第9走 人生岐路(ターニングポイント)
登場人物
◯ 岡林 正裕
日本長距離界において、
実業団や大学駅伝に至るまで
数知れぬほどの実績を
残した名指導者。
現在は、女子実業団の
にこにこ堂の監督を最後に、
陸上界からは身を引き、
故郷の熊本県で妻・鞠江と
共に余生を過ごすと決めていたが、
箱根駅伝に挑戦したいという大学生、
斧田謙信からのメールをきっかけに
もう一度、指導者としての道を
歩むことを心に決める!
◯ 平山 拓次郎
城西拓翼大学の理事長。
同大の1年生・斧田謙信との面談後、
箱根駅伝有害論を提唱する理事会の
大反対を押し切り、
同大学による箱根駅伝への
本格参入を決意する。
『岡林さん、城西拓翼大学の
平山理事長様からお電話です。』
「ああ。ありがとう。
すぐに回してくれ。」
受付からの内線を受け取ると同時に
久方ぶりに鼓動がより高鳴りに覚える。
(平山さんも動いたか。
ついに… この時が来たんだな。)
岡林と平山は互いに全く面識がない
というわけではなかった。
平山が理事長を務める
城西拓翼大学は元来、
女子駅伝に力を入れている経緯から、
岡林も監督時代に
数多くの同大学の
優秀なOG(出身選手)を
受け入れていた。
このことから、
岡林が関東方面の選手勧誘の際に、
必ずと言ってよいほど
挨拶回りにいく先が、
この城西拓翼大学・理事長
平山拓次郎なのである。
一方、平山もまた、
岡林の住まう熊本県の方角には、
決して足を向けて眠れないと
公言するほど、
敬意を表さずにはいられない。
陸上界では男子と比べて、
選手生命が短いとされる
女子実業団…
とりわけ長距離部門においては、
数多くの女子選手が、
使い捨ての如く、酷使された結果、
数年で引退に追い込まれ、
会社そのものを去っていく中、
たとえ、怪我や家庭の事情により、
1、2年で実業団を
去らねばならない選手に対しても
引退後に社業に専念できるよう、
ある時には、各部署にいる
ふた回り以上歳下の管理者に
何度も頭を下げて回り、
またある時には裏で
結婚の世話をしていたことから、
『第二の父』と慕う
城西拓翼大学OG選手も
例を挙げれば数知れず…
それこそが、
どのような時も人を大切にし続けた
にこにこ堂・女子陸上競技部元監督、
岡林裕正の生き様であり、
大学において、平山一族が提唱する
「光の当たらぬ者にこそ、これを与えん」という
教育理念にも通ずるものがあったからだ。
なお、
現在、男子駅伝部を立ち上げたいと
奮闘中の城西拓翼大学1年生、
斧田謙信(後の男子駅伝部初代キャプテン)が、
平山理事長と岡林との間に
このような事実関係があったことについては、
誠に知る由もなく、
まさに人生とは数奇であると
言わざるを得ない。
1人の若者の行動と情熱が、
偶然にも、2人の男の絆を
更に強くしようとしているのだ。
「平山理事長…
いつもお世話になっております
岡林です。」
互いに最大の敬意をはらう
間柄だからこそ、
電話越しではあるが、
神妙な空気を放ち、
あたりに独特な間が広がる、
そんな緊張感はいつぶりか。
「岡林さん、こちらこそ、
いつもお世話になっております…。」
新社会人でもできるような
ありきたりな受け答えであるが、
同じ一言であっても、やはり、
人生の深みが格段に違うからだろう。
互いの心中にさらなる緊張感と
内に秘めたアツい情熱が交錯する。
だがしかし、
否、それゆえに、
本人たちですら不思議となぜか、
互いの気持ちを
十二分に理解できていた。
「岡林さん、一度、熊本県に
伺わせていただいても…
よろしいでしょうか?」
「…。」
(ここが人生岐路だな。)
「平山さん。その必要はございません。
…。」
ひと息ついた後、
続けて岡林は語る。
「むしろ。こちらから、
来月の6月1日に、
東京へ伺わせてください。」
「それでは…!」
「理事長、言わずもながです。
それから斧田君にも合いましょう!
妻と、そして、城西市に提出する
住民票の変更届を携えてね。」
この瞬間、
電話越しの平山理事長は
大きくガッツポーズを決め、
岡林の瞳には
指導者時代のギラギラした情熱が
輝き放たれていた!
この日、1人の若者の行動はついに、
ひとつのうねりを上げて、
偉大なる名将を再び陸上界に呼び戻した。
この先も新たな困難や課題は現れても、
必ず彼らは乗り越えてゆくだろう!
情熱と言う名の更なるうねりが続く限り!
箱根路は、今も静かに
その時がくるのを待ち続けている!




