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第17話「同志という共犯者」

「よかった間に合った。セレーナ様おひさしぶりです」

 

 息を切らしながら駆け寄るアリサ。


 その姿をセレーナの『真実を見抜く瞳』が、冷静に分析していた。

 

 足音のリズム——アリサなら必ずつま先から着地するのに、いま踵からだったわね。

 息切れの仕方——本当に走ってきたなら、肩で息をするはずなのに、この人物は胸だけで呼吸している。


 そして何より——


「キリコ、下がって……」

 

 セレーナは静かに馬から降りると、アリサの前に立った。


「あなたは、誰だったかしら?」


 それを聞いたキリコが反応し、腰の剣に手をかける。

 

「え……?セレーナ様、私です、アリサです……」


「変ね。アリサなら私を『お嬢様』と呼ぶし、あなたの歩き方はアリサらしくない。それに——」

 

 セレーナは一歩近づく。


 「アリサの瞳の色は、もっと温かいブラウン。あなたの瞳は冷たすぎる」

 

 するとアリサの表情が、一瞬で変わった。優しげな微笑みが消え、冷徹で狡猾な素顔が滲む。

 

「……さすが『魔術師』。一瞬で見破るとは」


 偽アリサは顔の皮膚を引っ張り、精巧な仮面を剥がした。現れたのは鋭い目つきの女性。

 

「それで、誰の使いなのかしら?」

  

「ふん、名乗るつもりはない」


 

 

 セレーナは冷静に観察を続ける。女性の立ち方、武器の持ち方、そして——

 

「でも、わざわざ私の前に現れたということは……何かを伝えるため、もしくは何かを探るためよね」

 

 セレーナの瞳が鋭く光る。

 

「あなたの靴にわずかにに付いた泥……王宮の中庭特有の赤土が混じってる。つまり、あなたは王宮内部の人間」

 

 女性の顔にわずかな動揺が走る。

 

「それに、その短剣の鞘の装飾……グラハム殿下の近衛兵が使用する特注品ね。ということは——」

 

 セレーナは確信を込めて続ける。


「あなたは第二王子派閥の諜報員。おそらくロベルト・アルファードの指示で動いている」

 

 女性の手が震える。セレーナの推理の正確さに驚愕していた。

 

「な……なぜそこまで……」

 

「キリコ」

「はい」

「この方を『丁寧に』お送りして」

 

 キリコが剣を抜こうとした瞬間、女性は慌てて後退した。


「ま、待て……私に手を出せば……人質にしているアリサの無事は保証できないぞ!」


(瞳の奥に影が見える。つまり嘘ね) 


「あなたがアリサを『人質』だと言ったのは虚勢ね。本当に彼女を捕らえているなら、わざわざ私の前に姿を現す必要がない」

 

「なぜそう言い切れる」

 

「あなたはどう見ても『アリサに関する情報収集』という任務を果たすために私に近づいたからよ」

 

 セレーナは一歩また一歩と近づく。

 

「つまり、あなたたちはアリサの居場所を『探している』。そして私が彼女に接触するのを阻止したい」

 

 女性の顔が青ざめる。

 

「違う……私たちは……」

 

「あなたの任務は二つ。一つは私がアリサに会うのを妨害すること。もう一つは——私がどこまで真相に近づいているかを探ること」

 

 完全に正体と目的を看破されてしまった女性は、もはや反論できずにいた。

 

「さあ、お帰りなさい。そして主人に伝えて――『セレーナ・フォレスターを甘く見みるな』と」

 

 セレーナの瞳が、危険な光を宿す。そして冷たく微笑んだ。


「今日は見逃してあげるけど——次に私の前に現れる時は、もう少しまともな変装をしてきてね」

 

 女性は悔しそうに歯ぎしりしながらも、セレーナの圧倒的な洞察力の前に完全に屈服していた。

 

「覚えて……おけ……」

 

 捨て台詞すら中途半端に終わり、女性は慌てて立ち去った。

 去り際に投げつけられた言葉に、セレーナは冷たく微笑んだ。


「さて、セバスチャンのところへ急ぐわよ」


 

 ◇


 

 ——その頃、王宮・セバスチャンの執務室。


「セバスチャン!セレーナが会いに来るって?今こそ『解らせ』作戦の実行よ!」


 ミュリエルが勢いよく扉を開けて飛び込んできた。


「ああ……ついにその『解らせ』を実行する時がきた。具体的な戦術プロセスを説明してもらおう」

 

 セバスチャンは万年筆を置き、いつもの冷静さで応じる。

 

「わざわざ早馬で来訪を知らせてきたってことは、きっと何か重大な相談があるんだよ。で、そういう時って女性は不安になってるからさぁ、頼りがいのある男に『守られたい』って気持ちが高まるの!」

 

 これは完全に乙女ゲームの『ピンチフラグ→騎士様登場→好感度アップ』の黄金パターン!データ上、成功率85%以上の鉄板ルート!といった同人誌統計データを並べながらセバスチャンに伝わるように熱弁する。

 

「ふむ。理屈は分からないが、論理的には妥当な分析と確率だ。つまり、相手の心理的脆弱性を突いた効果的なアプローチということか」

 

 セバスチャンは真剣にメモを取り始める。


「そういうこと!で、今回のポイントは『黙って背中で語る』よ!言葉じゃなくて行動で示すの!」

 

(これも定番!『寡黙な騎士系攻め』の必殺技!言葉数少なく、でも行動で愛を示す……あー、これ絶対胸キュンパターンじゃん!セバスチャンの知的クール属性にもピッタリ合う!)

 

「……『背中で語る』。非言語コミュニケーションによる信頼性の演出。合理的だ」

 

 セバスチャンの銀色の瞳に、わずかに興味の光が宿る。

 

「素晴らしい戦術だな。さっそく実行に移そう」

「えっ、本当に?」

 

(うわあああ!素直に聞き入れた!このギャップ!知略では王国一なのに、恋愛に関しては純粋すぎる!このツンデレならぬクール×ピュアの組み合わせ、反則すぎでしょ!)

 

「当然だ。君の分析は論理的で実用性が高い。採用しない理由がない」

 

 その時、扉がノックされる。

 

「セバスチャン様、セレーナ・フォレスター様がお見えです」

「来た!セバスチャン、覚えてる?『黙って背中で語る』よ!」

 

「了解した。最適なパフォーマンスを実行する」



 そして、セレーナが執務室に入ってきた瞬間——

 ミュリエルの思考が完全停止した。

 

(うっっっそおおおおお!!!なにこの美女!!!)

 

 深い黒のドレス、腰まで流れる漆黒のの髪、陶磁器のような白い肌。そして何より——

 その鋭く知的な蒼い瞳と、口元に浮かぶ冷たくも美しい笑み。

 

(これは……これは完全に悪役令嬢3.0じゃん!!!いや、もはや4.0レベル!!!髪の流れ方、ドレスの着こなし、立ち居振る舞い、すべてが完璧すぎて息ができない!!!しかもこの知的な眼差し……まさに『氷の女王』系悪役令嬢の最終進化形態!!!)

 

 ミュリエルは内心で完全にオタク化していた。

 

(あああああ推せる!この人絶対推せる!!!セバスチャンが惚れるのも納得!むしろ惚れない男はいないでしょこれ!!!)

 

 一方、セレーナも違和感を覚えていた。

 

(この子……どこか懐かしい雰囲気が……まさか例の転生者?)

 

「こちらがミュリエル。私の秘書だ」

 

 セバスチャンが紹介するが、その態度がいつもと違った。無駄に背筋を伸ばし、窓の外を見つめている。

 

「……セバスチャン?」

 

「ああ、君の相談内容は察している。私が全て解決してみせよう」

 

 セバスチャンは振り返らずに言う。ミュリエルの指導通り『黙って背中で語る』を忠実に実行していた。

 しかし、セレーナには全く伝わらない。

 

「何をふざけているの?アリサが誘拐されているかもしれないのよ……」

 

「承知している。だが私には確信がある。論理的に分析すれば、必ず最適解を導き出せる」

 

 セバスチャンは相変わらず窓の外を見つめたまま。完全に『寡黙な騎士』を演じきっている。

 

「確信って何の?具体的な策は?」

「……それは」

 

 実はセバスチャンには具体的な計画がなかった。

 ミュリエルに言われた通り『頼もしさ』を演出することに集中し、肝心の中身を準備していなかったのだ。

 

 そしてセレーナの苛立ちが頂点に達する。

 

「あなたって人は……!人の命がかかっているのに、なにを遊んでるのよ」


 ミュリエルが慌てて割って入る。

 

「あ、あの!セレーナさんでしたっけ?落ち着いて!セバスチャンは本当に心配してるんです!」

 

(やばい!完全に空回りしてる!これは『クール系攻めの不器用フラグ』が裏目に出たパターン!緊急事態には『頼もしい行動』が必要だったのに!)

 

 その時、キリコが一歩前に出た。


「セバスチャン様、セレーナ様は深刻な状況を相談しに来られています。もう少し真摯に対応していただけませんか?」

 

 その毅然とした態度に、セバスチャンがようやく振り返る。

 

「キリコ……随分と私に冷たいではないか——」

 

「私は今、セレーナ様の騎士として仕えております。かつての上司への敬意は変わりませんが、セレーナ様を軽んじるような態度は看過できません」

 

 キリコの凛とした声音と、真っ直ぐな眼差し。その毅然とした立ち居振る舞いに——

 セレーナの頬がほんのりと赤らんだ。


(あぁ……キリコ……なんて騎士らしい……!)

 

 一瞬、セレーナの表情が緩む。その瞬間を、ミュリエルは見逃さなかった。

 

(!!!今の表情!!!完全に『推し』を見る目じゃん!!!あの一瞬の頬の赤らみ、うっとりした視線……これは間違いない!!!)

 

 ミュリエルの腐女子センサーが全開になる。

 

(セレーナの視線の動き……あの男装女子を見る時の表情……この組み合わせは完璧すぎる百合『騎士と姫君』シチュエーション!!!)

 

 セバスチャンは慌てて窓から離れ、セレーナの前に立った。

 

「すまない、セレーナ。キリコの言う通りだ。真剣に話を聞こう」

 

 ようやく普通に戻ったセバスチャンに、セレーナは少しほっとする。

 

「それで……神聖メビウス教会の件とは?」

 

 セレーナが説明を始めようとした時、ミュリエルがさりげなく近づいてきた。

 

「あのぉ、セレーナさん……ちょこっとこっちで、お話しできませんか?」

 

 ミュリエルは部屋の隅を指差す。セレーナは警戒しながらも、ミュリエルについていく。

 

 人から離れた場所で、ミュリエルは小声で囁いた。

 

「『宝塚』『ベルばら』『男装の麗人』……これらの単語、ピンときませんか?」

 

 セレーナの表情が一瞬凍りついた。

 

「それに、隣にいらっしゃる方への視線……完全に『推し』を見る目ですよね?特に『騎士と姫君』系がお好みの?」

「な、何を……」

「あー、やっぱり!『少女漫画』とか『BL』とか、前世でお好きだったでしょう?」

 

 セレーナは息を呑んだ。

 

「あなた……やっぱり……日本人ね」

「はい、お察しの通りです」

 

 ミュリエルはニッコリ笑う。

 

「でも安心してください。あなたの『秘密』、誰にも言いませんから。私たちって『同じ境遇』ですもんね?」

 

 セレーナは複雑な表情でミュリエルを見つめた。

 

「……あなたは、なぜそんなに簡単に私が同じだと気づいたの?」

 

「オタクたるもの『同志』との出会には敏感であるべし——ってね」

 

 ミュリエルは少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「で、秘密にするかわりにぃ、ひとつ、お願いがあるんですぅ」

「お願い?」

「はい。でも今は時間がないみたいですし、詳しくは後日お伝えしますね。きっと、セレーナさんにもメリットのあるお話ですから」

 

 セレーナは眉をひそめた。

 

「あなた……何を企んでいるの?」

「企むだなんて!ただ、『推し』の恋愛成就のために、ちょっとした協力をお願いしたいだけです」

 

 ミュリエルはセバスチャンの方をチラリと見る。

 

「あの人、頭は良いんですけど、恋愛に関しては本当に……ねえ?」

 

 セレーナは小さくため息をついた。

 

「……分かったわ。でも、法に触れるようなことは断るからね」

「もちろんです!健全な恋愛サポートですから!」

 

 二人が戻ってくると、セバスチャンが不審そうに見つめていた。

 

「何を話していた?」

「女同士の内緒話を探るなんて、デリカシーがないですよ!」


 ミュリエルがにっこり笑うと、セレーナも渋々頷いた。


「そう……女性同士の、秘密よ。ミスター・ノー・デリカシー」


 こうして、二人の転生者の間に奇妙な「共犯関係」が成立した。

 

 セバスチャンは首をかしげたが、それ以上追求せず再び背中を見せる姿勢に戻った。


「セバスチャン!もう『解らせ』作戦は忘れて!」

 

 それを聞いたセバスチャンがようやく振り返る。


 そのワードにセレーナが眉をひそめる。


「解らせ?」


 そして怪訝そうな表情でミュリエルを見つめる。


「あ……あはは……」

 

 こうして、三人の奇妙な会合が始まった。

 セレーナの緊急事態、セバスチャンの恋愛脳、ミュリエルの仲裁——それぞれの思惑が複雑に絡み合いながら。

 

 しかし、この日の二人の出会いが、後に大きな転機となることを、まだ誰も知らなかった。


 


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