バクチ・ダンサー⑰
1.おうちにかえろう
それから俺達はこれまでの鬱憤を晴らすかのように観光を楽しんだ。
動画配信の影響から菅連どころか無関係の一般人からも好奇の目を向けられたが全て無視した。
こっ恥ずかしくはあったが一々反応してたらこっちの身が保たないしな。
ともあれ、菅原會の跡目争いに端を発する騒動はこれで幕だ。
どうするかは皆で考えろとか言ったが、十中八九解散になるだろう。
春休みあたりに正式な解散式が行われると思う。どう考えてもそういう流れだしな。
それを片付けたら……いや、解散式自体もう殆ど消化試合みたいなものだからな。
跡目戦争に勝利した時点で俺が京都でやることは――……いやさ、中学でやることは全部終わりだ。
関西の覇者。これ以上の伝説をとなると西日本を完全にまとめるか全国制覇ぐらいだろう。
それを中学でやったら高校編のスケールが小さくなってしまうから絶対ない。
だからこれで終わりだ。高校で相対するであろう未来の主人公の章ボス兼ライバルキャラとしての肉付けは完了した。
細々としたイベントは幾つか挟まるかもだが、それぐらいだ。
正直な話、結構感慨深い。
去年の春から始まったヤンキー輪廻。未だ解脱の道は遠く、道半ばにすら達していない。
何せ本番はまだ始まってもいないのだから。とは言え、とは言えだ。
ただの無気力なイジメられっこであった俺が全国に名を轟かすヤンキーにまでなったというのは……なあ?
好んで入った道ではないとは言え、それなりの達成感はある。
自画自賛するようで恥ずかしいが、やるじゃん俺! って感じだ。
(ただ、ちょっと頑張り過ぎたかなと思わなくもないが)
花咲笑顔というキャラクターを俯瞰して見ると……かなりの糞ボスだと思う。
まず攻撃が当たらない。回避されるかいなされるか、当たっても高確率で防がれる。
スタイリッシュキャラだからね。回避やパリィはお手の物よ。
それでもただの我流喧嘩殺法に起因するものならまだマシだが何とこの糞ボス、武術の要訣も会得しちゃってる。
攻撃を通す難易度が高過ぎるだろ……。
これで火力が低いならまあ、上手いことバランス取れてるなって思うけどそんなことはない。
巨漢だろうがワンパンで伸しちゃう高火力の持ち主だ。
(しかも何が酷いってこれまだ第一段階なのよね)
そう、俺は変身するタイプのボスなのだ。
気取った戦い方じゃどうにもならねえってなったら攻撃全振りにモードチェンジ。
攻撃は当たるようになるしダメージも通るようになるが見た目相応の耐久ではない。
(むしろ、ボロボロになってからがしぶとい。これまでの描写見るに背水バフとかあるだろ絶対)
これまで俺は幾度か、窮地に追いやられボロボロになった経験がある。
土方、九十九、んで今回のバトルロイヤルだな。
耐久戦、我慢比べ。その手の状態に持ち込まれる度、俺はしぶとく粘って勝利を手にした。
そこら辺の描写から推察するにボロボロになってからが本番だろう。
(こんなのとやらされる未来の主人公くんが不憫でならねえ……)
とは言えだ。こんな糞とやらされるってことは逆説、主人公くんも相応の怪物になるんだろうがね。
そんな怪物とやらされる俺も不憫っちゃ不憫だが俺の場合はヤンキー輪廻からの解脱って報酬があるからな。
モチベって意味ではかつてないほど高くなるだろう。
(ま、一年以上先のことを今考えてもしゃあないか)
さしあたって考えるべきは目の前にあるクソダセエペナントのどっちを買うかだな。
正統派のお土産は昨日の内に買うだけ買い込んだ。持ち切れない分の郵送の手配もバッチリだ。
パチンコと賭けのお陰で予算は糞ほどあったからな。
「ニコ、この妙なキーホルダーとか良さげじゃないか?」
「あぁ……良いねえ。絶妙なクソダサ感が出てる。柚も桃も喜ぶと思うよ」
つーかさー、物色しといて何だけどこの手の微妙なお土産って誰に需要があるわけ?
ネタで買うのもそりゃ居るだろうさ。俺らが正にそうだしな。
でもわざわざそんな客層を狙い打ちにするためにライン作る? 利益出てんのかこれ?
「おーい、そろそろ集合の時間だぜ」
「おっと、もうそんな時間だったか」
違う電車で帰っても良いし、何ならもう一泊しても問題ないんだけどな。
例のホテルのオーナーさんは俺の立ち回りが大層お気に召したらしく、もうちょっと滞在していきなよと言われたし。
俺自身まだまだ京都を堪能したい欲はある。ただ、どうせ解散式の時にまた来ることになるからな。
今はこの物足りなさを土産に帰るのも良かろうて。
清算を済ませ、土産屋を出る。
駅構内には既にうちと東中の生徒が整列しており、どう考えても俺ら待ちだった。
さっさと並ぶべきだがその前に、
「ありがとう酒井。君のお陰で色々と助かったよ」
「何の何の。こっちこそ笑顔くんらのお陰で楽しませてもろたさかい、トントンやろ」
見送りに来てくれた酒井に別れを告げないとな。
「近い内にまた会うことになるやろけど」
「ああ、一先ずはお別れだ」
酒井が手を差し出す。別れの握手ということだろう。
でもなあ、分かり易過ぎるよ。
「ッ……!」
初めて会った時のように、俺の蹴りと奴の蹴りが交差する。
あの時は拮抗していたが、
「体調が悪いのかな?」
今回は俺が押し切った。
そりゃそうよ。激戦を経てレベルアップしたからね。
「さ、今度こそ握手だ」
「……かなわんなぁ」
今度は普通に握手をし、手を離す。
「ホントはな」
「うん」
「こないだのバトルロイヤル、ちょっと参加したかってん」
「だろうね」
「このまま君とやり合わんと別れるんはどうなんやろって」
でも、と酒井は笑う。
「我慢して正解やったわ」
それ以上は何も言わず酒井はほな、と振り返らずに去って行った。
(やっぱりこういう流れだったか)
酒井は期間限定のお助けキャラ。そう評したがそれだけじゃない。
奴は未来への布石でもあったのだ。
十中八九、俺は高校で奴とやり合うことになるだろう。だが奴は西の人間で俺は東の人間。
個人的にやり合うことは出来るが、それじゃつまらない。
東西を二分する大きな戦い――それこそ関ヶ原染みた喧嘩になるのだろう。最終章の匂いがぷんぷんしますねぇ……。
(ただ、大将は奴じゃないし俺でもない)
酒井はともかく俺は塵狼の頭で今は菅原會の會長でもあるがキャラ的にはナンバー2のが映えるからな。
まだ見ぬ西の総大将と東の総大将を務める未来の主人公くんがぶつかる前の前座ってとこか。
「ニコ?」
「何でもない。じゃ、行こうか」
帰りの車内ではずっと寝ていた。
これまでの遅れを取り返すように睡眠時間を削ってたのもあるが、多分緊張の糸が完全に切れたからだろう。
地元の駅に到着すると学校側も生徒が疲れているのが分かっているので、短い話だけで解散と相成った。
このまま東区行きの電車に乗り換えるタカミナ達を見送り駅を出ると、
「にーこー!!」
姉が俺を出迎えてくれた。
タタタ、と駆け寄り抱き付いた姉はわしゃわしゃと俺の頭を撫で、キスの雨を降らせる。
こういう時は何言っても無駄なので俺はされるがままだ。
「ふぅ……堪能した。おかえりなさい」
「うん、ただいま。迎えに来てくれてありがと」
「何の何の。あ、荷物持ったげるね」
「うん」
お言葉に甘え両手にぶら下げてる紙袋を姉に手渡す。
受け取った姉はちらっと中を除いて、食欲の滾りをちらつかせるが流石に外だから自重し唾を飲んだ。
「にしても……大変だったねえ」
二人並んで歩いていると、姉がそう切り出した。
何を、とは聞き返さない。今更だ。友達から跡目戦争のことについても聞いてる……いや、何なら観戦してたんじゃねえかな。
「お姉ちゃんとしては可愛い可愛い弟が傷だらけになるのはかなり嫌なんだけど」
「……心配かけてごめん」
「ホントね。でもまあ、男の子だもんね」
仕方ないなと困ったように笑う姉だが、直ぐに空気を入れ替えるようにこう続けた。
「っていうかさ。ニコが喧嘩してるとこ初めて見たんだけどニコはあれかな? アクションスターでも目指してるの?」
「目指してないけど……ってか姉さん、三千円払ったの?」
「うん。友達と折半でね」
姉の話によるとやっぱり友達から跡目戦争のことを聞きつけたらしい。
それでその日はお泊り会を開き、皆でバトルロイヤルを見守ってたのだとか。
「ちょっとあの、意味が分からないレベルの動きしてなかった?」
「別に……そんなことはないと思うけど」
「いやあるでしょ」
そうね。俺も本音ではそう思うわ。
「初っ端から度肝抜かれたわ。動く人間を足場にして走るってだけでもおかしいのに全然バランス崩してなかったじゃん。前も似たようなことしてるの見たけど改めておかしいわ」
「はぁ」
「お姉ちゃんもこれで結構、かなり動けるんだよ? スポーツテストとかでもトップ3に入るぐらいだよ?」
「へえ」
逆に姉のが凄い気がするけどな。
俺は不良補正で性能上がってるけど姉は別にそんなことはないからね。
普通に努力と才能で素晴らしい運動能力を身に着けてる。
「途中から映画見てるんじゃないかと何度も錯覚したもん」
「ほーん」
「んもう、気のない相槌……まあでも、凄かったよ。いやアクションもそうだけど」
「けど?」
「……最後の屋上での戦いとかさ。殆ど何も知らないのに、それでも胸に響くものがあった」
「そっか」
「うん。あと、終わってからの襲名式? も」
ああ、そこもちゃんと見てたんだ。
パンピーからすれば意味分からない話だったろうに。
「人の上に立って話をするニコは私の知らないニコだった。
ちょっと……ううん、かなり寂しかったけどすっごくカッコ良かったよ」
頬を染め、満面の笑みを浮かべる姉。
こうもドストレートに褒められると俺も照れ臭い。
それからも話は途切れず、家に到着する。明日は土曜で休みだからな。ゆっくり休もう。
「ただい――――」
玄関を開けながら帰宅の挨拶をしようとするが、
《おかえりなさーい!!》
俺の言葉を遮るように声とクラッカーの音が鳴り響いた。
唖然とする俺の視線の先では母と、見知らぬ女性達が興奮したように俺を見つめている。
振り返り姉を見ると姉は苦笑気味に言った。
「えーっと、お母さんの……お友達」
それって……。
「感動した!!」
「久しぶりに熱くなった……ッッ」
「現役時代の血が騒いだわ!!」
「高杉くんへの男気溢れる対応に一万ポインツ……!」
「襲名式での仕切りもね! ニコくん、悔しいけど頭としての器はお母さんよりも上だわ!!」
酷い羞恥に眩暈がする……。
「今夜はおかえり&おめでとうパーティよ!!」
笑顔で宣言する母を見て俺は思った。
(跡目戦争よりきっつい……)
最後のイベント、不意討ち過ぎへん?
バクチ・ダンサー 終了
これからの予定についてですが
次の話で進級した後、後輩(一年)の話を五話ほどやってから最終話で一先ず完結ってことになります。
高校編についてですが投稿時期は未定です。
……わりとマジに深刻な悩みとしてクソみたいなライバル兼章ボスと戦わされる主人公くん(仮)の名前が思いついてません。
花咲笑顔は直ぐに思いついたんだけどなー……ゆっくり自分で考えますので皆様はお気になさらず。
あと途中、休みを入れたりもしましたが結構なハイペースで投稿してたのでゆっくり休みたいのもあります。
では明日、明後日で終わらせますので最後までお付き合い頂けると幸いです。
※追記
勘違いしてる方も居るようなので補足しますが
主人公(仮)ってのはニコ(作中の人間)から見た主人公のことです。




