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第9回

 俺は山本の胸ぐらを掴み、顔を数回殴りつけ。


「てめぇ! もう一度言ってみろ..次は喋れないようにするぞ..!」


 言うと、山本は鼻血を垂らしながらも微笑を浮かべる。怒りで我を失っていた俺は、再び山本の顔を殴ろうとしたその時だった。


「佑樹くん..! やめて!!」

「朱音..? どうしてここに..?」


 そこにいたのは山本を庇う朱音の姿だった。多分、朱音の秘密に漬け込んで相談に乗る風を装って距離を縮めたのだろう。俺は必死に朱音に。


「朱音! こいつはお前を..!」

「どうしてこんな事するの..? 私..信じてたのに..」


 俺の声は朱音の一言に遮られる。ああ..この感じ..前と一緒だ..そして、微笑を浮かべた山本は突然被害者面をするように喚き始めた。近くにいた生徒たちがざわつく。俺は集まってきたみんなに。


「違う! こいつは..!」

「おい..さっきの言葉..忘れてねえよな? 大人しく諦めてくれれば朱音には手を出さないでやるからさ? 痛いのは嫌いなんだよ..な? 穏便に済ませようよ?」


 その時、山本が俺の耳元で囁いた。俺は小さく舌打ちをして、掴んでいた胸ぐらから手を離した。


「おい! 何事だ!」

「先生! 八乙女がいきなり殴ってきたんです! クラスメイトの子の事が好きだって言っただけなのに!」

「何だと?! 佑樹! お前は何回問題を起こせば気が済む!?」


 騒ぎに気づいて駆けつけた担任が俺を山本から無理やり引き剥がして怒鳴る。結局俺はまた悪者扱いだ。けど、朱音を救うにはこうするしかない。俺は声にもならない声で担任に。


「すいません..」


 職員室に連れられる途中、視界に入ったのはニヤリとこちらを笑いかける山本と、失望の眼差しで俺をみる朱音の顔だった。ちくしょ..何でこう上手くいかないんだ..担任に説教を受けた俺は、最終的な処分は明日報告するとの話で、とりあえず今日は家に帰らされた。いつもの通学路なのに、今日はいつになく街の喧騒がうるさくて腹が立つ。家に着くと、妖精が静かに姿を現した。


「まさか..ここまで君を陥れに来るとはね..やっぱり佑樹には本当の事を..」

「結局..結局何も変わらないんだ..俺の力じゃ..」


 妖精が何かを言いかけていたが、メンタルが限界だった俺はそのまま話を続けた。妖精は俺の顔の前に立つと。


「それは違うよ。君の力で1人の女の子の未来を変えたのも事実じゃない? まあ許した訳じゃないけど..君には未来を変える力があると私は思ってる。やられっぱなしで終わるような男なら、私は佑樹には力を貸したりしない。そうでしょ?」

「んなこと言われたって..どうすればいいんだよ..もう分かんねえよ..」


 妖精が励ましてくれているのは分かったけど、今の俺に昨日までの勢いは無かった。



    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 翌日、俺は学校に着いて早々生徒指導室に連れて行かれた。担任は呆れた表情で俺を見つめると、机に俺を座らせた。それからの説教はよく覚えていない。唯一覚えている事と言えば、1週間の停学処分を受けた事くらいだろう。担任が生徒指導を必死に説得したおかげで退学は免れたらしいが、いっその事退学にして欲しかったと微かに思った。


 それからすぐに家に帰らされた俺は、リビングのソファに横たわった。人は全てがどうでもよくなると、飯を食う気力も無いんだとしみじみ感じた。


「佑樹! 佑樹! いるんでしょ!!」


 その時だった。誰かが玄関先でドアを叩きながら叫んでいるのが聞こえた。誰の声か分かった俺は、ゆっくりとドアを開けた。


「咲? どうしてここが..?」

「忘れ物届けるからって先生に聞いたの! ていうかそんな事より! 山本殴ったって聞いたけど、何があったんだよ!」

「ああ..むしゃくしゃして殴ったんだよ..最低だよな俺..」

「笑えねえよ! 本当の事言って..佑樹がそんな理由で人を殴ったりしない事くらい分かってるから..」

「咲..」


 咲は真っ直ぐな眼差しで俺を見つめる。ここ最近誰にも信用されていなかった俺にとって、咲の言葉は救いのようだった..俺はゆっくりと口を開く。


「ごめん..咲には全部話すよ..」


 事の全てを話し終えた俺は、理解者が居てくれた事もあってか、少し元気を取り戻していた。咲は今にも山本の所へ向かいそうな勢いで。


「クソじゃん!! そんなの殴られて当然でしょ! 先生に本当のこと言いに行こうよ!」

「それだけはダメだ..朱音のバイトの事がバラされる..」

「また朱音って..あんた今自分がどんな立場か分かってんの? 自分を犠牲にしてまでどうして..」


 咲は下を俯いて呟く。俺はそんな咲を見て。


「好きだから..朱音の事。理由はそれだけで十分だよ」

「そんなはっきり言われちゃ..何も言えないじゃん..」

「咲?」


 咲は俺に顔を見せないように反対を向くと。


「今日は帰る..!気が向いたらまた来る..」


 そう言って部屋を後にした。その背中は、気のせいか悲しげに見えた。


「咲! ありがとう..!」



    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 

 ある男の子は、どん底だった私に手を差し伸べてくれた。最初はしつこいしいちいちオーバーな所がムカついてたけど、気づけばその子から目が離せなくなっていた。でも..彼には好きな子がいる。自分を犠牲にしてでも守りたいくらいに好きな子が..恋なんてした事が無かったけど、今なら彼の気持ちが分かる気がする。だけど..私は性格が悪い。私だけが佑樹の味方になれば、きっと彼も好きな子の事を諦めてくれる。そう、私は強欲だ..


「星川さん、ちょっといい?」


 学校に戻った私は、彼の好きな星川を呼び止めた。星川は戸惑いながらも、真面目な話だと察して校舎裏についてきてくれた。


「話って..?」

「本気で佑樹が何の理由も無しに山本を殴ったと思ってるの?」

「私だって信じたくはないよ..けど..山本くんは悪い人じゃないと思ってるし..どんな理由があっても暴力は間違ってる..」


 星川は下を俯きながら小さな声で答えた。私は拳を強く握って。


「何それ..まあ..何も知らないし当然か」

「どういう事?」


 結局..私は佑樹から聞いた事を全て星川に話した。


「これが、私が佑樹から聞いた全て..あいつはあんたの為に戦ったんだ..今も..1人で戦ってる..」

「そんな..私のせいで..」


 私は落胆する星川の肩をぎゅっと掴み。


「あんたが少しでも佑樹の事を信じてるのなら..今すぐにでもあいつのそばに寄り添ってあげるべきだ! 悔しいけど..今のあいつの支えになってあげられるのはあんただけなんだ..」

「咲さん..」


 きっと、星川に何も言わずに私が佑樹のそばに居てあげたら..佑樹は私の事を好きになってくれたかもしれない。けど..そんなんで佑樹を振り向かせても、きっと私は満足しない。星川と同じ土俵で戦って..佑樹が心の底から私を好きだと思わせてみせる..だって..私は強欲だから..










読んでいただきありがとうございます。よろしければ評価、ブックマークお願いします。次回の更新は月曜日になります。

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