表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/3

#00 プロローグ

想太はいつもより少しだけ早く目を覚ました。

まだ誰もいない寮の部屋。薄いカーテン越しに、朝の光がやわらかく差し込んでいる。

この街に来て、まだ数日。それでも制服の襟を整える手つきだけは、少しずつ“自分のもの”になってきた。

ここから三年間。久遠野での生活が始まる。

新しい環境、新しい街、そして新しい出会い。外部受験でやってきた彼にとっては、すべてが“最初から”だった。

しかし、この朝はそれだけではなかった。何が変わったのか、言葉にはできない。ただ、この街の空気がほんの少しだけ違って感じられた。


なんだろう。


言葉にしようとすると、胸の奥で何かが静かに揺れる。


「いつもと同じような朝だけど……今日は、なんか違うな」


誰に向けるでもなく、そうつぶやいた。その瞬間、耳の奥に“夢の残響”のような気配がよぎった。

懐かしいのに、思い出せない。声だけが、胸の奥に残っている。あの夢を見てから、心の奥には波紋が残っている気がした。


通学路の途中、街路樹の並ぶ舗道を歩いていると、道の向こうに小さな公園が見えた。

朝の光が芝生を照らし、ベンチのそばにひとりの少女がしゃがみ込んでいる。

長い黒髪が風に揺れ、制服のスカートの裾は草の上に落ちていた。彼女は両手で紙袋のようなものをそっと抱え込んでいる。

近くには野良猫が一匹。猫は紙袋に顔をのぞかせては、小さく鳴いた。たぶん中には、小さな小鳥がいたのだろう。

少女は猫を驚かせないように手を差し出しながら、静かに微笑んでいた。


その姿はあまりにも自然で、まるで“誰かのために何かをすること”が、当たり前であるかのように見えた。

想太はその場に立ち止まり、なぜか分からないまま目を離すことができなかった。


名前も、声も知らない。

けれど、その横顔に夢で見た“誰か”の面影が重なって見えた。


そのとき、校舎のチャイムが遠くで鳴った。

少女は小鳥の紙袋を優しく抱き上げ、猫にひと声かけてから立ち上がった。想太には気づかなかったようで、そのまま校門とは別の道を歩いていく。

数歩だけ、その背中を見送って、想太は小さくつぶやいた。


「……誰だったんだろう」


あの少女に、また会うことになるとは思ってもいなかった。しかも“まるで別人のような態度”で。

その朝に見た“優しげな横顔”だけは、その後もずっと心のどこかに残り続けていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ