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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

仲間全員を寝取られたが、心は最後まで折れなかった勇者の後日談


 宿屋の主人トーマスには美しい妻がいたらしい。トーマスは新婚である妻を愛していたが、その結婚生活が長く続く事はなかった。

 ある日、宿屋へ泊りに来た吟遊詩人の男がトーマスの妻に一目惚れしてしまい、妻もまたその吟遊詩人に惹かれてしまったのだ。

 二人はトーマスの目を盗んでは逢瀬を重ね、遂にトーマスの妻は吟遊詩人の子を身籠った。


 身重となった妻は事が発覚する前にトーマスの元から姿を消した。

 トーマスにとって妻は生き甲斐そのものであった為、彼は行方の分からなくなった妻を探し続けた。


 そして1年後、遂にトーマスが見つけ出した妻は、商人へと転職したあの吟遊詩人と家庭を築き、幸せそうに笑っていた。



 トーマスの心はポッキリと折れてしまい、仕事にも身が入らなくなった。

 宿屋の経営でも失敗が続き、納税の義務を果たせなくなったトーマスは宿屋を手放し、全ての糧を失った。


 ――彼が自ら命を絶った事を誰が責められようか。




 さて、宿屋の主人トーマスが自殺をしなければならなかった最大の理由は何だろうか。

 最愛の妻が寝取られた事、宿屋を畳まなければならなかった事、色々と考えられるが、一番の原因はトーマスがあまりにも盲目的で視野が狭かった事だと俺は思う。


 妻を失ったとしても、世の中に大勢の女性がいる。仕事で失敗して立ち行かない場合は他人を頼ればいい、転職したっていい。冒険者になるという選択もある。危険ではあるが、自ら命を絶つよりは遥かにマシだろう。

 トーマスの場合、そう割り切れる余裕がなくなってしまった事が問題だと思うんだ。



 俺――勇者【アラン】はそんな事を考えながら夕食のパンへ齧りついた。


 眼前には焚火があり、その向こう側では三人の女性と一人の男性が和気あいあいと夕食をとっている。

 男性は非戦闘員で荷物持ちである【クレマン】で、周りの女性は僧侶【セリア】に戦士【デボラ】に魔法使い【グレース】という名だ。あ、別に名を覚えなくていい。


 俺達四人と荷物持ちであるクレマンは国王の勅命を受けて“魔王”を討伐する旅をしているのだが、僧侶セリアと戦士デボラ、それに魔法使いグレースは俺の婚約者だった。


 俺は勇者だし、彼女達はその道においてトップランカーだった人物だ。子を成せば、素晴らしい才能を秘めた逸材が生まれてくるかもしれない。……と、国王や国のお偉いさん達が決めた故の婚約だったが、俺自身、その決定に不服はなかった。彼女達の事を嫌いではなかったからだ。


 セリアは慈悲深く優しい性格だったし、デボラのサバサバしたフランクな感じも好きだった。グレースは少し無口だが、女の子らしく可愛らしい一面を持っている事も知っている。それに、全員美人だ。

 幼い頃から勇者候補として育てられ、厳しい教育を受けて来た俺は当然ながら童貞だし、女性経験がない為に美人で優しい女の子達には簡単に惚れちゃう訳ですよ。はい。



 俺の視線に気が付いたクレマンはニタリと厭らしい笑みを浮かべて、両腕でデボラとグレースを抱き寄せた。

 クレマンの瞳が嘲るように語っている「どうだ、悔しいか」と。


 正直、悔しくはある。

 王国からの勅命により魔王討伐の旅へ出た俺達だったが、その旅の中でセリア達とは心を通わせるようになっていき、仲間としての信頼、婚約者としてもそれなりの愛情を育んで来たと思っていたからだ。


 それが突然、セリア達は荷物持ちとして新たに参入したクレマンに懸想しだし、今やクレマンを中心としたハーレムを形成している。

 こう言っては何だが、勇者である俺と平民の荷物持ちであるクレマン。どちらが将来性のある物件であるかはセリア達とて理解はしているだろう。更に王国が決めた事とはいえ、俺と彼女達は婚約関係にある。それを蔑ろにするという事は婚約破棄も辞さないという意思表示に他ならない。


 只、人の心とは儘ならないもので、時に合理性や生産性を欠いた決断を下す事がある。

 実際にセリア達は勇者である俺を捨て、荷物持ちであるクレマンを選んだ。口下手な俺に対してクレマンは容姿、話術共に優れており、女性経験も豊富であろう。俺が彼に勝るところといえば家柄と戦闘能力くらいであろうか。


 それにセリア達もどうやら男性経験は少ないらしい。教会育ちの僧侶であるセリアは兎も角、デボラやグレースまでもがそうである事は少し意外だったが、考えてみれば二人もそれなりの家柄出身である。

 経験が浅い分、甘言に弱く、恋愛を幻想化しすぎてるのかもしれない。俺も人の事は言えないが。


 何にせよ、セリア達は俺を捨ててクレマンを選んだ。誰を好きになるかは当人の自由である為、それを責める事などしないが、俺達にはそれなりの立場というものがある。クレマンとの間に愛を育む前に、正式に婚約を解消する等の筋は通して欲しかったと思う。


(とはいえ、彼女達もまだ十代……気持ちで突っ走る年齢という事なんだろうな)


 無論、俺とてまだ17歳になったばかりだが、生まれてからこれまで勇者として育てられて来た俺と、彼女達では考え方が違うのは仕方がないのかもしれない。



 優越感でご満悦のクレマンを尻目にパンを口へ運んだ時、セリアが口移しでクレマンへスープを飲ませている光景が目に入った。

 僧侶であるセリアの場合、勇者である俺と同様に王国のみならず教会からも貞淑である事を求められているので、本来はキスすらもNGなのだが……まぁ、本人の好きにしたらいいさ。

 今更だし、意趣返しのように密告する気はない。他にやるべき事も沢山あるし。




 その日の夜、俺達一行は野宿する事になったのだが、クレマンのテントの中で上げる戦士デボラの嬌声でなかなか寝付く事ができなかった。今日の夜伽当番はデボラのようだ。

 毎日のように魔物と死闘を繰り広げなければならないのに、寝不足とか本当に勘弁してほしい。



   ◇ ◇ ◇



 遂にこの日がやってきた。

 明日は魔王城に乗り込み、最後の戦いを繰り広げる事になる。


 魔王城へは俺、セリア、デボラ、グレースの4人で乗り込む事になっている。理由は認識阻害魔法の効果が4人までしか及ばないからだ。

 今回のミッションは謂わば魔王の暗殺だ。魔王城付近にいる大量の魔物は王国の兵士達に任せて、その隙に俺達はグレースの施した認識阻害魔法で魔王城に侵入。一気に魔王を叩く手筈になっている。


 ……クレマンはどうしたのかって?

 今回、非戦闘員である彼に限っては留守番だ。最寄り町の宿屋で悠々と過ごしている事だろう。



 最終決戦を前に俺達4人は向き合った。

 セリア達に思うところがなかった訳ではないが、俺には勇者として魔王を打倒する責務があるし、その為には彼女達を戦力として使う必要……もとい、協力してもらう必要がある。

 裏切られたような気持ちの悪さを感じてはいるが、とりあえず最後まで戦ってくれるのなら文句はない。



「じゃあ皆、行こうか! 最後の戦いへ」


 俺達は頷き合い、魔王城へと駆けて行く。気合は十分だ。



   ◇ ◇ ◇



 見事に魔王を打倒した俺達は王国へと凱旋した。誰もが俺達を英雄と讃え、正に栄光を手に入れたと言える。


 魔王討伐の褒賞として俺は特別な爵位と領地を貰い、自分の領地へと屋敷を構えた。

 当然、セリア達との婚約は解消した為、俺は自治領で嫁を見つけるしかないか……などと考えていたら、貴族達から見合いの申し込みが殺到し、嫁探しには困らなかった。


 良く考えてみれば俺は勇者であり貴族でもある。クレマンからセリア達を奪われた事で激しい劣等感に苛まれていた時もあったが、社会的に見て俺は軽んじられるような存在ではないはずだ。

 ある意味では高慢とも謂えるその考え方のお陰で俺は絶望せずに済み、心を折られる事なく魔王を討伐する事が出来た。自信過剰、傲り、上等じゃないか。俯いて生きるよりもずっと良い。



 ちなみにだが、魔王との最終決戦は熾烈を極め、戦士デボラは戦死した。せんしがせんし……いや、ダジャレじゃなくて本当に死んだ。

 僧侶セリアと魔法使いグレースは一応生きているが、グレースは両足を失い、セリアは左耳と左腕を失った。セリアの回復魔法は欠損までは治せないので、今後は少し生き辛くなるかもしれないが、たんまりと褒賞金も出た事だし、クレマンと3人で仲良くやってくれれば良いと思う。


 デボラが死亡し、セリアとグレースが重傷を負った原因は勿論、魔王の猛攻によるものなのだが、今までとは違って俺が彼女達のカヴァーに回らなかった事が重傷を負った要因の一つとして挙げられる。

 セリア達を守る事よりも、魔王を確実に倒す事。それが勇者として育てられた俺の責務であり、何よりも優先すべき使命だったのだ。故に俺はセリア達を積極的に守ろうとしなかった。


 ……当てつけかって?

 まぁ、否定はできないが、俺は自分の使命を果たす事を優先したという正論を通すつもりだ。セリアやグレース、デボラの遺族へ謝罪する必要性は感じない。


 俺は薄情なのだろうか。

 セリア達に少し悪い事をしたと思ってはいるが、彼女達を顧みずに立ち回ったお陰で俺は全力で魔王と戦う事が出来た事もまた事実なので、仮に王国や教会から抗議があった場合、彼女達の犠牲は必要なものだったと納得してもらうしかないだろう。

 





「これが貴方のご親友が眠るお墓ですか?」


 生まれ育った王都にある共同墓地へ妻と訪れた俺は、トーマスと書かれた墓の前にお供え物を捧げた。


「ああ、5つ年上の友人で宿屋を経営していた奴なんだけど、俺が魔王討伐の旅に出ている3年の間に色々あって死んでしまったらしい。旅の途中で凶報を聞いた時、一度帰ろうと思っていたけど……結局、今日まで墓参りにも来られなかった」


 顔を伏せた妻の肩を抱き寄せる。


「トーマスはさぁ、真面目過ぎたんだよ。あまりにも真っ直ぐ過ぎた所為で……空も見上げなかった」


「……空を?」


 不思議そうに首を傾げた妻の視線を受けた俺は「うん」と頷き、徐に空を見上げた。

 澄み渡る空には薄らと浮かんだ白い雲が流れている。


「生まれてからずっと勇者として育てられて来た俺にとって、友達はこの青空とトーマスだけだった。誰もが俺を超人として扱い、敬遠していたからね」


「それは……」


 悲しげに目を伏せた妻の顎を優しく持ち上げて空を仰がせる。


 王都で修行をしながら過ごした少年時代、旅に出てセリア達と仲良くなった時、そして彼女達に裏切られ、クレマンに嘲笑されながらも旅を続けた日々。

 魔王を討伐した日も、凱旋した日も、等しく空は青かった。


「空をぼんやりと眺めていれば、何だか抱えている悩みが小さく思えてくるんだよね。視野が広がるって言うかさ……」


「なるほど。そう……かもしれませんね」


 妻は感慨深く頷いた後「でも」と続けた。


「領地の難民問題と、貧困街の感染症問題、それから農作物の不作問題は忘れないで下さいね」


「うっ……はい。早期解決に向けて善処します」


 現実的な問題を突きつけられ、苦笑いを浮かべるしかなかった俺を見て、妻は悪戯な笑みを浮かべた。

 その後、表情を戻した妻は「それと……」と話を続けようとして、続く言葉を呑み込んだ。内容があまり芳しくないものなのか、話す事を躊躇しているようだ。


「大丈夫、言ってごらん」


 俺が促すと妻は躊躇いがちに口を開いた。


「貴方、勇者アランと共に世界を救った英雄である僧侶セリア様と魔法使いグレース様のお二人が、うちの領地への移住を希望しているとメイド長から連絡がありました」


「へぇ? 彼女達はクレマンとよろしくやっているのかと思ってたけど、何かあったのかな?」


「……王国と教会が情報規制を敷いているようなのですが、セリア様は魔王討伐が終わった際に当時、荷物持ちであった平民の男性……クレマンでしたか。彼の子を妊娠している事が発覚したそうです」


 それは……うん。教会的には不味いだろうな。

 魔王を打倒した僧侶セリアは本来、聖女として祀り上げられる存在だった。彼女の存在によって教会の発言権が増すはずが、婚約者ではない男の子を孕んで帰ってきたとあらば、逆に……。


「魔法使いグレース様の家は……厳格さで有名な侯爵家でしたからね。ご当主様は平民であるクレマンとの不貞を重ね、勇者であり貴族でもある貴方との婚約を破棄したグレース様を許せなかったのでしょう。グレース様は家から勘当され、不貞相手であるクレマンは何者かに暗殺されたようです」


「まぁ、確かにグレースの家は面子とか血筋とかに煩い家系だったしな。俺との婚約にも一番積極的だったし……ってか、クレマン死んだんだ」


「はい。それで……ですね。セリア様とグレース様のご両名は貴方の愛妾になる事を希望してるようなのですが……」


「え? 意味不明だし、いらんけど!?」


 一体、何を考えてるんだあの二人は……。


「……一応、元婚約者ですし、能力は世界最高クラスのお二人ですが、よろしいのですか? 負傷しているとはいえ、その魔法力と美貌は健在かと思うのですが」


「いや、いらんいらん。いくら能力が高くて美人でも頭が悪いんじゃねぇ。何より一領民として移住したいというなら兎も角、愛妾としてって……俺の屋敷に匿われつつ贅沢したい魂胆丸見えじゃん。俺は屋敷のメイド達に二人の介護をやらせるつもりはないよ」


「では……?」


「却下。税さえちゃんと納めるのなら、領地への移住は許可するけど、屋敷への立ち入りは認めないと伝えておいて」


「承知いたしました。ちなみにセリア様が身籠ったお子は……」


「あー……そういう事。要望があれば子供は領地の孤児院で面倒を見てもらえるように融通しといてよ……っていうか、セリアって今、どんな扱いなの?」


「セリア様の代役が聖女となったそうです。容姿は似通った方らしいのですが……実質、その方がセリア様ご本人として扱われております。そして本当のセリア様は真実を口外せぬように厳命され、教会を追われたそうですね」


「悲惨だねぇ……。まぁ、かと言って愛妾の話は無しだけど」


 話は終わりだとばかりに歩き出した俺だったが、ふとトーマスの墓を振り返った後、もう一度だけ空を見上げた。

 今日も空は青かった。


気持ちが沈んでいる人は、空を見上げる事がなくなるそうです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


※ヒロイン視点版を書きました。そちらも是非。

https://ncode.syosetu.com/n1253hu/

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クレマンすごいですね、平民でありながら身分も武力も自分より上の者に挑発するなんて、死を恐れないのか? ところでこれは職務妨害だろう? 中世では婚約破棄って、感情の有無にかかわらず相手への侮辱なんだよね…
[良い点] 凄く面白かったです。 元聖女の視点も読みましたが、昨今「勇者=クズ(下半身勇者)」が多い中、真の意味で アランは理想の勇者というか、本来の正しい勇者でしたね!! 自分なら3バカに興味な…
[良い点] 終わり方はいいと思う。 [気になる点] これから魔王倒そうって奴らが勇者無視して荷物持ちに惚れる理由がわからない。 しかもそのうち一人は婚約者でもある…別に魅了を使われたわけでもないのにパ…
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