第17走 同盟要請!?
◯ 岡林 正裕
日本長距離界において、
実業団や大学駅伝に至るまで
数知れぬほどの実績を
残した名指導者。
箱根駅伝に挑戦したいという大学生、
斧田謙信からのメールをきっかけに
城西拓翼大学・駅伝部監督に就任した。
◯ 斧田 謙信
城西拓翼大学附属高校出身
18歳。
城西拓翼大学の一年生にして
本大学陸上部で唯一の
男子長距離ランナーである。
どうしても
諦めることができない
箱根駅伝への想いを胸に
同好会メンバーを説得中。
◯ 塩田 耕平
齢42歳にして、
城西拓翼大学の駅伝強化部長に抜擢された
秀才と呼ぶに相応しい同大学の職員。
アツい情熱と行動力を武器に奮闘する
斧田謙信に一目置いている。
◯ 城西拓翼大学 男子陸上同好会
楽ちんで楽しいランニングクラブが
モットーの1年生5名が在籍している。
駅伝部に勧誘する同期の斧田を
正直疎ましいと思っているが…。
正午過ぎ。
城西拓翼大学の校門向かいにある
中華の老舗『タチバナ飯店』にて。
古めかしくもどこかしら懐かしさを
感じさせる暖簾をくぐると、
奥にある調理場の正面には、
中華屋でお馴染みである
よく目立つ赤いカウンターが
並んでいるのが見える。
入り口付近には
レトロ感満載なレジと黒電話が置かれ
奥のカウンター席との間には、
3組のテーブル席と椅子があった。
長年の営業で染みついたであろう
中華料理屋独特の光を放っている。
それに加え、
角がめくれて曲がり切った
味のあるメニュー表に
店内全体に広がる胡麻油や中華調味料の匂いが、
腹ペコ学生のDNAに
直接的な刺激を与え、
食欲と期待値がさらに増幅させてたまらない。
創業以来、85年以上、
いつも変わらぬやや濃いめの味付けに、
学生証を提示すれば、
大盛り・特盛すべて無料…
いわゆる、
うまい・やすい・デカ盛りがモットーを
貫き続けた町中華・タチバナ飯店の料理は
城西拓翼大学生の聖地飯なのだ。
寡黙な主人と、無愛想な女将さんが
いつものように淡々と仕事をこなす中、
その一方で、いつも明るい接客で
多くのジョーダイ生のハートを
鷲掴みにして離さない
3人の看板娘の内の1人が岡林たちを出迎えた。
「えーっと…。8名さまですねー。
2階にどうぞー。」
案内された座敷は、
思っていたよりも広々としており
空調機も効いていて
一階よりも油臭は少ない。
監督の岡林がおもむろに真ん中に座ると、
斧田と同窓会のメンバーもまた、
その周りに座り出した。
ただ、きめ細やか気遣いができる
塩田強化部長は、
まだ自分の出番ではないと思い、
あえて入り口側の下座に位置をとり、
水がセルフサービスであると気づいた
斧田がせっせとグラスに注いでは
周りに渡して始める。
全員がひととおりメニューに
目を通した後に
呼び出しベルを鳴らすと、
先ほどの看板娘が飛んできた。
さっそく注文となったが、
同好会メンバーは、
腹が膨れればなんでもよいとばかりに
ラーメン・ライスセット(大)か
ラーメン(大)と半炒飯セットばかり…
これには岡林も少し眉をひそめる。
身体作りの基本は、
バランスの摂れた食事であり、
それ無くして、
陸上競技者として成長はなく、
とにかくなんでもいいから食べて動けば、
競技の成績が上がることなど、
絶対にありえないからだ。
(ほかにも
栄養バランスがとれた定食も
メニューにはあるんだけどなあ…。
こりゃ
ほんとうに基礎的なことから
指導しないといけなくなるな。)
そう思いつつも、
肥満体型の岡林監督自身もまた、
普段より脂っこい料理を避けるよう、妻・鞠江から
口酸っぱく苦言を呈されていたことを
思い出していた。
そこで、断腸の思いではあるが、
好物の一つである『酢豚定食』を諦めて
夏季限定のさっぱり棒棒鶏定食にし、
塩田強化部長と斧田も同じものを頼むことにした。
ものの15分程度で全員分の料理が並び
食事会が始まると、
まずは一人ひとり自己紹介に始まり、
それから、岡林からの質問タイムと
学生からのお悩み相談コーナーとなった。
するとここで、
強面な割には、ユーモアセンスに溢れ、
若者の懐に入り込むことが
異様なほど上手いと定評がある
岡林の話術が光を放つ。
それに加えて、
類い稀れと称されるほどの聞き上手。
言い換えるならば、
岡林裕正と言う男は相手の話を
聞き出すプロフェッショナルなのだ。
亜寿亜大学や実業団で
多くの若者を育て上げてきた
岡林の素質や経験値が
ここでも現れていた。
これには塩田強化部長や斧田も
ただただ舌を巻くしかない。
頑なに駅伝部との合流を拒む
同好会メンバー達もまたそんな岡林に対し
徐々に心を開きはじめていた。
そんな彼らの悩みを一言で要約すると、
岡林の想像通り、
生活費、そして恋愛に関するもの、
であった。
彼らの悩みを大まかに説明するとこうだ。
『斧田も含めて、
ここにいる全員の学業はそれなりに優秀であり、
時給単価の良い家庭教師などのアルバイトに
精をだしていたが、勤務時間自体は短く
思っていたより稼げていない。
故に、稼げてないからデート代が払えない。
だから、同好会の俺たちはモテないし、
彼女ができない。』ということである。
(もっとも、モテない理由は
それだけではないような気もするが…。)
「いつの時代も若人の悩みは
変わらんもんだなあ…。
これも青春ってやつだねぇ。」
岡林もちょっとばかし古い時代の
若者言葉を使いながら、
同好会メンバーの共感と
笑いを誘い出していた。
注文から1時間後、
キレイに食べ終えた後の食器も片付けられ、
ではそろそろお開きかと言う時に、
岡林がついに本題を切り出す!
「それなら、
俺たち駅伝部と同好会で
協定を結ばないか?」
「んん!?どうめい?」
意外な展開に斧田と同窓会メンバーは
何が起こっているのが理解できず、
目を丸くして一瞬固まった。
「では塩田さん、説明を頼む!」
「わかりました!監督!」
下座でこの光景を見守っていた
塩田強化部長がスクと立ち上がり、
岡林の隣に座わると、
カバンの中から書類を複数枚出し
同窓会メンバー1人ひとりに回しはじめる。
(よし。ここでようやく俺の出番だな…。)
静まり返る店内で塩田強化部長が
『ドウメイ』の中身について話し始めた。
果たして駅伝部と同好会の同盟とは…?




