ハチ!
霜月透子様のひだまり童話館の『開館8周年記念祭』で8のつく話です。
僕は8番目の子だから「ハチ」と呼ばれている。
何となく、有名な犬の名前に似ているから、少し気に入らない。
もっと僕に相応しい名前があるんじゃないかな?
「お婆ちゃん、ハチなんて嫌だよ!」
めっきり耳が遠くなったお婆ちゃんに文句を言っても、抱っこしてくれるだけだ。
「ハチは、いい子だねぇ」
ひなたぼっこしながら、うとうとしちゃった。
お婆ちゃんは、お爺ちゃんが亡くなってから、ぼんやりしている時間が増えた。
それに、時々、僕のことを間違った名前で呼ぶ。
「お婆ちゃん、僕はハチだよ!」
そんなに気に入っている名前じゃないけど、違う名前で呼ばれるのは嫌だ。
「おや、ハチだったかね?」
やれやれ、名前ぐらい覚えておいて欲しい。
ある朝、お婆ちゃんは起きてこなかった。
「お母さん! 大変だぁ!」
家中に、知らない人がいっぱいいる。
僕は知らない人が大嫌い! お婆ちゃんの布団に潜り込んで眠る。
それなのにお布団はしまわれて、僕の居場所がなくなった。
変な匂いが家に満ちている!
「いつものお線香とは違う匂い!」
お爺ちゃんが亡くなってから、お婆ちゃんが時々あげているお線香もあまり好きな匂いじゃないけど、今日のはもっと嫌いだ!
「お外に遊びに行こう!」
お婆ちゃんに、お外に行っては駄目よ! と言われていたけど、この匂いは嫌だ。
それに、色々な人が出入りしているから、抜け出し易い。
外に出たけど……実は庭しか知らない。つまらないな!
それに、お腹がぺこぺこだ。
「お婆ちゃん、ご飯がまだだよ!」
窓から言っても、誰も返事をしてくれない。皆、忙しそうに、がやがやしている。
お婆ちゃんが、木の箱の中で寝ている!
「お婆ちゃんは、死んだんだ!」
お爺ちゃんが死んだ時、同じような木の箱の中で寝ていた。
「あああ、どうしよう?」
これからは、ご飯をくれる人はいないのだ。自分で生きていかないと!
「スズメを食べたら良いのかな?」
獲れるのか? それに、生のスズメなんか食べた事がない。
段々、悲しくなった。
「お婆ちゃん、一緒に寝よう!」
出入りする人が多いから、家の中にもすぐに入れた。
木の箱の中で眠るお婆ちゃんの上で眠る。
「まぁ、ハチだわ!」
小母ちゃんに抱き上げられた。
「どこに行っていたの?」
ずっといたのに、皆が知らんぷりしていたんだよ。
「ハチに誰か餌をあげた?」
小母ちゃんは、お婆ちゃんの娘だ。
「いや、お腹が空いたから帰ってきたんだろう!」
こんな事を言う小父ちゃんは、お婆ちゃんの息子だ。
小母ちゃんに、餌をもらう。
「猫は、気楽ね! お母さんが亡くなっても、平気なのね」
違うけど、言っても仕方ない。
「ハチは、私が飼うわ。お母さんに頼まれていたから」
小母ちゃんに飼われるのか?
「いや、お母さんは俺に頼んでいたぞ!」
小父ちゃんにも頼んでいたのか?
「どちらでも良いけど、この家に住みたいな」
結局、僕の願いは叶わなかった。お婆ちゃんの家は売られることになったのだ。
そして、僕は小母ちゃんに飼われる事になった。
マンションの部屋は、お婆ちゃんの家より狭いけど、慣れたら気にならない。
それに、小父ちゃんの家には、僕の天敵の子どもがいるんだ。
こちらは、小母ちゃんと小父ちゃんだけだ。それに、こちらの子どもは、時々帰ってくるけど、もう大人だから安心だ。
小父ちゃんところの子どもって、お葬式の間も、僕を見ると「猫ちゃんだ!」と乱暴に抱き上げて大変だったんだ。
やっと逃げて、冷蔵庫の上に隠れて寝ていても、椅子を持ってきて脚を引っ張って引きずり下ろすしさ。
おちおち寝ていられないから、子どもは嫌いなんだ。
本当に、そちらに引き取られなくて良かったよ!
「黒白の鉢割れだから、ハチなのかしら? お母さんも単純な名前をつけたわね」
「違うよ! 8番の猫だから、ハチなの!」
小母さんに抱き上げられる。
「ハチは可愛いわね! それによく鳴くし、おしゃべりしているみたい」
お婆ちゃんも、僕の言葉がわからなかったけど、小母ちゃんもわからないみたい。
でも、ご飯の時間はきちんと守ってくれるから、それは安心だ。
お婆ちゃんは、時々、忘れちゃっていたからさ。
「ハチちゃん、ずっと仲良くしましょうね」
それは、嬉しいかな? もう、突然いなくなるのは困るからね。
おしまい