番外編:もしニコの中の人が特撮の法則に支配された世界に転生していたら
数日前から日本全土を覆い尽くしていた暗雲が徐々に晴れていく。
だが消されてなるものかと言わんばかりに暗雲が一所に集束し炎のように揺らめく闇の怪物が出現する。
《馬鹿な! バァカな! ヴァアアアアカなぁあああああああああああああああああああ!!!!》
《見たか呪呪道魔! 人間は決して絶望なんかに負けやしないんだ!!》
鋼の巨人がビッ! と怪物に指を突き付け叫ぶ。
巨人はあちこち傷だらけで酷い有様だというのに、その佇まいは威風堂々の一言だ。
《認めぬ! 認めはせぬぞ!! セイメイジャー! 貴様らを葬れば愚かな人間どもは再び闇へ沈む!!》
《もう何一つお前の思い通りにはさせない! 皆、本当の本当にこれが最後だ! 行こう!!》
陰陽戦隊のリーダーを務めるセイメイレッドの言葉に仲間達が応え、戦いが始まる。
激しくぶつかり合う鋼の巨人と闇の怪物。まるで神話の戦いだ。
一般人は怯え竦み、ただ見ていることしか出来ない――普通なら。
「頑張れセイメイジャー!!」
「負けんな! 人の心の光を見せ付けてやれー!!」
「あなた達ならきっと勝てる! 明日が明るい日だと、私達は信じているから!!」
群衆は皆、心からの声援を彼らに送っていた。
老いも若きも男も女も関係ない。皆が心を一つにしてセイメイジャーの勝利を信じている。
そんな様子を離れた場所で一人、冷ややかに見つめる少年が居た。
「…………何度目の最終決戦だよ」
名は浅尾 龍斗。
限りなく近く、しかし決定的に異なる現代日本からの転生者である。
「俺も別に特撮が嫌いってわけじゃないんだよ。むしろ好きだけどさあ」
毎年毎年現れるみょうちきりんな悪の組織と、それと戦うぴっちりスーツのヒーロー達。
どれだけ盛大に町が壊れても翌日には直るし毎年三月上旬には最終決戦が始まる。
それらは創作だから良いのだ。リアルでやられたら堪ったものではないと龍斗は嘆息する。
「ったく、法事で他所に来たら最終決戦の舞台とか……ついてないなあ」
例年通りならテレビの向こうで見守っていたのだが今年は現場に居合わせるハメになってしまった。
命に関わるようなことがなかったとは言え心臓に悪い。
とぼとぼと歩いていた龍斗だが、
「まあでも、これが終わればまた来年のこの時期まではしばらく落ち着くか」
最終決戦あたりになると規模が日本全土とかになるがそれまでは基本的に一つの街で被害は収まる。
頭おかしい世界観の方達に目を瞑れば基本的には前世と変わらない。
ならば何とかやっていけると龍斗は自分を誤魔化し、決戦を見届けることなくその場を後にした。
「来週からはどんな連中が舞台に上がるのかねえ。
家族、企業戦士、レスラー、陰陽師と変化球が続いてたから次は王道を往く恐竜モチーフとか忍者あたりが有力か」
そんなことを考えていた龍斗だが翌週になっても悪の組織もヒーローも現れなかった。
結局、何も起きないまま時間だけが過ぎ去り気付けば四月に突入。
気兼ねなく高校生活を満喫出来る最後の二年生へと進級してしまった。
放送枠が潰されたのかな? いや放送枠って何だよ。悲しいことにこれはリアルだから放送枠なんかねえよ。
などとセルフツッコミを入れながら気分も新たに制服に袖を通しリビングに向かう龍斗。
「あれ、父さんもう起きてたの?」
昼過ぎには家を出なければいけないが、まだ寝ていても問題はないはず。
首を傾げる息子に父、優は苦笑を浮かべる。
「今日からまた海外だろう? お前の顔を見ておきたかったんだ。悪いな、何時も何時も」
「良いよ良いよ。一人でもまあ、何とかなってるし。それに父さんが頑張ってくれてるから俺はご飯が食べられて学校に行けるんだ」
文句を言ったらバチが当たると笑う息子にありがとうなと父は微笑む。
「ああそうだ。お前に渡すものがあるんだよ」
「?」
「昨日、骨董品屋さんで見つけたんだが」
その話の切り出し方にこれまで笑顔だった龍斗の顔が曇る。
浅尾優は男手一つで自分を育ててくれている素晴らしい父だが、よく分からない怪しい骨董品を蒐集する悪癖があるのだ。
趣味だからある程度は好きにすれば良いと思うのだが、時たま十万二十万と大金を飛ばすこともあるのは如何なものか。
はぁ、と溜息を吐く龍斗をよそに優は満面の笑みで言う。
「今回は凄いんだぞ」
「毎回聞いてるよ……って何それペンダント?」
何かの欠片? らしきものに鎖をつけたペンダント。
一体どんな由来があると信じ込まされているのか。龍斗は警戒しつつ先を促した。
「これ、鎖の部分は特に何てことはないんだがこれ! この欠片! 何だと思う?」
「いや分からないよ。これ見てああこれは何々ですねなんて語れる奴は居ないでしょ」
「な、ななな何とこれはアーサー王が使っていた聖剣の鞘――の一欠片なんだよ!!」
うっわ、すげえ胡散臭い。
息子のリアクションに気付くことなく父は鼻息荒く続けた。
「あ、アーサー王って言うのはだな」
「知ってる知ってる。円卓の騎士を束ねる王様だろ?」
「お! 何だ何だ。龍斗もこっち方面に興味が出て来たのか?」
「嬉しそうなとこ悪いけど、何かで聞いた覚えがあるだけだから。それで? これを俺にくれるの?」
龍斗のアーサー王に関する知識は前世に由来するもの。
だから話を遮ったのだが、それはあまりにも浅慮な選択だった。
この世界のアーサー王伝説が前世のアーサー王伝説と同じものとは限らないのに……。
「ああ。彼の偉大な王が使っていた聖剣の鞘だからな。お守りとしては最上級だろう」
今日から二年生になる龍斗が、一年を無事に過ごせますように。
微笑む父にずるいなあ、と苦笑しながら龍斗はペンダントを受け取り首につけた。
「お! 良いねえ。男ぶりが増したぞぅ。よ、イケメン!!」
「はいはい。じゃあ、そろそろ行くよ」
「ああ、いってらっしゃい。気をつけてな」
「父さんもね」
こつん、と拳を突き合わせ二人は微笑んだ。
家を出ると空は雲ひとつない快晴。風が運ぶ花の香りに龍斗は頬を綻ばせた。
「今日は良い一日になりそうだ」
足取り軽く通学路を行く。しばらく進むと商店街が見えて来た。
折角だし、今日は少しだけ贅沢をしようと龍斗は少しお高いパン屋へ向かう。
「あー……良い匂いだぁ」
焼きたてのパンの香りが充満する店内。
だらしない顔になってしまうのも無理からぬことだ。
「どーれーに、しーよーかーな♪」
鼻歌交じりにトングをカチカチさせる龍斗。
天井知らずに良くなっていく機嫌だが、それは次の瞬間一気にマイナスへと落ち込むことになる。
「きゃぁあああああああああああああああああああああ!!!!」
穏やかな朝をぶち壊すようにけたたましい悲鳴が上がった。
そしてそれを皮切りにどよめきがドンドン広がっていく。
一体何が起きたんだと外に視線をやり、龍斗は絶句した。
「――――」
わらわらと同じデザインのぴったりスーツに身を包んだ変態集団が商店街に雪崩れ込んで来る。
どこからどう見ても雑魚戦闘員だった。
(し――――新シリーズ始まったぁああああああああああああああああああああああああ!!!)
しかも地元で! 龍斗は突然の展開に頭を抱えた。
(さ、最悪だ……どう考えても巻き込まれる……いやもう巻き込まれてる!!)
地元が舞台である以上、これからも何かあれば巻き込まれる可能性が生まれてしまった。
作風によっては人死にも十分、あり得る。
どうして、どうしてこんなことに……? 悲嘆に暮れる龍斗の視界にある光景が飛び込んで来る。
「やだ、やだぁ! ママ、助けてぇ!!」
「美香! や、やめて! 美香を返して!!」
保育園か何かに連れて行く途中だったのだろう。
娘を戦闘員に奪われた母親が必死にその足元に縋り付いている。
「あぁっ!!」
「ママ!?」
戦闘員が母親を蹴り飛ばし、娘が涙を流す。
それは浅尾龍斗という少年の義侠心を大いに刺激するもので彼の怒りは即座に沸点を超え気付けば店内を飛び出していた。
途中、置いてあった植木鉢を拾い上げた龍斗は躊躇なく子供を抱えていた戦闘員の顔面を植木鉢で殴り飛ばす。
思わず手放してしまった戦闘員から子供をキャッチし、龍斗は優しく語り掛ける。
「大丈夫か?」
「う、うん……」
「よし、良い子だ。さあ、お母さんと一緒に逃げな」
すぅ、と大きく息を吸い込み龍斗は叫ぶ。
「俺が相手になってやる! かかって来い!!」
舐められた、そう判断したのだろう。戦闘員が一斉に龍斗に向かって駆け出す。
龍斗は皆に避難するよう呼びかけ、今度はビールケースの中から空瓶を掴み上げ構える。
(……この流れからして直にヒーローが現れるはずだ)
龍斗は控えめで自己主張をするタイプではないが根っこの部分はかなりの激情家である。
具体的に言えば前世でトイレに居た上司をその場の勢いでボコって職を辞するぐらいには。
とは言え、頭が回らないわけではないのだ。
(展開的にも悪に立ち向かった一般市民が無残に殺されるとかはないだろ。一話でそれとか視聴者が離れちまうよ)
ならば問題はないと近くに居た戦闘員の脳天に躊躇なくビール瓶を叩き付けた。
そしてビール瓶が割れるや今度は鈍器ではなく刃として別の戦闘員の顔面に突き刺した。
雑魚どもからしてもこの抵抗は予想外だったのだろう。慌てふためきながら何とか龍斗を止めようと動き出すが連携もクソもないので上手くいかない。
対して龍斗はクレバーに同士討ちを狙うような立ち回りをしているので掠り傷一つ負っていない。
(お、いいもん見っけ)
破壊された電飾から伸びるコードを見つけた龍斗は躊躇なくそれを使って戦闘員の首を絞めた。
感電しブルブル震える戦闘員を蹴り飛ばし、手当たり次第に襲い掛かる様はバーサーカーそのものだ。
お前さん、特撮をヤンキー漫画か何かと勘違いしてやしないか? ってな暴れ振りだったが、それも長くは続かなかった。
「何をもたもたしているのかと思えば……人間風情に梃子摺りおって」
量産型モブとは違う“如何にも”なデザインの異形が姿を現す。
異形は怯える戦闘員を罰だと言わんばかりに切り捨てるや、龍斗に向けて右手を突き出した。
「!?」
ぐい、と見えない力に引き寄せられた龍斗は首を掴まれ宙に吊り下げられてしまう。
凄まじい力で息をすることさえも難しいがそれでも構わず蹴りを繰り出した。
「ほう……認識を改めよう。貴様、人間のわりに中々気骨があるではないか」
「だ、ま……れ……!」
「ククク、この期に及んでよく吼える。気に入った、貴様は餌ではなく輩にしてやろう」
ぶぅん、と異形の左手に闇が灯る。
「闇のエナジーを注ぎ込み、貴様は生まれ変わるのだ」
かなりやべえ展開ではあるが、
(よし、そろそろだな。お膳立てはバッチリだ。この流れでヒーローが現れないとか嘘でしょ)
漫画脳兼特撮脳の龍斗はまるで気にしていなかった。
そう、その予想は正しい――――“半分”だけ。
「――――御待ちなさい!!」
「む、何奴!?」
ヒーローキター! いや待て。今の声、女の子じゃなかった?
龍斗は苦しめに呻きながら声が聞こえた方に視線を向ける。
そこには金髪を一つの長い三つ編みにした少女が立っており、やけにメカニカルな杖を異形に突きつけていた。
ツバ広のとんがり帽子に黒のロングスカートという如何にもな魔女ルックで、とてもヒーローには見えない。
(魔女魔法使いモチーフ……か? いやでも何か雰囲気的にヒーローってよりはヒーロー達の補助をする系の……)
そこでハッとする。見た、見つけてしまったのだ。
“やけにメカニカルで玩具っぽいデザインの剣”が少女の腰にぶら下がっているのを。
朝の会話、己の名前、魔女っぽい女の子。バラバラだったピースが一つに繋がっていく。
「龍斗様に……私の“王様”に手出しはさせません!!」
「ぬお!?」
少女の杖の先から放たれた光弾が異形を吹き飛ばす。
拘束が外れた龍斗はそのまま地面に落とされ、身体を打ち付けてしまうがそれどころではなかった。
「龍斗様、ご無事ですか!?」
「き、君は……」
駆け寄って来た少女を呆然と見上げる龍斗。
まさか、そんな、馬鹿みたいに早鐘を打つ心臓。頼む、お願いだ。どうか違うと言ってくれ。
「私の名は“魔鈴”。色々とお話したいことはありますが今は時間がありません」
名前を聞いた瞬間、龍斗の顔が更に引き攣った。
(ち、違う……そう、これは……あ、あれだ! マーリンじゃなくマリン! そしてマリンと言えば……そう、サムくんの相方!!)
現実は非情である。
少女改め魔鈴は跪き、腰から抜いた剣を龍斗に向け差出しこう言った。
「これを」
「……こ、これは?」
「龍斗様が、赤き竜に選ばれし偉大な王様が振るう聖なる剣です」
つまりはまあ、
(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?!)
新番組、始まります。
というわけでブクマ一万突破記念の番外編でした。
この世界の誰かさんはヤンキー世界と違って最初から良い家庭環境に恵まれたので
前世で擦り減って今世の幼少期で更に擦り切れた花咲笑顔と違ってメンタルは大分、良好です。
とは言え攻撃性や残虐性も低下しているのでヤンキー世界よりも戦闘関連ではかなり苦労します。
悪童七人隊√や他の番外編はまた機会があればということで。




