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M八七⑪

1.激突


 深夜。春風は中区のとある神社の境内に座り込み、人を待っていた。

 明日……いや、日付が変わっているので今日で良いか。

 今日からゴールデンウィークが始まる。流石は都会と言うべきか。こんな時間だというのに街には浮かれた連中がキャッキャしていた。

 が、流石に深夜の神社なんぞに来るような物好きは居ないようで人気は皆無。

 ここを選んで正解だったと春風は口元を歪める。


「……来たか」


 静かな足音が聞こえた。待ち人がようやく来たらしい。

 階段の方に視線を向けるとシャツにチノパンというラフな格好をした笑顔が姿を現した。


(クッソ! 顔が良いとマジで得だよな! ンな何でもない格好でもえらくキマってやがる!!)


 これだからイケメンは……! と春風がジェラジェラしていると笑顔が口を開く。


「こんな時間に人を呼びつけて何のつもり?」


 数日前、笑顔と軽く揉めた後のことだ。

 春風は如月を近くの公園に呼び出し、笑顔の情報について教えてもらった。

 その段階では特に何をする気もなかった。不完全燃焼感はあったがその内、拭えるだろうと。

 情報を聞いたのはもしもの時を考えて。中途半端に残った燃え滓が拭えなかったなら……と。

 結局、ダメだった。妙なモヤモヤを払拭出来ない以上はやるしかない。

 春風は笑顔が通う高校まで行き、同じクラスに居る生徒を捕まえて“午前二時、××神社で待つ”と書いた手紙を無理矢理押し付けた。

 そして今に至るというわけだ。


「……正直、無視されるんじゃねえかなと思ってたよ」


 呼び出したは良いが、笑顔に付き合ってやる義理はないのだ。

 自分なら普通にブッチしていたから余計に。


「ああうん。無視すりゃ良いかなとは思ってたけど、眠れなかったから暇潰しにはなるかなって」

「いけ好かねえ野郎だ」

「そっちも中々だよ。何て言うのかな……君を見てると妙にイラつく」


 能面のような無表情。しかし、雰囲気で何となくイラついているのが分かった。


「奇遇だな。俺もだよ。お前見てッとムカつくんだわ」

「へえ?」


 言って、春風は内心で首を傾げる。

 何で花咲笑顔を見ているとこんなにもムカつくのだろうと。

 如月への悪趣味な仕打ち? いやまあ、それも気に入らないっちゃ気に入らないがあれは自業自得の面もある。

 それにあれはもう終わったこと。ねちねちを引き摺るつもりはない。


(わっかんねえなぁ)


 ジロジロと笑顔を上から下まで見回していた春風は目を見開く。


「――――」


 随分と懐かしい。誰からも否定されて捻くれ切った拗ねた目の子供(いつかのだれか)が見えた。

 何とも言えない感情が顔を出しそうになり、それを振り払うように春風は言う。


「ンで用件だっけ? 大したこっちゃねえよ。ああ、こないだのあれさ」


 立ち上がり、ぐっぐっと伸びをする。


「どうにも不完全燃焼でな。ほら、これから連休だろ? 気持ち良くGWを満喫するために解消しとこうかなって」

「なるほど。確かにその通りだ。俺もくだらないことで煩わされたくないしね。付き合ってあげるよ」

「ハッ、上から目線で抜かしやがる」


 そこで言葉が途切れ、二人は無言で歩き出す。

 そして互いの射程圏内に入ったところで、


「「……!!」」


 同時に仕掛ける。

 繰り出したのは互いに上段蹴り。ギシギシと肉と骨を軋ませながら拮抗。

 押し切れないと、これまた同時に判断したのだろう。同時に足を引くや、懐に潜りこむべく接近。

 ガン! と額と額がぶつかるも気にせず両者同時に抉り込むようなボディ。


「「ぐっ……!?」」


 たたらを踏む。

 ここまで示し合わせたようにタイミングが重なっていたが、ここで微妙にズレが始まる。


「っらァ!!」


 逸早く復帰した春風がまだ体勢を整え切れていない笑顔の顔面を思いっきり殴り付ける。

 手応えあり。吹っ飛んだ笑顔が音を立てて地面を転がる。


「へっ」


 大概の相手はこれで沈むが花咲笑顔はその括りには入らない。

 立ち上がるという確信があった。が、一発綺麗に叩き込めたことで少しは気分も良くなるというもの。

 思わず小さな笑みを浮かべる春風だが、


「たかだか一発で何ドヤってんだか」


 背筋を使い跳ねるように起き上がった笑顔が呆れたようにぼやく。


「お前も一発喰らっといてカッコつけてんじゃねーよ」


 カチン、と来たがそれを表に出したら負けた気がするので春風は平静を装い答えた。


(……っかし、コイツマジで強えな)


 こないだのじゃれ合いと今の攻防。実力を推し量るには十分だ。

 これまで喧嘩をした相手の中で一番強い。


「「ふぅ」」


 示し合わせたように二人が息を吐いたその次の瞬間、空気が明らかに変わった。

 これまでの応酬は小手調べのようなもの。

 つまりはまあ、


「こっからが本番だ!!」

「……ッ!!」


 これまでとは比較にならないほど激しい攻防が始まる。

 互いが互いの攻撃を防ぎ、躱し、いなし、どうにもならないものは上手く当たって威力を減らす。

 互いに有効打がないまま息が詰まりそうな接近戦を続けること数分。均衡が崩れた。


「いっ!?」


 崩したのは笑顔。手は足払い。

 完璧なタイミングで放たれたそれは春風の虚を完全に突き、ぐらりと背中から倒れそうになる。

 まずい、と春風が思った瞬間にはもう追撃として顔面目掛けて拳が振り下ろされていた。


「がぁッ!?」


 突き刺した拳の勢いそのまま、地面に後頭部が強かに打ちつけられた。

 明滅する視界の中で見たのは足を振り上げている笑顔の姿。


「お、おぉおおおおおお!!」


 混濁する意識を無理矢理繋ぎ合わせ、転がるようにして回避。

 だが一の矢を躱したところで二の矢、三の矢が飛んで来るだけ。

 ここはじっと我慢の子。必死で立ち上がった春風は防御に専念するが……。


(が、ガードの上からでもこれかよ……!?)


 蹴りも拳も、尋常な威力ではない。

 その痩身のどこから一体、そんな力が出ているのか。しかも馬鹿力だけではなく技術もあるのだから笑えない。

 それでも闘志は微塵も衰えず、むしろメラメラと燃え滾っているあたり春風も尋常の男ではない。


(さん、にぃ、いち――――)


 ギン! と春風の瞳がギラついた光を宿した。


「っっしゃオラ死ねェえええええ!!」

「!?」


 回復するや痛烈なアッパーで笑顔の顎をかち上げる。

 が、笑顔もただではやられない。打たれながらも春風の腹に蹴りを突き刺した。

 同時に倒れるが復帰は早く、直ぐにまた苛烈な乱打戦が始まった。

 頭おかしいレベルのタフさだ。とは言え、二人は別に不死身の怪物でも何でもない。

 体力、精神力、耐久力が並外れていると言っても人間だ。

 最初のそれより動きに精彩を欠いているし、息も荒く肌には汗も浮かんでいる。


「はぁ……はぁ……いけ好かねえのは変わらんが……ああ、認めてやるよ。テメェは強い」

「別に認めて欲しいなんて言ってないんだけど」

「ケッ。梅津と矢島の上に居たってのも納得だよ」


 何気なく口にした言葉。別段、何かを狙っていたわけではない。

 しかしそれは笑顔の何かに触れたらしくその表情が微かに歪んだ……ように見えた。

 と思った次の瞬間、春風は反応も出来ずに殴り飛ばされていた。


「ごたくさ言う余裕があるならもっとギアを上げようか」

「……ッ等だボケェ!!」




2.NKT


 ここに来てからどれだけ経ったか。

 一時間も経っていないと思うが、体感的には何時間も戦っていたような気がする。

 本当に密度の濃い時間だった。でも、終わりだ。


「ぜぇ……ぜぇ……ッ」


 満身創痍で膝を突き、俺を見上げる主人公くん。

 俺がブン殴ったせいだが腫れ上がった右目とかがクッソ痛々しい。

 もう指一本動かせないはずなのに、流石はと言うべきかそれでも彼は俺を睨み続けている。

 いや言うてる俺も結構なもんなんだけどね。左目塞がってるし。


「これで幕だ」


 渾身の力を籠めて主人公くんを蹴り飛ばす。二度、三度、バウンドし彼は完全に倒れ伏した。

 その目は最後の最後までそ真っ直ぐ俺を射抜いていた。

 ここまでやらんでも、もう勝敗はついてただろうと思うかもだが……生憎とやることがあるのだ。

 痛む身体に鞭を打って主人公くんに近付き、彼を担ぎ上げる。


(痛い、しんどい、苦しい……でも、もうひと踏ん張りだ……)


 時間をかけて目を覚まされたら俺のプランニングが台無しだからな。

 暗がりの上、今の俺はボロボロ。万が一があっては笑えないのでゆっくりと階段を下りる。

 普段はどってことないのに、クッソしんどい……。


(クソなげえ階段しやがってからによぉ……)


 憎しみのあまり全ての階段を破壊する階段テロリストになっちまいそうだ。

 なんてアホなことを考えながら何とか無事、下に辿り着いたが休んでいる暇もない。

 近くのコンビニを目指し歩くこと五分ほど。


「んでよぉ、俺は言ってやったんだ。十三人の合議制っつーけど速攻で一人死ぬからなって」

「マジかよウケる」

「まあ速攻で一人死んで終わりってわけじゃなくその後もバンバン死ぬんだが」

「死に過ぎじゃね?」


 たむろしているヤンキーを発見……したは良いんだが聞こえる会話が微妙に気になるな。

 アイツら一体何の話してんだ? 鎌倉? 鎌倉幕府の話? いや今はどうでも良いか。

 俺は近くの電柱に主人公くんを預け、駄弁っているヤンキーの下へ。


「ちょっと良い?」

「あ゛? だ……ひぃいいいいいいいいいいいいいいいやぁああ!?」

「し、ししししし白幽鬼姫!?」

「あわわわわ!!」


 ビビリ過ぎィ……。

 めっちゃキョドってる彼らだが、俺の状態を見てギョッとする。


「え、何……ボロボ……は? え?」

「お願いがあるんだけど」


 有無を言わせず話を進める。


「お、お願いっすか……?」

「そう無茶なことは言わないよ。あそこに居る彼、病院に連れてってあげて」


 財布から三万円を取り出し、治療費だと言って押し付ける。

 そして返答を待たず、この場を後にする――ミッションコンプリート。


N(ながく)K(くるしい)T(たたかいだった)……)


 これで噂は広まるだろう。

 ボロボロの俺が連れて来た、同じく意識のないボロボロの誰かさん。

 おや? その誰かさん、どっかで見覚えがあるぞ? あ、そうだ。賞金戦争でいきなり先代四天王と同じ枠に入った奴!

 あそこに入るぐらいだから強いんだろうけど……あ、あの白幽鬼姫を追い詰めるほどに?!

 みたいな感じでな。


(実際、アホほど強かったしな……)


 正直、紙一重だった。

 どう転んでもおかしくない勝負を制することが出来たのは……ほんの少し、俺のが経験豊富だったからだろう。

 あっちは主人公だもんな。これからだ。これから色んな修羅場を経験して更に強くなっていく。


(……次、やる時は……おお、想像するだけでおっかねぇ)


 ある意味、次が俺にとっての本懐だがわざと負けることは出来ない。

 全力でやる。俺も今より更に強くなった上で全力でやる。そうじゃないと世界さんが満足してくれないかもだし。


(にしても遠い……家が、遠い……)


 どっかで休憩入れようかとも思ったが今、気を抜くと立ち上がれなくなりそうだから我慢した。

 我慢して歩き続け、ようやっとマンションの前まで辿り着く。


(エレベーターのあるとこでホント助かったわ……)


 寝室からは離れてるから大丈夫だとは思うが、念のためルイを起こさないようなるべく静かに玄関を開け閉じる。

 靴を脱いで廊下に上がった途端、気が抜けたのだろう。これまで以上の疲労がのしかかった。

 こりゃダメだと俺は廊下に背を預け、ずるずると座り込む。


「――――おかえり」


 声と同時に廊下の照明が点いた。


「……ただいま。悪いね、起こしちゃった?」

「ううん。ちょっと前にトイレで目が覚めただけだから」


 でもそのままベッドに戻らず起きていたのは俺を待っていたからだろう。


「動くの、辛い?」

「……正直」

「じゃあ、救急箱取って来るね」


 テテテ、とリビングまで駆けていく。

 そして直ぐに救急箱とミネラルウォーターを手に戻って来た。

 ミネラルウォーターは喉が渇いているからだろうという気遣いだろう。ありがたく頂こう。


「染みるけど我慢してね?」

「ああ」


 ルイは何も聞かない。

 不思議ちゃんだった時なら相手がどう思うかも考えずグイグイ来てただろうが、あの頃よりずっとずっと成長したからな。


(良い女になった……これから、もっともっと良い女になるんだろうな)


 そんなことを考えながらグイ、と水を飲み干す。

 ただの水だってのに、疲れ切った身体にはこれでもかってほど効く。

 細胞の隅々にまで行き渡るような爽快感に俺は目を細めた。


「何かちょっと、良い顔してる」

「そう? 気分はわりと最悪なんだけど」

「そうだよ。うん……本当に……」


 手当てを終えたルイはギュっと抱き付き、俺の胸に顔を埋めた。


「……どうしたの、急に?」

「何となく、こうしたかったの。ダメ?」

「いや」

「えへへ、ありがと」


 何ともまあ、嬉しそうな顔してらぁ。

 しかし……良い顔してる、か。


(やはり俺のプランニングは正しかった)


 だってこれ、どう考えても良い方向に向かってるフラグっしょ。

M八七 終了


ここで一旦連続投稿、終わります。

忙しいのもありますが……書きたいことがあり過ぎて取捨選択が出来ず詰まってます。

大きなイベント(今回で言うと主人公くんとの初タイマンなど)は全部決まってるんですが

それ以外の自由にやれる部分はやりたいことが多くて……

なので次のエピの中身が決まってある程度書き溜めたら投稿を再開する予定です。お待ち頂けると幸いです。

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