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女神の巫女は導かれる

そして物語は冒頭のワンシーンへようやくたどり着きました。

楽しんでいただけたらうれしいです!




 気づいた時には遅かった。

 イヤな音がして、蓋が外れた箱の中から惨めな姿になった神具がこぼれ出ていた。


「リア、なにが……きゃあー、し、神具がー!!」


 言葉と表情が合ってねーぞ、アリシア。

 あたしとアリシアは今日使った神具を保管庫に納めに来たところだった。手分けして片していたら足元で音がして。

 数歩離れたところにいたアリシアが近づいて、にやあと見下したようにこちらをみたと思ったら叫びだしたのだ。


「ど、どうしましたかアリシアさま…き、きゃあ! し、神具が割れてますわぁ!」


 こいつもグルみたいだな。えっと、イオニアだっけ? 声が上擦ってるしわざとらしい。

 そうこうしているうちに色んなヤツが集まってきた。


「何事ですか?」


 巫女たちを掻き分けてきた巫女長の顔があたしと足元の壊れた神具をみて固まった。そう、フツーはこうなる。


「神具を納めに来たのですが、リアがあの神具を落として壊したのです。巫女長」


 この巫女長は上級巫女だったけど、昔も今もあたしを邪険に扱わなかった。仲良くもなかったけどな。

 正直いうと、顔が孤児院の職員に似てて苦手だ。

 怒られる、打たれる。

 子どもの頃、毎日暴言吐きながら打たれてきたから、それを思い出すと身体が無意識に竦んじまう。


「あなたが壊したのですか、リア」


 静かな巫女長の声が騒がしい中でそれでもしっかりと聞こえた。


「あたしじゃねぇ、多分そばを通っただけだ。なのになぜか落ちたみたいで」


 言い訳をする気はないが、手にしたわけでも触れた覚えもないことはきちんと言っとこうと思った。


「そばを通っただけで神具が落ちるわけがないわ!」


 口を挟んだのはアリシアだった。

 証拠もない、手口もわかんねーけどさっきの顔からこいつが仕組んだんだろう。

 あたしが神具を壊したように見せかけた真犯人は。


「皆、静かに。リアとアリシア様はこのまま残って、他の者は自分の部屋へ戻って夕食の支度をしなさい。直ちに!」


 一声で巫女たちがざざっと動いていった。イオニアは最後まで不安そうにアリシアを見ていたけど、巫女長に再度指示されて出ていき、保管室にはあたしら三人だけになった。


「これは、十年祭の神具ですね。次に使われるのは一年後ですか」


 巫女長は床に散らばった神具の欠片を自分の手巾に拾い集めていた。動けず、立ち竦んでいたあたしには神具に触れる資格はないな。


「この神具が作られたときには三年かかったと箱に書かれていますから、これから作り始めて間に合うかどうか」

「巫女長、それはまた後で考えませんこと? いまはリアへの処分ですわ!」


 アリシアが苛立っているようにみえる。


「処分、ですか」

「神具を壊したのですもの、当然ですわ!」

「だからあたしは触れてもねーって」


 アリシアのやつ、あたしをなんとしても神具を壊した犯人に仕立て上げたいらしい。


「リアはこう言っています。あなたはリアが神具を壊したところを目にしたのですか、アリシア様」

「わたくしは、見てはおりませんけれども。リアの足元に落ちておりましたもの、触れていないだなんて嘘に決まっていますわ!」


 アリシアの言ってることに嘘はない。いや、あたしはホントに触れてねーからそこ以外な。

 あの見下した勝ち誇ったような顔さえしていなかったらこいつが仕組んだなんてあたしも思わなかったかもしれない。


 巫女長はおそらく事故だと思っているだろう。

 神具を壊したって、どういう処分になるだろう。

 よくて奉仕、悪くて追放か。


 そこへ最悪がやってきた。


「リアが神具を壊しただと!?」


 足音荒く、半閉じの扉を思い切り開けて入ってきたのは神殿長だった。


「ええ、神殿長。十年祭の神具ですわ。いま巫女長が持ってますが、リアが落として粉々になってしまいましたの」


 間髪入れずしっかりあたしがやったと告げるアリシア。違う、と言おうとしたけど、神殿長は聞いちゃいねえ。


「なんということだ! 貴様なんぞに巫女たる資格はない! とっとと神殿から出ていけっ!!」


 あー、そういうことかよ。

 神殿長もグルか。こいつも、孤児だったあたしをずっと追い出したがっていた。

 貴族出身者にはあたしを嫌っているヤツは多いけど、こいつが神殿長になってから特に増えた。


「お待ちください、神殿長。まだリアのせいとは」

「も、いーよ、巫女長。あたしの足元で神具が壊れてたのはホントなんだから」


 巫女長はきちんと事実を確認しようとしてくれてる。それだけで充分だ。


「いいぜ、出てってやるよこんなところ。あんたらみたいな腹黒いいけすかねぇやつらと一緒にいるのはこっちも御免だ」

「なんだとっ!? 貴族である我らに対してなんて口の利き方だっ!!」

「はっ、身分しか誇れるもんがねえのかよ、くだんねぇなぁ!!」

「この、小娘がぁ!!」


 激昂した神殿長は顔を真っ赤にしてあたしにつかみかかってきた。つかまったらこれ死ぬかもな。そう思ってたけど、神殿長は数歩踏み出したところで突然すっ転んだ。

 どうやら巫女長が拾い残した神具の欠片を踏んだようだ。


「きゃあああ!! 神殿長大丈夫ですか!?」


 アリシアが血相を変えて神殿長に駆け寄った。よし、今のうちに逃げてやる!


「リア、待ちなさいっ!」


 巫女長が追いかけてこようとしてるみたいだけど、あたしの足の方が速えんだよ!


 保管庫を出て、宿舎へ続く回廊から中庭を抜けて表門へ走った。


「ワリィ、開けてくれ!」


 やった、表門の衛士は顔見知りのおっちゃんたちだ!


「ん? リア、こんな時間になにしてるんだ?」

「巫女長から急ぎの使いだよ! まだ飯食ってねーのに人使い荒いぜ、ったくよぉ!!」


 顔をしかめて、さらりと嘘の用件を伝えると気のいい衛士のおっちゃんは表門横の通用口を開けてくれた。


「そうか、そりゃあ頑張ってこいやー!」

「急いで帰ってこねぇと飯抜きになっちまうもんなー、頑張れよー」


 ありがとー! と手を振って右へ曲がってあたしはまた走った。

 じゃあな、おっちゃんたち。もう会わねえと思うけど元気でな。


 神殿を出て、走って、走って、走って。

 

 空はもう暮れかけていて、あたしも途方に暮れそうだ。

 この季節、暑さ寒さはないけれど、これからどうすっかなぁ〜。


「ぴゅるる?」


 足元で鳴き声がした。見ると小さな鳥がまん丸な目であたしを見上げている。


「どうした? あたし、餌になるものなんか持ってねーぞ?」


 それどころかあたしにも餌…じゃねぇ、晩飯食ってねえから腹減った。


「ピュイピュイっ!」


 もう帰れ帰れ。あたしは帰るとこねーけど、お前はあるなら帰れ。

 こっちの言葉がわかったみたいに飛んでった小鳥。けど、すぐに飛ぶのをやめた。なんでこっちを見てんだよ。


「ぴゅい!」

「来い、って?」

「ぴゅるるるるっ!」


 あたしの言葉がわかんのかよ、お前。

 もうどうでもいい、ついてってみるか。

 どうせ戻る場所なんてあたしにはないんだから。


 変な鳥はその後もあたしがついてきてるかを確認するように休みながら飛んで、ある家の扉の前で止まってピュルリルリと長く鳴いた。

 窓に明かりはない。鳥は扉を小さなくちばしでコツコツと叩いた。


「開けろって?」

「ぴゅるるるるっ!」


 扉に手をかけると、開いた。開いた? 鍵は? 不用心だな、あたしが言えるこっちゃねーけど。


 中は暗くて、何も見えない。


「誰もいねーのか?」

「いるよー」


「なっ!?」


 突然隣で声がした。

 途端にあたりが明るくなってあたしは目を閉じた。 

 この声、懐かしいこの声は。


「みこ、さま……?」


 光に慣れない目でなんとかその人の姿をみようとしてるうちにだんだんと目が慣れてきた。

 飛び込んできたのは、目を疑うような光景だった。


「は? 庭?」


 あたし、真っ暗な家ン中にいたはずなのに。目の前にはめっちゃキレイな庭園があった。

 ここ、屋外だろ。太陽がある? え、あたしさっき家ン中入ったよな?


「久しぶりだね〜、リア」


 暢気な声の主はやはり、あの巫女様だった。

 最後に会ったときとまったく変わってない。着てるものはすっごいきれいだけど。

 あの変な鳥は巫女様のそばでピュルピュルと鳴くと庭園の奥へ飛んでいってしまった。


「みこさま…」

「その呼び方も変わらないね〜」

「だってアンタの名前知らねーもん!」


 一度も名乗ってねーからな!


「あれ? そうだっけ?」

「そうだよ、本神殿の巫女やってるとしかアンタは言わなかった。だから巫女になったらアンタに会えると思ったのにいなかったし!」

「うん、嘘だったからね」

「なんで嘘なんかついてんだよバカ!」


 さらっと嘘だと認めんなよ!

 腹立ってバカとか口走って、しまったと思ったけど、バカはひどいな〜とからりと笑われた。


「さすがにホントのこと言えないからだよ、そりゃ〜。リアが巫女になることはわかってたから、それまでにアタシは巫女をやめたってことにしようと思ってたのに、身内でゴタゴタがあってさ。会いに行けないうちに巫女になっちゃってたからどうしようもなくって困ったよ〜」


 身内のゴタゴタってなんだよ、って聞きたいようで聞くのこえー。いや、それよりも、この人に言わなきゃいけないことがある。


「ごめ、なさい」

「ちょ、え、なんで謝るの?」


 バカって言ったこと? と聞かれてブンブンと首を横に振る。そっちじゃねえ。


「あの、神具、壊れちまった。あたしが壊したわけじゃないと思うけど、でもあたしも巫女だから、謝らないといけないと思って」

「そっか。アタシが誰か、分かったんだね」


 この人が誰かなんてすぐにわかった。

 でも昔のままで懐かしくて、巫女様とただのリアとして話してたかったけどやっぱり言うべきことは言わないと。腹の前で両手を組んでぐっと頭を下げた。これは祈禱歌の前に女神像へする礼。


「女神レヴィアータ。数々の無礼とこの度の不始末、深くお詫び申し上げます」

「それを言うべきなのはリアじゃないから顔を上げて…おいでっ」


 ふわりと抱き上げられたあたしはすっぽりと女神の腕の中。待て!?

 ぎゅっと抱きしめて頭をぐりぐり撫で回される。


「あ、あたしはもう小さな子どもじゃないぞ!」

「いいんだよ〜、リアは何歳になったってアタシが拾った可愛い猫ちゃんだよ〜」


 こんな可愛くない猫いねーよ!!


「それより! なぁ、ここはどこなんだよ?」


 照れ隠しに気になっていたことを聞いてみる。


「ここ? ここは女神の庭園。ここに来た人間はリアが二人目で二百年ぶりかな?」

「なんであたしをココに呼んだんだ?」

「それはね、大事な話があるから」 


 あたしの頭を撫でていた手が止まった。抱き上げられたままなのはかわらずだけど。


「リア、よく聞いてね。壊れた神具は直せない。新しく作らないといけない。それができるのはリアだけなんだよ」


 神具をあたしが新しく作る?



「そんな、あたしは職人じゃないのに作れるわけないじゃん!」

「神具は必要な時に巫女の中で一番力の強いものが作ることになっている。人間の職人には作れないものなんだよ」

「あたしは木を削ったり石を彫ったり、金属やガラスを別の形にしたりできねーけど」

「だから、神具を作るのにそういう技術もいらないんだってば。いい? よく聞いて」


 目の前につきだされた女神の指先がついっとなにもない宙を撫でる。そこに四角い透けた絵のようなものが現れた。


「これは?」

「この国の地図。上が北で下が南ね。リアが住んでいるのはここ、王都の本神殿」


 女神の声に合わせたように、黄色い光が一つ、地図の上で点滅している。

 こんな地図初めて見た。あたしが見た地図はこんなに縁がギザギザじゃなかったし、街の境界とか道ももっとまっすぐだったけど、こっちはなんかくねくねしてら。あ、この黄色い光が神殿の場所なのか。王都って、こんな上の端っこなんだな。


「リーアー? 大事なことだから聞いて。これからリアには旅に出てもらいます」

「旅!?」

「そう、神具作製の旅」


 旅って、この王都から出たことすらないあたしにどこへどうやっていけって?

 混乱するあたしにかまわず女神はさくさく話を進める。


「目的地は三ケ所。一つは西領の西都ウェルムロシェにある地神殿」


 女神が指さした先で赤く光が灯る。

 黄色い光の本神殿から斜め左の方に赤い光と紋章が浮かび上がった。


 獣の横顔と二本の剣。そうだ、地神殿の紋章だ。


「南領にある南都ソルフォナヴェの水神殿」


 さっきと同じように、今度は赤い光の右下、黄色の光の真下あたりが青く光った。浮かび上がったのは4匹の蛇が輪をつくっている水神殿の紋章。


「それから、東領の東都エジェドマハナの風神殿」


 こんどは赤い光のまっすぐ右に緑の光と風神殿の紋章が現れた。頭が二つある鷹が翼を広げている。


「順番はどこからでもいいから、三領の神殿をすべて周って、神具作製に必要な材料を手に入れて本神殿に戻ってくる。これだけ!」

「これだけ、じゃない!」


 説明足りてねぇ!!


「どうやってそれだけの場所を回るんだよ、一人で行けってのか!?」

「行けるなら一人で行ったほうが気楽だけど、同行者を頼めるならその方がいいかもね」

「必要な材料ってなんだよ!」

「それは行けばわかるよ〜」


 話が通じねぇ〜! いや、通じてるのに、言ってることもわかるけどなんかつながってねぇ!


「ああ、大切なものを忘れていたよ。リア、これを持ってて」


 女神から渡されたのは小さくて透明な丸い玉が六つ連なった、手首につける装飾品だった。


「絶対になくさないで。でも旅の間、必ず身につけていて?」

「これ手首に付けるやつだろ? すぐ落ちそうでやなんだけど」

「ええ〜、わがままだなぁ。まあ、でもそしたら首に掛ける形に変えてあげるよ」


 女神の指先が触れると、玉を繋いでいる紐がスルスル伸びて首に掛けられる長さになった。

 これで服の下に隠れるし、落とす心配もなし。


「なぁ。あたし、生まれる前になにか悪いこといっぱいしたんかなぁ?」

「どうしてそう思うの?」

「だってよ、親なしでクソみたいな孤児院で育って、巫女になってようやく食べ物に困らなくなったのに、やってないことで罪着せられて神殿追い出されてさ。こんなの、生まれる前のあたしが悪いやつだったからいまのあたしが困ってるとしか考えられないだろ?」


 人間は死ぬと女神の身許へ行き、そこで生前の行いで次の人生が決まるという。

 善人であれば次は不自由ない暮らしができるが、悪人だった場合はそれは酷い暮らしを強いられると教わった。


「なるほど、そう習ったの。生まれる前のリアは悪いことなんてしてないよ」

「ならなんでこんなに苦しいんだよ! 孤児ってだけでみんな見下しやがって」

「親切にしてくれたひともいたでしょう?」

「虐めてきたヤツらも、たくさんいた」

「でもリアはやり返してたじゃない。アナタは強い子だったね」

「……汚い、臭いって」

「そう言いながらお風呂に入れてくれたの、前の巫女長じゃなかった?」

「いつも小言ばっかり。口が悪い、食べ方が汚いって」

「それは、アタシのせいかな? 会えていた時に直してあげられればよかったんだけど」


 ゴメンと女神が謝ってくる。

 謝って欲しいんじゃない。そうじゃなくて。


「ニーナが、髪、キレイだって言ってくれた」

「うん、リアの髪はキレイな金色だもんね」

「ルミのリボン、アンタ直伝の汚れ落としですっかりキレイになって、ルミも笑顔になったんだ」

「お、アレまた役に立ったんだね。笑顔になってよかったね〜」

「フィオは、寝台の数が足りない時一緒に寝ようって言ってくれた」


 結局そうはならなかったけど。


「嬉しかったね。うん、あの子は幸せな花嫁さんになって、いま三人目の子どもがお腹にいる素敵なお母さんになったよ」


 フィオ、幸せになれたんだ。良かった。

 そう思ったら、目から温かいものが頬を流れ落ちていった。


 あたし、泣いてんのか?


「そのまま、泣いてていいよ。リアはずっと頑張ってきたんだ。泣いてる間だけになるけど、こうしててあげるからさ」


 女神はあたしをぎゅうと抱きしめてくれた。頭を撫でる手がやさしい。たっぷり日に当てたシーツみたいな、いい匂いがした。


「なんで、」

「ん?」

「なんでアンタ、これであたしの母親じゃねぇんだよ」


 街で見かけた、転けてビービー泣いていたチビを抱き上げたのはチビの母親。抱きしめて、泣き止むまで頭を撫でていたっけ。いまのあたしと同じ、みたいに。

 そんなことを思い出していたら、女神が爆笑しだした。


 笑うとこじゃねぇぞ、これ!


「ホントにさ〜、アタシが母親だったら良かったのにね」


 一頻り笑ってそういった、女神の口調はさみしげだった。

 あたしの両親って、どこにいるんだろう。どんなやつらなんだろう、

 女神は、知っているのだろうか。


 優しい手はあたしの頭を撫で続けていた。

 できるだけ長くこの人といたくて、小さな子どものようにその首に縋り付いていた。




読んでいただきありがとうございました♪

少し長くなりましたが親子喧嘩からの和解、甘える主人公が書けて満足です♪

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