命の別名⑥
1.カーッ! 笑顔さんがそんな冷てえ人間だとは思いもしませんでしたわ!!
今日は俺の家でゲーム大会ということで何時もの面子が集まっていた。
正確に言うなら野球ゲーム大会だな。タカミナが贔屓にしてるシリーズで昨日買ったらしい。
「タカミナよぉ、お前さん目の下の隈がひでえぜ?」
いきなり始めるのも何だしってことでおやつを摘まんでいると柚が呆れたように言う。
確かに柚の言うように酷い隈だ。どんだけプレイしてたんだコイツ。
「……俺とテツが帰った後もやってたみたいだからな」
うんざりしたようにトモが漏らす。テツもげんなりしている。
幼馴染二人はね。しょうがないよね。近いとこに住んでるんだからそりゃ付き合わされるわ。
「何か嫌なことあったみたいでさ~。憂さ晴らしも兼ねてなんだろうけどめっちゃ気合入ってたの」
「そうなん? 何があったんです?」
興味津々と言った様子の矢島。俺としても気になるので矢島が切り出してくれたのは好都合だ。
いや、俺の場合は単なる好奇心ってわけでもないんだがね?
今進行中であろう長編エピの主役がタカミナと予想してるからってのが大きい。
「そう大したことじゃねえんだが、ゲーム買った帰りに先代の取り巻きに絡まれちまってよ」
「……先代、と言うと薬師寺か? ふん、確かにお前は怨まれてるだろうな」
梅津が皮肉げに笑う。
俺も断片的にしか知らないがタカミナの先代はキレイキレイされる前の梅津と似たタイプだったみたいだしなぁ。
ただ梅津と違って強迫観念めいた思いに突き動かされてじゃなく、浅くて俗な欲望によるものって点は異なるが。
そんな奴の取り巻きだもん。
(クズだわなぁ)
年下に革命(タカミナ的には別にそんなつもりはない)起こされた挙句、その張本人がバリバリ名前上げてたら気に入らんわな。
とは言えその程度の奴らにタカミナがどうこうされるわけがないっつーね。
などと考えていたのだが、
「まあ怨まれてるのはさておきだ。アイツら、どうもおかしくてよ」
「おかしい?」
「やたらタフっつーか……パツイチで沈むはずなのに平然と反撃しやがるんだわ。だもんで、結構梃子摺ってな」
あ(察し)。
(……ヤク中キャラにも幾つかお約束がある)
一つは常軌を逸した馬鹿力。
これは雑魚にはあまり適応されずボスキャラの場合の特権みたいなものだ。
螺子の外れた力強さを嵐のように振るう狂戦士系の戦い方になることが多い。
二つ目。これはボスだけではなく雑魚にも適応されていることが多い。一体何かって?
(――――馬鹿げたタフさ)
倒しても倒してもゾンビのように立ち上がって来るのだ。
ええはい、まるっきり今回のケースに当て嵌まりますねぇ……。
(まだ確定ってわけじゃないが、やっぱりタカミナか)
他の戦える面子に何も起こってないのにタカミナが、だもんな。
やはり俺の予想は当たっていると見るべきだろう。
(となると、次にタカミナに起きるであろうイベントは……先代の報復か)
取り巻きをやられたんだ、先代――薬師寺だったか? も動くだろう。
カスっぽいし他の誰かにやられたのなら動くかは怪しいが因縁ありありのタカミナが相手だもんなぁ。
(ドラッグバフもあるし、結構苦戦しそうだが……まあタカミナなら問題はなかろうて)
さっき上げたヤク中キャラのお約束。
一見すると良いことばっかのように思えるが、んなこたぁない。
確かにバフはかかるが一時的なもので長い目で見ればデバフと変わらない。
話が進めば骨が脆くなってたり幻覚症状に見舞われたりとロクなことにならん。
「妙なこともあるもんだな」
「……コイツが腑抜けていただけって可能性もあるがな」
「あんだとゴルァ!?」
「はいはい喧嘩しないの。それよか、そろそろ始めよう」
パンパンと手を叩き注意を逸らす。
人ん家で喧嘩すんなってのもあるが、ここで深堀りされるのは困るからな。
「誰と誰が当たるかくじ引きしよっか」
「どの球団を使うんかも決めなあかんでしょ。ちなみにボクは虎一択なんであしからず」
流石は西の人。お約束の虎ですか。
「当然、俺は宙日な!!」
「俺は特に贔屓の球団とかないし余ったので良いよ」
そんなこんなで決めることを決めた結果、一回戦はタカミナVS梅津ということになった。
ちなみに梅津が選んだ球団はユクルトである。美味しいから毎朝飲んでるんだって。
「プレイボォオオオオオオオオオオオル!!」
柚の宣言と共に試合が始まった。
野球狂のタカミナは当然として、負けず嫌いの梅津もギラついた眼差しで画面に集中している。
俺らはのんびり野球観戦するぐらいの気持ちでそんな二人とテレビを眺めつつ駄弁っていた。
「そいやさー、金ちゃんと銀ちゃんはライブ行ってたんだよね?」
「おうさ」
「ボクはあんまそういうの詳しくないんやけど、やっぱCD音源や音楽ファイルで聴くんのんとは違うん?」
「そりゃそうよ。整然と編集された音源にも良さはあるが、やっぱり生の“熱”はちげーよ」
「ライブは個人で完結するもんじゃなくて周囲との連帯感? みたいなのもあるからな」
熱く語っている金銀コンビを横目に俺はお茶を啜る。
(さて、そろそろだと思うんだが……)
と、その時だ。ベッドに置いてあったスマホが震え始めた。
一番近くに居た桃に視線をやるとひょいと投げ渡してくれたのでそれをキャッチ。通話ボタンをタップする。
《もっしもーしですわ!!!!》
咄嗟に耳からスマホを遠ざける。
その声量は皆も何事だとこっちを向くほどに大きかった。
俺は片手でごめんのジェスチャーをしつつ、電話口に語り掛ける。
「もしもし、俺だけど」
《詐欺ですの?》
「電話に出る側がオレオレ詐欺仕掛けるってどういうことだよ……笑顔です」
《知ってますわ。だって笑顔さんに電話をかけたんですもの》
「……まあ、そうだろうよ」
用件は? と話題を振ると待ってましたと言わんばかりに小夜は語り始めた。
《実はちょぉおっとお願いがありまして》
「お願い?」
《ええ。うちの学園、月末に学園祭がありますのよ》
「はぁ……学園祭……」
《それでちょっと、笑顔さんに協力して頂きたいことが御座いまして》
「協力して欲しいことって?」
《それは直接、会って説明致します。で、どうでしょう? 協力してくださる?》
「いや内容も聞かずに即答は……」
《可愛い従姉妹のお願いを聞いてくれませんの!? カーッ! 笑顔さんがそんな冷てえ人間だとは思いもしませんでしたわ!!》
「冷たいって……至極常識的なことを……いや、分かった。分かったよ。俺に出来ることなら協力する」
《さっすが! では本番までちょこちょこお時間を頂きますのであしからず》
ではまた後日、会おうと言って小夜は電話を切った。
「えっちゃん、今の電話……ひょっとして噂の従姉妹ちゃんか?」
「ああ、うん。ごめんねビックリさせちゃって」
「電話口から会話が聞こえてたが……何というか、中々に愉快な女の子だな」
「ありがとうトモ。言葉を選んでくれて」
素直に馬鹿と言わない優しさ、素敵だと思う。
「ま、それはさておきこれからちょいちょい忙しくなりそうなんだ。月末まで遊ぶ機会減っちゃうと思うけど勘弁ね」
「そりゃ構わねえよ。野郎より女の子優先すべきだ……それよか従姉妹ちゃんの通ってる学校って女子校、なんだよな?」
金銀が期待を込めた視線で俺を見つめている。
ま、それはさておきだ。
(――――サンキュー、小夜)
ぶっちゃけるとこれは俺の仕込みである。
ドラッグを広めてる連中を潰すまで皆とまったく遊ばないってのは不自然だし、俺としても定期的に皆の様子を見ておきたい。
なので遊ぶ機会が減るという口実つくりのために小夜を使わせてもらったのだ。
何も聞かずに茶番に乗ってくれたあの子には感謝しかない。必ず埋め合わせはすると約束したよ。
(さて、これで段取りは整った……タカミナ、頑張れよ)
今回のエピで主役を張るであろう男に、内心でエールを送る俺なのであった。
2.父ちゃん情けなくて涙出てくらぁ
「ち、畜生……」
ニコの家からの帰り。俺は電車の中で一人、敗北感に打ちひしがれていた。
何時もはテツやトモと一緒に単車でニコん家に遊びに行くのだが単車を整備に出してるのと駅前に用事があったので今日は電車を使ったのだ。
「よりにもよって……よりにもよってニコに負けるなんて……!!」
一回戦の梅津、二回戦の金角とはかなりの激闘を繰り広げた。
そのせいで決勝に進む頃にはもう、結構な消耗を抱えていた。
一方のニコはゲームがそこまで得意じゃない矢島、トモと当たってゆるーく勝ち上がっていた。
その差が勝負を分けたのだ。ニコ自身、ゲームは下手じゃないが上手いってほどでもない。
普通にやってりゃ俺が勝てたはずなのに……そう思うと悔しさは一入だった。
「次はぜってー負けねえ……」
決意を新たにしたところで地元の最寄り駅に到着した。
電車を降りるとそのまま駅中にあるショッピングモールにあるチマキ専門店へと直行、チマキを購入した。
(何か、時たま無性に食べたくなるんだよなぁ)
夕飯前だが育ち盛りなので多少、腹に入れたところで支障はない。
るんるん気分で駅を出て、繁華街を歩きながら家路に着いたのだが……。
「ねえねえ、警察呼んだ方が良いんじゃないの?」
「嫌だよ……目ぇつけられたら怖いし」
「でもあの子、中学生っぽかったし……」
そんな会話が耳に入り、足を止める。
どうやらどこかの路地で中学生がカツアゲを喰らっているらしい。
(見逃すのは、後味が悪いな)
正義の味方を気取るつもりはない。俺の精神衛生のためだ。
「なあお姉さん、その話詳しく聞かせてくれない?」
「え……あ、君って……ひょっとして……」
「まあ俺が誰かはともかくさ、どこの路地?」
尋ねると女子高生二人組みは恐る恐ると言った様子で場所を教えてくれた。
ここからそう離れた場所ではない。俺は早足で現場へ向かった。
「うだうだ言ってねえで金出せや」
「こ、困ります……これは、その……画材を買うための……」
「んなもん俺らに関係ねえつってんだろうが!!」
「あぐ!?」
路地では中学生らしき少年が五人の男子高校生に絡まれていた。
殴られて落とした鞄の中からスケッチブックやお高そうな鉛筆セットが散らばったところを見るに絵描きさんらしい。
何でこの手の輩は気の弱そうな奴しか狙わないんだか。
呆れながらも路地に足を踏み入れたようとした正にその瞬間だ。
「ッ!?」
ぞくり、と全身を悪寒が駆け巡った。
まるで“切れ”たニコを見た時のような、これはやばいという感覚。
焦燥に駆られた俺は直ぐ、叫んだ。
「何やってんだテメェら!!」
「! お前……塵狼の……」
高校生達の注意がこちらに向く。その目には明確な敵意が宿っていた。
当然、連中の顔に覚えはない。まあカツアゲなんてしょうもないことしてる奴らの顔なんざ覚えるつもりもねえが。
「テメェらのせいで俺らは散々な目に遭った!!」
「楽しくやってたのに今じゃどこにも居場所がねえ……ッ」
「どう責任取ってくれんだ!? あ゛ぁ゛!?」
「そうか、お前ら逆十字軍の残党か」
ピンと来た。
しかし、言うに事欠いて俺らのせい? 居場所がなくなった? 責任?
おいおいおい、いちゃもんもここまで来れば逆に感心するわ。よくもここまで立派な屑に育ったなコイツら。
「っとにどうしようもねえな……おい、わざわざ痛い目に遭いたくはねえだろ? さっさと失せな」
「調子こいてんじゃねえぞ中坊が!!」
「白幽鬼姫ならともかくテメェぐらいなら余裕なんだよ!!」
ニコならともかくとか言っちゃう時点でもうダサい。
父ちゃん情けなくて涙出てくらぁ。こういう馬鹿どもが良い歳こいても不良を辞められねえんだろうなあ。
溜息と共に殴りかかって来た馬鹿の横っ面に裏拳を叩き込み、沈める。
「ッ……!」
「俺ぐらいなら何だって?」
「う、うるせえ!!」
わざわざ詳しく語るまでもない。
昨日やり合った薬師寺の取り巻きみたいに変なタフさもないので三分とかからず終わった。
ボロボロの身体を引き摺りながら逃げ去ってく馬鹿どもはこの上なく惨めだった……生きてて恥ずかしくねえのかな?
「よォ、大丈夫かい?」
地べたに尻餅ついたまま呆然と俺を見上げていた絵描きさんに手を差し伸べる。
そいつは一瞬、理解出来なかったようだがおずおずと俺の手を握った。
「よっこらせっと。怪我はねえか?」
「あ、うん……ちょっと殴られただけだから……」
「そうか。そりゃ良かった」
地面に散らばってる画材を拾って、絵描きさんに渡してやる。
「あ、ありがとう」
「気にすんな。俺がやりたいからやっただけの話よ」
「……噂通り、カッコ良い人なんだね高梨くんは」
「俺のこと知ってんのか?」
「東区の中学生で君を知らない人は居ないよ」
……そう言われるとどうにもこそばゆいね。
つか、よく見りゃ美形だなコイツ。顔面偏差値MITな奴が身近に居るもんだから認識バグってたけど絵描きさんは結構な美少年だ。
「どうしたの?」
つかこの様子を見るにさっきのありゃ気のせいだな。
「あ、いや何でもねえ。お前さんの名前は?」
まじまじと見ていたことを誤魔化すように名前を聞くと、絵描きさんは柔らかな笑顔を浮かべて名乗りを上げた。
「俺は哀河 雫。助けてくれて本当にありがとう」
これが俺と雫の出会いだった。
【Tips】
・この世界の歴史
義経「この崖ぇ、くだんぞ」
舎弟「真剣っすか九郎さん!? 幾ら何でも困難っすよ!!」
義経「鹿も四足、馬も四足……鹿に出来て馬に出来ねえ道理はねえよなぁ!? 合戦は日和った奴から負けんだよ!!」
ヤンキー漫画の法則による支配は開闢より続いているのだ。
つまりこの世界における英傑の類は大体、ヤンキー。
戦国時代の話とか書くなら忍極ばりにルビが飛び交うことになるでしょうね。




