今、君と同じ空を眺めているはずなのに
君と同じ星は見れるかもしれないけどさ
僕は君と同じ雲を眺めてたかったんだよ。
そんな言葉を、胸のどこかにしまいこんだまま、季節だけが勝手に移り変わっていく。
夏の終わりを告げる風が、窓の隙間からひゅう、と細く吹き込むたびに、その言葉の輪郭が少しだけ浮かび上がる。
君がいなくなってから、空を見上げる癖だけが残った。
別に空が好きだったわけじゃない。
ただ、ふとした瞬間に上を向いていれば、もしかしたら、あの日の君が見ていた雲の形に触れられるかもしれない、そんな期待を捨てきれずにいるだけだ。
馬鹿みたいだと思う。
でもやめられない。
星ならいい。
どこにいても同じものが見えるし、夜空は広くて、僕たちの距離なんてどうでもよくなるほど静かだ。
けれど雲は違う。
流れて、形を変えて、あっという間に消えてしまう。
その儚さを、僕は君と一緒に分け合いたかった。
「今の雲、なんか犬っぽくない?」
「え、どこが?」
そんなくだらない会話を交わすだけでよかった。
君は覚えているだろうか。
あの日、夕立の後の湿った風の中で、僕たちは公園のベンチに腰をかけて、濡れた空をぼんやり眺めていたことを。
君は飽きもせず雲を指さして、僕の袖をつまんで、「あれ見てよ」と笑っていた。
僕はその横顔を横目で見ながら、雲なんてどうでもよくて、ただ君の声が近くにあることだけに安心していた。
その時間が永遠みたいに伸びていくのが怖くもあり、嬉しくもあった。
どうしてあの時、言わなかったんだろう。
言えばよかったのに。
言葉はたしかに喉の奥まで来ていたのに、「今じゃない」と自分で押し戻してしまった。
そんな“今じゃない”が積み重なって、気付けば君はいなくなった。
置き去りにされたのは、言えなかった言葉ばかりだ。
夜、ひとりでベランダに出る。
星はきれいに見える。
君も、今どこかでこの星の光を見ているのかもしれない。
でも、雲だけは共有できない。
僕の頭上を通り過ぎていくこの形を、君は知らない。
君の街で流れていく雲を、僕は知らない。
それが、たまらなく寂しい。
何でもない日常を、同じ速度で過ごせないというだけで、こんなにも世界は違うものになる。
ねえ、君。
星なんかじゃなくてよかったんだ。
特別な景色なんていらなかった。
ただ、同じ雲の下で、同じ時間を歩きたかった。
それだけでよかったんだよ。
そんな小さな願いを抱えたまま、今日もまた空を見上げてしまう。
流れていく雲のどれかに、君がいた日の影を探すように。




