M八七⑨
1.交わる二人
情報を貰った春風は宣言通り、賞金戦争の主催者達を潰すべく行動を始めた。
狙いは八人で、その他に手を出すつもりはないが当然、そう上手くはいかない。
当たり前だ。主催者はそれぞれの地区のトップ、ないしは代表格の人間なのだから。
手始めにホームである西区の主催者を狙いに行ったのだが取り巻きに阻まれた。
――――まあ、誰一人として春風を止めることは出来なかったのだが。
主催者達の取り巻きは元より、主催者自身も春風からすれば有象無象でしかない。
掠り傷一つすらつけられず春風に叩きのめされた。
七人目を仕留めたあたりで良い時間になったので一旦、昼食休憩を挟み春風は最後の一人が居る東区への電車に飛び乗った。
「……っかし、あのオッサンがそうだとは思わんかったぜ」
電車に揺られながらスマホを見つめ、春風はぼやく。
梅津から貰った情報は実に詳細で名前や顔写真も添付されていた。
これまで倒した七人は顔も名前も知らなかったが、八人目は違う。顔だけは知っていた。
そう、こないだ犬太が囚われている場所まで案内をしてくれたあの老け顔高校生だったのだ。
「微妙にやり難いが、ケジメはつけてもらわんとな」
電車が停まり、駅を出た春風はスマホのナビに従い歩き始めた。
以前、犬太を拉致った連中とは違い梅津はしっかり住所を書いてくれていたので迷うことはない。
「……あん?」
春風が眉をひそめる。
十分ほど歩いたところで目的地の高校が見えて来たのだがどうにも空気がおかしい。
何が、とは具体的に説明出来ないが妙な空気が漂っている気がしてならないのだ。
少し様子を見てみるかと春風は塀を上って中に侵入。
すると、
「……花咲笑顔?」
少し歩き校庭が視界に入るとそこには花咲笑顔と老け顔高校生こと如月剛が中央で対峙していた。
「そういやアイツも勝手にエントリーされてるんだよな」
自分と同じ目的か? と思ったが直ぐにそれが勘違いであることを悟る。
いや、落とし前をつけさせに来たのは同じなのだろう。だがその方法はあまりにも……。
「――――随分とまあ、趣味の悪いことしてんじゃねえの」
気付けば声をかけていた。
如月に同情したわけではない。勝手に人を巻き込んだのだから仕返しされるのはしょうがないことだ。
しかし、そのやり方が気に入らなかった。善悪ではなく好き嫌いの問題だ。
「誰? ……いや、見たことあるな。確か五十万の……それに……」
あのサイトを見ていれば自分のことを知っていても不思議ではないかと春風は目を細める。
「名前はそう、陽福春風――で合ってるよね? 見たところ、君も俺と同じ理由かな?」
「ああ。七人シメた。後はそこのオッサンだけだ」
「手が早いね。でも、悪いけど先に始めたのは俺だ」
春風はそれなりに筋を通すタイプの人間だ。
自分と因縁があろうとも他の者が同じように理由があって先に手を出していたのなら横入りするようなことはしない。
「そうだな。お前の言う通りだよ」
「結構。見てても暇だろうし君は帰って良いよ」
興味をなくしたように笑顔は春風から視線を外した。
横入りはしない。するつもりはない。
「断る」
「何?」
が、先に手を出した者が癪に障ることをしていたのなら一々道理を通すつもりもない。
「――――お前が気に入らねえ」
言葉と同時に拳が飛ぶ。
顔面目掛けて真っ直ぐに進む拳。並の人間なら成す術もなく意識を飛ばされていただろう。
だが花咲笑顔は並の手合いではない。
最小限の動きで回避しつつ懐に潜り込み、その顎目掛けアッパーを放つ。並の人間の相手なら防ぐことも躱すことも出来ず昏倒していただろう。
だが陽福春風は並の手合いではない。
打った方とは逆の左手で拳を包み込むようにしてアッパーを止めてみせた。
「と、止めた!?」
呆気に取られていたギャラリーはようやく事態を理解し、ざわつき始めた。
「「……」」
数秒の睨み合いの後、笑顔は即座に手を引き上段蹴りを放った。
春風は蹴りを右腕で受け止めると同時に御返しの蹴りを放つが上体を逸らされ回避されてしまう。
自然と距離を置く二人――時間にしてみれば十秒にも満たない攻防。
「ッ……白幽鬼姫と互角に渡り合うとかアイツ何者だよ!?」
サイトを見ていれば名前は知っているぐらいだろう。だがその来歴は誰も知らない。
在野にこれほどの男が居たのかと誰もが衝撃を受けていた。
「はぁ。良いよ、ここは俺が引こう。君とやり合う理由はないしね」
小さく溜息を吐き、
「だから、これで終わり」
「!?」
蹴撃一閃。
突然のことに呆然としていた如月を蹴り飛ばし笑顔は振り返りもせずこの場を去って行った。
如月はぴくりとも動かず校庭に倒れ伏した。
これまでの肉体、精神的疲労もあったのだろうが、如何にもタフな見た目をしているのがただの一撃で……。
慄く周囲を他所に春風はつかつかと如月に歩み寄り、その頬を思いっきりぶっ叩いた。
「て……な、何してんだテメェ!!」
「黙ってろ。おら、起きろオッサン」
べしんべしんと数度、右手でビンタを繰り返し如月はようやく覚醒した。
「お……おぉ……?」
「起きたか」
「お前さんは……ああ、そうか……えろう、情けないとこ見せてしもうたなぁ」
「ああ、すげえ惨めだったな」
「カカカ……返す言葉もねえわ」
憔悴した様子の如月。
「……そんで、お前さんもわしにケジメぇつけさせに来たんか?」
「そのつもりだったが、ンなザマぁ見せられちゃやる気も失せるわ。あんたにゃ借りもあるしチャラにしてやるよ」
「……ほうか。そいだら、何で……」
自分を起こした? そう問いかける如月の耳元に顔を寄せ、春風は何かを呟く。
如月は怪訝そうな顔をした後、分かったと頷いた。
「んじゃ、けえるわ」
ひらひらと右手を振り、春風も工業高校を後にした。
(……止めた? 互角?)
しばらく歩いたところで、ぴたりと足を止める。
(目ぇ腐ってんのかアイツら)
ポケットに突っ込んでいた左手を抜き、手の平を見つめる。
びりびりと未だ痺れが取れない。
蹴りを防いだ腕もそうだ。手の平ほどではないがかなり痺れている。
(……あの時、俺ぁ奴の拳が勢いに乗る前に殺してみせた)
タイミングは完璧だった。
威力は半減どころの話ではないだろう。にも関わらず左手の痺れだ。
「……不完全燃焼だぜ」
軽い震えが全身を駆け巡った。怖気? そうかもしれない。だがそれだけではない。
「――――このままじゃ、終われねえよなぁ?」
血が、燃えるように熱かった。
2.計画通り……!
(……自分の才能が怖いぜ……ッッ)
完璧だ。完璧な流れだった。
一切の瑕疵なく俺は全てのフラグを立て終えた。自画自賛しても許されるぐらいの出来ですわ。
もうね、本当は学校に戻って授業受けるつもりだったけどカフェで祝杯あげちゃう。
(嫌な悪役ムーブしてるとこに主人公登場、からの軽い衝突)
あれは三回の内の一回にはカウントされない。じゃれ合いみたいなもんだ。
主人公くんからすりゃ不完全燃焼だろうよ。
ギャラリーも良い反応してくれたわ。白幽鬼姫と互角!? なんてさ。
だが主人公くんはそうは思わんだろう。認識としてはむしろ、自分が押されてたって思ってるんじゃねえかな?
(本気じゃなかったって言い訳は出来るが、ありゃそういうタイプじゃないしな)
あのじゃれ合いは互いに本気ではなかった。
が、俺の方がギアは上がっていた。だってフラグ立てるためには若干、押すぐらいじゃなきゃいけなかったからな。
そうすることで主人公くんにもやもやを抱かせるのが俺の狙いだった。
それが、そのもやもやが、一度目のタイマンへと導くフラグになるのだ。
フラグと言えば如月もだな。
(主人公くんが決着つけたいつっても、あっちは俺の連絡先なんざ知らんからな)
家の住所や通ってる学校についても知らんだろう。
同じ学校に通ってる梅津や矢島あたりに聞けば良いかもだが……多分、それはせんだろう。
ストーリーラインから梅津達と主人公くんの関係性を予想するなら、そこそこ話す友達に近い同級生程度のもんだと思う。
俺と梅津らとの関係をうすぼんやりと把握はしてて、何かがあったんだろうってことぐらいは察してるんじゃないかな。
だからこそ聞けない。じゃあ誰に聞く?
あの舎弟兼はじめてのお友達っぽい天パくん? NO。
あそこに話持ってけば天パくん経由で梅津に相談が飛んだりするかもしれんから天パくんには聞かんだろう。
じゃあ誰かっつったら如月だ。
(明言はしてなかったが、主人公くんどうも如月と面識あるっぽいしな)
如月を庇った時の目。微かな親しみっつーか、好意のようなものを感じた。
どこで面識を得たかは知らんが、小さな親切を受けたとかそんなんかね。
(あの如月って野郎、アライメントで言えば光のヤンキー寄りで周囲からも慕われてるっぽいしな)
性根は悪くねえんだろう。どっかで世話を焼いていたとしてもおかしくない。
物語的にもまるで面識のない野郎を庇うよりその方が綺麗だしな。
話を戻そう。そんな如月を情報源にして主人公くんは俺にコンタクトを取って来ると思うんだよな。
如月も俺の連絡先なんぞは知らんだろうが、どこの学校に通ってるとかクラスぐらいは知ってるだろうしな。
(多分、あれだ。同じクラスの奴に伝言……は、ないか)
俺様系だが強さをひけらかす奴でもないしな。
情報が漏れて俺とのタイマンを見世物にされるのは好まんだろう。
(なら手紙……果たし状かな)
クラシカルだがまあまあ、良いんでない?
人気のない場所で人目のない時間帯にやることになるだろう。
(……とは言え、だ。それじゃ俺が困る。主人公くんにゃ悪いが噂を広めさせてもらうぜ)
具体的なプランとしてはこうだ。
タイマンを張って勝つ。その際、主人公くんの意識は確実に飛ばしておくこと。
で、気絶した主人公くんを背負ってボロボロの俺が病院に連れて行くべく歩き出すんだ。
その途上、テキトーにコンビニあたりでたむろしているヤンキーを見つけて主人公くんを病院に連れて行くよう言って俺は帰る。
するとどうだ?
(あの白幽鬼姫をボロボロになるまで追い詰めた野郎が居るって噂が広まる寸法よ!!)
パーフェクトだ、パーフェクトすぐる。自分の才能が恐ろしい。
……まあ、この一見完璧に思えるプランニングにも穴がないわけでもないんだがな。
穴って? そりゃお前、これは俺が勝利するってのが大前提なんだよ。
(軽くじゃれ合っただけでもこれまで戦った連中とはダンチだったからなぁ)
正直、どうなるかは分からん。
だが、勝たねば未来が拓けないからな。力の限りを尽くすつもりだ。
(……勝てば確実に良い方向に転がるんだ。やってやるさ……!!)
あん? 何で良い方向に転がるって断言出来るのかって?
そりゃおめー、俺のプランニング能力の高さ……と言いたいがそうじゃない。主人公くんの名前だ。
あの夜、サイトで彼の名前を知って確信したわ。
(『笑』う角には『福』来る。月に叢雲、『花』に『風』――互いを活かし合う名前の構成なんだもん)
月に叢雲花に風の方は好事魔多し的なあれだが、よく考えて欲しい。
雲が月にかかる様は雅だし、風に舞う花弁も綺麗だろう? ポジティブに考えろ俺(自己弁護)。
……まあ実際はどっちにも転がるって意味なんだろうがな。活かし合う方にも、殺し合う方にも。
ただどっちかって言えば前者寄りだと思う。他の部分な。
『陽』の字や『春』の字も花咲や笑顔と組み合わせ文章を作るなら悪い方にはならない。
対立はしてるが本質的には仲良く出来るってのを示唆してるんだ。物語的に推理するならな。
前世だと馬鹿げた妄想でしかないが、今俺が生きている現実の法則においてはそれが罷り通るのだ。
(これもう、完全に来てる……吹いてるよ、風が……)
嗚呼、良い気分だ。
(コーヒーだけじゃ物足りないぜ)
ケーキも頼んじゃう!