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転生後の世界はヤンキー漫画の法則に支配されていた  作者: カブキマン
中学編

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エル・ミラドール~展望台の唄~③

1.何て、大きい


 四月下旬。ゴールデンウィークまで一週間を切ったその日の放課後。

 白黒こと桂木陸と白幽鬼姫、花咲笑顔によるタイマンが行われようとしていた。

 入学式から数えて七度目。ギャラリーも最初はどうしたものかと反応に困っていたが今ではちょっとした見世物扱いだ。


「前は虫歯の治療が終わってなかったから負けたが今回はそうはいかねえぞ花咲ィ!!」

「三回目ぐらいからさ。君の言い訳を聞くのがちょっとした楽しみになってるんだよね」


 ポケットに手を突っ込んだまま自分を見つめる笑顔を見て陸は歯噛みする。


(クッソ……まるで、まるで眼中にねえ……ッ)


 百回負けても一回勝ってそのまま勝ち逃げすればオールオッケー。

 以前、笑顔は陸をそう評した。その評価は間違いではないが、少々言葉が足りていない。

 一度勝つために必要な負けとは言え、負ければその度に悔しい思いをしている。

 だが、陸という少年はそこでは終わらない。悔しさを呑むことでそれをバネに理想の自分に近付こうとしている。

 毎回、衆目の前でタイマンを挑むのもそうだ。大口を叩いて一撃で負ける。これほど情けないことはない。

 だから敢えてやる。情けなさを味わいたくないだろうと自分を追い込むため。惨めさを糧とするために。


(だが、今回の俺は違うぜ……!!)


 内心を悟らせぬよう、傲岸に胸を張り、言ってやる。


「申し訳ねえな。そのささやかな楽しみを奪っちまうのはよ」

「だねえ……じゃ、そろそろ良いかな?」

「ああ、どっからでもかかって来いやァ!!」

「お言葉に甘えて」


 ポケットから手を抜いた笑顔が無造作に歩みを進め、


(“来た”!!)


 何時ものように蹴りを放った。

 全身を駆け巡る恐怖と悪寒。引き伸ばされる体感時間。

 僅かに影が認識出来る程度だがそれでも“見えて”いる。影すら掴めなかった頃から考えれば驚異的な躍進だ。

 迫る蹴りと顔の間に腕を挟み込む。


(ぐぅ……!?)


 凄まじい衝撃が走る。しかし、意識は飛んでいない。


「へ、へえ……こんなもんかよ……?」


 陸は立っていた。足元が覚束ずふらふらと後退してしまうがそれでも倒れない。ちゃんと立っている。

 正直な話をするなら立っているだけでやっとだ。ここから何が出来るのかと言われれば何も出来やしない。

 だが立っている。これまでとは違って震えながらも両の足でこの大地に立っている。


「――――」


 笑顔は変わらず無表情だ。しかし、その目は微かに見開かれている。


「やるぅ」


 ワンテンポ置いて、笑顔が気の抜けた賞賛を口にした。

 同時にギャラリーも目の前で起きたことに理解が及び、


「おぉおおおおおおお! やりやがった! 耐えやがったあの一年坊!!」

「めっちゃぷるってるけど! めっちゃ膝踊ってるけど花咲くんの蹴りに耐えたぞ!!」


 歓声が上がる。

 同じ中学生はおろか高校生。それも名のある不良達ですら笑顔の前に敗れて来たのだ。

 勝ったわけではないし、何ならあとはもうデコピン一発で沈むぐらいHPゲージはギリギリだ。

 だが中一の陸が笑顔の一撃に耐えて見せたのは紛れもない偉業だろう。

 これまで一発で沈められていたから尚更だ。


(大袈裟なんだよ……分かってんのかお前ら? “あの人”は全然本気じゃねえ)


 陸は笑顔の蹴りに耐えた。それは揺ぎ無い事実だ。

 しかし、その蹴りが本気だったかと言えばそれは違う。

 直近の大きな喧嘩と言えばやはり菅原會との一戦だろう。陸はお年玉から三千円を捻出し視聴権を購入した。

 だからこそ分かる。


(……本気でやりゃカメラでも完全に捉え切れねえような蹴りだぞ?)


 そんな蹴りを食らえば痛みを感じる間もなく意識が飛ぶ。

 これまでのタイマンで食らった蹴りは自分に合わせ過不足なく手加減されたものだと陸は理解していた。

 だから無邪気に喜ぶことは出来ない。とは言え、まったく嬉しくないかと言われればそれも違うのだが。


(一歩……道のりはアホみてえに遠いが、あんたに近付けた……)


 ぐらつく視界。正直、吐きそうだ。

 それでも陸は真っ直ぐ、笑顔を睨み付けた。


「ご褒美だ。(こっち)の味も教えてあげるよ」

「ぬ、ぬかせ……最早テメェは負けたも同然。予言してやる。テメェは俺様の華麗なカウンターで沈むことになるだろう」


 ふぁふぁふぁ、と笑う。

 ああ、何てみっともない痩せ我慢。自分でもどうかと思う。

 だけどしょうがないだろう? 嫌なのだ。あの人の前で弱気な自分を見せるのは。

 陸は震える身体に鞭を打ち、ファイティングポーズを取った。


(き、消え……!?)


 消えた、そう思った次の瞬間には笑顔は懐に潜り込んでいた。

 自分を見上げる蒼い蒼い瞳。極大の悪寒が全身を駆け巡り、


「~~!?!!」


 拳が突き刺さった腹を中心に広がる衝撃。

 全身がバラバラになったんじゃないかと錯覚するほど重く苛烈な一撃だった。

 吐瀉物を撒き散らしながら倒れた陸は今にも途切れそうな意識を必死に繋ぎ止め、笑顔を見上げる。


「……」


 変わらず無表情。だけど、その目はどこか温かい。

 この人は分かっている。自分の強がりを。だけど何も言わず受け入れてくれていいる。


(何て、大きい)


 明滅する視界の中、笑顔が口を開く。


「次も楽しみにしてるよ」


 その言葉を最後に、陸は意識を失った。




2.その背に焦がれて


 昨年の五月のことである。その日も陸はとぼとぼと帰り道を歩いていた。


『……いつまで続くんだ』


 陸はいじめられていた。小学校に入学してから今に至るまでずっと。

 親は仕事が忙しく話を聞いてくれず、担任……というより学校も事なかれ主義で取り合ってくれない。

 終わりの見えない暗闇。いっそ死んでしまった方が楽なのでは? そう考えていた正にその時だ。

 柄の悪い中学生に囲まれた笑顔がどこかへ連れて行かれるのを陸は目撃した。


『あれは』


 その名が市内に知れ渡るよりもずっと前から陸は笑顔を知っていた。

 名前こそ知らなかったが公園やら河川敷やらで時折、いじめられているのを見たことがあったから。

 だからその日もまたいじめられるんだなと思った。


『……』


 陸は足を止め、バレないように笑顔達の後を追った。

 今にして思えばそこが陸にとっての分岐点だったのだろう。

 何故後を追ったのか。同情? 共感? どれも違う。

 陸は自分と同じようにイジメられている名も知らぬ中学生を見て溜飲を下げようと後をつけたのだ。

 廃工場の中では高校生が笑顔を待ち受けていた。

 高校生まで巻き込むのかといじめっこ達に嫌悪感を抱いたが、どうにも様子がおかしい。

 困惑しつつ事の成り行きを見守っていると、


『…………は?』


 笑顔が高校生の一人を蹴り飛ばしたのだ。

 え、え、えと理解が追いつかないまま呆然としている内に十数人居た高校生は全員、笑顔に倒されてしまった。

 その後の展開については割愛するが、陸は全てを見届け……理解した。

 いじめっこ達なんかどうでも良かった。

 笑顔にとっては自分の近くを飛ぶ羽虫のようなものだったのだろう。

 煩わしくなれば何時でも叩いて潰せる、その程度の存在。


『……俺と同じなんて、酷い勘違いだ』


 惨めになった? 嫉妬を抱いた? どれも違う。

 焦がれた。この上なく。

 圧倒的な暴力に? それもある。だがそれ以上に目を焼き胸を焦がしたのはその在り方だ。

 いじめられている時も、それが煩わしくなり潰しにかかった時も、花咲笑顔は花咲笑顔のままだった。

 他人の存在程度で自分を変えない、そのブレなさが陸の目には輝いて見えたのだ。

 同時に強烈な飢餓を覚えた。このままでは嫌だと。


 ――――その日を境に陸は変わった。


 翌日、何時ものようにいじめられたが陸は敢然とそれに立ち向かった。

 育ち盛りとは言えまだ小学生。個体としてそこまで差は大きくない。

 いじめっこ達と陸の差は心持ち一つで埋められる程度のものでしかなく、陸は傷だらけになりながらも勝利した。

 だがそこで終わるつもりは毛頭ない。まだだ、まだ足りない。あんな風に在りたいのならもっともっと強く。

 陸は戦った。いじめっこ達だけではない。教師や両親とも。これまで桂木陸という人間を曲げて来た者達全てと。


 万事が万事、順調だったわけではない。

 現実という壁は高く硬い。小学生一人に何が出来る?

 だが挫けそうになる度、花咲笑顔は……桂木陸のヒーローは彼に勇気をくれた。


『西区の黒狗がやられたらしい』


 何もしなくても聞こえて来る噂。


『え、金角と銀角も?』


 その活躍を聞く度、奮い立った。


『白幽鬼姫が四天王を従えて高校生のカツアゲグループに喧嘩売ったらしいぞ!!』


 胸が熱くなった。


『今度は族と揉めるらしいぞ。何でもかなりの規模らしいが……』


 変わらず自分を貫き続ける笑顔の姿がどれほど力をくれたことか。

 夏休みが終わる頃にはもう、陸を曲げる者は誰も居なくなっていた。

 そう多くはないが友達だって出来た。何もかもが満ち足りていた。何の不満もない。


 ――――転機が訪れたのは今年の一月のことだ。


 切っ掛けとなったのは笑顔が修学旅行先で巻き込まれた跡目戦争。

 ファンとして何時ものようにその活躍を見届けたくて、結構な葛藤の末に三千円を支払った。

 最初の内は大暴れする笑顔にキャッキャしていた陸だが、


『……』


 次第に別の感情が芽生え始めた。

 たった一人で何百人を敵に回しても、あの日と同じ。笑顔はまったくブレない。

 その姿を見ていると、これで良いのかと……疑念を抱いた。

 確かに、自分は変わった。でもここで満足してて良いのか?

 何もかもが順調で、甘えていやしないか?

 ただ花咲笑顔に憧れるままの自分で良いのか? もっと先があるんじゃないか?

 強烈な飢えと渇きが陸を襲った。それはあの日、抱いたそれとまったく同じものだった。

 憧れを憧れで終わらせたくない。その背に追いつきたい。追い越したい。新しい目標が生まれた。

 中学の門を潜ると同時に、陸は憧れを胸の奥底に秘めることを決めたのだ。


「……あぁ……懐かしい夢だ」


 真っ白な天井が視界に飛び込んで来る。

 すっかりお馴染みになってしまった保健室の天井だ。


「っつぅ……」


 ゆっくり身体を起こすと、身体がギシギシと軋みを上げた。

 腹を殴られたのに全身が痛いのは一体どういう理屈だ。

 つくづく出鱈目なと顔を顰める陸だが、


『やるぅ』


 笑顔の賞賛が脳裏をよぎるとだらしなくその顔が緩んだ。

 憧れを封印すると、そう決めたもののやっぱり嬉しいものは嬉しい。

 狂おしいぐらいに憧れたあの人が自分を見て、褒めてくれた。

 今日ぐらいはその喜びに浸ってもバチは当たらないだろう。


「ふへへ」


 とは言え、だ。

 それはそれとして笑顔に勝つためにはどうすれば良いかも考えなければいけない。


「……身体を鍛えるのは今もやってっけど」


 腹を重点的に鍛えるべきか。

 どこに当たろうとあの拳は脅威だが腹は特にまずい。足が止まる、呼吸がままならなくなる。

 これでは喧嘩どころではない。


「あとは体力もだな」


 笑顔も無尽蔵にスタミナがあるというわけではない。

 が、頭おかしいレベルなのは間違いないだろう。

 跡目戦争の動画で最後は疲労困憊といった様子だが、あれだけ激しく動きながら最後まで立っていられたのは異常だ。

 スタミナと、それが枯渇しかけてからの粘り。怪物としか言いようがない。


「明日からランニングの距離を……ん?」


 がら、と扉が開く音が聞こえた。

 保険医が戻って来たのだろうかと首を傾げていると、


「……」

「お前は」


 現れたのは同じ一年生。最近話題の桜井翔太だった。

この後、19時、21時(本編と番外編)を投稿して日付が変わる24時に最終話投稿します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 方向性が違うだけで、陸も熱烈なファンだったな。 [一言] 他人の存在程度で自分を変えない、そのブレなさが陸の目には輝いて見えたのだ。 最初の頃の喧嘩を観てたとは。ヤンキー輪廻に囚われて後悔…
[良い点] ただの良いファンやないかい、梅津が最初から光になった感じの良い奴やないかい
[一言] 推しに並び立ちたくなって頑張ってるファンとか可愛いな
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