第79話 学園最強は、超コミュ障
「ブライトナイツ学園最強の女……ナミ・オフィリア……」
アリシアが唖然とした顔でそう呟くと、黒髪で金色の目をした女性徒はビクンと肩を震わせ、
「————ッ⁉ ……? ———ッ‼ ……ぁ」
表情を二転三転させる。
「……え、えへへ」
そして、にへらとアリシアに向かって笑いかけるが、アリシアの目にはそんな彼女の様子が不気味に映ったようで表情に出さずに、尻の位置を後ろにずらした。
「お~〝剣聖王〟ナミじゃないか! ウチの国の最強の女剣士! わざわざこんな場所に第一皇子のこの僕に! 挨拶しに来てくれたのかな?」
ミハエルが両手を広げてナミに近寄っていく。
ナミ・オフィリアはプロテスルカ帝国出身で王族に代々使える騎士の家系だ。ナミの父親はプロテスルカの将軍で、現王———ミハエルの父親と非常に仲が良く右腕となっている。
王の息子と将軍の娘というので二人は幼いころから親交がある。あるはずなのだが……。
「————ッ」
ナミは何も返事をせずに目を逸らす。
「ナミ? ナミ・オフィリア? お前の仕えるべき主が話しかけてやっているんだぞ? 返事をしないのは失礼じゃないか?」
「—————ッ⁉⁉⁉」
わたわたと慌てだすナミ。
そんな様子を見てミハエルは、
「おい! この僕が話しかけてやっているんだぞ! この僕が! 何とか言ったらどう———、」
「ッッッッッ⁉⁉⁉⁉⁉」
バタン……ッ。
扉を開けて脱兎のごとく逃げ出してしまった。
「え、えぇぇ……」
「たわけが」
扉に向けて、何だか呼び止めようとしているかのように手を伸ばしているミハエルを叱りつける。
ナミは『紺碧のロザリオ』というゲーム世界に置いて〝超絶コミュ障の先輩キャラ〟というカテゴリーのキャラだ。
この世界観で最強の剣技を持つというのに人との接し方が全くわからず、厳格な家庭で育てられたために繋がりが家族しかなく、一度は暴走しそれをロザリオに助けられる。ゲーム本編上ではそういう、肉体的には最強なのだけど、精神的には脆い、どこか庇護欲を掻き立てられるようなキャラクターだった。
そんな幼い彼女を、気づかうと言うことをまだ知らないミハエルは傲慢な態度で接してしまった。
「な、なんなんだよ。あいつぅ……」
彼はどうしようと俺を見る。
ハァ……仕方がない。
ミハエルは元々もっとクズだった。つい先日ならこんな後悔をしているような目すらしなかっただろう。
フォローしてやるか。
「ロザリオ」
「はい?」
「追いかけてやれ」
ロザリオが。
「え? 何で俺なんです?」
「黙れ、この我の———生徒会長の命令だぞ。文句を言わずにとっとと追いかけ———お前が何とかしてみせろ」
この世界の主人公は、ロザリオなのだ。
なぜか現在、悪役キャラであるところの俺の部下としてせっせと働いているが、本来この世界を救うべき存在なのは主人公のロザリオであり、彼女は主人公が救うべきキャラなのだ。
「俺が、何とかしてみせる……」
「ああ———お前が何とかしろ……‼」
彼の目を見つめると、俺の期待が彼の主人公としての魂に伝わったようで、瞳に火が灯る。
「わかりました! 何とかして見せます!」
———と、敬礼してダッシュでナミ・オフィリアを追いかける。
「ふぅ……これでヒロインと主人公がフラグを立ててまた強く———、」
バタァンッッッ‼
「見失いました!」
「早いッッッ‼」
諦めるのが……ッッッ‼
諦めるのが———早ッッッすぎるッッッ‼
敬礼して扉の前で直立する主人公に苛立ちを覚える。
お前、早々に諦めて帰って来たくせに何でそんな「ベストは尽くしました!」みたいな顔してんの?
「おま……もっと……ちゃんと……!」
「流石〝剣聖王〟……剣技だけじゃなくて、身体能力もトップクラスですね」
いや、「ですね」じゃなくて!
「———やっぱり、こういうことは会長が一番なんじゃないですか?」
少しだけ笑って俺を見るロザリオ。
「は?」
「元々弱くて虐められていた僕には、元々強いナミさんの気持ちなんてわかりませんよ。それに会長に導かれて俺もミハエルもここにいるんですし、ね」
視線が、俺に集中する。
それは信頼の目だ。
ロザリオだけじゃない、アリシアもルーナも目で、‶俺ならできる〟と言ってくれる。
えぇ、俺が何とかしなきゃいけないの? 俺、悪役貴族なんだけど……。
確かに以前はノリで少しだけゲーム上のシリウスと違う行動をして、そのおかげでロザリオがまともに成長する王道を外れて、それを修正する。ルート修正のために奔走したものだが。
これは俺がシリウス・オセロットが干渉するべきことなのか?
「師匠、行ってやれよ。彼女は〝生徒会長〟を頼って目安箱に投書したんだろう? なら君が解決するべきじゃないのか?」
アリシアが最もなことを———最もに聞こえることをいう。
「———仕方がないな」
ロザリオは確かにいろいろあって自分に自信のない臆病者から逞しく凛々しい青年に成長したが、どこか危うさがある。
もしかしたら事態が思ってもいないよう方向に転がる可能性も考えられる。それならば俺がコントロールした方がいいのかもしれない……。
何処か腑に落ちない物を抱えながらも、俺は席を立ち、ナミ・オフィリアを探すことにした。
友達の作れない、最強少女の悩みを聞くために———。
「……ところで庶民、さっき僕のこと呼び捨てにしてなかった?」
「してないですよ、ミハエル様。さ、僕たちは生徒会の仕事を続けましょう」
背中越しに二人の声を聴きながら、生徒会室の扉を閉める。