第88話 決闘終了から1時間後———、
「で———結果、最後に僕がぶっ飛ばされて終わりになった……っていうのが、全然納得いかないんだけど……」
ミハエルが大きく腫れた右の頬を押さえて不満を漏らしている。
夕陽が差し込む生徒会室———。
ナミとの決闘を終え、事後処理の一環で俺達生徒会メンバーは生徒会室に戻り今回の決闘の顛末の書類作成や、使用した備品の整理などをしていた。
「たわけ。お前が最後調子に乗って〝巨大化〟などするからだ。お前が巨人にさえならなければ、ナミももっと早くに、穏便に刀を収められた」
自業自得だと俺はミハエルを指さす。
「しょうがないだろ! テンション上がっちゃったんだから! 観客も盛り上がっていたし! あそこまでしなかったら、いい感じの幕引きができなかっただろ! 僕のおかげでみんながスタンディングオベーションして終わることができたんだぞ! 感謝しろ!」
ミハエルが椅子を倒すほどの勢いで立ち上がり、抗議をするが……だったらそう言うのだったら、その怪我も勲章だと思って受け入れて欲しいものである……ウダウダと文句を垂れず。
確かに、あの後———完全に俺達が悪役に徹した後のミハエルの貢献は称賛に値するものだった。
「ハハ……でも凄かったですよ、ミハエル皇子。〝巨大化〟までできるんですね? あんな凄い魔法をあなたが使えるなんて知らなかったです。少し見直しましたよ」
こぶし大の石を手にしたロザリオがミハエルに笑いかける。彼の足元には大量の石が積まれていた。
「うるさいんだよ……庶民。一応あれは僕の秘密兵器で滅多なことで使うつもりはなかったのに———それにさっきから〝巨大化〟〝巨大化〟言ってるけどさぁ! 言い方が悪いんだよ! それじゃあまるで僕自身が巨大化したみたいじゃないか! あれは———土魔法・岩土巨神‼ 土で作り出した魔法の巨人だ! それを僕が纏っていただけで……決して僕自身の肉体が巨大化しているわけじゃないからな!」
割とどうでもいいことを向きになって訂正してくるのでおかしくなってしまう。
あの後———。
鉄仮面軍団が出現した後、ナミ・オフィリアはヒーローだった。
観客を問答無用で巻き込む悪の生徒会長、シリウス・オセロットに立ち向かう勇敢な女剣士。向かってくる鉄の仮面をかぶった戦闘員をバッタバッタと切り倒し、悪の親玉である生徒会長をもあっさりとぶっ倒した。
俺は、ナミの〝峰打ち〟を甘んじて受けた。
それで決闘はおしまいだと倒れ、ゴングが鳴るのを待っていた。
だが———誤算が起きた。
まだ観客が盛り上がっていたのだ。
そして、リングの上にはヒーローであるナミの他に———ミハエルがまだ立っていた。
彼はキョトンと呆けた顔で棒立ちをしていた。
俺は、悪の親玉が倒れ〝武器〟であるミハエルが残っていたところで、もう決闘はシリウスの敗北———という雰囲気で観客は納得すると思った。だが、この決闘が途中から演目。エンターテイメントになっていることを忘れていた。
悪がまだ舞台に立っていたので、モヤモヤした観客は、まだ幕が閉じきっていないと思ってしまった。
『ア、ア~ッハハハハハァッ! ナミ・オフィリアよ! 実は僕が真の黒幕だ! 実は君をお嫁さんにするためにシリウスを裏から操ってこの決闘を仕組んだのだぁ! 大地よ! ———この哀れな男に巨神の力をお与え、願い、奉る! 岩土巨神‼』
そしてミハエルの足元の土がボコボコと盛り上がり、彼の身体を覆う鉄の巨人を作り出した。
『ア~ハッハッハッハ! この土の神の重たい一撃、受けられるものなら受けてみろ!』
そう言っているミハエルの声がスタジアム中に響き、ナミへ向かって土の巨人が殴りかかっていったのだが———あっさりと全身……いや全体というべきか。四肢をバラバラに切り刻まれ、胴体も細切れにされて中身を空中に放り出した。
それを思いっきり峰打ちでぶっ叩き、観客席にミハエルが突っ込んだところで観客であるところ生徒たちの盛り上がりがピークに達し、スタンディングオベーション。万雷の拍手の中で決闘という名のショーが幕を閉じた。
「ハハッ、皇子よくあれで死にませんでしたね? あの時、観客席にいた俺の近くに落ちましたけど……」
こぶし大の石を放り投げながらロザリオがそんな軽口を叩く。
「僕だって多少の魔力により身体能力向上術くらいは身につけている———それより庶民! その石! 僕にちょっと当たったぞ! 気を付けろ!」
「え? そうですか? 会長しか狙っていなかったんですけど……」
ロザリオが目をぱちくりする。
彼が持っているのは、彼の足元に積まれているのは、先ほどの決闘で観客席から投げ込まれた石だ。
実は、あの投石はサクラだった。
タイミングを見計らってこっそりと観客に混ざり込んだロザリオが石を投げ、それをきっかけに野次を飛ばし、煽り、俺を悪役に見せる雰囲気へと持って行った。
その後に次々と投げられた石も鉄仮面軍団を操るルーナによってのものなのだが、ルーナは臆病な性格故か俺に当てることができず、結果として鉄仮面が投げた小石はミハエルを直撃していた。
全部、こっちで仕組んでいたというわだ。
それにしても———シリウス・オセロットには魔力の壁があるとはいえ、あんな大きさの石を平気で投げるとは……あのロザリオという少年は実は改心していないんじゃないかと思う。
「まぁ……何にせよ。よくやったよ、ミハエル。今回ばかりはボクでもそう言わざるを得ない」
アリシアが塗り薬の入った瓶をミハエルの前に置きながら言う。
「ア、アリシア……」
「……フ、フンッ!」
嬉しそうに手を伸ばすミハエルだが、アリシアはまだ彼を許すつもりはないのか、ただ単に照れてしまったのか、鼻を鳴らして背を向ける。
そんなぶっきらぼうな態度でもミハエルにとっては嬉しかったようで、彼女の置いた瓶をギュッと握りしめた。
「フッ………まぁ、これで我に、我たちにできることももうあるまい」
肘をついてリラックスする。
後は———彼女次第だ。
「—————ごめんなさいッッッッ‼‼‼」
早速、行動を起こしたようだ。
窓の外から、下の校庭の方から———ナミ・オフィリアの声が聴こえてくる。