女神の巫女の悪巧み
楽しんでいただけたらうれしいです!
リア視点の場合はリアの一人称で、それ以外の視点で展開される場合はナレーション形式(?)でお送りする予定です。
忌々しい、とアリシアは心の中で吐き捨てた。
慣例に従い、アリシアが女神レヴィアータの巫女となってから十年経った。
もう、十年なのか。それともまだ、十年なのか。
*****
アリシアはスタインベルク伯爵家の次女として生まれた。姉とは五歳離れていて、作法も勉強も芸術もあらゆることに秀でていた。年齢の差を除いてもアリシアが勝てるものはなかった。
けれどアリシアは巫女に選ばれたのだ。選ばれた時にはそれは喜んだ。姉がなれなかった巫女に自分は選ばれたのだという強い自負があった。
けれど、実際に神殿に入ってみたら苦痛の連続だった。
狭い自室。しかも一人部屋ではなく平民も含めた四人一部屋だというのだ。巫女長に文句を言ってみたもののすげなくあしらわれた。
『神殿では貴族も平民も関係ありません。もし、扱いや評価に差が出るとすれば歌の力、神力によるものだけです』
『それでは、だれよりも神力がすぐれていたら掃除もしなくてよくなるのですか!?』
『いいえ。掃除は修行の一部です。女神レヴィアータは神殿が人々の憩う場所であれと願っておいでです。そのために神殿は常に清められ、整っている必要があります。ですから巫女は神殿を毎日清掃し、己を含めたすべての人々が心地よく過ごせるように心を配るのです』
意味がわからなかった。
そんなもの、掃除をするための下女でも雇えばいい話じゃないの、貴族の娘にそんなことさせたら家が黙っていない、とついそこまで言ったが。
『過去には、当時の王女殿下も巫女としてこちらの神殿で修業なさっていたという記録があります』
『おうじょ、でんかが?!』
『ええ。当然掃除なんて初めてなさったでしょうに一所懸命に毎日各所を掃除なさっていたそうです』
王族もやってたんだからたかが貴族のお前もやれ、そういうことだ。
その夜、悔しくて腹立たしくてアリシアは声を潜めて泣いた。一頻り泣いて、アリシアは心を決めた。
ここを変えてやる、と。
(神殿に平民がいるのが、のさばっているのがおかしいのよ!)
いるにしても貴族の下にいるべきであって、巫女長のように名誉な場所にいていいはずがない。
それはアリシアにとって当たり前のこと。
神殿をそれが通用する場所に変えればいい。
まずは貴族出身の巫女が神殿のすべてを管理して取り仕切るようにしなくてはいけない。平民は雑用だけしていればいい。
それができるようになるまでは屈辱だが我慢しよう。
やがて、神殿内外で少しずつ理解者も協力者も増えていった。父であるスタインベルク伯爵の力も借りたが、巫女たちの意見をまとめ上げたのはアリシア自身の力だ。
貴族出身の巫女があと一人か二人増えれば。
神殿長の座に父の息がかかった人物が就けば。
そう、あともう少し。
なのに予想外のことが起こった。
「孤児院出身の巫女ですって!?」
平民出身の巫女が増えるどころではない。アリシアの感覚で言えば、野良猫が巫女になるようなものだ。
顔をみてやろうと、神殿長に連れられた野良猫を見ると。
(フン、野良猫どころかドブネズミじゃないの)
見窄らしい、薄汚れた身なりの子どもがブカブカの靴を履いて立っていた。
けれどその眼は。
伸び過ぎた前髪の奥から覗く眼と見合った瞬間、アリシアの身体に緊張が走った。
(な、なにっ!?)
睨まれたわけではなかった。ただ刹那、視線がぶつかっただけだ。なのに、だ。
(わたくし、これを怖いと感じた?)
アリシアは三つも年下の、それもドブネズミのような見た目の子どもを見て慄えに襲われたことが信じられなかったし認められなかった。
けれどさらに驚いたのはその晩のことだった。
「こちらはリア、本日より新しく女神レヴィアータの巫女として皆とここでともに暮らします」
巫女長から紹介されたのはまるできれいな人形のような少女だった。
梳られた淡い金の髪は肩につくくらい。
眉のあたりで切り揃えられた前髪の下にはぼんやりした藤色の瞳が二つならんでいる。
(別人? けれど…)
今年、本神殿で受け入れる巫女は一人だけと聞いた。昼に見た姿といまではまるで違う。
「巫女長、本日入殿する巫女は彼女一人ですか?」
我慢できず、夕食後にアリシアは巫女長へ問いかけた。
「ええ、そうですよ?」
「ですけど、昼間とさきほどでは」
「あぁ、見ていたのですね。さすがにあのナリでは皆に紹介しかねましたので」
なんでもあの娘がいた孤児院は劣悪な場所だったらしい。
髪と体をしっかりと洗い、乾かした髪は痛いと暴れようと何しようと梳かして梳かして、ボロボロの服は巫女の式服へ着替えさせたところでようやくあの姿になったそうだ。
「湯に浸かる習慣がなかったからか、逆上せたのと空腹で虚ろになっていましたが、食事が始まったら誰よりも食べていましたね」
(逆上せ? 空腹?)
これまで無縁だったそれらの言葉はアリシアには意味がわからないものだった。
とにかく、昼間のドブネズミと先ほどの人形は同じものだということはわかった。
「それで、リアがどうかしましたか?」
「孤児院にいたものに巫女の役目は理解できるのでしょうか」
「どういう意味ですか?」
「あのように氏素性のわからぬもの、巫女にふさわしくないと」
「アリシア、あなたこそ三年もここにいて何も理解していないようですね。そもそも巫女とは」
また始まった、とアリシアは聞くふりで聞き流す。
巫女は選ばれた人間。
女神レヴィアータに仕える栄誉ある役目。
なのに。
「リアは、近来稀な力ある巫女です」
巫女長のその一言がアリシアの耳に矢のように突き刺さった。
(なん、ですって?)
「あれほど強い神力、私が巫女長に就いてから初めてのことで感激しましたよ」
(では、わたくしは……?)
口から零れそうになった言葉をアリシアは必死で飲み込んだ。
巫女長がその座に就いてはじめてのことだと言ったではないか。すなわちアリシアよりもリアの方が。
(あんなドブネズミに負けてたまるものかっっ!!)
この時からアリシアはリアを敵視し続けた。
この敵愾心、対抗心でもってアリシアは神殿の体制をここから三年掛けて変えてゆき、神殿に入ってから十年が経った。
貴族出身の巫女と平民出身の巫女の身分差別化を完成させ、神殿の要職を貴族で固めた。
これで過ごしやすくなると思ったのに。
*****
「アリシア様、リアを追い出すのは得策ではございません」
新しく巫女長に就いた(アリシアの意向で就けたのだが)子爵家の娘が言った。
神殿長の交代以降、上級巫女は午前と午後にお茶の時間を設けるように義務付けた。顔ぶれに決まりはないが、アリシアと巫女長は打ち合わせも兼ねているため二人のみで行うこともあり、これもその席で出た話であった。
「どういうことなの?」
「リアの神力が強いからですわ」
数年ぶりに聞いたその言葉に、アリシアは顔色を変えそうになった。奥歯をかみしめて内心を隠そうとしたが、目の前に座る巫女長が少しおびえた様子を見せたので隠しきれていないのだろう。
「あらぁ、強いと言ったところで他とどれほどの差があると?」
「例えるならですが」
前置きした巫女長は卓にならんだカップを取り上げる。
「朝の祈禱で発せられるアリシア様の神力がこちらのティーカップとしましょう。わたくしや他の者はこの半分から八分目ほどです」
神殿では朝と夕の勤めとして巫女は祈禱歌を女神像の前で捧げることになっている。朝の祈禱は一日の無事を願い、夕の祈禱は無事に一日を過ごせた感謝を捧げる大切な儀式である。巫女たちの歌は女神像を通じて女神レヴィアータへ届けられるとされている。
ちなみに月に一度行われる月例祭と年に一度の大祭では、国民も皆がそれぞれ家から最も近い小神殿に集まって女神を讃え、感謝する歌を歌い、それが本神殿を含む四つの大神殿に集まったところで巫女たちの歌が女神へと届けるという大切な役割を果たすとされている。
巫女の神力は目に見えないものとされているが、代々の巫女長と神殿長のみには神力を可視化する神具〈女神の瞳〉の存在を伝えられる。これは他の巫女たちにも秘されている。
「この量は決して少なくありません。けれど、リアは」
巫女長が取り上げたのは、ティーポットだった。
「ま、まさか」
「これは例えですが、それくらいの差があることは間違いございません」
そのポットはカップ五杯ほどのお茶が入るもの。リアの力はアリシアの五倍はあるというのだ。
忌々しい、なんて忌々しいドブネズミなのか。
「それだけの力ある巫女を追い出すことは国にとって百害あって一利なしとわたくしは考えます。しかも何も落ち度がないものを」
(落ち度…?)
「落ち度があれば、なんとかなるのね?」
「え、ええ。それは、神殿や国に不利益や害をなすのであればいくら神力が強くとも」
「追い出せるのね? あのドブネズミを」
アリシアの目にもはや巫女長の姿は見えていなかった。その眼には七年前のあの日、アリシアを威圧するリアの薄汚れた姿しか映っていなかった。
*****
巫女長との話からずっとアリシアは考えていた。
どうすればリアの「落ち度」を作り出せるか。
而して機会は思わぬところで掴むことができた。
ゴッ、ガシャリ、と。
聞こえた不穏な音に振り返ったアリシアの目に映ったのは、左腕を伸ばしたまま硬直して動かないイオニアとその足元に落ちている木の箱だった。
「あ、アリシア、さまっ…わ、わたくし……」
「動かないように」
イオニアの足元に転がった箱をそっと取り上げて開けてみると、やはりあちこち割れた無残な姿の神具があった。
神具は毎日使うものであっても毎朝巫女たちの手で保管室から取り出され、夕の勤めが終わると保管室へ収められ、厳重な施錠と封印でまた朝まで守られる。
この日はイオニアとアリシアがその役目に当たっていた。
イオニアは、ルミとの一件からアリシアを尊敬して親愛の情を向けるようになっていた。
イオニアにとってアリシアは気高く、美しくそして優しい理想の貴族令嬢として映っている。
その内面がどれほど権力志向の策略家でリアに対する嫉妬心に満ち溢れていたとしても。
アリシアもアリシアで、イオニアの家格を踏まえて彼女の前ではその理想とする淑女像を崩さないようにしていた。
この日、そんな憧れのアリシアとともに役目に就いたことでイオニアは少々浮き足立っていた。
まだ七歳の少女のことであると思えばそれは致し方ないこと。だが巫女としてこの結果はかなり罪が重い。
何らかの拍子にイオニアの左腕が箱を落としてしまったのだろうと、推測はできたがそれで問題は解決しない。
(さて、どうしましょうか)
壊れてしまった神具は箱書きから十年毎に開催される、〈十年祭〉と呼ばれる祭りで使われるもの。だから次にこの箱が開かれるのは来年、建国二百四十年の祭りで使われるはずだった。
建国祭は毎年行われるが、国を挙げて五日間行われる十年祭は特別なものとされている。女神レヴィアータがこっそり地上に降りて祭りを楽しんでいるという言い伝えがあるからだ。
地上に降りた女神は白い厚手のヴェールを被っている伝えられ、女神の憩いを妨げないようにということで、女性はこの祭りに白いヴェールを被って参加することになっている。
女神降臨の公式な記録はなく、真偽の程は定かでは無い。
閑話休題。
この場でイオニアを責めて終わりにするのはたやすい。
しかしイオニアの実家は侯爵家で、アリシアの家より高位にある。なるべく繋ぎはつけておきたい。できれば恩も売っておきたい。
それに、これを報告するとなるとアリシアも連座だ。二人一組で役目につく意味がまさにここにあり、アリシアの監督不行き届きになってしまう。
(わたくしとイオニア以外のものに罪を被ってもらう必要があるわね)
そう考えた時、逆に早期に発覚させてしまえばいいと気が付いた。
これは箱の中のこと。
箱の中がどうなっているのかは、開けてみなければわからない。
イオニアでも、アリシアでもない誰かが箱を落とした状態を皆が見れば。
その誰かとは。
「問題ございませんわ、イオニア様」
「あ、りしあ、さま…?」
「大丈夫、わたくしにすべて任せてくださいな」
すべての罪を、あのドブネズミに。
(これですべて終わりよ、リア)
アリシアはリアを陥れるための策を練り始めた。
読んでいただきありがとうございました♪
イオニアが「アリシアおねーさま!」と呼ぶシーンがあったのですが、私の完全な趣味で無駄に長くなっただけなのでなので割愛しました(涙)




