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女騎士は紅に染まる

楽しんでいただけたらうれしいです!





 しん、と静まり返った深夜の荒野。ティナは愛馬を疾走(はし)らせた。


 まばらに生えていた木々も途切れた、何もない丘陵地。ここまで来れば遠く広く見渡せる。

 野営地を中心に周囲へ目を凝らす。星明かりに目が慣れてくると一点、おかしな場所があった。

 砂煙が微かに見える。馬が一頭、いや二頭が並走しているようだ。方向からして前日通り抜けてきた森の方へ戻るように見える。


「フリート、行くぞ」


 ティナは再び丘を駆け下り、怪しい砂煙を追いかけた。




******




 ファルは焦って馬を走らせていた。

 いつもやっていることなのに、今回はどうもうまくいかない。


 少し老け顔を作って乗り込んだ今回の長距離馬車。仲間のベネクスとは無関係を装い、初対面として会話をしたり。ここまではよかったのだけど。

 略奪予定の物は厳重に梱包してあって少量ずつをくすねることができない。あれは開封したら最後な包み方だ。

 護衛役も今回に限って人数は多いわ、勘が優れてるわ。

 おまけにベネクスが捕まった。

 一番危険な、護衛役を眠らせる役目を負っているベネクス。いつもは茶に混ぜた眠り薬に引っかかっている間に仕事を終えられるのに、ヤツら今回は飲まなかったり、飲んだのに眠らなかったり。


(ホントどうなってんのさ!)


 なにも奪ってこれなかったでは己の身が危ない。やむなく一つだけ、攫ってきたもののイヤな予感がする。


「姐御! これホント大丈夫なんスかぁー!?」


 後ろから、同じく馬で追いかけてくるプースの問いかけにファルは答えない。答えられない。


 プースはもう一人の仲間で、盗みには加わらないが逃走用の馬を準備させたり隠れ家を整えたりという裏方をさせていた。

 二頭の馬にファルとベネクス、プースと盗品が乗ってスタコラ逃げる予定だったが、ベネクスが捕まったことでファルとプースがそれぞれの馬に乗り、いつもよりも慌てて逃げることになった。

 今回の盗品(?)は合流するなりプースにあずけた。ただしくは、押しつけた。息はできるようにしたから、死にはしないだろう。

 それは眠らせてぐるぐる巻きにして袋に入れてきた、リアという名の幼い娘。姉と故郷へ帰る旅ということだが、ファルが見る限り「姉」が見当たらない。おそらく自衛のための嘘だろうと判断した。よく護衛の女と一緒にいたり、旅慣れていないようでぎこちないところもあり、これならいなくなっても構うまい。

 この娘、言葉遣いはアレだが見た目はなかなか整っている。サラふわな金の髪、切れ長な藤色の瞳。十歳だと聞いたが背が低いからかもう少し幼くみえるが、売るには問題ないだろう。


 そう、これまで手を出してこなかった人攫いそして人身売買。ベネクスは()から何度か持ちかけられたらしいが、リスクが高すぎることと、手頃な対象がいなかったこともありずっと見送ってきた。だが今回は背に腹は代えられず、これでなんとか凌がなければならない。

 天幕に誘眠香を焚いて全員眠らせ、リアをぐるぐる巻きにして持ってきた。丸一日は眠り続けるはずだからそのまま隠れ家で様子を見ながら()の連中が引き取りに来るのを待てばいい。そのはずなのに。


 馬車の野営地を出てからイヤな予感がして、胸騒ぎがずっと続いているのだ。


 息絶え絶えに隠れ家へ戻ったファルとプース。

 隠れ家、と言いつつここはただの洞穴だ。扉もなく、食糧さえあれば数日間はなんとか過ごせるようにしてあるだけだが、ここのことは仲間しか知らない。なんとか戻ってこられて、あのイヤな予感は杞憂だったかと一息ついたところへそれはやって来た。


「へぇ、こんなところにねぇ」


 人の声がしたが、それは到底人とは思われない獰猛な気配を放っていた。


「だ、誰だお前は!!」

「えー、忘れられたなんて悲しいなぁ。ニアルトからとはいえあなた含めたみんなの護衛をしてきたというのにさ」


 柔らかな言葉と醸し出す雰囲気がまったく合っていない。

 ファルを見据えているのは若い女の姿をした、まるで野生の獣。背中を見せて逃げようものなら飛び掛かって喰われそうな、そんな気さえする。


「まぁ名乗ってなかったしねぇ。わたしはティナ。あなたが乗っていた長距離馬車の臨時護衛。それから、あなたが攫ったリアの姉だよ」


 たしかに、この女はリアが懐いてよく一緒にいた護衛役の女だ。初めて見る顔で、名前も知らなかったが腕はたつようなので、顔を覚えられないようにさりとて不自然ではない程度に近寄らないようにしていた相手だ。それがリアの姉だと。


「は、え、に、似てないじゃないかっ!!」


 姉というには似ていなさすぎる。

 髪の色も瞳の色も顔立ちも。

 リアが子猫ならこのティナは狼か犬、それくらい違う。


「そりゃあ血は繋がってないからね。それでもわたしはあの子の姉で保護者。あの子も言わなかった? 姉と一緒だって」


 たしかに。それを勝手に嘘だと判断したのはファルだ。血がつながっていないとか考えもしなかった。


「返してもらうよ、わたしの可愛い妹を」

「はん! 返してほしけりゃ力づくっ!?」


 取り返しにこい、とみなまで言う前にファルは意識を飛ばした。何が起こっているのかすらわからなかっただろう。しかしプースがみていた。

 単純なことだ、ファルが知覚するより素早くティナが動いただけ。踏み込みも素早く、腰の短剣を手にしてファルの懐に入り込み、鞘に入ったままでファルの鳩尾を柄で突いた。それだけだ。


「ひ、ひぃぃっ!!」


 不幸にも動体視力がよいプースにはすべて見えていたが、逆にそのせいでティナの恐ろしさをその目に灼き付けてしまった。

 ゆらりと、体を起こしたティナの目がプースを捉える。ゆっくりとプースへ近づいてくるが、目線は彼が抱えている大きな袋にしっかりと固定されたまま。


「そこに、あの子がいるの? そんなものにあの子を入れてたの?」


 おれがやったんじゃねえ、そう叫びたかったプースだが喉が干上がったようにカラカラで声が出ない。たとえ言えていたとしても「抱えているお前も同罪だ」で終わっただろう。


「どうしてその娘を狙った? 誰かの差し金?」

「お、おれは何も知らねぇ! いつものように馬を連れてっただけなんだ!」

「それで通ると思ってるの?」

「知らねぇもんは知らねぇんだよ! た、ただ…」

「ただ?」

「あ、姐御が言うには、『しくじりまくったから運びやすくて後腐れなさそうなのを持ってきた』って、ひぃぃっ!!」


 どれがティナの逆鱗に触れたのかプースにはわからなかったが、怒りに燃えるティナの瞳が紅くギラギラと輝いているように見えた。強い怒りを宿したその眼に腰が抜けて、プースは座り込む。


「ふぅん、後腐れねぇ。その娘の身に何かあればどうなるかも知らずに、ねぇ?」


 一歩、ティナがプースの方へ歩を進める。プースは座り込んだまま後退ろうとして、すぐそこは壁だった。


「ひ、あ、うぁ……」

「大人しくしててねぇ? 動くとどうなるか」


 ティナが手にしていた短剣の鞘を抜き払う。そこから現れたものにプースは目を見開いた。


「なんっ、それ、なんッッ!?」


 恐怖と驚愕で言葉がうまく出てこない。

 プースが目にしたそれは細身の剣だった。炎のような色をした実に美しい。しかし短剣の鞘に収まる長さではなく、その色にしてもただの剣とは言えない代物だ。

 そして赤い剣を構えた途端、ティナの髪まで瞳と剣と同じ赤に染まってしまった。


「これ? わたしの相棒だよ。すごいでしょ? 長さも身幅も変わる剣なんだよ」


 そんなもの、ブースは初めて見た。

 ティナ自身も同じことができるものを他に知らない。


「おしゃべりはここまでだね。リアを返して?」

「か、返す! 返すから命だけは助けてくれぇぇ!!」


 今回の収穫はこの娘だけだ。ここで返せば命は助かるかもしれないが、上がりがなければ()()に殺されるだけだ。

 だが、返さない選択をしてどうなるか。

 結局ここで殺されるだろう。


「その判断をするのはわたしじゃないんだよね」


 その言葉と同時に赤い剣が眼前に迫る。振りかぶったその動きにプースは覚悟した。




*****




 温かくて、柔らかい。これ、なんだろう?


『……リア、私の可愛い娘』


 優しい声がリアと呼んだ。あたしのことか? でも、可愛い娘って、あんた誰だ?


『なるほど。………が強いな』


 今度は低い声が聞こえた。知らない男の声。

 何がつよいって?


『そんな! わたくしはイヤです!』

『だが、このままでは』


 声が遠い。何を話しているかわからない。

 ああ、そうか。これは。


「夢…?」

「あ、リア。起きた?」


 この声は。


「ティ、ナ?」

「そうだよ〜。優しいティナお姉ちゃんだよ〜? まだ寝惚けてるのかな? んもう、夜更かしなんてするから朝起きられないんだからねー?」


 楽しそうでなんか、ムカつく。それにしてもこの枕、高さも柔らかさもちょうどよくて……枕? あたし、枕なんて使ってたか?

 ゆっくり目を開けて最初に見えたのはティナの顔。


「おはよう、リア」


 ティナの優しげな表情にそのまま挨拶を返そうとしてはたと、気が付いた。この位置に顔、柔らかい枕のようなもの。これってもしかしてもしかすると!?


「わぁぁぁ!!」

「うわっ、リアいきなり起き上がらない!!」


 起き上がってから振り向くとそこにはティナが座っていた。片足を伸ばしてもう片足を立てた状態で。明らかにいままで枕だと思っていたのはティナの太腿だ。そしてなぜか床はガタゴト動いている。


「ここは、馬車? いつの間に?」

「リアが全然起きなくてやむなく出発したんだよ。寝たままのリアを抱っこして乗せて、膝枕してね〜」


 うわ、まじか!?

 馬車の外を見ると太陽はずいぶん上の方にいる。かなり寝過ごしちまったようだ。


「きっと慣れない旅の疲れが出たのよ。小さいのに頑張ってたものね」

「しかも知らない大人だらけの中でよ〜」


 客のおっちゃんとおばちゃんが口々に言ってくれたけど、あたしは気付いた。


「ティナ! 護衛の仕事はっ?!」


 ここにティナがいるってことは護衛の仕事をしてないってことだろ!? 


「その護衛仲間も、目を覚ますまで一緒にいてやれって言ってくれたんだよ」


 この時、あたしだけが知らなかった。


 昨夜、あたしが売られるために攫われたこと。

 それをティナが助けてくれたこと。

 客の男女が二人と他に一人、誘拐の現行犯で捕まって別の馬車で捕縛・監視中だということ。

 あたしと、他にも何人か使われた薬が強くてなかなか目覚めず、出発が遅れたこと。

 あたしが一番最後に目覚めたこと。

 おっちゃんもおばちゃんもそれを知ってて、けどあたしを不安にさせないように全部疲れが出たってことにして話を合わせていたこと。


 そんな事情も他人の心配りも何も知らないあたしは。


「なんで、赤の他人のあたしを、こんな」


 どうしてここまでするんだ?

 あたしとあんたは偶然会って、一緒にいた方が得だから一緒に旅に出ただけじゃないか。

 今回だって叩き起こすか、テキトーに寝かせといたって良かっただろうに。


「たしかにわたしとリアは血は繋がってないけど、あの時言ったよ、おねーちゃんって呼んで、って。あの時からずっとわたしはリアのことを妹だって思ってるよ」


 こいつのこういうとこだよ。頭がいいというか狡賢いってのか。嘘なのに嘘じゃなく聞こえるというか。

 回りもなんかいい話聞いたな〜みたいな顔してるし。


「それに、妹の面倒を見るのは姉の役目」


 でしょ? とにっこり微笑まれたらもうなにも言えない。

 いや、一つだけ言わないといけないことがある。


「ティナ」

「なあに?」

「その、あ、ありがとう……姉ちゃん」


 小さく、聞こえなくてもいいと思って付け加えた最後のひと言も、ティナにはしっかり聞こえてた。


「いま、お姉ちゃんて呼んでくれたよね!? 初めて呼んでくれたよねぇ!?」


 皆さんにも聞こえました!? とか周りに聞いてんじゃねぇ!! さらに生温かい目でみられてんじゃねぇかよ!!


 あと一時間くらいでバルレイ村に着くとアークスから教えられたのは、欣喜雀躍なティナに強く抱きしめられて息ができなくなる寸前のことだった。





サブタイでから戦闘で血みどろのティナを想像された方いましたらすみません。最初から血みどろ予定はなかったので大丈夫です(なにが)!


読んでいただきありがとうございました♪

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