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7話「交錯する邂逅」

 王城の回廊には、まもなく夜の帳が下りる。

 

 だが、第三王子ルシアン・ヴァルトハイムは自室に戻ることなく、人気のない書庫の片隅に腰掛けていた。


 手にした本のページはほとんどめくられないまま、彼の視線は虚空を彷徨っている。


 ルシアンは先週の王宮会議の場で、ついにアリサ・クリスティとの関係と自分の想いを“隠さず”伝えた。

 

 そして「アリサの身の安全は、王族として、ひとりの男として必ず責任を持つ」と静かに宣言したのだ。


 そこには「アリサに危害を加える者には、身内であろうと制裁を辞さない」という警告が含まれる。

 

 ——だが、その直後から、王宮内の空気は確実に変わった。


 いつも以上に探るような視線、さりげない監視の増加。

 兄王たちや第二王子グラハム、その側近たちが何やら思惑をめぐらせているのが、痛いほど伝わってくる。


 (私が……彼女の存在を明かしたことで、何かが動き出した。いや、きっと最初から、その機会を待っていたのだ)


 ——肝心のアリサとは、もうしばらく“顔を合わせて”いない。


 連絡が取れるのは、王宮と唯一距離を置ける“とある貴族”からの使者を通じてのごく短い手紙だけ。

 

 そこには彼女の無事と、しばらくは“見つからない場所”で過ごしていることだけが、そっけなく綴られていた。

 

「……何も知らされない、何もできない。なのに“守りたい”などと口にしていいのか?」


 独り言は、静かな王宮の廊下に消えていく。


 もし王位継承権を捨てることが出来れば、自由に動けるだろう。だが同時に彼女を守る地位も失うことになる。


 アリサのためを思えば、こちらから動くべきではない。

 

 しかしその「正しさ」が、どうしても自分を苛立たせる。


 (……アリサ。君の本心は、これから何を望む——)


 今まで、城を抜けさへすれば、彼女に会い、不器用ながらも他愛無い話を交わすことが出来た。

 

 それが今は、彼女に触れるどころか近づくことも許されない。


 しかも——フォレスター家の屋敷の者から「突然、休暇を申し出て姿を消した」との報せ。

 

 それを聞いた時、ルシアンは“自分でも驚くほど”動揺していた。


「待っててくれと言ったのに……どうして、私に黙って決めたんだ」


 その問いは誰にも届かない。


 思い返すたび、自分の“正体”を隠して近づいていたこと、彼女に名前を告げたまま、その後会うことが出来ないジレンマに苦しんでいた。

 

「これではまるで子供の恋と同じだ——」


 ルシアンは、王子という立場の不自由を今ほど呪ったことはなかった。


 何も出来ない自分の不甲斐なさに、怒りと呆れが交錯した複雑な感情となって、胸の奥に重く沈んでいた。


 窓の外、夕日に照らされる王都を見下ろすと、どこかでまだアリサが誰かを助けているような錯覚がした。


 (アリサ。君の優しさは、誰かの希望になっている。

 でも、それが時に君自身を危険にさらす——)


 兄王たち、そして王宮の中に蠢く“何か”。

 危険の影が、日増しに濃くなっていくことを、ルシアンは本能的に感じていた。


「……私にできることは、ただ見守ることだけなのか?」


 自問しながらも、椅子から立ち上がる。

 そして王家の紋章が掲げられた壁の前に立ち、腰から剣を抜くと、その中央に激しく突き立てた。

 

 その壁に踵を返すように振り向くと、決意の色が、静かにその瞳に宿っていた。


 

◇ ◇ ◇



 王宮の奥深く、人払いのされた一室。

 重厚な扉が静かに閉まり、空間には微かな沈黙が流れていた。


 やがて——


 セレーナとキリコは、ほとんど言葉を交わさぬまま、並んで部屋を出てきた。

 その横顔には、今しがた交わされた「秘密」の重みが、確かに刻まれている。


 キリコの手は、かすかに震えている。

 だが、その視線は真っ直ぐ前を向き、まるで“決意”を新たにしたかのようだった。


 セレーナは一瞬だけキリコを振り返り、小さく囁く。


 「ありがとうキリコ。……でも、ここからが本番よ。貴女なら心配いらないとは思うけど、気をつけてね」


 それだけを残し、彼女は足早に宮廷の回廊へと消えていった。


 キリコはひとり残り、扉に手を当てて、そっと瞳を閉じる。


 (セレーナ様……どうか、貴女だけは傷つきませんように……)


「——こんな時、貴方ならどう動くのですか?——セバスチャン様」


 キリコは夜の帷が落ちる王都を見つめながら、かつての上司へと思いを馳せていた。



◆ ◆ ◆



 王国本宮の地下、特別警備棟。


 静寂に包まれた監房。

 

 セバスチャン・クロイツネルは、静かに扉を開き、拘束された少女の前に立った。


 少女——ミュリエル・カレル(転生前:ミユキ・タカハシ)は、椅子に腰かけたまま、じっとセバスチャンを見つめていた。


 銀髪に白い執務スーツ、その男は知的で冷たいまなざしを湛えている。しかも細身長身、異世界なのにネクタイが似合いすぎる完璧な造形美。


 だが、それより何より、ミュリエルの脳内は別方向に全力疾走していた。


 (……やばい……! なにこれ、異世界執務イケメン……!? あの目線!あの指!尋問室の雰囲気とのコントラスト!圧倒的攻め感……いや待って待って、これ受けでもイケるやつ!?どっちなの!?)


 内心で属性診断が始まる。


 (銀髪クール、知能チート系、たぶん本編だと裏で暗躍してるやつ……最高か!執務服のシワが尊い……え、ネクタイピンあるじゃん……スーツの生地も高級そう、指先が綺麗!手フェチ歓喜!!ぎゃーー)


 完全に観察眼が腐女子仕様に変換されていく。


 セバスチャンちゃんはというと、調書を一瞥し終えると、静かに閉じ、テーブルに両肘を突きゆっくりとリュミエルを見据えながら口を開いた。

 

「私は王国参謀長を務めるセバスチャン・クロイツネルだ。さて、これからする私の質問に“簡潔”に答えていただきたい」


 (セバスチャン?何その執事属性な名前!っていうかこれ、もしもう一人イケメン来たら絶対カプ生まれるやつじゃん!あ、いや、もしかして“上司×部下”属性?“天才参謀×不憫な右腕”?いや、“冷徹参謀×破天荒王子”とかも……どこまで攻め守備範囲広いのこの世界!? このセバスチャンは攻めにも受けにもなれる万能型……最高か!やべヨダレが)


 脳内で勝手にカプを組み立て始め、妄想のストーリーまで出来上がる勢い。


「君は、この国の者ではないと発言しているが、それは正確な情報かな?」

 

 (ていうかあたしがヒロイン枠で入る必要ある?!横で観察して公式供給を待つ同人作家ポジで良くない!?)


 ……そんな熱いBL妄想の渦中、目の前のセバスチャンが「まず、君の出自を答えてもらおう」と話しかけてきたが、

 しばしミュリエルは脳内会議が止まらず、思いっきり見惚れているだけの危ない人になっていた——。


「答えてもらわないと、ここから出すことは出来ないが?」

 

 セバスチャンの鋭い眼光に圧されて、ようやく我にかえり口を開く。


「ミュリエル・カレルです! えっと出身は日本からの……転生者……いや、たぶんそうなんだけど……」


 どこか要領を得ない返答に、セバスチャンは眉ひとつ動かさず、冷静に問いを重ねていく。


「“たぶん”? 自覚がないのか?」


「いえ、だって普通さ、転生したらチート能力とかあるじゃないですか?ウィンドウとか……召喚獣とか……私、ぜんぜんないし……そもそも異世界フラグのテンプレが発動しなくて……」


 言葉の節々に妙な単語が混じる。

 セバスチャンは内心で“面倒なタイプだな”と認識しつつも、知的好奇心を抑えられない。


「なるほど。君の言う“チート”とは、”テンプレ“とは何か、具体的に説明してみてくれ」


 ミユキは目を輝かせる。


「聞きたいですか!?まあゲームとかマンガとかラノベがこの世界にあればの話なんですけど……」と熱弁をふるい始めたが、さすがのセバスチャンでも半分も意味が伝わらない。

 

 しかし、どこかでセレーナの“転生者らしさ”と共通する雰囲気を感じている。


(やはり、セレーナもかつて……この娘と同じ舞台に生きていた……ということか)


 そう考えるうちに、彼の目つきがさらに鋭くなる。


「君は、この世界で何を“使命”と感じている? 何か特別な目的があるのか?」


「え、え?使命?えっと……いやマジで、転生してからなーんもヒントないし……とりあえず生き延びるのと……あと、推しカプのこと考えてたらここにいたっていうか……」


 しばし静寂。


 セバスチャンは一つ、深く息を吐いた。


(これは……手ごわい。だが、解析できない未知こそ、最も価値がある)


 彼は淡々とミュリエル(ミユキ)にさらに質問を重ねながら、内心ではセレーナとの関連性や、この“転生”現象のメカニズムを模索し始めていた。


 一方、ミュリエル(ミユキ)は異世界イケメンを前に「攻略フラグか!?いや、絶対違う!」とテンションだけが上がっていた。


 意味不明な会話に首を傾げる衛兵や側近を他所に、ミュリエルとセバスチャンの対話は深夜にまで及んだ。


 そして翌日セバスチャンは、この「狂った転生者」ことミュリエルを自身の参謀補佐官として王都に招くことにした。


 ——こうして、場面は次なる群像の舞台へと移っていくのだった。

 


 

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