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女神の巫女は格差に憤る

楽しんでいただけたらうれしいです!



 そして三年があっという間に過ぎた。

 当然だけど、この三年間が何事もなく平穏無事に過ぎてったわけじゃない。


 上級巫女と下級巫女の扱われ方の差は拡がるばかりだ。

 上級巫女には尊称をつけろだの、丁寧な言葉遣いをしろだの。ついには食堂と宿舎まで分けられ、身に着ける式服も別になった。

 上級巫女は空色の高級布地を使った、釦やリボン、フリルがたくさんついて裾がフワリと広がる貴族のドレスみたいなもの。

 下級巫女は生成りで飾り気の少ない動きやすいもの。

 いいよ、着るものなんて。ヒラヒラが増した格好もキラキラした余分な装飾品もいらないから。重くて邪魔、今までの服であたしは充分だし。って言ったら何人かに怒られた。解せぬ。

 けど、食事の量が減ったのは許せねぇ。

 お代わりが自由じゃなくなっちまった!


「あたしらの方が何倍も動いてんのになんであいつらの方がいいもの食ってんだよ!」


 厨房に詰め寄ったら『予算の都合』だとよ! ようはあいつらが贅沢するからその差を埋めてるだけだろうが!


「ホントよー、私もたまにでいいから一枚肉食べたい! 最近挽き肉すら出なくなったもん!」


 根菜のミルク煮をうんざりした顔で口に運びながら同意してくれたのは同い年のニーナだ。


 あれからフィオもマイラも結婚するからって巫女を辞めていった。ニーナも隣領にある実家とよく手紙のやりとりしてるからきっと近いうちに理由をつけて辞めるだろう。


 新しく入る巫女は貴族も平民もいる。最初から上級・下級で区別されているからおかしいと思わないようだ。だからいろいろ手が足りなくなるということはないけど。


「イオニアとルミなんだけどさ」


 少し声を低めたニーナは真剣な顔をしている。

 イオニアは上級巫女、ルミは下級巫女で二人とも今年巫女になったばかりだ。


「その二人がどうしたよ?」

「晩御飯前にさー、ルミに頼まれて私あの子の髪を結ってあげたのね、今日お兄さんからもらった新しいリボンをつけたいけど上手くつけられないからって」

「そしたら?」

「それをイオニアが勝手にそれを解いたのよ!」


 あー、なんか目に浮かぶわー。


「ルミも最初は『何でこんなことするんですか!?』ってくってかかったけど、イオニアってばなんて言ったと思う?」

「『フン! このリボンはわたくしの方がにあうからもらってあげるのよ!』 とでも言ったか?」

「わお。だーいせーかーい」


 拍手されてもうれしかねーけどな。


「もしかしてリアも見てた?」

「見なくても想像できる」


 イオニアは侯爵家出身。見た目は人形みたいだが、とんだ我が儘娘なのは一目でわかった。


「あの髪型、私の渾身の作だったのにぃ〜!」


 そこかよ、ニーナ。

 そういえばコイツ、他人の髪結うのが趣味だとか言ってたっけ?


『ねー! リアって髪キレーだよね〜。色薄くてふわふわで高級な白磁人形みたい〜。ね、髪触らせてくんない? 可愛く結ってあげるからさ!』


 かなり昔の面倒臭いこと思い出した。話がそっちにいかないようにしねーと。


「それで、ルミは晩飯食わずにメソメソしてんのか?」

「ん〜、返してー返さないーってしばらくやり合ってたんだけど…アリシアに、平手打ちされてね」


 は? アリシア?


「ガキの喧嘩に手ェ出すかよフツー」

「イオニアが最後泣き出したもんだから、『貴族に歯向かうなんていい度胸ね? たしか、あなたのご実家は仕立屋でしたわよねぇ?』って言われたら、それ以上何もできないよ」


 『これ以上楯突いたら実家の商売できなくするぞ?』って暗に言ってるわけだ。


「で、リボンはどうなったんだ?」


 ニーナは無言で首を振った。


「アリシアの加勢で調子に乗ったイオニアが『こんなリボンやっぱりいらないわ!』って踏みつけてね、汚れてぐしゃぐしゃよ。ルミのお兄さんがルミのために刺繍してくれたリボンだったってのにさ」


 それを聞いたあたしの目の前が真っ赤に染まった。


 大切な人からの贈り物を貶される、汚される怒りと哀しみはあたしもよく知ってる。


「ニーナ」

「なによ?」

「ルミに聞いてみてくれ。イヤじゃなかったらそのリボンをあたしに渡しなって」

「は?」

「その汚れ、キッチリ落としてやるから」

「できるの?」

「絶対とは言えねー。でもやってみねぇとわかんねーだろ?」


 晩飯後、ニーナと一緒にあたしのところにやってきたルミは不安そうにしながらも「もし、きれいになるかもしれないならお願いします!」とリボンを渡された。


 久々にやってやるか!


 濡らしたリボンを重曹水に浸けたらそこへ柑橘水を混ぜる。様子を見ながら少し置いて、あとはしっかり洗う。

 これ、ほとんどの汚れが驚くほどキレイになんだぜ。

 乾いたら当て布して火熨斗してやれば新品同様とはいかねえけどキレイに戻るはずだ。


 次の朝、掃除の前にきれいになったリボンをルミへ返すとその顔は輝いていた。ずっと泣いていたらしくて目は真っ赤だったけど。


「すごい! あんなに汚れてぐしゃぐしゃだったのに! リア、ありがとう!」

「別にかまわねーよ」


 あの時のあたしも、こんな顔してたんだろうか。

 孤児院にいた頃、近所のガキに親ナシってよく虐められた。

 巫女様にもらった手巾を取られてドブに捨てられた時は腹が立ったし悲しかったしで暴れまくった。

 きっちりやり返してからやっと拾い上げた手巾は汚れて真っ黒で臭くて。でも、捨てられなかった。

 巫女様にやっと会えた時、どうしたら汚れと匂いが落ちるか聞いてみた。


『うわ! これはひどいことになったね。新しいのあげようか?』

『やだ! これがいい!』


 新しいのはまた今度、いまはこれをきれいにしたい、とごねにごねた。


『う〜ん、ちょっと待ってて? 完全に元通りにはならないだろうけどできるかぎりでやってみるからさ』


 そう言って持ってきたのが石鹸と重曹と柑橘の実だった。


『まずは濃いめの重曹水と柑橘水を作る。重曹水に浸して、そこに柑橘水を入れる。シュワワって泡が出てきたでしょ? これが終わったら石鹸でギュッギュってもみ洗いをする』


 いわれたとおりにするとたしかに汚れは落ちた。


『くさいのがまだある』

『ん〜、さすがに匂いが残るかぁ。柑橘の皮をこすりつけたら取れるかな?』


 水につけた柑橘の皮を擦り付けていくとだんだん匂いも取れて、むしろ微かに柑橘の香りがした。


『お〜、取れたねー!』

『巫女様すごい! ありがとう!!』


 嬉しかった。生まれて初めてくらい本当に嬉しかった。


 怒りも悲しみも忘れちゃいない。なくなってない。けど、それがあったからこの嬉しさもあるんだって思った。


 最悪な孤児院にいたけど、優しい巫女様に出会えた。

 腹一杯飯が食えた神殿は貴族がのさばる伏魔殿になったけど、あたしが少しだけ手を伸ばせばこうして見られる笑顔もあるんだ。




*****




「アリシア」


 伯爵家出身のあの女。

 あいつは、あたしが神殿に来たときから誰よりもあたしを目の敵にしていたように思う。

 あっちのが三つも年上だってのによ。

 三年前から始まった神殿のこの変わりようもきっとあいつが絡んでるはずだ。神殿長の交代、巫女長の交代にも一枚噛んでるかもしれない。


 だからってあたしにできることがあるか?


「だぁ〜っもうっっ!」


 一頻り頭をかきむしって、いけ好かない女の顔を頭から追い出した。


 こんなに月が綺麗な夜なのにもったいない。

 無になった頭ん中にするりと入ってきたのは、からりと笑う巫女様の顔だった。


 夜。眠る前に必ず月を見ると、あの人がそう言っていた。


 見ながら思うのは。


「なぁ、巫女様。アンタ、いまどこにいんだよ」


 いまの神殿、変わっちまったんだぜ。


「話、したいよ」


 あたしの話、聞いてくれよ。あの頃みたいにさ。






〈言い訳〉重曹と柑橘レモンの洗浄は嘘じゃありませんが出来上がりを保証できませんのでそこのところよろしくお願いします!

分量やつけ置き時間とか素材によっても違うと思うし、現実ではどこまでキレイになるか、試してないのでごめんなさい! 結論、ファンタジーなので!!

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