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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

痴漢の手

掲載日:2026/04/04

 電車の中、お尻に手の感触を感じた。

 慌てて振り返ると、男の人がいる。両手で本を持って読んでいるようだったが、手が届くほど近くにいるのは彼だけだった。

 「ちょっと、触らないでくださいよ」

 だから私は彼が犯人だと思って、そう文句を言った。すると、彼は驚いた顔で私を見たのだった。

 何の事だか分からない。

 そんな顔をしている。

 真面目そうな顔だった。眼鏡をかけていて、気弱そうで。

 白々しい。

 演技に決まっている。

 私は痴漢が大嫌いだ。我慢ならない。絶対に許さない。

 ところがだ。

 「その人はずっと本を読んでいましたよ」

 私が更に糾弾を加える前に、彼の目の前の席に座っている女性がそう証言をしたのだった。知り合いには思えない。庇う理由はなさそうだった。

 心情的には納得ができなかったが、見ていた女性がいるのなら仕方ない。私はその男の人に軽く頭を下げて謝罪をした。

 彼は何か言いたげにしていたが、私はそっぽを向いた。何か文句があるに違いないと思ったからだ。“冤罪を負わせようしやがって”。そんな文句を聞くのは癪だった。つまりは、本当は私はまだ彼を疑っていたのだ。

 最寄り駅に着いたので電車を降りた。すると、偶然にも先の男性もそこで降りた。多少、嫌な気分になる。しかも、なんと帰る方向まで同じらしい。私は速足で歩いた。

 が、

 「あの……、すいません」

 信じられないことに、彼は私に話しかけて来たのだ。やはり先の件で文句でも言うつもりだろうか? ところがそれから彼はこう続けて来た。

 「差し出がましいかとも思ったのですが、どうにも放っておけなくて。あなた、何か変なものに憑かれているかもしれません」

 それを聞いて、私は思わず疑問符の伴った声を上げてしまった。苛立ちは隠せていなかった。

 

 「はあ?」

 

 その責めるような視線を受けて、“無理もない”と僕は思っていた。仮に逆の立場だったなら、僕だって絶対に変に思っているだろう。

 でも、言わない訳にはいかなかった。彼女から痴漢と勘違いされた時、僕は信じられないものを見てしまったのだから。

 手が……、見えたのだ。

 ――何もない空間に手だけが浮かんでいて、そして、彼女のお尻辺りで消えた。

 “きっと、あの手が彼女を触ったんだ”

 そう考えるのが自然だろう。

 偶然、彼女と僕の降りる駅は同じだった。なんとなく気になって目を向けると、ぼんやりとした影が見えた。しかも、いくつも。彼女の近くを彷徨っている。現実感がない。この世ならざる者に思えた。

 だから僕は、勇気を出して、さっきあのように彼女に話しかけたのだ。

 まぁ、普通は変に思われる。

 「……僕はそういう関係に詳しくはないですが、何かお祓いに行くとか」

 そう言ってみると、彼女は大きく溜息を漏らした。呆れている事をアピールする為にやっているようだった。

 「信じられないのは分かりますが、本当に危険かもしれないのです」

 なんとか説得しようとそう言うと、彼女は「ああ、はい。分かりました」と返して来た。ただ、納得したようには見えない。そして、

 「私の家は近くなのです。そこで話しましょう」

 などと続けて来たのだった。

 僕はそれに驚いてしまった。一体、どういうつもりなのだろう? 普通は女性は見知らぬ男性を家に招いたりはしない。

 

 彼女の家に入ると僕はリビングに通された。ぼんやりとした影は、相変わらずに彼女の周りを彷徨っていた。

 茶も出さずに彼女は言う。

 「初めから、私はあなたが痴漢の犯人だと思っていたのです」

 「は?」と、僕は返す。

 「言い訳は良いのです。痴漢をするだけでなく、私を襲おうと追って来たのでしょう?」

 僕は誤解を解こうと

 「いえいえ、そんな訳はないでしょう? もしそうなら、あんな人気の多い場所で話しかけたりしません」

 そう訴えた。

 が、そう言った瞬間、彼女は何を振り上げたのだった。そして、

 ダンッ

 僕の手に向けて、その何かは振り下ろされた。鋭利な痛みが、僕を襲った。「ギャアアア!」と悲鳴を上げる。

 「だから、言い訳は良いのです」

 そう彼女は言った。

 見ると、彼女の手には包丁が握りしめられてあり、僕の手を突き刺していた。

 「私、痴漢が大嫌いなのです。絶対に許せない。だから、私を痴漢した男は、こうして殺してやることに決めているのです」

 その時、彼女の周りの影が大きくざわついたのが分かった。それで察した。彼女の周りの影達は、きっと彼女が殺した男達の亡霊なんだ……

 “早く逃げなければ、殺されてしまう……”

 僕は逃げようとしたが、包丁が手を貫いているので逃げられない。彼女はもう一方の手にナイフを持っていた。そして、それで僕の首を目がけて……

 なんて事だ。

 これで僕も亡霊達の仲間入りだ。

 薄れていく意識の中、亡霊になったら、せめてもの復讐に、彼女の身体を触ってやろうと考えた。

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