第11話「夜空に馳せる純恋歌」修正
訂正:10話の内容を誤って記載していたので修正しました
王城の奥深く。
夜の帳が降りきった静寂な廊下には、ほの暗い燭台の灯りが揺れている。
扉の向こうでは、低く抑えられた会話が聞こえてくる。
セバスチャンは机に向かい、整然と並べられた書類に目を走らせている。
その傍らのソファには、ミュリエルが両膝を抱えて座り、何やら思案顔で天井を見つめていた。
セバスチャンが手を止めると、ミュリエルは腕を組んでむむむと考え込んだ。
「つまりセバスチャン、あなたはセレーナに自分の“気持ち”をちゃんと理解させたいんだよね?」
「そうだ。彼女には私の真意がまだ伝わっていない。……君は、同じ“転生者”だ。何か策があれば聞きたい」
ミュリエルの頭の中では、乙女ゲーム、BL同人、二次創作の記憶がぐるぐる回る。
(うぇ~~イケメン参謀長×悪役令嬢、しかもセレーナは転生者でち超有能な女。舞台は陰謀うごめく王宮……このシチュ、同人誌だったら人気間違いなしでしょ!
……いや待てよ、しかもこれって普通の恋愛じゃなくて「解らせ」系……解釈違いじゃない!尊い!
むしろBLじゃないのが惜しい……でもセバスチャンなら王子ともカプに……いや、そうじゃない、今はセレーナ×セバスチャンなんだってば……)
ミュリエルの口元がじわじわと緩み始める。
「……つまり、“解らせ”フラグ立ったってことか!」
セバスチャンは少し眉をひそめて、「解らせ?」と問い返す。
「“解らせ”っていうのはさ……」
その時ミュリエルは自制する。
(いかん、この世界は健全誌でR18ですらないお堅い設定っだった)
「……ま、まあ、そうだねぇ……相手が何考えてるか分かってもらえないときに、ガツンとインパクトのある行動で“オレのこと理解しろ!”って思い知らせる戦法っていうか……」
セバスチャンはすぐに納得したようにうなずく。
「なるほど。つまり論理と行動で相手に“私の真意”を理解させ、誤解を解くということだな。まさに私にふさわしい戦略だ」
「いやまあ、そうだねぇ(……そっちの意味でもなくはないけど……まあ、いいか!)」
ミュリエルは苦笑しつつ、「うん、セバスチャンなら絶対うまくいくよ!」と親指を立てて見せた。
セバスチャンは真顔のまま、「それで、その“解らせ”という方法、具体的にはどうやる?」と真面目に質問する。
「えっ、えーっと……そ、それは、ね……。例えば直接“お前が必要だ”って伝えるとか!あるいはピンチを救って“やっぱり頼りになる”って思わせるとか……。強引に行くよりは、誠実に行動で示すのが大事なんじゃないかな、たぶん……」
「……なるほど。私がやるべきことは明確になった。助言に感謝する、ミュリエル」
ミュリエルは内心(ああ〜、これが公式で“解らせ”展開になっていくのか……)と、つい同人妄想モードに入りかけていた。
ただ、「解らせ」理論には一通り感心したセバスチャンだったが、すぐに真面目な表情で付け加える。
「とはいえ、私はすでに何度もセレーナに自分の想いを伝えようと実行してきた。だが、すべて巧妙にかわされてしまう。“プレゼンテーション”の才能はあると思っていたが、どうやら私にはデリカシーが欠けているらしい。その意味がわからない」
ミュリエルはその一言に胸を撃ち抜かれた。
(知略に長けた完璧イケメンが……恋愛だけは奥手?不器用だと?公式で最高の属性盛り来ちゃった!)
そんな時、ミュリエルの頭にあるメロディーがよぎる。
彼女は転生前、“歌ってみた”の配信者としてネットでそれなりに知られていた。
だから歌うのは好きだし、自信もある。
しかも今の体は奇遇にも吟遊詩人、なんだか運命的な意図すら感じる。
そしてふと、歌いたくなった。
恋に悩む貴族と令嬢の二人をモチーフにした、あのミュージカルの劇中歌を。
「セバスチャン……愛を伝えるのは言葉だけじゃないよ」
小さく呟くと、ミュリエルは意を決して歌い出す。
美しく澄んだ歌声が窓から王宮の中庭に、そして夜空へと巡っていく。
感情を揺さぶる旋律とその歌詞に、廊下の奥で見張りをしていた衛兵たちが、思わず顔を上げて耳を澄ませる。
初めて耳にする不思議な歌に誰もがそっと扉越しに立ち止まり、その美しい旋律に聞き入った。
セバスチャンの銀色の瞳が、いつになく深くミュリエルを見つめる。
その横顔に、一瞬だけ寂しげな陰が差したのを、ミュリエルは見逃さなかった——
——あたし、こんなに……きれいな声で歌えてたっけ。
(……転生して、“歌”の才能にチート入った?前世じゃ苦手だったキーも余裕で出るし……)
自分の声に驚きながらも、一曲を歌い終えたミュリエルは、はっと我に返ってセバスチャンを振り返る。
彼は今までにない真剣な眼差しで彼女を見つめていた。
その鋭い銀色の瞳が、ふと優しさと驚きを宿す。
「……いい歌だ」
その低く落ち着いた声に、ミュリエルの胸が思わずドキンと跳ね上がった。
(え?なに今の……え、待って、まさか3次元に私が!?)
思わずはるな頬を赤らめ目をそらすミュリエル。しかしセバスチャンは、変わらぬ冷静さで、ほんのわずか微笑みながら言った。
「だがミュリエル……私は歌うのは苦手なのだよ」
その一言に、なんとも言えない切なさと愛しさがミュリエルの胸に広がっていく。
(あれ……これあたしが“落ちる”ってフラグ……?なわけないか)
◇ ◇ ◇
その頃——
王宮の離れ、誰もいない小部屋の窓辺。
セレーナは書類に目を落としながらも、ふとどこか遠くから響く、かすかな歌声に耳を澄まし驚愕した。
ありえない……
このメロディ、そのフレーズ——
まぎれもなく、自分がかつて“前世”で愛してやまなかった、あの劇中歌。
(どうして……この世界で、この歌が……?)
心臓が高鳴り、手が止まる。
窓から見える夜の城壁に、歌声だけが澄み渡る。
(誰なの——この歌を歌っているのは……)
言葉にならない動揺と予感が、セレーナの胸を突き上げていた。
——そして物語は、思いもよらぬ運命の糸で、再び動き出す。