
こんな私ですが、よければ感想、批評よろしくおねがいします。