2012Spark⑰
1.奇襲
狂騒を潰した後、悪童七人隊のトップがどういうリアクションを取るのか。俺達は事前に幾つかの想定をしていた。
その中には事を丸く収めるために俺を勧誘しに来るというものがあったので焦ることはなかった。
部屋のモニタで確認した瞬間にはもう気持ちを切り替えられた。
アキトさんとかに内心を見抜かれたりはしたが、それは俺が本気で相手を欺くつもりがなかったというのもある。
表向きの年齢は十四でも中身の年齢を合算すればオッサンどころかジジイに片足を突っ込んでいるのだ。いやジジイは言い過ぎか。まだ若いまだ若い。
それはともかく本気で嘘を吐こうと思えば二十にもなっていない小僧を騙すなど容易い。
あのリアクションを見るに悪童七人隊ブレインである市村は完全に勘違いをしただろう。
狙い通りだ――と言っても勧誘に来る可能性を示唆したのは俺じゃなく獅子口さんなんだがな。
正直な話、俺がそこまで高く評価されているとは思っていなかった。
普通に悪童七人隊が幹部会議を開いたのを監視役(烏丸さんの部下)が確認し、報告を貰った後にこちらも行動に出るつもりだった。
その予想からはズレたものの、やるべきことに変わりはない。
河川敷を後にした俺は近場のコンビニの便所に入って叛逆七星の面々に事の仔細を報告。
十中八九、この後幹部会議が行われるだろうからそれを確認した後、こちらも行動に移ることと相成った。
まあ行動と言っても噂をばら撒くだけなんだがな。そう、例の俺が狙ってるっていうアレだ。
あまりに早過ぎて怪しまれないか? とも思ったが土方と市村の俺に対する過剰評価があるから問題はなかろう。
多少、怪しみはするだろうが宣戦布告をされたので先手を打たれたと誤解するはずだ。
どこにでも“お喋り好き”な奴は居るものだ。
拡声器に使うつもりの人間を各チームで事前にピックアップしてあったので噂はその日の内に広まった。
噂と同時に流した狂騒討伐動画の影響もあったのだろう。
夏休みを彩るセンセーショナルな話題。当事者ならともかく無関係の者らにとっては良いエンターテイメントだ。
こちらが何をするでもなく人から人へ情報は浸透していった。
『この調子だと直ぐにでも動くことになりそうだぜ。連日連夜はキツイだろう。奇襲の面子から外してやろうか?』
鷲尾さんからそんなメッセージが届いた。
あざといツンデレ野郎だと思いつつ、気持ちはありがたいがと断った。
ここで手を抜きたくはないのもあるが、それ以上に皆の士気が高かったからだ。
いやね、俺も一応皆に確認したんだよ。だけど、
『は? 余裕だし』
『元気いっぱいだよ』
『勇気凛々なんですけど?』
『舐めんな』
『ボクもようやく動けるのにそらないですわ』
これである。この血の気の多さが今は頼もしい。
とは言えこの奇襲で全てが終わるわけではないのだから体力配分には気を遣うべきだろう。
塵狼の頭として特に消耗の大きかったタカミナと梅津には奇襲を行う際は、省エネで行くよう命じさせてもらった。
消耗皆無の俺と矢島、消耗の軽い金銀コンビが奇襲においては前面に出ることで話はまとまった。
そして翌日。鷲尾さんの直ぐにでも動くことになるという言葉は的中した。
どのチームもこぞって集会を開くことを決めたのだ。
この集会は悪童七人隊傘下としてのものではなくそのチーム単独か傘下同士の合同である。そしてその中には標的にしている八つのチームも存在した。
土方と市村からすれば面白いことではないだろうが苦言を呈する以上のことも出来ない。
というのも、
『よーし、折角だから笑顔くんが跡目として指名されたことも流しちゃおうか』
これがあったからだ。
獅子口さんからの提案で、俺もコレは考えてなかったわけじゃないんだが……露骨過ぎかなとも思ったのだ。
ぽっと出の中坊が末席とは言え最高幹部待遇で、しかも跡目を約束される? 不和の火種としては打ってつけだろう。
だがあんまり追い詰め過ぎると思惑が透けて、土方達も多少の無理を押し通しててでも傘下のチームに守りを固めるよう命じかねないと思ったのだ。
が、
『その可能性もなくはないけど連中の我の強さを舐めちゃいけないよ』
と言われた。ここで言う連中とは傘下のチームのことだ。
力で屈服させられて傘下に入りはしたし、多少の割り切りは済ませていてもだ。
無駄に反骨心旺盛なのが不良というもの。中でも族の頭をやる奴なんてのは人一倍どころか二倍三倍はプライドが高い。
そんなことを命じられても素直に従うわけがない。何せ表向き狙っているのは中坊なのだ。
実際に俺の脅威を知る土方と市村ならともかく他が従うはずもないと。
理屈は尤もだ。俺が中学生であるというのは俺自身が利用しようと提言した部分だしな。
でも初手で躓けば後に響くしここは堅実に行くべきではないかと進言したのだが、
『阿呆いけるわ!!』
他の面々の賛成もあり推し進めることとなった。
結果から見れば大正解。どうやら俺には冒険心が足りなかったらしい。
『なまじ頭が切れちゃうからだろうね~』
とは獅子口さんの言だ。ぐうの音も出なかった。
『お前、土方にビビってんだろ? これまでとはダンチの敵だってな』
これは琴引さんの言葉。ぐうの音も出なかった。
指摘されて気付いた。これまで俺がやり合った連中と比べても悪童七人隊はダンチだ。
一番近いのは逆十字軍だがこれは終始優勢に俺が事を進めてたからな。
トントン拍子で詰みに持っていけたからそこまで脅威でもない。
強いて言うならジョンが強かったことだがこれもバーサーカースタイルに切り替わったら直ぐだったし。
対して悪童七人隊、ひいては土方はどうだろうか?
嘘偽りのない感想を述べるなら初見の印象は「あ、これやべえ」だった。
あの場でアドバンテージを握り続けていたのは俺だがそれはそれ、これはこれ。
敵としてはこれまでで一番、しんどいことになるのは目に見えていた。
優秀なブレインの存在もそうだが、動機だよ動機。これは向こうが明言してはいないものの俺の予想は多分、当たってる。
だって驚くほどに真っ直ぐな目をしてたんだもん。やってることは闇寄りだが目は光のヤンキーのそれである。
当初から俺が予想していたようにあっちもバフマシマシになるだろう。
これと戦争しようってんだからそりゃあ萎縮もするわ。それだけに先輩方の指摘は実にありがたいものだった。
「さて、そろそろ出るか」
タカミナが言う。奇襲は同時刻に行う手筈となっているのでそろそろ出なければまずいだろう。
監視がつけられるのは目に見えていたので、俺達は前日の内にコッソリ現地入りしていた。
市外だが狂騒や闇璽ヱ羅が根城にする街ではなく隣の市(魔性天使の地元)である。
宿泊先の手配などを行ってくれた琴引さんには感謝しかない。
「でもその前に、だ。大将として一言くれよえっちゃん」
皆が俺を見る。言うことがあるとすれば一つだけ。
これは最初の一歩だ。ここで躓くわけにはいかない。必ず勝つ。
そのためにも、
「――――塵狼の力を存分に魅せ付けてやろうじゃないか」
「「「「「応!!」」」」」
2.獅子の咆哮、鷲の羽ばたき
夜半。獅子口は落涙乙女と冥府魔道の合同集会に殴り込みをかけていた。
どちらも標的である八つのチームの内の一つであり総長は悪童七人隊の最高幹部だ。
「獅子口……テメェ、何だってここに居やがる!?」
「あらら、最近あちこち逃げ回ってたから勘違いしちゃったかな?」
雑魚の相手は仲間に任せ獅子口は総長二人の前に立っていた。
二百対六十で数は圧倒的にこちらが不利だが獅子口はまるで心配していなかった。
自分が頭を潰すまでの間は持ち堪えてくれる。頭を潰してしまえば烏合の衆に成り下がるのだから後はもう余裕だ。
「……そうか、そういうことかクソッタレ!!」
「! どういうことだ鎌瀬!?」
「藤間……俺らは“ハメ”られたんだよ! 一連の絵図はコイツが描いてやがったんだ!! 今頃他の連中も……!」
「それは違うよ? “僕”じゃない。大まかな絵を描いたのは頼れる僕らのリーダーさ」
叛逆七星と刻印された腕章を見せ付ける。
「改めて名乗ろうか。僕らは叛逆七星。馬鹿たれどもを滅ぼす七つの禍津星さ」
「叛逆七星だとぉ……? 舐めやがって! ええおい、勝てると思ってんのか!? 俺らによォ!!」
「こっちは二百、そっちは六十! まとまって来るならまだしも闇璽ヱ羅だけで俺らを潰せると思ってるわけじゃねえよなぁ!?」
「思ってるよ」
そもそもからして勘違いをしているのだ。
潰せないから手を出さなかったわけではない。潰しても後に続かないから仕掛けなかっただけ。
そんなことも分からないのかと肩を竦める獅子口に藤間が怒りを露にする。
「もっぺん“格”の違いを教えてやる必要がありそうだなぁ! あぁ!? 中三の春みてえによぉ! 地べたに這い蹲らせてやらぁ!!」
「それは結構だけど“花粉”は用意してあるの?」
「は? 花粉?」
場違いな単語に鎌瀬が間抜けな声を漏らす。
「僕さ、酷い花粉症でさぁ。マスクしてても春は外を歩くのもいっぱいいっぱい“だった”んだよ。
そこに勝機を見出したんだろうね? 袋いっぱいに花粉を集めて……ふふ、どんな顔で花粉集めてたんだろうね」
「~~! 花粉がなきゃ勝ってたとでも!? 見苦しい言い訳してんじゃねえよ!!」
「あっても今なら僕が勝つよ。今までリベンジを仕掛けなかったのは何でだと思う?」
体質改善に勤しんでいたからだ。
獅子口はある意味で感謝をしていた。藤間との一件がなければ本気で花粉症を何とかしようなどとは思わなかったから。
完全に花粉症が治ったわけではないが、それでも今は花粉症の時期も少しだるい程度で済んでいる。
「舐めやがってぇええええええええええええええええええ!!!!!」
怒りも露に殴り掛かる藤間。その拳をするりと回避して腕を伸ばす獅子口。
その手で藤間の顔を鷲掴みにすると、
「死ね」
思いっきり地面に叩き付けた。
アスファルトが砕ける勢いで叩き付けられた藤間はぴくりとも動かなくなった。
獅子口はふぅ、と息を吐くとこれまでの柔和な表情はどこへやら凶獣の形相へと変わった。
「あぁ……スッキリしたぜぇええええええええええ! 散々イキりやがってよこのカスがァ!?
たった一度のまぐれ勝ちでドヤってんじゃねえぞオラ! 聞いてんのかこのゴミ屑がぁあああああああああ!!」
何度も何度も背中を踏み付けると藤間は血の泡を吹き始めた。
突然の変貌とその残虐さは周囲にも伝播し、恐怖が芽生え出す。
「次はテメェだ! カ・マ・セ・イ・ヌゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!」
「ひっ!?」
同刻、とある廃ビルでは愛憎劇が幹部会を行っていた。
ちなみに愛憎劇は集会という名の往年の名作ドラマ(恋愛系)鑑賞会を度々開いているが今回は別である。
「――――チャンスだぜこりゃあ」
議題は当然、塵狼と花咲笑顔についてである。
土方が中坊を末席とは言え最高幹部として迎えようとしたのは気に入らない。跡目に指名したこともだ。
だが勧誘は失敗した。ならば土方がそこまで高く評価した笑顔を仕留めれば組織内での発言力は格段に向上する。
「だが潰すとなれば骨だぜ? 総長も見ただろ。動画じゃ例の中坊は雑魚狩りしかしてなかったが……」
「ああ、他の連中もかなりやる。狂騒の頭と特攻隊長が揃ってやられるなんざ普通じゃねえよ」
総長である野島の言に他の幹部が慎重論を唱えるも野島は言う。
「かもな。だが、たかだか八人だ。数を揃えりゃ良いし、何なら奴らの身内を“拉致”ってやりゃあ事はスムーズだろうぜ」
とんでもない死亡フラグを建立していると、
「? 外が騒がしいな。何かあったのか?」
幹部の一人がソファから立ち上がり窓際へ行く。
そして窓を開けようとした正にその瞬間、
「――――おじゃましまんにゃわぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
硝子が砕け散り飛び込んで来た両足が幹部を吹き飛ばした。
下手人の鷲尾は掴んでいた窓のさんから手を放し、勢いに任せて部屋の中に着地。
にんまりと笑いながら唖然としている愛憎劇の面々を見渡し、告げる。
「よう、殺しに来たぜぇ」
「て、テメェは黒笑の……!?」
「あぁ!? よく見ろやゴルァ!!」
グッ! っと右腕を突き出し腕章を見せ付ける。
「今の俺は黒笑総長兼、テメェらぶち殺す連合叛逆七星の鷲尾様じゃい!!」
「な、何を……いや、んなこと言ってる場合じゃねえ! 全員、外に出るぞ!!」
先手を完全に取られてしまったこの状況は不味い。外に居る仲間と合流して態勢を立て直す。
判断が早い。賞賛に値しよう。だが鷲尾達の方がもっと早かった。
「――――ごめんやしておくれやしてごめんやっしぃぃ……!!」
外に繋がる扉が開かれ黒笑副総長、弓 薫が姿を現す。
「じゃ、死のうか」
「な、舐めやがって! たった二人で俺らを殺れっとでも思ってんのかオラァ!!」
喧嘩が始まるも、わざわざ描写を割くまでもない。
総長含む幹部連中は鷲尾と弓によって散々にボコられた。これだけ分かっていれば十分だ。
二人は気を失った総長らを引き摺り外に出て、未だ戦闘中の愛憎劇の面々に向かって叫ぶ。
「テメェらの頭はこのザマだ! まだやるか!? あ゛ぁ゛!?」
頭をやられても尚、戦い続けられるチームは少ない。
愛憎劇は要注意チームの一つではあるが例外に入るほどのものではなかった。
「おーし、そんじゃあ全員服脱げ服」
「ふ……え、何で……」
「脱げつってんだ! それとも殺されてえのか!?」
「ひぇ!?」
言われるがままに服を脱いだ愛憎劇の面々。
鷲尾はうんうんと頷き他のチームメンバーと共にバリカンを取り出す。
「――――しばらく外出られねえよう全身の毛を狩らせてもらうぜ」
おじゃましまんにゃわ→竜じいの鉄板ギャグ
ごめんやしておくれやしてごめんやしぃ→末成由美ことゆみ姉さんの鉄板ギャグ
黒笑は吉本新喜劇が大好きです。




