第64話 思いついたので、やってみた。ら、思ったより空気が凍った……。
「師匠————————————————————————‼」
リングにアリシアの絶叫が響く。
影の鎌によって首と離されたシリウスの胴体が横にガシャリと崩れるように倒れる。
「ほ、本当に殺しやがった……」
観客が息を飲む。
ロザリオはシリウスを殺すと宣言していたが、まさか、まさか、実行するとは思ってもみなかった。
大衆の面前で人殺しが行われたと言う事実。
その事実はスタジアム中を静かな恐怖として覆い、ロザリオに畏怖の視線を注がせた。
「お……?」
斬り飛ばしたロザリオ本人も驚いたように目を丸くし、
「あっさりぃ~……でも、ま、いっか☆」
ポリポリと頭を掻いて、右手をかかげる。
勝者は自分だと———宣言するように。
そして、ロザリオは息を吸い込み———、
「〝悪〟は滅びた———」
「それはどうかな?」
彼は、背後から聞こえた———俺の声に、体を強張らせた。
「————ッ⁉」
飛びのく。
まるで猫のように、跳んで一気に、いつのまにやら背後に立っていた俺から距離を取った。
「な、何で生きている⁉ シリウス・オセロット‼」
俺はまだ———リングに立っていた。
五体満足で、首もそのままつながったままで。
「え? え? 師匠……?」
アリシアが交互に見比べる。首と銅が切り離されて倒れている俺の身体と、いま———ここに存在している俺とを。
「どういうことだ……? どうして会長が二人いる⁉」
キッとロザリオに睨みつけられ、俺は———、
「———分身の術だ‼」
堂々と胸を張ってそう答える。
「は……?」
怒りを通り越して、茫然とするしかないロザリオ。
「見せてやろう」
手を上げると、バッ、バッ、バッ! とリングの外から人影が躍り出る。
白ランを来た〝それら〟は俺の後ろへと集まり、腰に手を当てビシッとポーズを決める。
「な———⁉ 会長が五人⁉」
俺の後ろには四体の古代兵。
皆———シリウス・オセロットと全く同じ顔をしていた。
「フッ……!」
俺は観客席でこっそりと〝ギャラルホルンの杖〟を使って古代兵を操作しているルーナにアイコンタクトを送った。
相も変わらず優秀な妹、ルーナはコクリと頷き、古代兵を操作する。
突然、後ろに待機していた古代兵が一体太極拳のような動きを始め、
「分身一号! シリウス・オセロット!」
と———俺が掛け声を言う。古代兵には発声器官がないので、〝こういう時〟は俺が自分で言うしかない。
一体目の古代兵———、一号は、ビシッと両手を前に突き出し腰を落とした太極拳の動画でよく見るポーズで止まり、格好をつけた。
「分身二号! シリウス・オセロット!」
先に決めポーズをした隣の古代兵———、二号が右腕を大きくグルんと一回転させると、サムズアップを手で作り、自分の顔を指さしてピタリと止め、歯を見せて爽やかなスマイルをした。
「分身三号! シリウス・オセロット!」
次に、指をパチンと鳴らし両手を腰の高さでゆらっと広げるだけのシンプルな決めポーズを二号の隣の三号にとらせ、
「分身四号! シリウス・オセロット!」
最後の一体———、四号はただ、着ている白ランの襟を弾くように正させ、胸を張らせるだけのシンプルな決めポーズを取らせた。
「———そして本体! 天上天下唯我独尊唯一無二の生徒会長———シリウス・オセロット‼‼‼」
そして———俺はバッと両手を天に伸ばすYの字のような決めポーズを取った。
「全員我‼ 五人そろって————我様戦隊シリウスジャー‼」
ドォォォン……‼
リング外で爆発が起き、アリシアがびっくりして後方を振り返った。
全部ルーナの仕掛けだった。
古代兵の操作も爆破魔法による演出も、全て俺があらかじめ打ち合わせてルーナが行ってくれたこと。本当に優秀で、心の底から感謝したい。
「フッ……」
俺は決まったと笑みを浮かべる。
この試合中、古代兵を使うと思いついた時、ピンッとこの「シリウスジャー」を思いついて、メチャクチャやってみたいと思ってしまった。
それをこうもカッコよく決められて、かなりの充実感が胸を満たしてくれている。
これで観客も湧くだろうと思ったが……。
シ~~~~~ン………ッ!
音が————なかった。
全員、凍り付いたように、驚きの表情を張り付かせて……俺達を見つめていた。
あれ?
歓声も拍手も……ブーイングすら起こらない……静寂。
何だかみんな、どう反応していいかわからないような、そんな様子だった。
「………………」
スベったか? コレ?
「………………コホンッ」
スベってんな……コレ……。
しばらく経っても誰からもリアクションがなかったので、俺は決めポーズを解除し、咳払いをした。
「———さぁ、俺は分身を使ったぞ? どうでるロザリオ?」
シリウスジャーのことをなかったかのように、仕切り直す。
「ふざけているのか……ッッッ‼‼‼」
問われて、急にスイッチが入ったかのようにロザリオが激昂した。
「分身の術だと⁉ どうして会長が何人もいるんだ⁉ これは何の悪ふざけだ⁉」
「悪ふざけでも何でもない。これは分身の術だ。でなければ俺がこんなに何人もいるわけがないだろう?」
余裕の笑みを浮かべてロザリオの疑問をはねつける。
「………ギリッ」
彼は悔し気に奥歯を噛みしめた。
古代兵のことなど、ロザリオは知る由もない。一応鉄仮面としてモンスターハント大会で姿を見ているのだが、中身の顔が俺だということは知らない。だから、ここにシリウス・オセロットが複数人いる理由など、彼はどんなに考えてもわかるはずもないのだ。
「分身の……術?」
アリシアは先ほど首を斬られて倒れている古代兵を見る。
「あれも……分身という事か?」
そういうことになる。
リングの端にまで追い詰められたところで、こっそりと待機していた古代兵とすり替わり、その古代兵に注目が集まっていたところ、俺がロザリオの背後に回ったというわけだ。
だが、阿呆なことに、隙だらけのロザリオの背後を取ることができたが、そこからどうやってカッコよく魔剣を奪い取るか思いつかなかったので、仕方なく声をかけ、古代兵を分身としてご披露したというわけだ。
「嘘をつくな! 一対一の決闘をどこまで愚弄するんだ! お前は!」
「一対一であることには変わりないだろう? 後ろのシリウスジャーたちは俺の分身だし、アリシアは俺の武器だ。ロザリオ・ゴードンとシリウス・オセロットの一対一であることには変わりあるまい」
「あくまで、その偽物たちを自分の魔法だと言い張るのか⁉」
「いいや、魔法ではない———これは、忍術だ」
「しゃらくさいッッッ‼‼‼」
ロザリオは魔剣を振り、影を操った。
黒い影が再び形を作る、無数の刃の形に。
地面から伸びる黒い刃が俺に向かって迫る。
が———、
「———そうだった、ボクは君の武器だった」
間に、アリシアが入り込み———影の刃の群れを一蹴した。
青く———光る剣で斬りさいたのだ。
するとまるで溶けるように、何本もあった影の刃は消えていく。完全に切断されたものも、少しアリシアの振るった剣先に触れたものも、全て———接触面から波紋が広がるように消滅していった。
「だから、ちょっとは役に立たないと———な」
俺の前に立ち、青く輝く剣をロザリオへと向ける。
「———創王気」
魔王の力の天敵である、真の王の力を全身に纏わせながら。