第2回
「佑樹..! 何やってんだよお前..!」
形相を変えて俺を呼び止め、耳元で囁いたこの男の名前は圭介。中学からの親友だ。こいつだけはまともに声をかけてくれた。俺は圭介に。
「俺だって意味が分かんねえんだって!! なんかのドッキリだって言うならもう明かしてくれよ」
「それはこっちのセリフだ! ドッキリで学校来たとしたら笑えねえジョークだぞ?」
「もう分かった! とりあえず状況を説明してくれ」
全く現状が理解出来ていない俺は、とりあえず圭介から全てを話してもらう事にした。
「はぁ?! お前なんも覚えてねえの?!」
「覚えてるも何も、心当たりねえって!」
「お前..入学式の次の日、クラスメイトぶん殴って退学処分になったんだよ..しかも相手は病院送り..聞いた話では殴られた勢いで机の角に頭をぶつけたらしい..俺は今でも佑樹を信じてる..何か真っ当な理由があったんじゃないかってな..けど、やり方ってもんがあるだろ..」
ちょっと待て、病院送り? 退学処分? 俺が? まじで1ミリも記憶がない。本当に俺以外の人間が頭おかしくなってんじゃないかと錯覚するほどだ。でも、長年連れ添ってきた親友の顔を見れば分かる。これは嘘じゃないと..
「そうか..ありがとな..教えてくれて..」
「お..おい佑樹! どこ行くんだよ!」
圭介の呼びかけを無視して再び校内に入る。どうしても確かめなければいけない事があるからだ。周りからの視線が痛い。しかし、俺は本来居るはずの自分のクラスに入り、ある女の子に声をかけた。
「朱音! 何が起きてんだよマジで! 意味が分かんねえよ..助けてくれ..!」
俺は朱音の座る席の前に立って救いを求めた。朱音ならきっと俺の味方に..
「君..暴力事件起こした人だよね? どうしてここに居るの? ていうか..どうして私に助けを求めるの?」
その瞬間、俺の頭は真っ白になった。朱音はまるで他人と接するかのようなよそよそしさで淡々と話す。もう何も考えられなくなった俺は、朱音の肩を強く掴み。
「嘘だって言ってくれよ..ドッキリでしたって..だって朱音は俺の..彼女だろ..? なあ! なんとか言って..」
「触らないで! 暴力を振りかざして人を脅すような人と関わる訳ないでしょ?!」
その時、さっき俺を引き止めた担任が教室に入ってくる。担任は俺を見るなり血相を変えて掴みかかってきた。俺は抵抗しながら叫ぶ。
「何だよそれ..昨日のデートはなんだったんだよ!! 簡単にいなくなる訳ないって..言ったじゃねえかよ!!」
「勝手に妄想膨らませるのはいいけど、私、付き合ってる人いるから..分かったら早く出てってよ!」
その言葉は、まるでトドメの一撃を刺すようだった。それまで散々抵抗していたが、その瞬間スッと力が抜けた。そっか..昨日までの出来事は夢だったんだ..
「これ以上恥をかくな! お前はもうこの学校の生徒じゃないんだよ! 更生して出直してこい!」
もう言い返す気力も無かった俺は、担任にこっぴどく説教を受けた後、そのまま校外につまみ出された。自分でも分かる、きっと今の俺は側から見たらただのヤバい奴だ。完全に無気力になった俺は、公園のベンチに腰掛けた。
「昨日..楽しかったなぁ..こんな事なら..あの時ちゃんと好きって伝えときゃ良かった..」
その呟きと同時に、目から涙が溢れ出てくる。普段泣いたりする事なんて滅多に無いのに、何故か今日は涙が止まらなかった。
「ねぇねぇ..どうして泣いているの? 辛い事でもあったの?」
その時だった。人知れず涙を流していた俺に、誰かが声をかけてきたのだ。甲高い女性の声を辿ると、そこにいたのは羽の生えた小さい人型の姿をした女の子だった。一眼見れば誰もが思うだろう、これは妖精だと。俺は思わず呟く。
「俺..死んだのか?」
「死んでないわ!」
妖精は呟く俺に鋭いツッコミを入れる。しかしここまで来るともうこの世界が何なのか分からなくなってくる。妖精は咳払いをすると、再び口を開いた。
「私は妖精、あなた..」
「あ、やっぱり妖精だったんだ」
「ゴホンッ..私は妖精、貴方の願いをなんでも..」
「あ、妖精って日本語話すんですね..」
「さっきからなんなの貴方!? 最後まで話し聞きなさいよ!」
なんか妖精さんを不機嫌にさせてしまったみたいなので、俺はしばらく黙ることにした。
「私は妖精、貴方の願いをなんでも叶えてあげましょう」
「へぇ..妖精ってそんな事も出来るんすねぇ..」
「何よそのリアクション!! もっと驚いたらどうなの?!」
「いやだって、そんなのおとぎ話の世界の話でしょ? ありえる訳ないっしょ..」
俺が一定のトーンで話すと、妖精はため息をついて。
「はぁ..ほんと最近の子は夢が無いというかなんというか..いい? この世界は広いの! 貴方が知らないだけで、科学や歴史では解明出来ない事が山ほどあるの! あり得ない事なんてあり得ないのよ!」
「ていうかそもそも、どうして俺にそんな事してくれるんです? 泣いてたから同情したとか?」
「その程度で願い叶えてあげてたらキリがないでしょ! 私は人の心から生まれる妖精。つまり、誰がが心の中で何かを強く念じた時、姿を現すのよ」
妖精の言葉に引っかかった俺は問いかける。
「何かを念じた? 俺が?」
「そうよ、じゃなきゃ私は貴方の前に現れたりしないわ」
まあ確かにどうなってんだよ馬鹿野郎とは思ったけど、何かを念じたかと言われたら怪しい。そう考えたら妙にこの妖精が胡散臭く見えてきた俺は。
「じゃあ例えば、どんな願いを叶えてくれる訳?」
「んー..基本的にはどんな願いも叶えてあげられるけど、例えばでいうならそうだなぁ..」
どんな願いもって所が余計に怪しい。そんなチート級な妖精がこの世界に居るはずが無い。きっとさっきの出来事で俺の頭ん中がおかしくなっているんだろう。これはきっと幻覚だ。
「例えば..『過去に戻って人生をやり直す』...とか?」
その時、無気力だった俺は妖精の言葉を聞いて、思わずハッとなる。
「過去に..戻る..?」
「そっ、タイムスリップってやつ?」
確か学校で聞いた話では、俺は入学早々に暴力沙汰を起こして退学したと言っていた。てことは、もしも入学式に戻れたら、俺が本当に暴力沙汰を起こしたのか分かるのか? もしそうだったとしても、問題を無かった事にすればまた朱音と付き合えるかもしれない..全く記憶に無い出来事だけど、これは夢じゃないし、圭介もあんなハッタリは言ったりしない。だったら..
「いやいや、そんな事無理でしょ..SFじゃないんだから..」
でもやっぱり信じられない。そもそも妖精が目の前にいる事自体信じ難いし、本当に過去に戻れる保証なんてない。すると、妖精が俺の目の前で。
「無理かどうかは、やってみなきゃ分からないと思うけどね? 何もしないで後悔するよりは、やる事やって後悔した方が利口だと思わない? まあ、貴方が何も望まないのなら、私も無理強いはしないよ」
悔しいが、この妖精が言ってる事は最もだ。1%でも可能性があるのなら..
「好きな女の子がいるんだ..でも、何が起きたのかもう俺の知っている彼女はそこに居なかった..挙げ句の果てに暴力人間扱い、このままで終わるわけにはいかない..! 妖精、俺を入学式当日に戻してくれ!」
「了解、だったらまずは..」
妖精は笑みをこぼすと、俺をある所に連れて行った。
「橋..? なんで?」
「ここから飛び降りて」
「はぁ?!」
やっぱりこの妖精はインチキだ。そんなの遠回しに死ねって言ってるようなもんだろ! こんな所から飛び込んだら水面だってコンクリ同然! しかし妖精は橋の下を指差したまま俺の周りを飛び回る。
「本気で言ってんのか?」
「本気だとも、だってここを過去に繋がるゲートにしちゃったんだもん」
「しちゃったんだもん..じゃねえよ! なんでわざわざこんな所にしたんだ!」
「勇気だよ少年。生半可な覚悟で過去に戻らせるわけにはいかないからね」
じゃあなにか? この妖精は俺を試していると..?
「生半可な覚悟なら、妖精を名乗る怪しい生き物にズカズカついて行ったりしないっての..このまま何も知らず生きてくくらいなら、飛び降りてやる..!」
言うと、妖精はにんまりと笑いかける。そして俺に。
「それじゃあ飛び込む前に、絶対に守ってもらわなきゃいけない事がある」
「というと?」
「過去に戻るという事は、君の行動次第で本来の未来が大きく変わる事になる、それは他人も例外じゃない。だから、他人の未来には絶対に干渉しない事! いいね?」
なるほど、確かにその通りだ。まあ、俺の目的はあくまで高校退学の真相と朱音との事だけだ。特に他人に干渉したりはしないだろう。
「分かったよ妖精さん。変えるのは自分の未来だけで十分だ」
「戻れるのは一度だけだからね。健闘を祈るよ..佑樹..」
そして、俺は大きく深呼吸して助走をつけ。
「確かめてやる..! もし事実だったとしても、絶対に未来を変えてやる..! 待ってろよ朱音..!」
『うおおおお!!』
そして、覚悟を決めた俺は、橋の下に飛び込んだ。
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