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第10話「レッドウルフの攻防」

 廃屋の薄闇の中、アリシアがフードを脱ぎ捨て名乗りを上げると、月明かりに照らされた赤い髪が閃いた。

 その瞬間、黒装束の男たちの間に、ざわめきが走る。


「まさか、あの紅狼(レッドウルフ)か……!?」

「こいつが、“百人斬りの真紅(スカーレット・キラー)って噂の?」

 

 男たちがひそひそと動揺する中、アリシアは剣を片手に悠然と踏み出す。


「……ほう。その名で呼ぶとは、お前ら、帝国の者か?」


 一瞬、沈黙。数人の顔に、見てはいけないものを見たような色が浮かぶ。


すると偽ルシアンが叫ぶ。

 

「恐れるな!数はこっちが上だ。伝説なんぞ所詮、誇張された話……押し切ればどうにでもなる!」


その様子を見てアリシアはニヤリと笑った。

 

「帝国の密偵……いや、それだけじゃない。ライデン聖王国での呼び名も混じってる……さては寄せ集めの兵か?」


「余計な会話をするな!相手が誰であろうが、息をしていなければただの骸よ」


「ははは、上手いことを言う」

 

 何が面白いのか、不敵に笑うアリシアにアリサ苦言を呈する。

 

「アリシア様!油断は思わぬ隙を生みますよ!」

 

 アリサは敵の視線と足運びに、違和感を抱いていた。

 敵が足裏を滑らせるように、徐々に距離を詰めて自分たちを包囲しようとする動きが見えた。

 

 咄嗟にアリサは物陰に滑り込み、廊下の入り口付近に転がる椅子や古い木箱を片手で押しやる。崩れた荷物が絶妙な角度で通路を狭めると、アリサはすぐに声を張り上げた。


「アリシア様、こちらへ!」


 アリシアは一瞬だけアリサと視線を交わし、即座に意図を理解した。


 彼女は次々と襲いかかる敵の敵の剣先を辛うじてかわしながら、大仰に後退しつつ廊下へと追い込まれる。


「やはり大した事はないな!」

「逃がすな!押し込め!」


 黒装束の男たちが一斉に声をあげ、怒涛の勢いで廊下へと殺到する。


 そのとき——


「おっと……危ないな」


 アリシアは逃げ場のない廊下の行き止まりで苦しげな息をつきつつも、その眼光は鋭く敵の動きを測っていた。


 彼女はわざと転びそうに身をよじり、壁を背にした。


勝ちを確信した先頭の男が、飛び出して距離を詰めてきたその時——

アリシアが一転して矢のような踏み込みで男の懐へと飛び込む。


 廊下は狭く、男たちは二人並ぶのがやっと。前後の動きも横の動きも、互いに押し合い、自由が利かない。


 先頭の男が剣を振り上げた、その瞬間——


「勝負ありだ!」

 

 アリシアの剣が、風を裂いて閃いた。


 目にも留まらぬ速さで、相手の刃を弾き返し、逆手にとった柄で男の首元を正確に叩く。

 

「ぐっ……!」


 最前列の男が呻き声をあげて膝をつくが、後ろの仲間が押し出されるように次々と前へ。


「く、くそっ、やれっ!」

「止まるな、押し込めば勝てる!」


 男たちの焦りの声、靴音、息遣いが狭い廊下にこだまする。

 アリシアは敵の剣を紙一重でかわしながら、壁際を滑るように動く。

 さらに壁を蹴って空中で体を反転させ、敵の背後に入り込む——その身軽さは、もはや人間離れしていた。


 そう、彼女は“わざと”自身の動きを鈍らせ敵を有利な狭域へと誘い込んでいたのだ。


「俺が押し通す!」


 しんがりの男が急反転し鋭い突きを放とうしたその一瞬、最前の男が踏み込む足元に、アリシアが蹴った椅子が転がり込み脚が引っかかる。


「なっ!」


 バランスを崩したその男に、アリシアの剣が一閃。

刀身が月明かりを反射し、次の瞬間、男は静かに崩れ落ちた。


 後ろの男が思わず止まる。その隙を逃さず、アリシアは壁を蹴って再び空中で反転、頭上を越えた瞬間、

二人目の肩口へ剣を突き入れる。


「がっ……!」


 立て続けの攻防に、敵の隊列が完全に乱れる。


「なにをしている!相手は独りだぞ押せ!」

「うるさい、動けないんだよ!」


 狭い廊下では“数”がむしろ動きを制限する枷となる。

 アリシアは壁を背にして動きを止め、敵の動きを引き付ける。


 そして、呼吸を一つ――


「さて、ここからは私の剣技の番だ」


 一拍の静寂。


 次の瞬間、アリシアの剣が獣のように唸る。

廊下に並ぶ男たちの間を縫うように、時に壁を蹴って、時に身をかがめ、人波の中を“流れる赤い髪”が斬り込んでいく。


「ぐあっ……!」

「人間か!こいつは……!」


 彼女は相手が追いつめたと思った刹那の隙に必ず一人を仕留めていく。時折体力の限界のような仕草を見せるが実際は全て計算のうち。


「あと二人……数で有利じゃなかったのか?!」


 直後一人が切り捨てられ、残った最後の男が、震える声で叫んだ。


「まさか……この攻防の中で、俺たち全員を“自分が有利な場所”へ、わざと引き込んでいたのか……」


 アリシアは額の汗をぬぐい、わずかに口角を上げて言った。


「セレーナの知恵だ。たしか、戦わずに勝つ——だったか?」


 アリサが廊下の隅から小さく呟く。


「十分、戦ってますけどね」


「細かいことはわからん!とりあえず——終わりだ」


 その最後の一人を、アリシアは鋭い踏み込みで切り伏せた。

 

「ばけ……もの…め」


 その段末の叫びに、アリシアは怪訝そうな顔をした。


「失礼な……アレクセイが聞いたら泣くぞ」


  廊下の静寂を破るように、奥の部屋から一人の影が現れる。


 ——偽ルシアンだ。

 

 その顔はすでに王子の面影ではなく、仮面の奥で冷たい光を放っている。


「……まさかここまでやるとはな。だが——ここで捕まるわけにはいかん」


 偽ルシアンは、足元に素早く印を描き、腰の小袋から何かを投げる。


 瞬間、黒煙が廊下に広がり、視界が奪われる。


「アリサ、下がれ!」


 アリシアが声を上げるが、その間に偽ルシアンの姿は煙の中で溶けるように消えていた。

 

 床に残されたのは、不自然に冷たい影と、鈍く光る小さな“鴉の羽根”だった。


 アリサがそれを拾い上げ、驚きに目を見開く。


「これは……王国の“黒鴉”の……?」


 アリシアは険しい顔で煙の向こうを睨む。


「間違いない。“帝国”ではなく、“王国の諜報”の技だ。

どうやら、この件、帝国と王国の諜報部隊が——裏で繋がっているようだな」


「いったい、誰がそんな事を……?」


 その時、アリサの脳裏に浮かんだのは反吐が出るほどに最悪の名前だった。


「まさか……ベルトラム」

 

 アリシアは剣を鞘に収め、静かに呟いた。


「まあ奴は、国外追放……死んではおらんからな」


「でも、あいつが私を狙う理由なんて……」


「ここで、可能性の話をしても意味がない。とりあえず私の屋敷へ移動しよう」


頷いたあとも、アリサは思考を巡らせていた。

 

「この事件、ただのルシアン様の成婚だけじゃない。もっと深い闇が、国の裏で動いているかも——」


 廃屋の窓から、かすかに夜明けの光が差し込む。


 新たな謎と、さらなる戦いの予感を胸に、二人は静かに廊下を踏みしめた。

 

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