第14走 果たすべき夢に向かって
登場人物
◯ 櫛部川 敦史(30歳)
早稲田学院大学 出身
現・NB食品陸上競技部、
長距離部門コーチ
学生時代、
箱根駅伝は4年連続出場。
1年次は脱水症状による失速から
区間最下位に沈み苦渋を舐めるも、
2年次 1区 区間賞、
3年次 3区 区間2位
4年次 4区 区間新記録(当時)
と名実ともにエースとして活躍!
総合3連覇の立役者となる。
大学卒業後は、非公式ながらも
当時、『無敵』と呼ばれた古瀬比己寿の
マラソン日本記録を大幅に更新し、
大いにその将来を期待されていた。
日本代表合宿にて、監督の岡林のみならず、
前述の『無敵』の古瀬ヘッドコーチや
『双子の最強ランナー』の宋茂・猛コーチの
指導を一身に受けていたが、
謎のイップスが発症し、マラソン競技を断念。
古瀬たちの下を去ることを決めた。
その後は、主戦場を1万mに移しつつ、
実業団・NB食品の長距離コーチを務めていたところ、
岡林から城西拓翼大学の
コーチ就任の誘いを受けたのだが…
◯ 櫛部川 晴美(28歳)
櫛部川敦史の妻。元・女子長距離選手。
旧姓・二子山。
高校卒業後、実業団のにこにこ堂に入社。
当時、同実業団の総監督をしていた
岡林裕正(後の城西拓翼大学・駅伝部監督)の指導を受ける。
22歳で競技を引退した後は、
社業(庶務課に配属)に専念。
同時期に、岡林の紹介で現在の夫、
櫛部川敦史と出会い、その2年後に結婚。
1男2女を授かり、今に至る。
岡林との関係は
実の親子と間違われるほど
良好そのもの。
競技引退後は
岡林のことを「パパさん」
晴美のことを「ニコちゃん」と
互いに呼び合っており、
当の本人である岡林もまた
満更ではないようである。
「いやいや挑戦って?
晴美ちゃん…オレはいつだって
挑戦者だぜ?
今日だって、いや今だって
育児に生きがいを感じてるんだ。
まあ、まだまだヘタクソだけどさ。」
(なんで?まさか!?
すでに知っているのか?晴美ちゃん…。
もしかしたら岡林さんが
晴美にも連絡をとっていたとか?
どちらにせよ。気持ちの整理が
まだついていない状況で
今はコーチの話はできん。
オレには、大切な家族がいるんだ。)
明らかに動揺を隠しきれていない敦史が
晴美に背を向けながら
再びキッチンに向かう。
「それに、
なんだよ急にさ。
まるで将来の進路に
悩む大学生みたいにでも
見えたんかなあー?
いやいやそれはない。
オレは周りに弱みを
見せない性格だしなー。
あ、そうだ。
今日のコーヒーはいつもより
酸味が少し強かったからかなー
晴美ちゃん。
いやーごめん。
それで心配させちゃったかなー。
うーん。
キリマンジャロを入れすぎたかも。
コーヒーを淹れるのも奥が深いぜ。」
敦史は
少し冷めたブラックコーヒーを
一気に飲み干して、
ため息よりも大きく息を吐いた。
(めっちゃ棒読みじゃない…。
何かごまかす時のクセは
昔からずっと変わってない。)
「実はさ…。岡林さんから
連絡があったの。」
晴美がさらに話を切り出す。
(やっぱりか。
岡林さんも相当本気モードだ。
囲い込み作戦ときたか。
でも…)
「そうか。晴美ちゃんも
知ってたんだな。」
「そう。だから…
私は絶対に嫌よ!!敦史が…」
その瞳は後ろを向いたままの
櫛部川敦史を強く見つめていた。
「分かってる。分かってるよ。
その話は断るつもりだ。
東証1部上場で福利厚生も
ちゃんとしている今の安定した生活を
手放しちゃいけない。
監督もそうだけど、
大学駅伝のコーチなんて
結果を出さなきゃ
すぐクビになるし、
そうなったら
家族を路頭に迷わすことになる。
それでも
コーチになりたい人は
他にも沢山いるはずだし、
なにより、なにより…、
晴美の旦那と子ども達の父親は
世界で俺1人なんだ。
これ以上の苦労はかけられないよ。
それにさ、ずっと先になるけど
子ども達が大人なったら、
一緒にコーヒーカフェをやるって
夢があるじゃないか。
俺、忘れてないよ。
初めてのデートの日に、
下北沢のアンティークショップで、
2人でこのコーヒーミルを買ったことも。
あの時、マラソンで挫折して
目標を見失った俺にとって、
陸上競技以外の初めての夢なんだ。
だから…俺は明日…」
『明日断りの電話を入れるよ。』
そう敦史が言いかけた時だった。
「だから、私はそのカフェに
反対だって言ってるの。
絶対に大反対なんよ!
敦史が
誰にも気持ちで負けなかった
大好きな陸上競技で
幻のマラソン選手で終わるのは!
私は有名企業に勤めている
元日本代表のイクメンもどきなんかに
惚れたんじゃない。
今でも最後まで陸上競技を、
駅伝もマラソンも諦めることを知らない
櫛部川敦史に嫁いできたんだ!」
互いに「ぐっ」と込み上がる気持ちに
涙がこぼれそうなる。
しばしの静寂の後、
下を向き涙を堪える敦史に、
再び晴美が口を開く。
「岡林さん、ううん。
岡林監督が言ったの。
俺は歳も歳だから、
長く指導者はできないだろうって。
そうなると
箱根駅伝予選会突破か
シード圏争いまで
指導するが限界で、
だから、そのあとは
敦史に託したいんだって。
マラソンで世界一を
獲らせてやれなかった櫛部川敦史が
箱根駅伝の優勝監督になるための
道標をつくる、
これが陸上人生最後の仕事だと
そう思ってるって言われた。
ここまで言われたら
もうそれから逃げたらだめじゃない?
だから行きましょう!
城西拓翼大学に。
私たち家族全員で!」
櫛部川敦史の、いや、
櫛部川一家の箱根路への挑戦は
こうして幕を開けたのであった。
次回、ようやく斧田謙信が再登場!




