第6走 ありったけの情熱!
登場人物
◯ 斧田 謙信
城西拓翼大学附属高校出身
18歳。
後の城西拓翼大学駅伝部、
初代・主将。
現在は、
城西拓翼大学の一年生にして
本大学陸上部で唯一の
男子長距離ランナーである。
どうしても
諦めることができない
箱根駅伝への想いを胸に
理事長との面談に挑む
◯ 塩田 耕平
城西拓翼大学の経理課長。
42歳。妻子あり。
同大学のOBであり、
彼もまた経済的に
恵まれない学生生活を
送ってきた経験から、
より多くの苦学生の
手助けをしたいと考え、
同校へ就職した。
斧田のアツい想いを知り、
その支えとなるべく尽力する。
◯ 平山 拓次郎
本大学の母体である拓翼会の
創始者・平山只三郎拓翼の
直系の子孫であり、
城西拓翼大学の
理事長兼総長を務める。
かつて前理事長らが
箱根駅伝有害論を
主張したことにより、
男子長距離からは
一線を引く立場を貫いていたが、
斧田の存在を知り、
その気持ちに変化が…?
連休期間中の土曜日、
ということもあり
大学校内はいつになく
静かなままだ。
コツ…コツ…コツ…
覚悟を決めて理事長室へと
向かう斧田と塩田課長。
革靴を履いた2人の
歩いている音だけが
ただただ静かな空間を
演出するかのように、
廊下に響きわたり、
それが
斧田謙信の心拍を
より一層、昂らせた。
職員専用のエレベーターに乗り、
理事長が待つ最上階へ…
『さあ、いよいよだ…』
そして、ぽーんという、
到着音とともに
自動扉が開くと、
それまでとは
うって変わって
理事長までの通路には
なるほど立派な赤絨毯が
敷かれている。
おそらく、来客用に
用意したモノだろう。
しかしながら
斧田にそんなことを
気にしている暇はない。
勇気を出して前へと進む。
ただまっすぐに、
そう、前を向いて。
己の夢を
叶えんがため、
ついに斧田謙信は、
理事長室の扉の前に
たどり着いたのだ。
「それじゃあ、行こうか」
同行していた塩田課長が
3回ノックをする。
「理事長、例の…
斧田くんを連れて
参りました。」
すると、待ってました、
と言わんばかりに
扉の奥からは、
ハツラツとした覇気を纏いつつ、
中年らしい渋みのある大声が
返ってきた。
「うむ!入りたまえ!」
あまりの声量に
一緒ビクつく斧田。
それを見た塩田課長が
少し口もとが緩ませながら
こっそりと呟く…
「また、いつものヤツだな。」
この数日間
とても長く感じた。
急遽作成した
プレゼン用の資料に
寮母さんの前で
繰り返したリハーサル…
まさに無我夢中、
寝る暇などは、
ほとんど無かったのでは
なかろうか。
そして、
今日、ようやく斧田のために
理事長室の扉が開かれた
その瞬間であった。
昔のアメリカで作成された
ボクシング映画の
テーマソングが流れ出す。
ズン、ズン、チャ!
ズン、ズン、チャ!
2人の目の前には
筋肉質に引き締まった
中年男性が映っていた。
その曲を聴きながら
自身のモチベーションを高め、
上半身ハダカで
シャドーボクシングを
繰り返している。
紛うことなき、
城西拓翼大学・理事長
平山拓次郎であった。
年はすでにら60過ぎだが、
肌ツヤは
眩いほどの輝きを放ち、
サロンに通っているのか
全身を小麦色に焼いた姿は
イケオジそのものである。
シュッシュ!シュッシュ!
迅く、そして
見事なまでに
正確なワンツーだ。
その光景をみた斧田が
呆気にとられていると、
いきなり、「ヤァー!」と
気合いを放った平山理事長が
1メートル以上高く飛び上がり
ローリングソバットを決めた!
理事長により放たれた
この回転蹴りの軌道は
美しく、尚且つ力強い!
まるで、
超日本プロレスに在籍していた
謎の覆面レスラー…
『ドラゴンマスク』の
ようであった。
「流石!理事長!!
今日もお見事です!」
塩田課長が拍手喝采で
理事長を絶賛する。
「なあに、まだまだ…
こんなものじゃないさ。」
机に置いてあったタオルで
汗を拭いながら、
斧田謙信の方に目をやった。
「おっと、少し待たせたねー。
キミが斧田くんだね。」
「あ、あ…、はい!」
緊張もあるのだが、
予想外の出来事に
この一言を発するので精一杯だ。
それをヨソに、
立て続けて
理事長の平山が語り出す。
「キミの資料、
とてもよく出来てたよ。
近年、大学駅伝で名を上げた
東京駒澤大学や青山立教大学を
引き合いに、箱根駅伝に
参入することの利点を
短時間でよくまとめてきたね。
また…
我が校の部活動へのインフラ整備の
ノウハウを活かして強化を
図るというのもいい着眼点だ。
そして、なにより…。
斧田謙信くん!
キミの箱根駅伝に
賭ける情熱がホンモノだと
ボクは確信したよ!」
この評価に
緊張しっぱなしであった
斧田の表情が明るくなった。
が…
「しかしながら、
我が校が箱根駅伝有害論をとり、
常に箱根駅伝とは距離を
とっているのは知っているね…。」
理事長がそう答えるのは
想定内ではあったが、
想像していた以上に
言葉の重みを感じずにはいられず、
言い返す言葉が
喉から先へ出てこない。
(悔しい…。
やっぱりダメなのか)
下を向き、
両手の握りこぶしを
強く握る斧田を見ながら、
平山理事長が椅子に座り、
再び話し出した!
「さあ、ここからが
キミの本当の勝負だぞ!
キミの心からの声で、
キミの本当の言葉で!
これが、
最後のチャンスだと思って
ありったけの情熱を
理事長である私にぶつけてみろ!」
(ガンバレ!斧田くん!!
ここが人生の正念場だぞ!!)
塩田課長も心でそう叫びながら
手に汗を握る。
今一度、顔を上げた
斧田謙信の顔に
もはや一切の迷いは無かった。
次回、第7走 名案と奇策!
情熱だけでは夢は叶わない。
だがしかし、
たとえ厳しい試練が
待ち受けようとも
それを乗り越えるのも
また情熱である。
You Must Go !!
箱根路はただ静かに、
そのアツき情熱を
未来に繋ぐ若者たちを
今も待ち侘びている!