レッツゴー!陰陽師⑥
1.クッソ迷惑……
村にやって来て三日目。
今朝の朝御飯は昨夜の鹿鍋の残りにご飯と卵を突っ込んでのおじやだ。
「あ、味が染みてやがる……!」
「汁を吸い過ぎてへちゃってる白菜、俺好きなんだわ」
「分かるマン。うめえよな」
肉もね。めっちゃ入れたから結構残ってるんだけど更に味が染みて美味しくなっている。
朝からこんな美味いものを食べられるって……もう、幸せとしか言いようがないよな。
「…………お茶」
「はいはい」
梅津のコップに水出し緑茶を注いでやる。
本当に朝が弱いなコイツは。ただでさえ口数が少ないのに朝はマジで必要なことしか喋らんぞ。
「おぉ……この豆腐のずっしり感、堪らないね」
鍋の豆腐ってぷるん、ってやつよかもさ、って感じのが俺は好きだ。
汁をたぁっぷり吸ってデブったコイツを口に運ぶと幸せが口の中に溢れ出す。
「「「「ごちそうさま」」」」
「…………そうさん」
食べ終わったらちゃんと手を合わせてご馳走様。
約一名怪しいのが居るけど、まあしゃあない。洗物を済ませた後は早速、登山――ではない。
昨日は初日だったからやらなかったが今日からは朝に宿題の時間を取ることになっているのだ。
ヤンキーなのに? と思うかもしれないが、ここに居るのは生真面目なのが多いからな。
「そーいやこっちにゃ持って来てねえが読書感想文あんだわ。お前ら何か面白そうな本、知らね?」
「ほう、図書館の擬人化と呼ばれるこの銀ちゃんにアドバイスを求めたのは間違ってねえぜ」
「誰が呼んでんだよ。しかし、おススメねえ。ある程度はジャンル絞ってくれねえとどうとも言えんわ」
読書感想文か。そういやうちも出てたな。
課題図書とかではない自由なのだから何でも良いんだろうが……どうするかな。
「…………アクション?」
「アクションね。それでも種類は色々あっからなぁ」
「B級映画みてえな痛快娯楽アクション的なのと腹にずしっと来るようなハードボイルド系とか」
「前者……と言いてえが後者も結構気になるな」
「アクションとは関係ねえが行きの新幹線で話した遠野物語や稲生物怪録なんかも良いんでね?」
「妖怪か! それも面白そうだな」
「推理小説なんかも意外とハマるかもね」
俺も会話に加わる。
「推理小説~? 小難しいのは苦手なんだが……」
「確かに文体が硬かったりはするけどそれでも読めば案外、すんなり入って来るかもよ?」
読みながら推理するとかは向いていないタイプだろう。
でもそれは逆に作中に登場する多くのキャラクターと困惑を共有出来るということでもある。
探偵役が謎を解き明かしていくシーンではおぉ! っと素直に驚き、楽しめるだろう。
「何なら妖怪と絡めたミステリーなんかもあるぜ?」
「ああ、あのシリーズか。実際の妖怪が出るわけじゃねえが妖怪に関連して起こる怪奇極まる事件に理屈をつけてくのが良いんだよなぁ」
「うぉぉ……! めっちゃ気になるぜぇ……!!」
「ちなみに梅津は本とか読むの?」
「…………時代小説とかは、読むな」
少しは眠気が晴れて来たらしくぼんやり気味ながら答えてくれた。
しかし時代小説か。結構意外だな。そっちは俺もあんまり読んだことないから気になる。
「おススメとかある?」
「……血風香る硬派なもの、人情もの、当時の風俗が分かる日常描写が秀逸なもの。求めているものによるな」
だらだらと駄弁りながら宿題を進め十一時近くになった頃、今日の宿題タイムは終了。
準備を整えて家を出た。昨日とは逆にオカズ(唐揚げやら何やら)を用意し飯盒やら米やらを持参という感じだ。
「いー……天気だぁ。絶好の登山日和だぜぇ」
「でも山の天気って変わり易いんでしょ?」
「まあそうだが今回行くんはそこまで高い山でもねえしな。危なそうなら引き返すし無理でも一晩ぐらいなら何とでもならぁ」
アウトドアに強い桃がそう言ってくれると俺としても安心だ。
「……山菜はよく知らんがこの時期だと何が採れるんだ?」
「フキやらウワバミソウ。他にも春ほどではないがワラビやウドもまだ採れるな」
後者二つは夏になると葉っぱが開き切ってしまうが生い茂ってるあたりの根元を探すと遅れて芽吹いた新芽も見つかるとのことだ。
「あとは山菜じゃねえが茸も採りてえなぁ」
「茸って秋のイメージあるけど……」
「どっこいそうでもねえんだな。六~八月あたりは秋の次ぐらいに茸が多いんだぜ?」
「まー、夏にしか食えねえみてえなんはほとんどねえがな」
お喋りをしながらの山歩き。
本格的な登山とはまた違うゆるーいのだが素人の俺らにはそれがありがたい。
ガッチガチに装備固めて険しい山をってのにも興味はあるんだけどね。
「そう言えば、柚と桃に聞きたいんだけどさ」
「「ん?」」
「二人は何だって四天王なんて呼ばれるようになったわけ?」
タカミナや梅津が四天王と呼ばれるようになった経緯は聞いた。
だが金銀コンビが何でそうなったかが分からない。
俺とのイベント起こすまでは互いを潰すことしか考えてなかったわけで区の頭とか興味もなかっただろうし。
「「あー……いや、その……」」
つい、と気まずそうに目を逸らす金銀コンビ。
「そういや俺も知らねえな。何か気付いたら金角銀角の名が知れ渡ってた感じだわ」
「フン……俺は知ってるがな」
「「ちょ、おま」」
「マジ? 聞かせてよ」
何で梅津が知ってんの? と思ったがよくよく考えれば当然だわな。
卑劣時代のコイツが仮想敵の情報を調べてないわけがない。
俺だって姉さんと一緒に登校する時間を割られてから襲撃を受けたわけだし。
「そもそもの話、四天王ってのは何も俺らの時代で突然出来た枠組みってわけじゃねえ」
「らしいね。タカミナが四天王になったのは先代を倒したかららしいし」
「そうだ。具体的に何時からかまでは分かってねえが少なくとも俺らが生まれる前からあったらしい」
東西南北の区で一番強い中学生が自然とその地位に就くのだと言う。
でも一つ良いだろうか。
「中区は?」
「一人も輩出してねえ。だから中区には普通の奴やライトなヤンキーが集まり易い傾向にある」
悲しいねえ……。
いや別に名誉ある称号ってわけでもないけどさ。それでも何十年と続く風習? なのに一人も強いのが居ないってのは……。
「そういう意味で四天王を全員ぶちのめすようなのが中区から出て来た今は特異な時代と言えるだろうな」
「俺のことは良いんだよ。それにタカミナには勝ったわけじゃない」
桃とだってそう。説得してタイマンを中断したわけだしな。
俺がそう言うとタカミナと桃が何かを言おうとしたのでそれを遮り、梅津に続きを促す。
「まあ、そんな感じで北と南にも先代四天王が居たわけだ」
「ふむふむ」
飴を口の中に放り込みながら話に耳を傾ける。
苺ミルクではない別のやつだが、これで中々……いけるなぁ。
「うちは先代が卒業で空席になっていたところに俺が収まったがコイツらは違う」
タカミナと同じように先代四天王を倒してその座に就いたのだと言う。
「倒してってことはタカミナんとこみたいにアレなのが幅利かせてたわけだ」
「「……」」
おや? 更に気まずそうな顔。違ったのか?
となると一体何で、互いにしか興味のない金銀コンビが先代と戦うことになったんだ。
「クックック、北と南の先代はアレな奴どころか人望にも厚く下からもよく慕われるような奴だったよ」
「何でそんな人と……」
ますますやり合う理由が見えて来ない。
二人は無差別に暴力を振るうタイプでもないし、強い奴とやりて~ってタイプでもないからな。
「コイツらが中学に入った頃は今どころか和解前よりもずっと尖ってやがったのさ。
周りとつるむこともねえ、いわゆる一匹狼タイプだ。暇があればどっちかがどっちかの区に殴り込んで喧嘩ばっかしてやがった。
勝手にやってろ……と言いてえとこだが、ヤンキーってのはそう単純でもねえ。分かるだろ?」
「まあ、何となくは」
自分とこの区の不良が他所の区の不良に勝ったり負けたりを繰り返してるのはな。面子ってものがある。
「最初は周りも放置してたんだが影響を受けて揉め出すのも現れたあたりで先代二人はこりゃまずいって腰を上げたのよ」
「ひょっとして……」
俺とタカミナは思わず二人を見る。さっと目を逸らされた。
「お前らの想像通りさ。先代達は個別にコイツらを呼び出し、説教……ってよりは諭そうとしてたって感じらしいな」
ますます人格者じゃん。
立場と年齢を傘に着て偉そうに命令するんじゃなく先輩として後輩が良くない方向に行かないよう諭すってマジで立派な人じゃん。
だってのに……えぇ? マジかよぉ……。
「最初はコイツらも自分に非があるのは分かってたから反省して聞いてたんだが……」
「“禁句”を言っちゃったわけだ」
「そういうこった。その場でブチキレて喧嘩勃発。ボロボロになりながらも何とか勝利した」
クッソ迷惑……。
「人望厚い頭がアホな一年坊にやられたとなれば当然、周りも黙ってねえわなぁ?」
「……そりゃねえ」
「だが先代はそうじゃなかった。二人を守るため、二人が今よりも成長するため四天王の座を譲り渡したのさ」
しおらしく反省している様を見て思ったんだろうな。真摯な言葉を無碍にするような馬鹿たれではないって。
で、多分二人の資質も見抜いたのだ。だからこそこんなところで潰れるのは惜しいと思ったのだろう。
いきなり訳分からん理由で喧嘩売られてボコられたにも関わらずそう思えるって……ちょっとあの、ぐう聖過ぎませんか……?
「当然、周りからの反発はあったが二人は自分達が後見人になることでそれを抑えたのさ」
「「うわぁ……」」
一年坊。それも迷惑しかかけられてないクソガキ二人のためにそこまでする?
ちょっとマジで、今俺ん中で北と南の先代四天王に対する好感度が急上昇してるよ?
「結果どうなったか? それはお前らも知っての通りだ」
「下の者達からも慕われる北と南の頭になった、と」
顔を合わせれば争いが始まるのは治らなかったが上に立てば話は別だ。
柚と桃がどんな人間かも知れ渡っただろうし、しゃあないなと周囲も受け入れてくれたのだろう。
「とまあ、これが馬鹿二人が四天王になった経緯だ」
ニヤニヤする梅津と頭を抱える金銀コンビ。
金銀コンビもなまじっか良い奴なだけに過去が刺さるんだろうなぁ。
「……ちなみに先代の御二人は今何を?」
「「……卒業して高校行ってる。ちなみに逆十字軍の時に情報回してもらったりもした」」
「つーかよぉ、お前らが和解したこともちゃんと言ったんか?」
「……そりゃしたよ。しねえわけにはいかんだろ」
「……ニコちゃんにも感謝してたよ。だから手伝ってくれたんもあると思う」
これもう、俺も一回挨拶に行くべきだろ。
見えないとこでお世話になりっぱなしだもん。ちょっと偉大が過ぎるぜ先代……。
とりあえずお土産は家族とテツトモ、矢島だけでなく先代さん達の分も買おう。
「「あん?」」
金銀コンビの黒歴史を肴にしながら山道を歩いていたのだが、突然二人が足を止める。
「どうしたの?」
と俺が聞けば二人は道を空けるように両脇に分かれた。
俺の目に飛び込んで来たのは、
「…………お社?」
山中の開けたその空間には小さなお社があった。
俺達は近くに寄ってまじまじとそれを観察する。
「こんなとこがあるなんて聞いてなかったが……」
「つかこれ、何祀ってんだ? それらしい碑もねえし」
「…………俺だけかね、何かここ嫌な感じがしねえか?」
タカミナが顔を顰めながらぽつりと漏らす。
言われてみれば確かに、何かこう……妙にひんやりとしているような……?
(え、嘘でしょ?)
フラグ? 田舎の山って言うと怪しげな社とかありそうじゃね? ってあれ。あれフラグだったの?
そんな馬鹿な。ここはヤンキー漫画の法則が支配する世界だぞ。
いやでも待て。ギャグ寄りのやつだと心霊系のエピソードも?
ってか、
(――――俺の存在そのものがオカルトじゃねえか!!)
転生とかヤンキーじゃなくどう考えてもオカルトの括りだわ。
と、その時である。鈴が鳴るような笑い声が耳朶を揺らし俺達は一斉に振り向く。
「「「「「ッ!?」」」」」
鞠を抱えた赤い着物の童女が笑っていた。




