2.悪役令嬢は余裕じゃない
「殿下。しっかりとこの婚約者たる私をエスコートしてくださいまし!オ~ホホホホッ!!」
「あ、ああ。うん。もちろんだよ……………俺もこの学園は初めて来たから案内できる気はしないけど」
アクヤが父親から学園への入学を命じられてから早数か月。
伝えられていた通り婚約者であり次期国王筆頭候補でもある王子のジュン・トウハと共にアクヤは学園へと入学した。
セントラル学園というその名前の通り世界の中心、正確には国家間のほぼ中心にある学園であり、各国から優秀な生徒や身分の高い生徒が集まることで有名。特に各国の代表などはよくこの学園で右腕を見つけるなんて言う話もあり、権力者の子供たちは優秀な配下を求め、逆に優秀な者達はパトロンを求めてこの学園へとやってくるのだ。
正直ここでの授業よりもそういった関係性を求めてこの学園へとやってくるものが多いとすら言われているほどである。
ではそんな学園に置いて優秀な者達がパトロンを探すうえで欠かせないと考えるのがアピールであり、
「殿下は目を付けられている者などおりますの?」
「ああ。うん。いなくはないけど……………適性検査の結果次第かな」
適性検査という入学直後の特技御披露目会。そこがまず第1のアピールタイミングとなっていた。
そこでやることは単純で、各々自分の得意分野の特技などを見せていくのだ。そしてそれを見た学校側がそれぞれ実力がどの程度であるのかというのを考え評価していく。もちろん見るのは教員だけでなく生徒たちもであり、そこで見たものによってはすぐにスカウトにかかるなんて言うこともあり得る話だ。
本来ならここはアクヤもスカウトに積極的に動くべきところであり余裕を持って挑むべきなのだが、
(いやいやいやいや。もうわかりやすいくらいに周囲に強い人達集まってるんだけど!?この中で私に勝てっていうの!?)
どちらかというと焦っていた。いや、どちらかといわなくても滅茶苦茶焦っていた。
それもそのはず、アクヤは父親である公爵から学園でトップの成績を出すように言われており、なぜかスカウトよりも自分が実力を見せる方を優先しなくてはならなくなっているからだ。
とはいってももちろんスカウトを怠るつもりはないのだが、そうなると余計に考えることとやることが増えてキャパオーバーも時間の問題というところである。
なまじ彼女も鍛えていないだけに周囲の強者の数も理解しており、勝てる自信はない。
全くと言っていいほどない。
いっそのこと自分が目を付けていたものも婚約者に観てもらって疲労を抑える努力をすべきかと考えるほどになっていた。そんな努力を今さらして勝てる実力差だとも思えないが。
「殿下はどの区画を見るかすでに考えておられますの?」
「そうだね……………やっぱり魔法と剣術かな」
「なるほど。やはりそこですのね……………となると少し別行動に途中でなってしまいそうですわ。申し訳ありません」
「い、いや残念だけどかまわないよ」
「ありがとうございますわ。残念だと思っていただけるなんて私も愛されてますわね~。オ~ホホホッ!!」
「ア、アハハッ」
アクヤは自分も何かしらで実力を見せつけなければならないため別行動をすると告げれば、婚約者のジュンからは隠しきれない喜びが見て取れた。相変わらずアクヤは嫌われているらしい。
とはいえさすがに今すぐ離れるというわけでもないためめったにない機会だと時間までアクヤはジュンと会話を行なっていくのだが、
「……………ですから、今年は特に魔術師の分野が豊作だと思うのですわ」
「うんうん」
「しかしやはり騎士を志す者も安定して一定数存在しているようですから、ここも一部は確保しておきたいですし」
「うんうん」
「特技で言えば戦い以外にも医療分野などとも個人的には注目してますの」
「うんうん」
「殿下は戦闘技能以外の分野は何か注目されているところなどございまして?」
「うんうん」
「……………殿下?」
「うんうん」
「……………」
全く以て上手くいかない。ジュンは表面上相槌を打ったりして来ているが(なおバリエーションは皆無)全く話を聞いていないのだ。王子としてどころか人としてどうかと思うような状態なのだが、相手の方が身分的には高いためどうしようもないというのが実情である。
つまりどうしようもないということだ、
(これじゃあ私が超面白爆笑トークをしても無駄ってことじゃん!一発屋で消えたと思ってたら海外でもう1回再燃する芸人くらい面白いことしたって無視されて好感度上げられないってことでしょ!?無理ゲーじゃん!……………まあそんな話を私ができるはずもないけどさ。私にもせめて会話のチョイスで好感度を上げられるくらいの主人公の能力ちょうだいよ~)
「そろそろ始まりそうですわね」
「うんうん」
「あちらにいらっしゃるのは他国の公爵家の方ではなかったですの?確か剣の腕は一級品という話でしたけど、今回は実技はせず見るだけに留まるつもりのようですわね」
「うんうん」
どれだけ話をしてもアクヤの耳に届くのは適当な相槌のみ。どんどん心が折れそうになってくる。
そうして視線の先で行なわれる生徒たちのアピールにも集中できないまま時間は過ぎていき、
「……………そろそろ私は行く時間なようですわ。後でお時間ある時に目を引かれるものがいたら教えてくださいまし」
「行ってらっしゃい」
「……………」
「……………ん?何かあった?」
「……………いえ、特に何も」
アクヤは少し何か言いたげにしながらも王子から去って行くこととなった。心の中で激しい王子への恨みと不満を吐きながら。
(ムッカァァァァ!!!!聞こえてたんじゃん!あのタイミングで「うんうん」とかいう適当な返事じゃないちゃんとした返事が出てくるってことは、絶対に聞こえてたじゃん!さっきまでの返事はわざとやってたってこと!?私の嫌がらせのために話をちゃんと聞いてないフリして無視するような感じにしてたってこと!?……………ぶん殴りた~い。とりあえず事情とか一切抜きにして1回ぶん殴りたい君が泣くまで殴るのをやめない!ってやりたい)
どうしてこんな人間なのに人気があるのだろうかと非常に疑問に思うアクヤだが、表情には出さないよう頑張って耐えている。
とはいえこの婚約者への不満と怒りはいつ爆発してもおかしくはなかった。
(どっかでストレス発散しないと本気で問題起こしそう。大丈夫かな、私)




