エル・ミラドール~展望台の唄~⑤
1.誘い
午後十時。俺達は東区自然公園で、
《かーって嬉しい花いちもんめ♪》
《まけーてくーやしい花いちもんめ♪》
花いちもんめをやっていた。
は? ってなるのは当然だろう。なので説明させてくれ。
《となりのおばさんちょいときいておくれ♪》
《オニがこわくていかれない♪》
塵狼の定例集会だ。
昭和の子供達がやってたようなレトロな遊びをしようぜってことになったんだよ。
メンコやベーゴマとかもっとあるだろって? うん、俺もそう思うよ。
でもさぁ、
『どうせなら縁の無い女の子っぽい遊びやろうぜ!!』
と乙女ゴールドが提案して、何故か皆乗り気になっちゃったんだもん。
だからあとでゴム跳びやおままごとなんかもやる予定なんだよね。
《あの子がほしい♪》
《あの子じゃわからん♪》
しかし何だね。何十人もの特攻服を纏った中学生が肩組んで全力で花いちもんめやってるって……シュール過ぎんだろ。
この光景を見た第三者は何を思うんだろうか。
《この子がほしい♪》
《この子じゃわからん♪》
《そうだんしーましょ♪》
《そーしましょ♪》
そこで歌うのを止め、それぞれのグループで円陣を組む。
ちなみにグループの名前はそれぞれ赤組白組である。
名前から察しがつくと思うが俺が白組の頭、タカミナが赤組の頭である。
紅白で分かり易いから二グループに分ける時はいっつもそうだ。
俺の組に居る最高幹部は桃、梅津、テツであっちは柚、矢島、トモである。
「総長、誰獲ります?」
首獲るみたいなテンションの問いだが、間違ってはいない。
花いちもんめはこの後、指名した子をじゃんけんで取り合うわけだがそれじゃつまらなくね? って声が上がった。
ならヤンキーらしくいこうってことで指名された二人がタイマン張ってゲットしようぜってことになったのだ。
尚、紅白それぞれの大将である俺とタカミナは対象外だ。最後に負けた時、敗北宣言をする役だからな。
「タカミナの性格からしてさ~初手全力だと思うんだよね~」
「……だろうな。初手で確実に最高幹部の三人を狙って来るはずだ」
「じゃあ俺らの誰かつったら…………誰だと思う?」
ああでもないこうでもないと駄弁っていると、
「そういや前に言ってた花咲さんに喧嘩売って来た一年坊、最近どうなんすか?」
ハシカンが思い出したようにそんなことを聞いてきた。
「ん? ああ、あれからもバンバン喧嘩売られてるよ。今日でタイマンは七回目だね」
《七回!?》
全員が声を揃えて驚きを露にする。
「七回……七回も総長に?」
「おいおいおい、正気かそいつ」
「人として大事な螺子が一本残らず外れてんじゃね?」
「恐怖か痛みを感じないイカレタ体質だとしか思えねえ」
酷い言い草だ……。
「しかも今日、俺の蹴りに耐えてみせたよ。毎回毎回一発で沈んでたのに」
「……!? お、お前の蹴りに……一年坊が、か?」
「うん」
「えっちゃんの蹴りを耐えるとか将来有望ってレベルじゃねえな」
「まあね。まだまだひよっこだけど将来的にはかなりのものになると思うよ」
勿論、本気で蹴ったわけじゃない。
最初からそうだ。本気で蹴れば復帰に時間がかかるからな。
その日の内に復帰出来る程度の威力に調整した蹴りだ。
――――が、その蹴りに耐えられる人間はそう多くはない。
二年三年どころか高校生であろうと耐えられない。
手加減しようとも今の俺の蹴りはそのレベルにまで達してしまった。
それに耐えてみせたのだから白黒の潜在能力は尋常じゃない。次世代の筆頭クラスだろう。
「ま、それはさておき誰指名するか決めよう」
「じゃあ金ちゃん指名しない?」
「ほう、その心は?」
「俺の今日のラッキーカラーが金だから」
「……そんな理由かよ。まあ遊びだから別に構わねーが」
「タカミナー! こっちはもう決まったよー!?」
と俺が声をかけるとあちらも決まったようで俺達は再度、横一列に並び肩を組んだ。
《ゆーずちゃんがほしい♪》
《もーもちゃんがほしい♪》
お、期せずして金銀対決か。
つくづく仲良しだなコイツら。
これが真面目な場面ならそりゃ二人がぶつかるだろうけど今は別にそんなでもないのにな。
金銀コンビは列から出て、中央で睨み合う。
そして、
「「お前はもう死んでいる」」
決め台詞まで同じっていうね。
まー、これに関しちゃ集会始まる前に俺らも同じ漫画読んでたんだが。
「オリジナリティの欠片もねえ勝利宣告だな~銀角ぅ」
「そりゃテメェだろうがよ~金角ぅ」
数十秒の睨み合いの後、
「「っらぁ!!」」
二人は同時に殴りかかった。
(……この二人もかなり強くなってんなぁ)
一緒に激戦を潜り抜けて来たが、修学旅行で更に強くなった感がある。
やはりと言うべきか金銀コンビと梅津も修学旅行先で揉めていたのだ。
そのお陰で大幅にレベルアップしている。
(多分、調整入ったんだろうな)
ルーザーズとの一件で主役を務めたタカミナは頭一つ二つは強くなってたからな。
同じ四天王なのに実力伯仲してねえのはどうなんだと世界が調整入れたんだと思う。
「しかしあれだね~。初手金ちゃん銀ちゃんだとかなり長引きそうだ」
「……アイツらがやり合うと大概は泥仕合になるからな」
「だね。向こうなんかほら、カップラーメン作り始めてるよ」
「何か俺もおなか減って来た」
「俺らも夜食タイムにしようか」
持参した夜食を取り出そうとしたところで、スマホが震えた。
取り出し確認してみると白黒からだった。
何で連絡先交換してるのかって言うと円滑にタイマンを行うためだ。
ほら、折角タイマン挑んで来たのに予定が……なんて締まらないだろ?
そのために連絡先を交換したんだが、
(この時間にってのは珍しいな)
連絡が来るのは昼休みなんだけどな。
さてはてどうしたのかとメールを確認してみると、
「これは……」
2.
午前二時。集会を早めに切り上げた笑顔は家……には帰らず例の廃工場に居た。
陸から二時にここで待っていると連絡があったからだ。
「一体、何の用なんだか」
タイマンの誘い、ではないだろうと笑顔は顎をさする。
陸は笑顔とやる際は必ず、人目のある場所を選んでいた。
こんな時間にこんな場所でというのはまずあり得ない。
加えて今日……いや日付変わったし昨日か。昨日、やったばかりだ。
今やったところで益になるようなものは得られない。
次の挑戦までそこそこ時間が空くはずだ。ゴールデンウィークも近いし次は恐らくゴールデンウィーク明けだろうと笑顔は推測している。
「よォ、悪いなこんな時間に」
「いや良いさ。今夜は集会だったしね」
集会の日は夜中まで遊ぶので帰る頃には明け方、というのが殆どだ。
負担ではないと笑顔が答えると陸はそうかいと笑う。
「それよりだ。白黒、君何かボロボロだね」
放課後にボコったとは言え傷が残るような痛め付け方はしていない。
だというのに今の陸はどうだ? 口元は赤く腫れ上がって血が滲んでいるし右目には眼帯があてられている。
「まあ色々あるんだよ俺も」
「ふぅん? で、俺に何の用なのかな」
「ああいや、用があるのは俺じゃねえんだわ」
ちら、と外を見やる陸に笑顔もつられて外を見る。
「……便所行くつってどんだけかかってんだあのアホ」
「???」
と小首を傾げていると、
「おいコラテメェ! 一体何時まで小便してんだ!?」
「う、うるさいな! 俺は緊張すると中々小便が出なくなるタイプなんだよ!!」
翔太が工場の中へと入って来た。
こちらもボロボロで、その姿を見た笑顔は理解する。
(……遂にぶつかったか! いやだが納得のタイミングだ!!
多分、白黒が俺の蹴りを受け止めてたとこを翔太も見てたんだろう。それで嫉妬が爆発して……みたいな?
クッソ! 観たかったなぁ! さっさと帰らず学校に残ってたらこの二人のタイマンを観られたかもしれないのに俺の馬鹿……!)
笑顔の野次馬趣味丸出しの内心など露知らず、翔太は緊張した面持ちで笑顔の前に立つ。
「こんばんは。用があるのは白黒じゃないらしい。となると、この場には君だけだが」
「……はい」
「俺に何の用かな?」
睨みはしないが、視線に圧を込める。
何となく先の展開を読めていたのでそれを盛り上げるための演出だ。
「ッッ」
色々とアレな部分もある笑顔だが、その実力と実績に嘘偽りはない。
會長の座を退いたものの、やろうと思えば数万の部下を率いる組織の長としてもやっていけただろう。
正しく破格の人間だ。そんな男の圧が込められた視線に翔太が気圧されるのは当然のこと。
それでも、
「お、俺と……俺とタイマン……張ってくれませんか?」
言った。つっかえながらでも、確かに言ってのけた。
「良いよ」
そして笑顔はあっさり応じた。
理由は問わない。今はそういう場面ではないから。
「……ありがとうございます」
「翔太には色々お世話になってるからね」
これは嘘ではない。
一年の血気盛んな者らが押し寄せて来ないのは翔太が防波堤になっているからだ。
本人が言い出したこととは言え、それでも感謝はしていた。
「どこからでも……」
おいで、その言葉を遮るように翔太は言う。
「アイツと、桂木と同じようにお願いします」
「……分かった」
行くよ、短く告げると同時に笑顔は陸にするのと同じ力加減で蹴りを放つ。
笑顔の蹴りを食らった多くの者と同じように翔太の身体は宙を舞う。
だが、
(……手応えが)
蹴りを放った当人である笑顔にだけはその違和感は伝わっていた。
ぐるんぐるん、と数度回転し地に落ちる翔太――しかし、そこで終わらなかった。
両手両足を突いて着地した翔太はそのままバネをフルに使い蛙のように前方へ跳躍、拳を放ってのけた。
斜め下方から抉り上げるように打たれた拳は、
「驚いた」
あっさりと笑顔に止められる。
「そんな方法で俺の蹴りに耐えるとは」
翔太が特別、タフだったからではない。
同年代に比べるとそれなりに恵まれてはいるが年齢不相応の域では決してない。
ならば何故、耐えられたのか。翔太は蹴りの勢いに逆らわずに身を任せたのだ。
口で言うほど簡単なことではない。人間の意識を簡単に奪ってしまえる威力の蹴りを前に力を抜くなど並の度胸では不可能だろう。
加えて最初から脱力していたのなら笑顔だって気付けた。気付いていたならその浅知恵ごと打ち砕くべく威力は変えず蹴りの質を変えていた。
(そうなればワンパンKOだったろうな)
ならば如何にして蹴りが当たるまで気付かせないようにさせられたのか。
“当たった瞬間”に力を抜いたのだ。
気付けば当たっていると言わしめる笑顔の蹴りだが、当たれば衝撃やら痛みが伝わる。
その瞬間に力を抜けば完全にとはいかずともそれなりに蹴りの威力は殺せる――理屈の上では。
まず第一に当たった瞬間にはもう意識を彼方まで吹っ飛ばされてもおかしくはない。
仮に当たった瞬間を認識出来てもそこで完全に身体の力を抜くなど普通は出来ない。
恐怖もあるが痛みや衝撃で身体が強張るのは当然の反応だからだ。
が、翔太はやってのけた。根性で意識を繋ぎ止め身を捨てることで蹴りに耐え、あまつさえ反撃してのけた。
陸とは違った形ではあるが同じく偉業と言えよう。
「と、届かなかった……かぁ……」
翔太は悔しそうに、だがそれ以上に満足げな顔でその場に崩れ落ちた。
限界だったのだろう。
「ああ、あとは俺がやっとくからあんたは帰って良いぜ」
「……そうかい」
仮にも先輩を呼び出しておいてと思わなくもないが、これ以上は二人の領分だろう。
間近で観察したいという欲求はあったが笑顔はぐっと我慢し、工場を去った。
残された陸は倒れ伏す翔太の隣に腰を下ろし、その意識が戻るのを待った。
「……ぅ」
「よう、お目覚めかい?」
「……ぁぁ」
十分ほどで翔太は意識を取り戻した。
「……桂木」
「おう」
「俺の……俺達が憧れた男はやっぱすげえなぁ」
「ああ。それで? お前はどうすんだよ」
放課後。陸が笑顔の蹴りを防ぐ瞬間を見て翔太の胸に去来した感情、それは嫉妬だ。
笑顔の口から賞賛を引き出したことへの嫉妬……だけではない。
憧れの先へと向かうその姿に強烈な羨望と嫉妬を覚えたのだ。
憧れを超える。陸が示した道に惹かれるものがあった。だが同時にずっとその背をという思いもあった。
ゆえに己が道を定めるため翔太は笑顔に挑んだのだ。
「……俺は“これ”で良い」
そして今、敗北を得たことで道は定まった。
「俺にとっての最強はあの人だけなんだ」
揺らいだ憧憬は形を取り戻し、より強固なものになったのだ。
「そうかい」
「ああ」
そこで少しの沈黙が流れる。
「おい桜井」
「あ?」
「そのザマじゃ家帰んのもキツイだろ」
「あぁ」
自転車で中区まで来たのだが、ここから東区にある家までとなると……考えるだけでも億劫だった。
溜息を吐く翔太に陸は言う。
「しゃーねーから今夜は泊めてやるよ」
翔太は少し逡巡した後、ふいっと顔を逸らしながら言った。
「…………歩くのも面倒だからおぶってけや」
「ざけんな馬鹿。それぐらいは根性出せ」
静かな夜の一幕であった。




