1つになった内界。
今回は俺たちの内界が変化したので、その時の事について綴ろうと思う。
先月の暮れのことだ。ある日の夜、さくらが「またなごみちゃんと一緒に居たい。隣に居たい。でも、のあたちと離れるのも嫌だ。」と言い出した。さくらがこんな事を口にしたのは初めての事だった。ずっと思っていたであろうとは思うが、さくらがそれを口にする事は今まではなかった。それは大きな事ではないかと母やのあは感じ、『これは何かが変わる予兆かもしれない。』と思ったそうだ。
ちなみにこの時の事は、俺と和は例の如く意識がないので記憶もない。その為、この記録の殆どは後から聞いた話と母が書き記してくれたメモをもとに書いている。
その後のあに交代し、少しすると内界が暗くなったそうだ。何も見えず聞こえない。他の人格たちの存在も感じられなくなったという。この時、内界が変わる事を直感的に感じたそうだ。さくらや奏に呼びかけたりしながら2分程様子を見たが内界は復活しない。そこで、のあは誰かに交代が出来るか試してみたそうだ。そのまま1分程意識を失い目を覚ますと、交代こそ出来ていなかったが内界が復活したそうだ。すぐに現状を確認しようと内界に意識を集中させると、さくらと奏が自室から出てきたそうだ。そして扉(=部屋)の数が1つ増え、共有スペースには車椅子に乗ったまま眠る和の姿もあったそうだ。
どうやら内界が1つになったらしい事を理解した3人。内界で和が意識がない事は共有してあったので、和の事は一旦そのままにして俺の捜索を始めたらしい。呼びかけても応答がなかったので、とりあえず新しく出現した部屋の中に奏とさくらが向かったそうだ。すると、部屋の中のベッドで俺が眠っていたらしい。
俺は「紘希起きて~!」という幼い声と小さな手に揺さぶられる感覚で目を覚ました。するとそこは知らない部屋で、ミルクティーのような髪色の女性と小さな女の子に見つめられていた。その小さな女の子は、写真で見た小さな頃の和(さくらが出ていた時)と瓜二つだった。そこで俺はその子に「もしかしてさくら?」と訊いた。すると「うんっ!さくらっ!」と言い、続けて、「それでお姉ちゃん!」と言いながらもう1人の女性を指さし、奏を紹介してくれた。奏は「紘希、やっほー!」と動画で聞いていた声より少し落ち着いた、だけれども動画と同じ明るいテンションで挨拶してくれた。
俺は2人から状況を簡単に聞き、一緒に共有スペースに向かった。皆で話し合い、一度和を出してみようという事になった。しかし、自分の意思で動けない和をどうやって交代椅子に座らせるかがわからない。なので一度、のあに椅子から離れてもらった。そうすれば内界が分かれていた頃のように交代出来るかもしれないと考えたからだ。作戦は成功。無事和を表に出す事が出来た。
だがここで問題が起きた。和が内界を見る事が出来なくなったのだ。俺たちからは表の様子が見えていたので必死に声を掛けた。どうやら声は届くようだ。母からここまでの出来事の説明を受けた和だが、1年弱の間常に一緒に過ごしていた俺の姿が見えなくなり、かなり不安がっていた。俺をモデルにしたぬいを抱きしめながら、「紘希、帰ってきて」と何度も呼んでいた。そのまま約10分の時間が過ぎた頃、強制交代の時のように和が意識を失ったらしい。同時に俺たちも意識を失ったようだった。2分程で和の意識は戻ったが、内界は黒いもやがかかって見えず、会話も出来なくなったらしい。そんな状態が約25分続き、また和は2分程意識を失ったそうだ。この約30分間の記憶は俺たちにはない。
和の意識が戻ったのと恐らく同じタイミングで、俺はさっき目を覚ました時と同じベッドの上で再び目を覚ました。どうやらこの部屋が俺の部屋らしい事を理解し、共有スペースに向かった。部屋から出ると、他の3人も同じように個室から出てきた所だった。
するとどこからか、「紘希!」と和の声がした。声の方向に目を向ける。内界がまた変化していた。部屋の中央の交代椅子と表を写す液晶が消え去り、代わりに正面の壁に縦横2m程のドーム状のガラスのようなものがあった。声はそこから聞こえてきたらしい。そこには表の様子も映っていた。どうやらこのドーム状のものはDID界隈では度々『スポット』などと呼ばれる事のある交代装置らしい。そのスポットにが見えるよう、部屋の中央にはアーチ状のソファが2つ置いてあった。
何はともあれ、和ともまた会話ができるようになり和も内界を見る事が出来るようになった。念願だった内界を1つにすると言う願いも思いの外早く叶った。和も再び俺に会えた安心と3人と会えた事をとても喜んでいた。もしかすると、内界を動かすには和の想いだけでなくさくらの想いも重要なのかもしれない。
和と作り上げた内界から持ってこられたのは日記帳だけ。2人で作り上げた内界に思い入れはあるので少し寂しくはあるが、事態が大きく好転したのは事実だ。
スポットによる交代は、人格によって交代にかかる時間が変わる。交代椅子のように誰もが一瞬で交代する事は難しい。ただ何故か俺は殆どラグがなく出られるようになった。これで和が追い詰められた時などはすぐに交代出来てありがたい。
ただ人格によっては出るのに1分程かかったり、内界で和が眠ってしまい記憶が残らないという不便さはまだ残っている。しかし和が表に出ていれば、5人全員で会話ができる。また俺に自室が出来た事で、チャイムが鳴りそうな場所に行く時は自室に籠るという対策を取れるようにもなった。様々な点において、今回の変化はとてもありがたい変化だと言えるだろう。