M八七①
1.開幕
車内では気の弱そうな小柄で癖毛の少年が七人の不良に絡まれている。
正義感のある人間ならともかく大抵の一般人は関わり合いになりたくないと思うのが自然だろう。
乗客の殆どはそそくさと隣の車両へと逃げて行った。
それが心細さを加速させたのか、癖毛の少年はじんわりと目尻に涙を溜めている。
そんな様子を見て絡んでいる不良達はますます調子に乗り、言葉や軽い暴力で少年を嬲り始めた。
が、一人だけ。一人だけ隣の車両には移らず席に座っているダウナーな雰囲気の少年が居た。
年の頃は絡まれている癖毛の少年と同じ高校生ぐらいか。
彼は座席に腰掛け、眠たそうな目でぱらぱらとマイペースに漫画雑誌をまくっていた。
肝が据わっているのかただの馬鹿なのか。恐らくは前者だろう。
とは言えまったく何も思ってないわけでもなさそうで……。
「おい、そこのチ●カスども。やるんなら他所でやれや」
「あぁ? 何か言ったかぁ!?」
そう不良の一人がそう凄むも、
「腹切って死ね」
とバッサリ。
こうまで言われたのだ。不良としては黙っていることなど出来ない。
最早癖毛の少年のことなど、どうでも良いのだろう。全員で座っている少年を取り囲んだ。
と、そこで電車が停まった。不良達は丁度良いと笑う。
「ツラ貸せや」
ダウナーな少年は怯えもせず、欠伸を噛み殺しながら立ち上がり外へと連れ出された。
残された癖毛の少年はあたふたとしていたが、出発のアナウンスを聞き意を決した顔で電車を飛び出して行った。
そんな光景を隣の車両から見つめる少年が居た。
そう、
(俺である)
一連の光景を見て俺は一つの確信を得た。
(――――来たか、主人公)
立派な主人公になって会いに来るって約束したもんな(存在しない記憶)。
この後、便所にでも連れ込まれるんだろ?
で、最初に絡まれてた癖毛が便所の外であたふたしてたら主人公くんは欠伸を噛み殺しながら出て来るんだ。
どう声をかけたものかと悩んでいる内に主人公はそのまま去って行く。
癖毛が恐る恐るトイレを覗き込むと絡んでた連中がボロボロで便所の床に転がってるんだ。
(分かっちゃうんだよね、そういう展開)
で、あの癖毛はあれだろ? 主人公の最初の友人兼舎弟的なポジなんだ。
物語が進むと人質に取られちゃったりして、主人公が静かに切れたりするんだ。
それでさ。あの癖毛も弱いけど根性見せちゃったりするんだ。
分かる、分かっちゃうんだなこれが。
(しかしまあ……やっぱちげーな主人公)
俺が主人公だと確信した理由は幾つかあるが主だった理由は“存在感”だ。
いやマジで一目で分かったよね。あ、コイツだってさ。
正確な強さは実際に拳を交えないと分からんが大まかになら分かる。
あの男はこれまでやり合った奴らと比べても断トツだと。
(……以前の俺ならともかくヤクザレベリングを経た今の俺でもやべえと思うぐらいだからな)
あれが主人公じゃなかったら何なんだって話よ。ラスボスか何かだろ。
いや、敵キャラの平均値が糞ほど高い物語って可能性もなくはないけど……いや、あれは主人公だ! 間違いない!
だって多分、あれ他所から来た奴だろ? あんなのが地元に居たなら噂になってただろうしな。
んで時期。三日後、市内の高校の殆どが入学式を行う予定だ。
余所から来た人間、かなりの実力者、近日にある入学式。主人公要素の塊やん!
(ああ、ようやく……ようやく物語が始まる……)
パッと見の印象だが彼は多分、俺様系だ。
とは言え力を誇示するために自分から手を出すことはまずないだろう。
自らの強さに絶対の自負を抱くが故だ。喧嘩を売られでもせん限りは積極的に仕掛けはしない。
王道の巻き込まれタイプと言えよう。実に主人公らしい。
序盤の話は無双系だろうな。それで強さを示し名を広めつつ次の話への呼び水にって感じだと思う。
(どうやって、んで何時頃俺と絡むのか……ふむ)
しばらくあれやこれや考えていたが、中区の駅に到着したので思考を打ち切り電車を降りた。
駅を出た俺はそのまま徒歩数分の場所にあるマンションへ帰宅。
玄関のドアを開けると、
「おかえりなさい、笑顔くん」
エプロン姿のルイが俺を出迎えてくれた。
事前に連絡を入れたわけでもないのだが、どうも俺が帰って来る少し前には何となく分かるのだとか。
何その無駄能力とも思ったが嬉しそうに笑うルイを見ていると俺は何も言えない。
「ああ、ただいま」
用事を終えた後、帰りがけに買った土産の菓子を手渡しリビングへ。
ルイはお菓子をテーブルに置くと、料理の途中だったのだろう。キッチンへと戻って行った。
(……やっぱ慣れねえな)
ルイと半同棲みたいな形になって半年以上経ったが、どうにも慣れない。
え? 何でそんなことになってんのかって? んなの決まってるだろ。
――――世界に追い込みかけられたんだよ。
やられた。完全にやられちまったよ。何を? 闇堕ちイベントだよ糞が!
そうなる可能性を予期していたとは言えだ。坂道を転がるようにあれよあれよとイベント進行。
途中で俺も我に返ったんだが、状況が進行し過ぎて「あ、これもう全力で乗っかるしかねえや」って感じでどうしようもなかった。
これまでの人間関係、全部ぶっ壊れたわ。
(それでも、俺が嫌われるだとか憎まれる方向性なら良かったんだが……)
状況はもっと酷い。関わった人間の殆どが俺に負い目を抱く羽目になってしまった。
(例外はルイぐらいだろう)
数日間、怒りに身を任せるがまま“連中”とその関係者を血祭りに上げ大体の始末を終えた後のことだ。
返り血を浴びたまま台風の中を彷徨っていた俺だが、文字通り頭が冷えたお陰だろう。
あれこれやばくね? って俺は自分が闇堕ちの流れにあることに気付いた。
これまで立てて来たフラグのお陰で闇堕ちと言ってもギリギリ、一線は超えずに済んだ。
まあ殺ってねえってだけでかなり闇寄りの行動やらかしたから闇堕ちじゃないとは言えんけどな。
ともあれこの後の流れを考えるなら面倒なことになるのは確実と焦りつつも、この段階までは何とか挽回しようとは思ってたんだ。
――――が、雨の中佇む俺の下にルイがやって来たのだ。
こんな状況で来るとかどう考えてもヒロインイベントじゃねえか。
俺は悟ったよ。もうこの流れは止められない。下手に動いたらまずいことになるってな。
だから、
『……ルイ、君が正しかった。俺はどうしようもない疫病神らしい』
全力で乗っかった。
したら、
『私はもう不幸にしてもらったから』
『……』
『だから――――あなたの傍に居られる』
みてえなこと言って抱き締められた。やっぱりヒロインイベントだったよ……。
そうだね。闇に堕ちたり壊れたりで孤独になった男に寄り添う女はお約束だもんね……美形×美形で絵的にも映えるもんね……。
ここで乗っかった判断が正しかったことは直ぐに分かった。
数日ぶりに家に帰ったらもう……思い出すだけでも死にたくなる。
全員が罪悪感で酷いことになってた。何か行動一つ間違えば自殺するんじゃねえかってぐらいな。
天性のコミュ強ならあの状態でも上手いことやれたかもしれんが俺には無理だ。
出来たことと言えばこうして距離を取ることぐらい。
(……少なくとも、俺が生きている内は命を絶つとかそういうんはないだろうしな)
地獄だよ地獄。生き地獄。
闇堕ちイベントからこっち、ストレスでマッハだったが……それでもようやく光明が見えた。
勿論、油断は出来ないけどな。主人公が来たからつって下手打てば俺が死ぬ可能性もあるわけだし。
俺が死ぬ場合、周囲は傷付くがそれでも何とか前を見て頑張ってこう……みたいな微かだが希望を感じさせる〆になると思う。
ふざけんな。そんな終わり方になってたまるかボケ。
(これからが本番だぞ俺。頑張るんだぞ俺)
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