ソロの冒険者、リヒト。
「……足りませんね。あと、状態もよくありません」
リヒトの目の前の女性は、目も合わせず吐き捨てるように言った。
「そんな……、数は充分あったはずです」
「素材として認めるに値するモノが、という意味です。何を根拠に充分と?」
「まさか! 完璧な素材だけしか認めないなんて、他の冒険者にはそんなこと一言も……!」
リヒトは続きを言いかけ、何かを察したかのように下を向いた。自身と他の冒険者との明らかな差別。笑えるくらい露骨だ。
ここは"ダンジョン冒険者協同組合協会"の施設内。通称、"冒険者ギルド"。
その一角でリヒトは下を向き、立ち尽くしながらギリリと歯を食いしばった。
リヒトは今日まで3日間、たった1人ダンジョンへ潜り、とある素材の収集クエストをこなしていた。
三日三晩寝ずにダンジョン内を這いずり回り、やっとのことで手にした素材達。
それらは今、目の前のギルド職員の女性に乱雑に目の前へ放り投げられた。
「このレベルのクエストをまともに完遂できないのであれば、今後よく検討されてからクエストを受注されてください。依頼主とギルドの信用にも関わりますので、今後このような事が続くのであれば、クエスト受注の制限も視野に――」
「ーーはい。申し訳ありません」
リヒトは頭を下げ、素材を袋へ入れると、申し訳なさそうに女性の前から踵を返し、逃げるように歩き出した。
やはり1人でのクエストには限界がある。ソロの冒険者をやるには、特別なスキルでも無ければ生計を立てるのはほぼ不可能に近い。ましてや自身の場合は、まともに素材を集めてきたとしても、ギルドがまともに相手をする気すらない。
……一度断念したが、やはりどうしても仲間が必要だ。リヒトはそう思い直し、ギルド内の仲間募集掲示板の前へ向かう。
しかし、その間にも、ギルド内にいた人間からは軽蔑と侮蔑の視線を浴びる。
今に始まったことではない。しかし、この胸を刺すような不快感にはいつまで経っても慣れる気がしない。
だが仕方がない。冒険者のクセに軟弱で無能な自身が悪いのだ。リヒトは自身にそう言い聞かせつつ、口元を強く噤みながらを掲示板を見た。
「おい、何してやがる」
突然後ろからドスの効いた声をかけられ、腕が首を巻くように伸びてくる。
抵抗して振り解く術もあったが、ギルド内での暴力沙汰は御法度。自身が何をせずとも職員か冒険者が止めに来るのは目に見えている。ゆえにリヒトは敢えて抵抗しなかった。
腕の力で首から床に力任せに叩きつけられたリヒト。衝撃で肺から空気が押し出され、苦しそうに嗚咽を上げる。
リヒトは思った以上に加減の無い力で叩きつけられたせいか、軽く脳震盪を起こしていた。
ふらふらと起きあがろうと脚を上げると、リヒトは数人がかりで床に押さえ付けられる。
「ガハッ……はぁはぁ、いきなりどういうつもりだ」
「黙れ。お前、何しにここに立ってやがる」
丸刈りのガタイの良い大男に馬乗りにされながら、リヒトは問われた問いに答えようとするも、口を閉ざした。
「……」
丸刈りの大男が返答を促そうとリヒトの頬を叩く。
しかし、リヒトは返事をしない。
「……」
「お前みたいなゴミスキル持ちが仲間を? ふざけるのも大概にしとけ。 死ぬんならテメェだけてくたばりやがれ。他人を巻き込むな」
「うるせえ……邪魔するなよ。俺だって1人は限界があるんだよ。戦闘は俺だけでいい。傷を負うのは俺だ。だから、だからよ、せめて俺をバックアップしてくれる仲間1人でいいんだ。それでーーッああああ"!!」
リヒトは右腕からの激痛に、声にならない叫び上げた。
あまりの痛みに涙で溢れた右目を右腕へ向けると、短剣が右手に深々と突き刺さっていた。
刺したのは無論、丸刈りの大男だ。
「お前の商売道具は右腕だったな、リヒト。いい具合にトンネルが空いちまったようだが、それじゃあもう剣は握れねえな」
「あああがあああッ! ふざけんじゃねえ! こんなことしてただで済むと……!」
リヒトはそこで違和感に気づいた。
これだけギルド内で騒いでいるというのに、誰も止めにこないどころか、様子さえ見に来ない。
ギルドにとって。冒険者にとって。厄介者はこの丸刈りの大男ではない。
周りに迷惑をかけるしか能のないスキル。唯一のマイナス効果スキル持ちであるリヒト。彼に他ならない。
右手からドクドクと血が流れ、焼けるような痛みがリヒトの脳を焼いた。同時に情けなさと悔しさが入り混じり、ぐちゃぐちゃになった感情が目頭を熱くする。
「そこまで……俺が目障りなのかよ」
「目障りなんてもんじゃねえ。この疫病神が。お前と組んだ仲間がどうなったか、忘れたとは言わせねえ」
「ッ……!」
その言葉を聞いたリヒトは大男を力任せに押し除け、全速力でギルドを後にした。
『はっ。スカッとしたわ』
『2度と戻ってくるな』
『さっさと死んでくれたらいいのに』
ギルドを出る直前リヒトに投げかけられたのは、そんな心無い言葉の数々。
リヒトは後から後から溢れ出る涙を拭き、夜の街を駆けた。まだ少年と呼んで差し支えない年齢であるリヒト。右手を押さえながら、その痛みに歯を食いしばる。
だが、リヒトが本当に痛いのは、血の滴る右手ではなく、胸の内にある心の方であった。