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M八七⑩

1.梅津の憂鬱


 梅津健は不良だ。言い訳のしようもないほどに。

 が、根っこの部分は真面目でこう見えて授業も出席するなら真面目に受けるタイプだったりする。

 しかし、この日は違った。


(……どうも、気分が乗らねえ)


 授業に出席したが、どうにも集中力が続かない。

 真面目に聞こうとしても右から左に流れて行ってしまう。

 最近、面倒な連中に絡まれ続けて疲れているせいだろうか?


(それもなくはないが……)


 妙な胸騒ぎがするのだ。それが何かは分からないが。

 頬杖をつき窓の外をぼんやり眺めていた梅津だがふと気付く。


(……トモ?)


 スマホの画面が起動している。着信だ。

 トークアプリでメッセージを送るでもなくわざわざ電話? それも授業中に?


「……すんません、ちょっと便所行って来ます」


 そう言って梅津はスマホ片手に教室を出て、屋上に向かった。

 同じようにサボり目的の不良がたむろしていたので軽くガンを飛ばし、追い払う。

 自分以外に誰も居なくなったのを確認し、通話ボタンをプッシュした。


「……俺だ」

《授業中に悪いな》

「……いや良い。で、何があった?」

《緊急の用件、というわけでもないが早い内にお前の耳に入れておいた方が良いと思ってな》


 緊急というわけではないが、わざわざ授業を中断させてまでも聞かせておきたいこと。

 ある意味では差し迫った何かよりも性質が悪いなと思いつつ、梅津は先を促した。


《今朝方、連絡を入れて来ただろう? 賞金戦争の主催者についての情報を寄越せと》

「……ああ、手間をかけさせたな」

《良いさ。わざわざ調べるまでもなく耳には入っていたしな》

「……で、それが?」

《確か頼まれたんだよな? 新しく出来た友人に》

「……ダチってほどではねえが、まあそうだな」

《その友人の名前。陽福春風で間違いないよな? お前達と一緒に五十万の枠に新しく追加された」

「そうだが……」


 春風に何かあったのか?

 梅津の見立てでは春風はかなり強い。正確には分からないが、それでも主催連中を潰すぐらいはまあ出来るんじゃないかと思うぐらいには。


《何かはあったが、別にやられたとかそういうわけじゃない。方向性としてはむしろ逆だな》

「……八人全員、仕留めた?」


 まあ、不思議ではない。不思議ではないがわざわざ伝えるほどのことか?


《やったのは七人だけだ》

「……七人」

《事が起きたのは八人目を狙って東区(こっち)に来た時さ》

「東区の……って言えば……あの筋肉ゴリラか」

《ああ。如月剛だ。如月の居る高校に乗り込んだところで……ニコと鉢合わせたらしい》

「……ッ!? 花咲と、陽福が……いやだが、何だって花咲は筋肉ゴリラんとこに?」


 賞金戦争開催初期から最高額の首としてアップされてはいたが手を出す者は居なかった。

 そりゃそうだ。去年のヤクザ絡みの事件を知っていれば余程の馬鹿でない限り手を出そうなどとは思わないだろう。

 煩わしいと判断すれば賞金戦争ごと潰しにかかるかもしれないが特に何もなければ動く理由はないはず。

 梅津の疑問を受けトモは言う。


《……俺もそう思って調べてみたんだが、どうも昨日……枯華さんが狙われたらしい。

と言ってもニコが事前に潰したから未遂に終わったようだがな》


 枯華涙。面識は殆どない。

 だが梅津やトモ達にとっては今の笑顔を支えてくれている大恩人とも言える存在だ。


「……そりゃ何よりだが、よっぽどの馬鹿が居たわけだ」

《ああ。それだけ二百万って額が魅力的だったんだろう》

「……二百万あったところで、一時しかもたんだろうに……いや、それが分かる頭があるなら仕掛けやしねえか」


 だが疑問はまだ残る。何故、トモがその情報を知らなかったかだ。


「……お前、あちこちに情報源あるんだろ?」

《俺達とニコのことで気を遣われたんだよ。危なそうなら伝えるつもりだったらしいが既に自警団が独自で動いていたらしい》

「……アイツらか」

《ああ。結局、連中もニコが直接動いたから介入はしなかったようだがな》

「……なるほど。まあ、理由は分かった」


 笑顔が動く理由は十分だろう。如月への襲撃については得心がいったと梅津は続きを促した。


《鉢合わせして軽く揉めたらしい》

「はぁああああああああああああ!? 何でそんな……」

《仕掛けたのは陽福からだそうだ》

「……アイツからかよ」


 トモから伝えられた笑顔の所業に梅津は眉をひそめる。

 そういうことなら春風の性格上、喧嘩を売ってもおかしくはないと。


《どうもニコは相当ご立腹だったらしい。いや、以前のアイツならそれでも……》


 とそこまで口にしてトモは忘れてくれと言い、続けた。


《問題はここからだ。その様子を見てたギャラリー曰く、陽福はニコと互角にやり合ってたらしい》

「……!」

《まあニコは本気じゃなかったんだろう。軽いじゃれ合いのつもりだったと思う。だがそれは……》

「……陽福も同じ、か」

《ああ。軽いじゃれ合いとは言うが、それが出来る奴がどれだけ居るかって話だ》


 現にこの街の実力者の一人と数えられている如月はじゃれ合いを成立させることすら出来なかった。

 一方的に心を嬲られて、春風が来なければ更に無様を晒していたことだろう。


「……身に染みてるよ」


 とっくに完治したはずの脇腹がズキンズキンと疼く。

 最後の喧嘩を思い出す。“四人”がかりで手も足も出なかった。断絶を……止められなかった。梅津の顔が歪む。

 電話越しでも梅津の様子を察したのだろう。トモは軽い調子で言う。


《だろうな。ニコが手を引いたから諍いはとりあえず終わったようだが》

「……噂は直ぐ、広まるだろうな」


 トモが何故、連絡をして来たのか。ようやく理解した。


《まず確実に賞金戦争は終わる。陽福が主催者を七人もやったし何より……》

「……花咲が動いたからな」

《ああ。賭博の胴元やってる連中もニコの怒りは買いたくないだろうしな。とは言えこれで街が静かになるかと言えば》

「……なんねえわな」


 賞金戦争が終わり、万事丸く収まるかと言えばそうはならない。

 金目当てで参加していた者らはあっさりと手を引くだろう。だが純粋に頂点を目指していた者は燻った火種に変わる。

 賞金戦争という枠組みがあったから、ある程度秩序立った喧嘩が成立していたのだ。

 それがなくなれば街の均衡を崩しかねない衝突に発展しかねない。


《ニコと渡り合ったってネームバリューを得た陽福は確実に狙われるだろう。

陽福個人で収まるなら良いが嵐校ごと巻き込まれる可能性も高い。

血気盛んな一年だけじゃない。自分とこのトップをやられた七校の連中だって報復を始めかねん》


 ああ、と梅津は頷く。

 実際、報復については今朝の時点でも想定の内だった。

 だが笑顔と絡むことになるなどとは思ってもみなかった。

 それも含めて、これからどうなるかについて考えると……。


《一応、塵狼(うち)の連中にも説明はしておく。何かあれば俺達も動こう》

「……悪いな」

《良いさ。じゃ、切るよ。授業中に悪かったな》

「……おう」


 電話を切り、梅津は深々と溜息を吐いた。


「……面倒事に巻き込まれそうって予想は当たってたな」


 が、考えようによっては悪くはないのかもしれない。

 あれからずっと、真綿で首が絞まっていくような停滞が続いていた。

 陽福春風という存在によって、その状況が少しでも動いてくれるのなら……と、そこまで考えて梅津は苦笑した。


「……我ながら腑抜けたことを考えてやがる」


 何となしに校庭を見やればアイスを咥えた春風がのったのったと校舎に向かって来るのが見えた。

 どうやら六時間目は出るつもりらしい。


「……俺も少し休憩したら戻るか」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 現在編も過去編も期待値爆上がりぃ!
[良い点] こっちこんなシリアスなのに当のニコときたらw [一言] 《一応、塵狼うちの連中にも説明はしておく。何かあれば俺達も動こう》 テツは分からないがトモも塵狼に残ってるのか。 ヤクザ編の時に四…
[良い点] やべぇ、過去もこの先も気になりすぎる展開だ!
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