2012Spark⑦
1.温情のある額
貰った土産を置きに一旦、家に戻り三人に渡すのとは別に用意してあった土産を手に家を出た。
向かう先は隣の市のとある高級ホテル。待ち合わせているのは真人さんだ。
ルイの一件で随分と迷惑をかけてしまったからな。その詫びと感謝も兼ねて土産を渡そうかなって。
会えないかと連絡を取ったら「直ぐに予定を空けよう」と電話口でも分かるほど喜んでいた。
(理由はどうあれ複雑な立ち位置に居る孫との関係修復のチャンスだもんなぁ)
そういう部分を分かっていて連絡を入れた俺としては結構罪悪感ある。
かと言って何もなしってのもな。あんだけ世話になっといてそれは不義理が過ぎるというものだろう。
ちなみに待ち合わせ場所のホテルはクズどもをシバキ倒したあのホテルとはまた別である。
(にしても……)
連絡を取った際、俺は現地にはバイクで向かっても大丈夫かと聞いた。
無免で単車転がしてる不真面目な小僧だと好感度を下げられないかという下心があったのだ。
しかし、
『うむ、問題はないとも』
これである。
いやさ、これが負い目のある孫に対するダメな甘さとかならまだ良かったんだ。
でも違う。姉や母と同じだ。この世界の住人らしいヤンキーへのガバった寛容さゆえなのだ。
一応ね、聞いてみたんよ。無免許で単車転がしてるのに怒らないのかって。
『まあ確かにいけないことではあるがそれぐらいはなぁ』
同級生にはもっとぶっ飛んだ奴も居たし、息子の友人にもと言った感じだ。
ちょ、待てよ! とツッコミを入れなかった俺を褒めて欲しい。
(認識が……認識が違い過ぎる……!!)
俺の中では無免許運転ってのはかなりやばめの違法行為だ。
しかしこの世界の人間にとっては子供のやんちゃで済ませられる程度の認識でしかない。
ダメだけどまあ、これぐらいの年頃はなぁ……って感じ。
ある意味でこれも世界観バフの一種なのかもしれないな。ヤンキーが円滑に活動するためのバフ。
(っと、そうこうしてる内に)
指定された場所に白雷を預けフロントに向かうと事前に話が通っていたのだろう。スムーズに真人さんのところまで案内してくれた。
内緒話をするなら仕方ないのかもしれんが根っこが庶民の俺にスイートはハードルたけえや……。
「元気そうだね、笑顔くん」
「ご無沙汰しています。ええ、お陰様で何事もなく過ごせています」
真人さんは笑顔で俺を迎えてくれたけど、
「……あの、大丈夫なんでしょうか?」
「む、何がだね?」
「いやほら、得体の知れない小僧と密会とか風聞が……」
「ああ」
得心がいったと苦笑しつつ真人さんは問題ないよと言ってくれた。
「まあその、何だ。“アレ”の醜聞は公然の秘密のようなものなんだよ」
「それは……」
「笑顔くんが気にすることではないよ。それでその、何だね。君のこともそれなりに知られているんだ」
だから孫と会うために部屋を使いたい、と事前に言ってあるんだとか。
なるほどね。そう言われたら察しますわな。人目を気にしなきゃいけない孫と会うならってさ。
そういうことなら俺としても一つ、気兼ねがなくなったわ。
「なら良いです。あ、これ電話で話したお土産です。骨を折って頂いたお詫びにもなりませんが……」
「気にすることはない。私は君のお祖父ちゃんなんだから」
「……だとしても、随分と嫌な思いをしたでしょう」
連中を追い込むなら、どうしたってその所業を深堀りするしかない。
大人でも……いや、なまじっか倫理観がしっかり根付いている大人だからこそ気分が悪かったはずだ。
俺がそう言うと真人さんはふぅ、と溜息を吐き肯定した。
「確かに随分と胸糞の悪いことを見たり聞いたりしなければいけなかった。
しかし、笑顔くんがその闇を暴かねば私達は知らぬまま鬼畜の所業に加担を続けていた。
むしろ感謝しているんだよ。それに、その……何だね。アレらに随分貸しを作れたし“搾り取る”ことも出来たんだ」
複雑ではあるが得をしたのも事実。
そう言ってくれるのは真人さんが俺に気を遣っているからなんだろう。
「……分かりました。なら謝罪はここまでにします。代わりに、感謝を」
これも伝えなければいけないことだ。
「本当にありがとうございます。真人さんのお陰で少し……ほんの少しだけ“何時か”の俺を楽にしてやることが出来ました」
そして何より、
「あなたのお陰で本当の意味で自分の人生を歩き出すことが出来た女の子が居ます」
ルイに代わり心からの感謝を。
「……うむ、受け取ろう」
「はい」
「私としてはこれ以上、この話はしたくないんだが……伝えておかねばならぬこともある」
屑どもと繋がっていた連中の処分についてか。
「……後から思ったんですが、そちらの弱みになりませんでしたか?」
あの一件は真人さん達が関与していないとは言え倉橋のスキャンダルでもあるのだ。
屑連中がどうにか貸しを軽くするために利用しようとするのではなかろうか。
「笑顔くんの予想通りそんなことを言っては来たが、ならば全てを表沙汰にしようと言ったら黙り込んだよ。
確かにこれは重大な不祥事だ。表沙汰になれば倉橋も決して軽くはない傷を負うだろう。だが長期的に見れば正解の一つでもある。
始めの頃は叩かれもするだろうが、私達が損を被ることを望まない者らも居るからね。彼らが擁護の流れを作り出すよ」
「あぁ、なるほど」
これほどの不祥事でありながら倉橋の長は一切を包み隠さず白日の下に晒した。
トップである真人さんの清廉さと誠実さを前面に押し出す感じか。
で、愚かで下劣な部下の薄汚い欲望による暴走だって形でコトを収めると。
実際その通りだし、確かに世間ウケは良かろう。
「私達を心配してくれてありがとう」
「いえ……」
「さて、連中の処分だが解雇は大前提で立場と罪の軽重によって毟れるだけ毟らせてもらったよ」
莫大な借金を抱え、今頃はタコ部屋で労働に精を出しているだろうとのことだ。
「そのタコ部屋って……」
「ああ、君に躾られた連中の息がかかった場所さ。彼らにとっては捨て置けないウィークポイントだからね」
逃げ出すことはまず不可能だろうな。
真人さんへの攻撃材料に使えないとなれば元従業員や元重役は自分達の弱みでしかないからな。
野放しにして妙なことを騒ぎ立てられるのは御免だろう。
「幾らで売ったので?」
話を聞いていて察した。借金を背負わせた上で真人さんが売りに出したのだろう。
コイツら、幾らで引き取りますか? と。俺の問いに彼は小さく笑い、こう答えた。
「温情のある額とだけ言っておくよ」
パンピーにとっては大金でも屑どもからすれば二束三文ってとこか。
そうすることで貸しを増やした、と。老獪だなこの人。しかしそれぐらいでなければ大グループの長など務まりはしまい。
「さて、この話はここまでにするとして……ふむ、これは……岩手かな?」
俺が渡した紙袋の中身を取り出し小首を傾げる真人さん。
パッケージとかに岩手名物とか書いてるわけじゃないが流石に彼ぐらいになると直ぐに分かるか。
あちこち行ってるだろうし、付き合いで各地の名産特産を貰うことも多いだろうしな。
「ええ。友人の誘いで一週間ほど岩手にある山間の村に旅行に行って来たんです」
「ほーう……それはまた、良いね。スローライフというやつかな?」
「そうですね。水も空気も綺麗で時間もゆったりと流れてるような感じだったのでのんびり過ごせました」
一部イベントを除いてな。
「村の方々も良い人達ばかりで、色々おすそ分けなんかも貰って」
「野菜とかかね?」
「あとは害獣駆除で狩った獣の肉とか。初日は道中で村長さんが腰をいわしてるのを発見しましてね。
行き道が一緒だからとついでに連れていったら鹿肉を頂きまして鍋にしたんですけどかなり美味しかったです」
いやホント、また食べてえなぁ……。
「野の獣は飼育されているものに比べると癖が強く今の子供達には抵抗があると思うんだが……」
「ええ、処理がしっかりしていたからでしょうね。あと俺自身、あんまりそういうのを気にする性質でもありませんから」
「それは結構なことだ。好き嫌いなく何でも美味しく食べられるというのは素晴らしいことだよ」
「俺もそう思います」
変に舌が肥えてるのも良し悪しだと思うんだよな。
雑に何でも美味しいと感じられるぐらいが丁度良いんじゃねえかな。あくまで個人的な意見だが。
「川遊びなんかもしてお昼は釣った魚を塩焼きにしたり沢蟹を唐揚げにしたり……」
「今の子らしからぬアグレッシブさだが健康的で良いことだ」
「あとは蛇も食べましたね」
「蛇!?」
「アウトドアに強いのが二人ほど居まして。良い経験かなと」
例のアレを除く思い出話を語ると真人さんは本当に嬉しそうに相槌を打ってくれた。
俺が健やかに生きていることを喜んでくれているのだろう。
……この程度のことで少しでも気が楽になるなら。
そんな下心で話をしていることも、ひょっとしたらバレているのかもな。ならきっとそれも込みで笑ってくれているんだろう。
「良い友人を持ったね」
「……ええ。例の一件でも事情は聞かず力だけ貸せ、こんな頼みを嫌な顔一つせず引き受けてくれました」
ヤンキー漫画の法則に支配されたこの世界に生れ落ちて十四年。
良いことばかりではなかったし今も面倒事に巻き込まれてはいるが、
「彼らと出会えたことはきっと生涯の宝なんだと思います」
縁には恵まれた。それだけは揺ぎ無い事実だろう。
母、姉、そして友人達。俺のような人間には勿体無いぐらいの素晴らしい縁だ。
「……ああ。大切になさい」
「はい」
しかし何だ。腹減ったな……。
お昼は外で食べて来ると母には言ったが、どうしよう。
知らん街の知らん店にぶらりと入るのも悪くはないが俺の保守的な部分が無難なチェーン店にしなさいよとも言っている。
「時に笑顔くん。もう昼食は済ませたのかね?」
「いえ、まだです。この後、テキトーにどこかで食べようかなと」
「そ、そうか。それなら……その、どうだろう? 良ければ一緒に昼食でも」
「ええ、構いませんけど」
「そうか! それは良かった! 真二とその子も一緒なのだが……大丈夫かな?」
「はい」
「ありがとう。あの子も男の子の親戚に会うのは初めてだから楽しみにしているんだ」
「男の子のってことは」
「ああ、私にとっては笑顔くんが初めての男の孫なんだ」
倉橋は女の血が強い家系なんだと真人さんは苦笑する。
「私も姉二人と妹三人で、小さい頃はよく苦労したものだよ」
自分の代で男ばかりが生まれこれはと思ったがまた元に戻ってしまったらしい。
そう言われると俺が居なきゃ姉さんだけで女オンリーだな。
真人さんは女ばかりの家での苦労話を面白おかしく語ってくれる。
今でこそ冗談のように語れているが、思春期は相当フラストレーションが溜まってたんだろうなと察せるエピソードの数々だった。
「っと、そろそろ待ち合わせの時間だ。行こうか」
「はい」
真人さんと共に部屋を出てホテルのロビーに向かうと以前会った真二さんの姿を見つける。
隣に居るのが多分、俺のいとこなんだろう。
ウェーブのかかった黒髪を腰のあたりまで伸ばした品の良さそうなお嬢さんである。
「やあ、こんにちは笑顔くん」
「ご無沙汰しています」
「はは、そう硬くならないでくれ。ああ、紹介しよう」
真二さんが少女の背を軽く叩くと彼女は一歩前に出て、名乗りを上げた。
「倉橋 小夜と申しますの。どうぞよしなに」
ちょこんと礼をする小夜に俺も名乗り返す。
「花咲笑顔です。よろしくね?」
「はい。しかし」
小夜はじーっと俺を見つめ、何かに納得したようにうんうんと頷いている。
一体どうしたと言うのか。小首を傾げていると、
「麻美お姉様から伺っていた通りドえらい男前ですわね」
ん?
「いや本当、顔で飯が食えるレベルじゃありませんの。やっべえですわこれ」
こーれーはー……小夜の名誉のために言っておくと嫌味とかそういうアレじゃない。
純粋に俺を評価してくれているんだと思うけど……俺はちらりと真人さんと真二さんを見る。
真人さんは苦笑気味に、真二さんは恥ずかしそうに手で顔を覆っていた。
「その……小夜は、結構なお転婆娘でね……せめて言葉遣いだけでもと思ったんだが……」
こんなギャグみてえなお嬢様口調になってしまった、と。
「笑顔さんを連れて歩いたら雌どもから向けられる嫉妬の視線がクッソ半端なさそうですわ」
雌言うな。
 




