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第16話「記憶の底に眠る歌」

 その頃、王宮の一角。

 

 セバスチャンの執務室では、ミュリエルが書類の整理をしながら、密かに上司の横顔を見つめていた。

 

 万年筆を手に資料に目を通すセバスチャンの姿——整った鼻筋、知的な額、集中した時にわずかに眉間に寄る皺。

 

(やっぱりセバスチャンはいい!)

 

 ミュリエルの胸の奥で、甘い感情がふつふつと湧き上がる。


(やば……最推し更新しちゃった〜〜〜!!!しかもガチで至近距離で観察し放題とかエモすぎて死ぬ〜〜〜!!3次元は正直慣れないけどさ、でもよく考えたらVの者も推してるし、リアコも普通にアリっしょ?むしろ贅沢すぎて申し訳ないレベル〜〜〜セバ様マジで尊みが深すぎるんですけど……??知的イケメンなのに恋愛脳ポンコツとかギャップ萌えの権化すぎてあたしの性癖を直撃してるんだが……!!!これはもう運命!推しの幸せが私の生きる糧!セレ×セバのカプを全力で布教&サポートするのがあたしの使命!!私がセバ様の恋愛マネージャーとして最強のアシストかましてやる〜〜〜!!!)

 

 そんな内心の熱い決意とは裏腹に、ミュリエルは自然を装って小さく鼻歌を歌い始めた。

 

「♪ラララ〜、今日もセバスチャンの恋愛成就のために頑張るぞ〜♪」

 

「ミュリエル、君はいつも陽気だな」

 

 セバスチャンは万年筆を止めて、彼女を見やった。

 

「だって、推しの恋愛を応援するのって最高に楽しいからね!セレーナとセバスチャンがくっついたら、私も嬉しいってこと!」

 

「その、『推』し……とはなんだ?」

 

「あ、えーっと……全力で応援したい人、みたいな意味かなぁ」


  それから1時間ほど続いたミュリエルの推し講義を、セバスチャンは楽しそうに聞いていた。


「つまり、私のセレーナ推しを体系化、言語化して資料に反映させれば良いということだな」

 

「間違ってる!推しへの愛は理屈じゃないわけ!」


「しかし、私とセレーナ、互いが『推し』になればこの課題は解決するのでは?」


「いや、それも違くて……」


(推しへの愛は一方通行。だからこそ尊いんだよ)


 そう言おうとしてミュニエルは思いとどまった。なぜなら自分の成そうとしている結果と矛盾しているからだ。

 

「そうか……この私をもってしても君の講義は半分も理解出来ない。だからこそ好奇心がくすぐられる。指南通りに私も『セレーナを推し』を深く極めてみよう」


「いいねぇ!推し道に関しては、このあたしに任せてくれたまえ!」

 

 その時、セバスチャンがふと口にした言葉が、ミュリエルの思考を一変させた。

 

「そういえば、最近王家の血筋について調べていてな。君がグラハム殿下の前で歌ったあれには、神聖メビウス教会の歴史書の一節と一致があった——」

 

「——血塗られた……リラの花……」

 

 突然、ミュリエルの口から、か細い呟きが漏れた。

 

「どうした、ミュリエル?」

「あ……あれ……?」

 

 ミュリエルは頭を押さえてよろめいた。

 脳裏に、鮮明すぎる映像が流れ込んでくる。

 古い石造りの教会。祭壇に散らばる白いリラの花が、赤い血に染まっている。


 誰かが泣いている——女性の声。


 そして、古い祈りの歌が、どこからともなく響いてくる——

 

「ミュリエル!」

  セバスチャンが慌てて彼女を支える。

 

「だ、大丈夫……ちょっと、変な夢を見ただけ……」

 

 だが、ミュリエルの顔は真っ青になっていた。

(何……今のは何……?血と花と……歌?)

 

「ミュリエル、君が今口にした『血塗られたリラの花』——それは一体なんだ?」

 

 セバスチャンの鋭い質問に、ミュリエルは首を振る。

 

「わかんない……でも、なんか……教会と王家がどうとかって聞いた瞬間、頭の中に……」

 

 セバスチャンの銀色の瞳が、一瞬鋭く光った。

(まさか……ミュリエルの歌と、王家の秘密に何らかの関連が……?)

 

「ミュリエル、もう少し詳しく聞かせてもらえないか」

 

「やっぱこの記憶って……あたし、じゃなくてこの体の持ち主の——」

 

「ああ。転生者には記憶の一部が受け継がれる……それは私の弟で実証済みだ」


 一瞬悲しそうな表情を浮かべたセバスチャンにミュリエルが尋ねる。


「弟?……亡くなったの?」


「……もう古い話だ」

 

 セバスチャンは陰謀に巻き込まれて命を落とした弟、ヨハネスについて。そしてその体に転生したヨージについてを話した。その内容にミュリエルは困惑した表情を浮かべる。


(それって、役割を果たさないと……元の体に拒否される?あたしも死ぬってこと?)


 ◇


 一方その頃、王宮に向かう街道では。


 疾走する馬の背で、セレーナは必死に意識を保とうとしていた。


 キリコが手綱を握り、セレーナは彼女の後ろで、その細い腰に腕を回している。


(落ち着きなさい……セレーナ……!)


 セレーナの脳内は静かに、しかし確実に混乱していた。

 (これは……馬上で男装麗人の腰に腕を回すという、前世で何度も妄想した理想のシチュエーション……!しかもキリコの凛とした横顔、馬を駆る姿の美しさといったら……男役スターを彷彿とさせる完璧な造形美……いやいやいや!集中しなきゃ。でも、この至近距離では……うぁあああカッコいい)


「どうしましましたか?セレーナ様」


 キリコが振り返らずに声をかける。その低くて凛とした声音に、セレーナの心臓が静かに高鳴った。


「ねえ、キリコ……神聖メビウス教会の動きが活発化している今、こちらも急ぐ必要があるわ。セバスチャンとの合流後、どのように情報収集を進めるか……役割分担も重要ね」


「ええ、たしかにそうですね……」


 セレーナは声音を平静に保つよう努める。


(キリコの知的な横顔……ほのかな石鹸の清潔な香りと相まって……ああいけない、集中しなければ……でもこの距離感は反則的に美しすぎるぅぅ……)


「セレーナ様、もしかして馬の速度が速すぎますか?」


 キリコが心配そうに振り返る。


 至近距離で見つめられたセレーナの顔が、みるみる赤くなった。


「だ、大丈夫です!全然平気です!」


「なんだか口調まで変です。お顔も赤くなって……体調がすぐれないのでは?」


 キリコが馬の歩調を落とそうとする。


「いえ!本当に大丈夫ですから!むしろこの速度で!」


(速度を落とされたら、この状況がもっと長く続いちゃう……!あたしの理性がもたない……!)


「本当にいいのですか、セレーナ様……?」


 キリコが首をかしげる。その仕草すら美しくて、セレーナは内心で悶絶した。

 (あぁ♡首をかしげる仕草まで絵になるぅ……そうよ!これは芸術なの!完璧なアートに興奮してるのよ!……さあ集中なさい、セレーナ!)


 セレーナは深呼吸して、冷静さを取り戻そうと努める。


「そういえばキリコ、セバスチャンの近況は?」


「……実は、気になることが……」


 キリコの表情が少し複雑になる。


「最近、転生者を名乗る吟遊詩人を保護されているそうなのです」


「転生者の……吟遊詩人?」


 セレーナの表情が変わった。


「ミュリエルという名前で、現在セバスチャン様の秘書として働いているとのことです。歌が得意で……」


「歌……」


 セレーナの脳裏に、あの夜の記憶がよみがえる。


(なるほど……あの夜聞いた、あの歌の主ね)


 王宮の庭に響いた、前世の名曲、日本語の歌声。あの時感じた違和感と、今の状況が静かに繋がっていく。


「何か心当たりが?」


「ええ……彼女の歌を聞いたことがあるの。とても……良い歌声だったわ」


 話しているうちに、セレーナの中で断片的な情報が一つの線で結ばれ始めた。


(そのミュリエルが私と同じ転生者なら、何らかの使命があるはず……彼女の記憶がすべての鍵になるかもね)


「その顔をされた時のセレーナ様は、とても心強いです」


 キリコの賞賛に、セレーナの胸がときめく。


(……もぅ♡推しに褒められるとか反則でしょ!だめだ!思考が散漫に)


「あれ?セレーナ様?」


「は、はい!」


「王宮まであと少しです。セバスチャン様とミュリエル殿に会えば、事態は大きく動きそうですね——」


 その時、キリコの表情が急に険しくなった。

 

「……セレーナ様、何か気配が」


 キリコが馬を停める。周囲を警戒しながら、セレーナを守るように身構える。


 セレーナも緊張した。


(まさか、神聖メビウス教会の刺客……?)


 だが、茂みから現れたのは——


「セレーナ様!キリコ様!」


 息を切らしたアリサの姿だった。


「アリサ!どうしてこんなところに?」


「実は……急ぎの伝言が……!」


 アリサが息を切らしながらこちらに駆け寄ってくる。

 その表情はいつになく深刻だった。


 (つづく)

 

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