特攻兵の少年達
・・・ザ・・ザザ・・ザーーーー
通信機から雑音が漏れてきた。
「・・・おいおい敵はまだ出てこんのか?」
退屈そうな声でそう言ってきたのは赤木隼人だ。
「・・ザァ・・僕としては、出てきてほしくないっていうのが本音だよ・・・」
力の無い声で答えたのは中島健二である。
「何言ってんねや健二!俺達は皇国のために一機でも多くの敵を落とすためにはるばるここまできたんやろうが!それに、ここは敵陣地の真っ只中や!出てこんわけがないやろう!」
ならさっきの愚痴はなんだったんだよ。 俺は一人苦笑する。
隼人は人一倍、祖国への愛が強い。そこは尊敬できる部分でもあるのだが、正直なところ、いささか強すぎる。すぐに今のように熱くなりすぎてしまうのだ。国民の一致団結のための愛国心のせいで、あいつはよく周りと諍いを起こす。悪いやつじゃあないんだがな。
「そ、それはわかってるよ。でも、やっぱり怖いものは怖いよ」
健二が言う。確かにそうだろう。
「お前!家族を守るためなんやろう!もっとシャキッとしやがれ!」隼人が怒鳴りつける。
「・・・・」
健二は何かを思い出しているようだ。多分、それは楽しかった日々のこと。
「・・・うん。そうだね。僕は、妹を守ってやらなきゃいけないんだ・・」
そして腹を括ったのか、先ほどよりも少しだけ強い声で、そう返事した。
健二は、はっきり言って人よりも臆病者だ。争いを自分から仕掛けることはまずないだろう。
でも、そんな性格にもかかわらず戦闘機乗りになったのは、家族思いだから、という理由でだ。
彼は家族を守りたい、という理由だけで軍に入った。だから彼は、臆病というよりも優しいのだろう。
「よ~し、それでいい。・・・おい、翼。お前はなんかないのか?」
「え?」
唐突に話を振られて一瞬戸惑う。
「っていうか、こんなところまで来たってのに、俺はお前がここに来た理由をまだ聞いてなかった気がするんやが?」
「・・・あぁ、そうだな、言ってなかったな」
俺は心の中で、どうしたものか考えた。
隼人は随分と抽象的な言い方をしたが、何が聞きたいのかはわかる。
俺の名前は小林翼。それ以外の個人的な話はここに来るまでほとんどしていなかった。
二人もあえて聞かないでいてくれたのだろうが、ここまで来たのだから聞いてしまいたかった、というのが本音だろう。
なぜ、命を投げ出してまでこの任務に志願したか。
この、特攻兵という、死を前提とした上での任務を、なぜ志願したのか。
「・・・聞かないほうがよかった?」
健二が心配そうに聞いてきた。
「あぁ、いや、そうじゃないんだ。別に答えたくないわけじゃない」
俺はただ、どう言うべきか迷っただけだ。
そもそもこの任務への参加は自由意志だ。「皇国」がいくら疲弊してきたからといって、特攻を強制しなければいけないほどの状況になったわけではない。そんなところまでいけば、ほとんど負けだ。
しかし、この戦争、こちら側「皇国」にとって不利なものなのである。
相手側の「合衆国」とは、まず圧倒的に兵力に差がある。この差を埋めるのは非常に難しい。
兵力の差。ただそれだけで、わが国は押されていた。
つまるところ、この戦争の勝利の鍵はそこにあると言っても過言ではなかった。
そこにおいて、特攻はやはり有利な作戦なのである。
旧式の戦闘機に兵を乗せ、火力と特攻力のみを追求した兵装を搭載する。そして、敵の陣地の内側まで急襲を仕掛け、大規模な破壊を行う。費用も大して掛からず、威力も期待できる。今まで特攻は敵に対して壊滅的なダメージを幾度と無く負わせてきた。
もちろん、確実に死ぬというわけでもない。こちらが破壊される前に、敵の本陣を叩き潰して、降参させればいいのだ。そんな例は一度もなかったが。
そんな任務なので、特攻に選ばれたものには、報酬と勲章、さらにその家族達には手厚い保障がつき、一般人よりも非難優先度が格段に上げてもらえるのだ。さらに、特攻兵に選ばれるにはそれなりの実力がなければいけない。確実に相手にダメージをあたえるためだ。だから特攻兵に選ばれるのは、軍人の誉れである。
今までの特攻兵全員が二階級特進していることはあまり世間には公開されていないけれども。
そして、俺達は募集がかけられたこの特攻任務に志願し、選ばれたのである。
隼人は、この「皇国」にその命を捧げ、英霊として名を残すため、そして健二は愛すべき家族のために、この任務に志願したのだ。
そして俺は?
「なら、なんでお前は志願したんや?」
隼人にもう一度聞かれる。
なぜ俺はこの任務に?この旧式の戦闘機3機だけで、敵の陣地に突っ込んでいく、この任務に?
うまい言葉も見つからなかったので、素直に言う。
「・・・死にたかったんだよ」
「はぁ?」
隼人が困惑する。そりゃそうだろう。
この御時世、戦争のせいで自殺するやつはけっこういる。だがしかし、俺には特攻兵に選ばれる実力がある。そんなやつがただ単に死にたくて特効兵になる、っていうのは隼人にとっては考えられないのだろう。
「なんやそれ?ただ死にたいって何や?お前それ・・」
「誰か・・亡くしたの?」
健二が隼人を遮り、訪ねてきた。
「・・・あぁ、恋人をな。四年前の話だ」
「そっか・・・」
四年前。俺が住んでいた町は焼かれた。合衆国の爆撃によって。
親は俺の目の前で天井に押しつぶされた。兄弟達は熱風に焼かれた。仲の良い親友の足を道端で見つけた。そいつの足には大きな古傷があったからよく覚えている。
そして、軍が出した避難用の車に彼女がいるかもしれないと思った俺は、急いでその車に乗り込み彼女を探した。
もう無理だ、発進するぞ!
そんな声が聞こえ、車がいきなり揺れ始めた。その瞬間、遠くの民家から、彼女が出てくるのが見えた。車の後ろの扉はすでに閉じられており、俺は窓を全力で叩いて、彼女に叫んだ。そして彼女は爆撃に弾け飛ばされた。あれでは、何が起こったのかなんて理解する間もなく絶命しただろう。
俺は叫んだ。叫んで、叫んで、泣いて、気絶した。
周りのことなんて何も見えなかったのに、一瞬だけ見えた彼女の吹き飛んだ首だけが、脳裏に焼きついて離れなかった。
「翼・・・すまんかった・・・」
「いいよ、気にすんな」
隼人に謝られたが、別にもう大丈夫だった。この四年で傷が癒えた訳ではない。痛みが麻痺してきているのだろう。
「だから翼は・・・死にたかったの?」
「あぁ・・・それ以外に、何かやることもないだろう」
健二の問いに、そう答える。
確かに、はじめのころは復讐心に燃えていた。絶対に合衆国を皆殺しにしようと思っていた。
だが、時は、そんな心を腐らせていく。
訓練に明け暮れ、上位の成績を残した。嬉しかった。
そして、はじめて実戦に出た。恐怖は無かった。ただ、ようやく訪れた復讐の機会に、心は踊り狂っていた。
そして、はじめて敵を撃ち落した。その瞬間、気づいてしまった。
人の命を奪うことの簡単さに。戦場においてそれは、いとも容易かった。
高揚も、復讐心も、一気に萎んでいった。残ったのは虚しさだけ。
敵を撃墜することに何の喜びも見出せず、昇進することにも意義を見出せなかった。
家族も死に、愛する人もいない。そんな人間が特攻の募集の貼り出しを見たら、飛びつくのが普通だろう。
別に命は惜しくないし、家名には名誉が残る。ほとんど残っていない、わずかな復讐心も満たされる。
俺には丁度良かった。
「・・・お前は辛くないんか?」
「え?」
隼人が聞いてきた。
「そんな生き方で、辛くはないんか。なんか、もっと、こう・・」
何か伝えたいのだろうか。うまく言葉に出来ないようだ。
「えぇと・・つまりやな・・・」
「隼人・・・どうしたの?」
健二が思わず聞いている。
「・・・あぁああああ!もう、めんどくさい!!!!」
いきなり隼人が切れた。
「ちょっと・・どうしたの!?」
健二が聞く。
「俺はな、辛気臭いのは嫌いなんや!」
「えぇ?」
何を言い出しているんだ、隼人は?
「確かにお前が辛いことなってんのはよく分かった。でもな、やっぱ死にたがりは嫌いや!」
面と向かって嫌いと言われた。
「あぁ、もうめんどくさい!翼、この任務終わったら三人で飯食うぞ!!」
「「はぁ!?」」
思わず二人で言う。よく通信機越しでここまでシンクロしたものだ。
「お前が暗くなるのも良く分かる。だけどな、人生最後は楽しくいかなあかんのや!だからな、飯食って、人生がいかに楽しいか教えたるわぁ!!!!」
隼人が怒鳴っている。だが、何を言われているのか正直わからない。
「・・・っぷ。くくく・・・」
ふと、笑い声が聞こえた。
「あん?健二!何がおかしいんや!」
通信機から健二の堪えているような笑いが聞こえる。
と、堪えきれなくなった様だ。
「ぷ、はははははは!!くく、はははははは!!!」
「な、なんなんや!?」
突然大笑いをされて、隼人は狼狽している。
「だ、だって、そんなことを、そんな怒りながら言わなくても、くくく・・!」
堪えきれない、といった感じで健二は笑っている。
「う、うるさいうるさい!俺はまじめなんや!」
隼人は怒鳴るが、健二は懲りずに笑い続ける。
俺は呆然としていた。
「そうだね、そういう飯もいいよね」
やっと笑い終えた健二が、笑い疲れた声でそう言った。
「翼の人生をこれから楽しくする、いいね、楽しそうだね」
そして思い出したかのようにくすっ、と笑う。
「ええぃ、もう笑うな!恥ずかしいやろが!」
隼人が再度言う。
「ええぇと・・・すまん、どういうことだ?」
状況がいまいちつかめない俺は言った。
「ええ?あぁ。つまり、君を元気にするためのパーティーを開こうってことさ。この三人で」
「はぁ?」
こいつらは本気で言っているのだろうか?俺を元気にする?
「確かにお前は辛かったかもしれん。けどな、捨てて良い命なんてないんや!だから、生きることの楽しさを、お前に教えたるわ」
隼人がまじめな声で言う。
こいつら本気か?いや、本気なのだろう。
あぁ、こいつらは本気なんだ。本気で、俺のためを思っているんだ。敵地のど真ん中で。
こいつら馬鹿か?こんな俺なんかのために?
そう思ったが、目の奥が熱かった。
くだらない。何の意味も無い。
そう思うのに、涙が止まらない。
久しく触れていなかった、誰かの優しさ。それは、こんなにも温かかったのだろうか?嗚咽が止まらない。
「この任務が終わったら、一緒にいこう。良い店、僕知ってるから」
「おぉ、そりゃありがてぇな。案内してくれや」
二人が話している。俺のために。
「お前ら・・・」
言葉が出ない。何を言えば良いのか分からない。
「翼、だめだよ、ここは敵地なんだから。そろそろ泣き止まなきゃ。生きて帰るんだから」
「おう、そやそや!生きて帰るんや。集中せな。少し飛んで、バーンやって、すぐ帰るで」
あぁ、そうだ、ここは敵地なんだ。泣いている暇なんて無い。生きて帰るために。
俺は決意した。こいつらと生きて帰ろう。絶対に。
顔を俯け、涙を拭く。
そして仲間への感謝の答えを、心から、力強く、言う。
「お前ら・・・ありがとう。生きて帰ろう、絶対に!」
そして、顔を上げる。そして見た。
------僚機がコックピットごとエンジンを貫かれ、火を上げているのを。
物語の始まりです。
これから、色々と書きたいことをかいていくつもりです。
感想、よろしくお願いします。