第10走 監督の就任とコーチの招聘
登場人物
◯ 岡林 正裕
日本長距離界において、
実業団や大学駅伝に至るまで
数知れぬほどの実績を
残した名指導者。
現在は、女子実業団の
にこにこ堂の監督を最後に、
陸上界からは身を引き、
故郷の熊本県で妻・鞠江と
共に余生を過ごすと決めていたが、
箱根駅伝に挑戦したいという大学生、
斧田謙信からのメールをきっかけに
もう一度、指導者としての道を
歩むことを心に決める!
◯ 平山 拓次郎
城西拓翼大学の理事長。
同大の1年生・斧田謙信との面談後、
箱根駅伝有害論を提唱する理事会の
大反対を押し切り、
同大学による箱根駅伝への
本格参入を決意する。
6月1日未明。
岡林夫妻は、城西拓翼大学の
理事長室に招かれていた。
ソファには、
平山理事長と塩田、
その対面に岡林夫妻が座っている。
「すみません。平山理事長。
やはり、急な退職のために
業務の引継ぎがありまして…。
監督就任は
8月からになりそうです。」
ギョッと驚いたのは、
学生課長から駅伝強化部長兼秘書課長に
昇進した塩田耕平、
そして、理事長の平山に至っては
一瞬とは言え、その声を失っている。
たがすぐに、ハッと我に帰ると
「いやいや、にこにこ堂から
出向としてこちらに来るとばかり…
何故、退職までして!?」
と岡林に問いかけた。
「理事長、覚悟の上です。
亜寿亜大学の頃と同様、
選手と共に生活をし、
箱根駅伝を目指して参ります。
また、妻も選手寮に入り、
寮母として頑張りたいと
言っておりますし、
熊本の家は、借家にし、
すでに入居者も決まりましたので
ご安心下さい。
雇用形態につきましても、
まだ結果が出ていない状況ですし、
1年契約の嘱託職員としての
採用で構いません。
私もかなり歳ですから。」
しかしながら、
齢60歳を超えた高年者とは
思えぬほど、岡林のその目には
並々ならぬ活力を感じずには
いられない。
「本当によいのですか…!?
奥様もその条件で?」
平山理事長と塩田が、
岡林の妻・鞠江に目をやると、
終始笑顔、それも満面の笑みである。
「ええ。夫も一緒ですし
まったく問題ありませんよ。
これから沢山の学生と
出会うわけですし…
なんだか、亜寿亜大学で
寮母をしていた時を思い出して、
もう楽しみで仕方ないんです。
あの時もほんっとに大変でしたけど、
これからまた、
新しい選手たちに出会えると思うと
ワクワクが止まらないですわ。
夫も私も揃って陸上バカっ!
なんてねー、お父さん。」
おほほほほ、と
上品に笑いながらも、
隣にいる夫・裕正の肩を
バシバシと叩いては、
またツボにハマったように
笑い続けた。
(鞠江、しゃべりすぎだ…。
あれほど大人しくして欲しいと
頼んだはずなのに…。)
対照的に苦笑いで顔が固まる
岡林裕正に、平山理事長も
笑いを堪えきれない。
「そ、それでは岡林さん…ッ
ゴホン。
いや、岡林監督。
選手寮は来年の2月には完成予定です。
それまでにコーチと選手の勧誘は
どのようにいたしますか?」
「まず、勧誘については
他大学から声のかからなかった子に
アプローチを続けるしかないでしょう。
ただ、コーチの件につきましては、
私に一案がございます。」
「といいますと…?」
平山理事長と塩田強化部長が
身を乗り出した。
「やはり、コーチに呼ぶなら
彼しかあり得ないでしょう!
私がオリンピック強化の
監督をしていた時の教え子…
櫛部川 敦史を!」
岡林のその目がさらに
ギラリと輝きを放つ!
「あの、幻の代表選手と呼ばれた
櫛部川 敦史が…!。
もし、我が校に招聘できれば、
勧誘も強化もうまく行くかも…」
そして、
平山理事長と塩田も互いに
顔を見合わせる!
「だからこそ、私は嘱託でよいので
櫛部川に関しては出来る限りよい待遇で
迎え入れていただけませんか?」
『自分のことより、他者思い。』
岡林裕正らしい提案に、
平山と塩田が心を打たれたことは
言うまでもなかった。
次回!
コーチのオファーに、櫛部川は…




