第19回
夏休みも終わり、俺は重い足取りで登校する。相変わらず生徒たちは俺を冷たい視線で見る。まあぶっちゃけ慣れてきたんだけどな..ていうかそんな事よりも、朱音に会うのが恥ずい..そう思いながら教室に入ると、誰かが俺の肩を強めに叩いた。
「いてっ..! ..咲か?」
「本当は顔面に1発行きたいとこだけど、肩で我慢しとく..」
そりゃそうだよな..咲に最低な事したし、殴られて当然だよな..
「祭りの時はごめん..お詫びに何か奢るよ」
「なんで佑樹が謝るんだよ..私が用事あっただけだしな!」
「そ..そうだったな..! でも..ごめん..」
「勘違いも甚だしいわ!」
咲はそう言って俺に舌を出した。それからも、咲は何があったとかも特に聞いて来る様子はなく、いつも通りに俺に接した。もはやそれは不自然さも感じるほどに普通だった。
「お..おはよう..!」
「おはよ..」
席についた俺は、隣の朱音に挨拶をする。祭りの事を思い出す度目から血が出るくらい恥ずかしくなる..俺は誤魔化すように。
「そいえば..! あれから友達とは合流できた?」
「うん..何とか..」
やばい..なんか話さないと!
「それなら良かった..! 綾子さんと結構仲いいんだね」
「そうなの、綾子は小学校からの友達でね? いつも一緒にいるの、たまに本当に好きなんじゃないかってくらい私の事思ってくれる時もあるんだけど、本当に私には優しくしてくれる」
「へぇ..良い人なんだね」
「うん、でも私の家でのお泊まり会だけだはいつも来ないんだよね」
朱音はいつもの淡々ととした口調とは変わり、いきいきとしながら綾子について話した。俺はそんな朱音を見ながら必死にニヤけを隠した。
「でもなんで朱音の家泊まりに来ないんだろうな」
「んー..この前聞いた時は恥ずかしいからって言ってたけど、女の子同士なんだから恥ずかしがる事ないのにね!」
あー..俺も朱音ん家泊まりてえなぁ..そんな事を思いながら朱音と他愛もない会話をしていると、気付けば予鈴が鳴った。さあ、今日も一日頑張るか..
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そして帰りのホームルームが終わり、下校時間になった俺は身支度を整え校門を出た。いつもは咲や圭介と帰っていたが今日からは1人だ。誰も巻き込むわけにはいかないからな..
「1人だと静かだなぁ..」
小言を呟きながら帰っていると、背後から妙な視線を感じた。振り向いてみたが後ろには誰もいない。
「気のせいか..?」
再び歩き始めると、俺の足音と同時に後ろから足音が聞こえる。明らかに誰かがつけてきてる..俺は咄嗟に後ろを振り向いた。
「やっぱいない..絶対ついてきてると思うんだけどな..」
後ろを気にしながら歩いていると、妖精がひっそりと姿を現した。
「妖精、多分だけど誰かにつけられてる..」
「そうみたいだね..もしかしてキラーかな?」
でもキラーがこんなに分かりやすく尾行するか? もしか焦っててそれどころじゃないのか? どちらにしても今接触するのは避けたい..まだその時じゃないからな..とりあえずなんとかして撒くか。
「遠回りになるけど..方法はこれくらいしかないよな」
呟くと、俺は本来帰る方向ではない方角に歩き出した。敢えて曲がり角がある場所に向かい、迷路のように幾つもの角を曲がりまくった。そして、自分でも道が分かるなくなるほど進んだ所で俺は路地裏に身を潜めた。
「やっぱりつけてきてたな..ていうかあの格好..」
身を潜め、影から様子を見ていると、同い年くらいの男が何かを探すように辺りをキョロキョロとしている。おそらく俺が居なくなって焦ってるんだろう。でもあの制服は隣町の高校のやつだよな..? なんでそんな奴が俺を..? すると妖精が俺の耳元で。
「どうする? 声かけちゃう?」
「おわっ..! 急にビビらせんなよ..! いや、まだだめだ..キラーだとするならもう少し様子を見たい」
辺りを見渡していた男は、諦めたのか来た方向に戻っていった。かなり怪しいな..でもあんな奴に俺や朱音と接点があるか? 会ったこともない奴だぞ? 俺はため息をついて呟く。
「はぁ..次から次へと何なんだよ..」
しかしどうしようか? 咲や圭介にはもう頼れないし..奴をキラーだと仮定したら次に必ず何かを仕掛けてくる..くっそ..どうすればいい..! とりあえず朱音の身に何か異変がないか連絡を....あれ..? そこである事に気づき、焦った俺を見た妖精が。
「どうかしたの? 佑樹?」
「無い..」
「無い? なにが?」
「無いんだよ..俺のスマホが..」
「はぁ?! 落としたの?!」
最悪だ..多分撒くことに必死で落とした事に気付かなかったんだ..マジついてねぇ..とりあえず来た道戻って探すか..
「おいおい..全然見つからないぞ..」
「誰かが拾って交番に届けたとか?」
探しても見つける気配がなかったので、妖精の助言で交番に行ってみる事にした。でも、警官に聞いてもスマホの落とし物は届いて無いらしく、日も暮れてきたので今日は家に帰る事にした。
「はぁ..朱音とも連絡取れねえしどうするよ..」
家に帰った俺はソファーに寝そべって色々と悩んでいた。そっちのことも気がかりだけど、俺には今ひとつ分かっていない事があった。
「なぁ妖精、この前言ってたラプラスがどうのこうのって話、いまいちピンときてないんだけど、もう少しわかりやすく話してくれね?」
「あー..もう隠せるわけがないよね..うん..」
妖精は深妙な面持ちで話を続けた。
「ラプラスは時を遡る悪魔..本来は人間界に干渉する事は出来ないんだけど、人間の欲望に漬け込んで取り憑く事があるんだ。そうすると取り憑かれた人間はラプラスの力を使う事が出来てしまう..まあ..過去に戻れる力が使えるのなら、悪魔と手を組む事だって簡単だろうね..」
「でもどうしてそんな事..」
「単なる暇つぶしさ..あいつはそれをただ楽しみたいだけ..」
なんかおとぎ話みたいな話だけど、妖精を目の前にしてこの話が嘘だとは到底思えない..やっぱ想像通り悪魔って性格悪いんだな..
「けどさ、なんで妖精も過去に戻れる力があるんだ?」
「私もラプラスと同じ..悪魔だからね..ずっと隠してきたのは申し訳ないと思ってる..」
「妖精も悪魔も俺からしたらさほど変わらねえよ..それより..自分で何とかしようとか思わないのか?」
言うと、妖精..じゃなくて悪魔か..その悪魔は悔しそうに拳を握って。
「出来たらしてるさ..悔しいけど..私は普通の人間には見えない..ラプラスが取り憑いた人間を見つけたとしても..気付いてもらうすべがないんだ..だから私が見える佑樹に出会えたのは奇跡だと思った..このチャンスを逃すわけにはいかないんだ..」
なるほどな..こいつもこいつで色々頑張ってきたわけか..だったら答えは一つ。俺は悪魔に。
「そのラプラスってやつをどうにかしなきゃキラーも捕まえられないわけだ..なら、俺たちで何とかするしかないだろ?」
「佑樹..ありがとう..」
「勘違いすんな..これはあくまで共闘だ! それに..お前には過去に戻してもらった借りだってあるしな..」
言うと、妖精は小さく笑みをこぼして。
「そうだね..」
「でもさ、取り憑いてるって事はそのラプラスって悪魔がその人を操ってるって事なのか?」
「いや、操る事は出来ないはずだよ、仕草や喋り方が似てくる事はあるかもしれないけどね..」
じゃあ、キラーは自分の意思で俺や朱音に危害を加えてるって事か。それなら動機が絶対にあるはずだ..
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翌日、俺はインターホンの音で目を覚ます。眠い目を擦りながら玄関を開けると、そこには圭介の姿があった。
「圭介? どうした?」
「連絡ないから心配して来たんだよ! 最近学校でも話してくれないしなんかあったのかよ!」
そっか..あの時から圭介を巻き込まない為に距離を置いてたんだ..俺は圭介を家に入れた。
「わりぃ! スマホ落としちゃって連絡できなかったわ!」
「はぁ?! 何してんだよお前..つーか..最近俺の事避けてんだろ..」
圭介は少しいじけたように呟く。俺はゆっくりと口を開いた。
「悪かった..でも避けてるわけじゃないんだ..ただ..巻き込むわけにはいかないんだ..」
「巻き込む..?」
「あ..! そうだ..! 携帯貸してくれないか?」
俺は話を濁すように話題を変える。圭介は戸惑いながらも携帯を渡してくれた。
「朱音に連絡したいんだ」
「あーそゆこと、そいやぁここ来る時に朱音ちゃん見たぞ? おしゃれな格好してたからありゃデートじゃねえか?」
おしゃれな格好..? バイトに行く時の服装はラフなはずだし..友達と遊びに行くとか? それとも..
「ありがと、とりあえず電話してみるわ」
圭介からスマホを借りた俺は少し嫌な雰囲気を感じながらも朱音に電話をかけた。そして何コールかして朱音が電話に出る。
「もしもし..?」
「朱音か? 佑樹だ! 色々あって今友達の携帯借りてる!」
「佑樹?! どうしたの?」
良かった..とりあえず朱音に繋がった。
「昨日落としちゃったんだよ..」
「昨日..? どういう事..?」
朱音は驚きを隠せないような声で言う。俺難しい事言ったか..?
「昨日帰る途中に落としたんだけど?」
「じゃあ昨日連絡してから落としちゃったわけね」
「連絡してから..?」
ちょっと待てよ..俺は昨日朱音に連絡してないぞ? 状況が理解できない俺は朱音に。
「昨日は連絡してないけど..どういうこと?」
聞くと、朱音は笑いながら。
「いやいや、明日山美公園に来てって連絡したじゃん、何言ってんの」
その時、俺の思考は止まった。俺は冷や汗をかきながら呟く。
「違う..それは俺じゃない..」
「佑樹? 今なんて? よく聞こえ..」
すると、朱音の話を遮るかのように突然通話が切れる。携帯の再起動をしてみるが反応が無い。
「あー多分充電切れたかも..昨日から充電してなかったから..」
圭介が言った。おそらく俺が考えうる最悪のケースは..キラーが俺の携帯を拾って朱音に連絡をした可能性..
「朱音が危ねえ..すぐに行かないと..!」
俺は圭介を置いて家を飛び出した。
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