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第15話「王家の血の呪い」

 深夜、セレーナ・フォレスターの屋敷。

 その門前で、番兵が槍を構えて警戒していた——



 屋敷の書斎で古い文献に目を通していたセレーナは、馬のいななきと蹄の音に顔を上げた。


 「こんな夜更けに……誰が?」

 

 窓から見える人影——訪問者の身分を調べていた番兵が、突然敬服するように槍を置き、急いでこちらに走ってくるのが見えた。

 

 セレーナの心臓が一瞬跳ね上がる。

 この時間に番兵が敬礼するほどの身分の人物など、限られている。

 

「キリコ、来客よ。……おそらく、とても重要な」

「承知いたしました」

 

 キリコは一礼すると、静かに玄関へと向かう。その足取りにも、いつもより緊張が滲んでいた。

 

 数分後、フードを脱いだルシアンがセレーナの前に現れた時、その蒼い瞳には今まで見たことのない切迫した色が宿っていた。


 そして服の中央には王家の紋章——三つの剣を組み合わせた、王族のみが身に着けることを許される聖なる印。

 

 髪は風に乱れ、頬には夜気の冷たさで赤みが差している。それでもなお、気品を失わない立ち居振る舞いに、セレーナは改めて彼が王子であることを確信した。

 

「こんな夜分の訪問、申し訳ない。だが——もう時間がないのだ」

 

「あなたは……まさか、ルシアン・ヴァルトハイム第三王子殿下?」

 

 セレーナは王家の紋章を確認しながら、慎重に問いかけた。

 

「その通りだ。ルシアン・ヴァルトハイム。今夜、君にどうしても伝えなければならないことがある」

 

 ルシアンは深く一礼し、正式に名乗りを上げる。

 

「何がそれほど緊急なのでしょうか」


 「アリサのことだ。彼女が全幅の信頼を置く君になら、話せる。いや、話さねばならない」

 

 ルシアンの瞳に、深い苦悩の色が宿る。


 「我が王家に代々伝わる秘密を明かしたい。その上で——どうか、私とアリサの成婚を取り持ってはもらえないだろうか」

 

 セレーナは椅子から立ち上がり、ルシアンの目をじっと見つめた。

 

 その青い瞳が、嘘偽りなく真実を語ろうとしていることを、彼女の『真実を見抜く瞳』が確信する。


(真っ直ぐでまったく嘘がない……アリサが好きになるわけね)

 

「……お聞きします。キリコ、誰も近づけさせないで」

 

「はい」



———


 重厚な扉が静かに閉まると、部屋には二人だけの静寂が降りた。


「王家の起源……君は公式の歴史については知っているだろう」


「ええ、神聖メビウス教会の教典にも記されている建国神話ですね。

 たしか——四人の英雄が黒龍を討伐し、その中の一人である神官の女性が『処女懐胎』によって王の血筋を産んだと」

 

「だが、それは美化された嘘だ」

 

 ルシアンの声は低く、痛みに満ちていた。

 

「真実は……もっと醜く、そして恐ろしい」

 

 セレーナは息を呑む。

 

「黒龍討伐は事実だ。だが、その後に起こったことは——歴史には正しく記されていない」

 

 ルシアンは窓の外を見つめながら、重い口を開いた。

 

「英雄神官の女性は確かに身籠った。だが『処女懐胎』などではない。

 三人の英雄の誰かの子だったのだ。

 そして、父親の座を巡って……三人は殺し合いを始めた」


 それは深く追求するまでもなく、『処女懐胎』とは真逆の状況。

 

「……たしかに、その方が辻褄が合いますね」

 

「ああ……そうだな。……その戦いの果てに、英雄は三人とも命を落とした。残されたのは、身重の英雄神官と、父親の分からぬ子供だけ」

 

 セレーナの背筋に冷たいものが走る。


「その時に創設されたのが神聖メビウス教会。表向きは『三英雄の慰霊』のためとされているが——」

 

「実際は?」

 

「当初は王家の正統性を堅持するためのものだったが、やがて王家を裏から支配するための組織となっていった」

 

 ルシアンの拳が、静かに握りしめられる。

 

「代々、大教皇が『英雄降霊』という儀式を行うのは知っているだろう?神託と称して三英雄の魂を最も濃く継ぐ王族の子息の中から——『御子』を指名する。ただ『御子』に強制力はなく、それ以外の者が順当に王を継ぐこともしばしば起こった。

 だが……不思議なことに、『御子』以外が王位に就くと……必ず災いが降りかかる」

 

「確かに……教会の歴史に、『御子』以外の王は、病死、暴動、王妃の変死、時には王位剥奪などの災いがついてまわると記されていますね」

 

「そう……少なくとも教会の意に反した王は、短命で終わるということだ」

 

 セレーナの頭の中で、パズルのピースが音を立てて嵌まっていく。

 

「つまり、神聖メビウス教会は王家を守っているのではなく——」

 

「まさに、操っている。そして私は……その『御子』として指名されている王子なのだよ」


「ではまさか、第一王子様の病気にも……教会が関与していると」

 

「現王、父上は教会の『御子』を受け入れず、第一王子ハンセン・ヴァルトハイムへの王位継承を支持した。その後から兄は、謎の病に侵され始めた——」

 

 ルシアンの言葉は途中で止まったが、セレーナは全てを理解した。

 

「第二王子のグラハム様は?」

 

「兄は……変わってしまったよ。最初は教会の圧力に反発していたが、やがて疑心暗鬼に陥り、今では冷酷に”政敵”を粛正するようになった」

 

 ルシアンは深くため息をつく。


 「私は『御子』として生まれた呪いから逃れるため、あえて放蕩王子を演じてきた。王位継承への意志がないことを示すことで、兄たちとの確執を避けてきたのだ」

 

「でも、アリサに出会って……」


 「ああ。彼女を伴侶にすると誓った直後から、私の身の回りで様々な影が蠢き始めた。教会は私を王位に就けるため、アリサとの仲を引き裂こうとしている」

 

 「アリサが私に託した手紙に、私たちの『結び』に警戒せよというメッセージが隠されていました。『結び』とは……三匹の蛇が互いを噛んで『結び』ついている神聖メビウス教会の紋章を指す言葉ではないのですか?」


 「アリサがそんなことを?……まさか、あの時に飛んできた矢は、私ではなく彼女を狙っていた……なんということだ!だからアリサは何も言わずに身を隠したのか」

 

 頭を抱えるルシアンを見つめながら、セレーナは立ち上がり、窓辺に歩み寄った。

 外では夜風が木々を揺らし、不穏な影が踊っているように見える。

 

「ルシアン様……あなたは本当にアリサと結婚したいのですか?」

 

 その問いに、ルシアンの瞳が強く輝いた。

 

「無論。この命を賭してでも」

 

 セレーナの『真実を見抜く瞳』が、その言葉に一片の偽りもないことを確認する。

 

(なんと真っ直ぐで、嘘のない瞳……アリサが好きになるわけね)


 「……分かりました。では、その成婚を実現するためには——まず、アリサに会って真意を確かめなければなりませんね」




 ◆



 一方、王宮の奥深く。

 

 第二王子グラハム・ヴァルトハイムに仕える執事、ロベルト・アルファードの私室では、静かな密談が行われていた。

 

 重厚な机の向こうに座るロベルトは、整った顔立ちに知的な微笑みを浮かべている。

 その前に立つのは、黒い仮面で顔を隠した男——先日、アリサを襲撃した際に偽ルシアンに扮していた人物だった。

 報告します。ルシアン殿下が今夜、セレーナ・フォレスターの屋敷を訪れました」


 仮面の男の声は低く、感情を殺していた。


 「ほう……ついに動いたか」


 ロベルトは満足そうに頷く。

 

「接触時間は約一時間。内容は不明ですが、殿下の様子から察するに、相当重要な話をしていたものと推測されます」

 

「そうだろうな。追い詰められたルシアン殿下が、最後の希望に縋る——実に美しい構図ではないか」

 

 ロベルトは立ち上がり、窓辺に歩み寄った。

 夜明け前の薄暗い王都が、眼下に広がっている。

 

「あの『婚活の魔術師』が再び動き出す。なればセバスチャン・クロイツネルも巻き込まれるだろう。そして——」

 

 彼の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。


 「役者は揃ったな。ハンニバルよ、ついに、呪われた歴史が動くことになるぞ」

 

 仮面の男、ハンニバルは無言で一礼すると、闇の中に溶けるように姿を消した。

 

 残されたロベルトは、窓の外を見つめながら、小さく呟く。

 

「この王国に巣食う古い秩序を、根底から覆す時が来た——」


(そして私が、あのセバスチャンを超える時が、来たのだ)


 彼の影が、薄明かりの中で長く伸びていた。


 ◇


 

 ルシアンが去った後、セレーナは机に向かい、彼から聞いた情報を整理していた。


 神聖メビウス教会——王家の守護者ではなく、影の支配者。

 『御子』制度——神の意志ではなく、教会の都合。

 

 そして、アリサを狙う影の正体——教会による結婚阻止工作。

 

「キリコ、明日から本格的に調査を始めるわ」

「何を調べますか?」


 「過去の王たちの死因。特に『御子』以外の王がどのような最期を遂げたか。それから、神聖メビウス教会の内部構造」


 セレーナの青い瞳が、静かに決意の光を宿す。


「そして——面倒だけど……セバスチャンに協力を求める必要があるわね」

 

「やはり……王宮の謎となると、頼れるのはセバスチャン様ですよね」


 「ええ。この件は相当な守秘が敷かれているはず。参謀長官、なにより彼の圧倒的な知略なしに、教会の陰謀を暴くのは困難よ」

 

 セレーナは立ち上がり、窓の外を見やった。

 

 東の空が、かすかに白み始めている。

 

「ただし、あの人はベルトラムの件以降、私への……その、なんていうか変な感情で頭がいっぱいになっているから、うまく協力してもらえるかどうか」

 

「あの人は……どうしょうもない変態ですからね。あと自分が本気を出して唯一攻略できなかったセレーナ様に対しての執着は異常ですよ」

 

「まったく……王国一の策士ともあろう人が、なぜあんなにデリカシーが無いのかしら」

 

 キリコは小さく微笑む。


 「でも、セレーナ様。純粋な”愛”というのは、時として予想を超える力になるものです」

 

「そうかしらね……私には分からないわ」


(愛が分からないなんて。本気の愛を完璧に成婚させてきた婚活カウンセラーの言う台詞じゃないわよね……)

  

 セレーナは振り返ると、机の上に広げられた資料を見つめた。

 神聖メビウス教会の陰謀。

 王家を巡る呪われた血筋。

 

 そして、愛する二人の行く手を阻む巨大な敵。

 

「待っててねアリサ……あなた一人に背負わせたりしない。私が必ず闇を払ってあげるから」


 セレーナはアリサから送られた手紙を取り出し、握りしめた。


「キリコ、馬を準備してくれる?」

「はい、でもどちらへ?」


「明朝、セバスチャンに会いに行くわ」


 窓の外で、朝の光が静かに世界を照らし始めていた。 

 新たな戦いの始まりを告げるように。

 


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