バクチ・ダンサー⑬
訂正→午後零時じゃなく午前零時です。
1.何や自分、弱点とかないんか?
修学旅行五日目。夜には決戦が控えているが特に気にせず俺達は観光をしていた。
今、居るのは北野天満宮。菅原會の元ネタである菅原道真を祭神として祀っている学業成就で有名な神社だ。
言うて俺らも春からは三年だからね。受験もあるしいっぺんぐらいは訪れておきたいなって。
「はぁー……梅の花が綺麗だねぇー……」
「あぁ」
「そうだなぁ」
境内にある茶店で茶をシバキながらぼんやり早咲きの梅の花を眺める俺達。
タカミナ達は軽くIQ下がっているような気がしないでもないが……まあよかろうさ。
参拝前に小腹を満たそうってことで立ち寄ったが予想以上に癒されてる。
「ふぅ」
ずずず、と熱い熱い緑茶を啜る。うめえ。
じんわりと五臓六腑に染み渡っていくような感覚に目を細めながら俺は心底から思う。
(……ずっとこうしていたい)
喧嘩なんてしたくねえよぉ……気兼ねなく京都を楽しみてえよぉ……。
時よ止まれと、本気で思う。別に美しくなくても良いから止まってくれねえかなぁ。
「俺、修学旅行に来て何やってんだろ」
ぽつりと漏らした言葉にタカミナ達は何とも言えない視線を向けてくる。
酒井だけはケラケラ笑ってるが、いっぺんマジでどついたろかコイツ。
「波風あってこその人生やろ」
「俺は別に凪いだ人生でも全然良いんだよ」
百歩譲って波風あるとしても空気読んで欲しい。
京都で何かあると覚悟はしてた。してたけどいざ巻き込まれると……なあ?
あれだ、一昨日の三つ巴でかなり萎えた。やべえこれマジしんどい勘弁してくれってな。
(充電期間はあったけど……いや、充電期間があったからこそか)
平穏な日常の味を知ってしまったせいで余計に辛い。
一方的に叩き潰せる雑魚相手なら別に良いよ。注射みたいなもんだ。ちくっとするけど直ぐに終わるから我慢するよ。
でもなー、終始無双じゃ面白くないもんな。
いや今でも俺、わりと無双してる感あるけどさ。でもそれは傍から見てそう思えるだけでいっぱいいっぱいだからね。
心身をフルに酷使して勝利を掴んでるからね。
「まあまあ、ニコちん。今夜を乗り切ればそれで終わるんだし」
「……うん、がんばる」
「そういやよ、まだどこでやるかわかんねーの?」
団子を頬張りながらタカミナが聞いて来る。
「うん。ってかこれ、現地に着くまで分からないんじゃないの?」
時間になったら迎えに行く。運営側からの通達はこれだけだ。
どこでやるかなどはまったく分からない。多分、萎える要素を極力排除するためだろう。
事前に場所が分かってればあれこれ仕込めるからな。
「観客席とかあんのかねえ」
「どうだろ? 配信はするみたいだけど」
「しかしニコ、本当に一人で大丈夫なのか?」
トモが心配そうに俺を見やる。
バトルロイヤルに参加するのは俺だけだ。
最初はタカミナがお前を一人に出来るかと参戦を申し出たのだが断った。
巻き込むのが申し訳ない……ってのもあるが、それ以上に「完全な勝利」を得たかったからだ。
「さあどうだろね?」
「……弱気と取るか自然体と取るか……お前の場合は後者か」
「とりあえずニコちんに全賭けするからさ、頑張ってよねマジで!!」
「お土産のグレード上げるためにも頼んだぜ」
「はいはい。まあやるだけやってみるさ」
なので俺の分も賭けといてね?
パチで大勝してお金はかなり増えてるが折角のチャンスだ。増やせるだけ増やしてやろう。
そしてそれを全部、お土産に還元する。ただでさえ色んな人に世話になっているのだから当然だろう。
「あとで御参りする時、戦勝祈願もやっとこっか」
「……菅原道真に肖った組織と戦うのにか」
トモが呆れたように言うがそれ以前に道真は学問の神様だ。
戦勝を祈願されても困るだろう。
「そういや君ら同じ市内に住んどるけど学校は別なんやろ?」
「ん? まあな。俺らが東区でコイツは中区だ」
「高校は一緒のとか考えとるんか?」
「「「あー、特にそういうのは考えてなかった」」」
だろうな。
別に学校が違っても不便なことはないし。
いや、一緒なら嬉しいよ? でも別だからって関係が変わるわけでもないし……ぶっちゃけどうでも良い。
「そもそもニコちんが行くとこに俺らが入れるか怪しいし」
「学年でもトップクラスだからなコイツ」
「正直、俺達ではついていけそうにない」
「や、別に進学校にとかは考えてないよ?」
入ろうと思えば入れるだろうさ。
進学校入って、そこから有名大学へってのは人生二週目というアドバンテージを活かすなら鉄板ルートだと思う。
でも、
(……本番は高校だからなぁ)
勉強してる暇あるの? って問題がね。
変に良いとこ狙って授業についていけないとか母に申し訳ない。
なので高校は可もなく不可もない家から一番近い公立――姉さんと同じとこにするつもりだ。
大学は……ヤンキー輪廻の終点が見えてから考えよう。
余裕があるならガッツリ勉強に打ち込んでみるのも悪くない。
「頭が切れるんは分かっとったけど勉強もちゃんと出来るんかいな」
頭の回転と学力が結び付かないこともあるからな。
俺が頭切れるってのは……ヤンキー関連の動きでそう思ったんだろ?
でも、それってメタ読みありきだから過剰評価だよね。
ってかメタ読みしても外すこともそれなりにあるし。
「顔良し、頭良し、腕っ節も半端ないて――……完璧超人やん。何や自分、弱点とかないんか?」
「完璧て、大袈裟だよ」
弱点? そんなもん幾らでもあるわ。
代表的なのはコミュニケーション能力だな。
前世のブラック勤めで壊れて、タカミナ達との交流で若干改善されて来てる気がしないでもないが……
「そうそう。とりあえずアレだ、コイツにギャグセンはねえ」
「寒いギャグでも飛ばすんか?」
「寒い、ってゆーか重いんだよ……ニコちんのジョークは……」
「ほーん? 気になるな。ニコくん、一発頼むわ」
え? いきなり言われても……あ、いや一つあるわ。
「ねえ酒井」
「何や」
「初めて君と会った時、自己紹介する振りしていきなり蹴りをかまして来たよね」
「せやな。まあ、あっさりと防がれたわけやが」
「そうだね、俺は君の蹴りを蹴りで受け止めた。でもね、仮に当たってても大したことはなかったと断言出来る」
「ほう」
「実母から受けてた虐待と比べれば……とてもとても」
「「「「――――」」」」
「女の細い手足から繰り出される暴力とは言え、あっちには芯まで響く怨念があったもん」
「「「「……」」」」
「その点、酒井は……ねえ? 足りてないよね、負の感情が」
「なるほど」
酒井は深々と頷き、言った。
「確かにクソやわ。鞄持ちからやり直せ」
「クソ言うな」
2.馬鹿騒ぎが始まる
夕方で観光を切り上げた俺はホテルに戻り、夕食と風呂を済ませ仮眠を取っていた。
そしてどれだけ寝たか。チャイムが鳴ったので身支度を整えて部屋を出るとタカミナ達が俺を待ち受けていた。
「迎えが来たぜ」
「ああ」
皆を引き連れ外に向かうとホテルの前にはリムジンが停まっていた。
これ? と目で問うとタカミナは深々と頷いた。
運転席から出て来た初老の男性が俺に一礼し、ドアを開ける。
「花咲様、どうぞ中へ」
「そうさせてもらうよ」
午前中は愚痴愚痴言ってたが、とっくに気持ちは切り替えてある。
躊躇なくリムジンに乗り込み腰を下ろした。
座席がめっちゃフカフカでかなり戸惑ったが、それよりも……窓だ。外の様子が見えないようになっている。
一体どこに連れてかれるんだか。
「っべぇええええええ! え、何? 菅連ってそんな金持ってんの!? ちょ、写真! 写真撮ろう!!」
「落ち着けテツ! あ、見ろあれ冷蔵庫あんぞ!?」
「お前も落ち着けタカミナ」
……まあ、しゃあないわな。
中学生がリムジンに乗る機会なんぞ普通はないし。はしゃぐのも当然だ。
中身オッサンの俺も、若干テンション上がってるし。
つーかワインとかもずらりと並んでっけどおかしいだろ。
(これから喧嘩に赴くのに飲むかよ。いやそれ以前に未成年だぞ俺は)
溜息混じりにスマホを取り出し、立ち上げると幾つものメッセージが届いていた。
金銀コンビや梅津、矢島の何時メンや他の塵狼メンバーだけではなく叛逆七星の面々やアキトさんと晴二さん、土方達からもだ。
東の意地を見せ付けて来いだの、やるんならトコトンまで楽しめだのそれぞれの言葉で俺を激励してくれている。
ちなみに全員、視聴権は購入してあるらしい。
「誰も彼も君の勝ちを疑ってへんやん。期待されとんなぁ?」
俺の隣に座っていた酒井が肩に顔を乗せニヤニヤ笑っている。
「そうだね」
「素っ気無いのう。自分、これがどんな戦いか分かっとんのか?」
分からいでか。
「日本中の悪ガキどもがこの跡目戦争に注目しとる。これまでもそれなりには気にされとったが今回は比べ物にならん」
だろうな。
「皆が知りたいねん。ここまでの流れを作り出した花咲笑顔って中坊がどんな漢なんか」
勝つにせよ負けるにせよ俺の名は全国に轟く。
勝つのは分かるけど負けても? ああ、負けてもだ。
跡目候補のトップ3を潰して配下にした時点で、そいつらと一緒に他の候補を潰すことも出来た。
なのに俺はそれをしなかった。それどころか一度に全員を敵に回すようなやり方を選んだのだ。
学校では評価されない項目だがヤンキー界隈での評価はグンと上がるだろう。
「そしてそれは画面の向こうの奴らだけやない。俺もや。俺は知りたい。花咲笑顔の真価を。狂おしいまでになぁ」
断言しよう。これは中学最後にして最大のイベントだ。
この後も何かあるかもしれんが大規模な抗争などはもうない。
この修学旅行編で俺はローカルなそれではない、全国レベルの伝説になるのだ。
そして将来のボスキャラとしての完成を見る。
「期待、裏切らんといてや?」
「まあ微力を尽くすさ」
言って、目を閉じる。
時間的に目的地に到着するまでまだかかるっぽいし二度寝させてもらおう。
「――――着いたで」
肩を揺すられ目が覚める。
眠りが浅かったからか、だるさはあまりない。
ドアが開かれ外に出ると……山の中? 少し離れた場所にはライトアップされた学校。
クラシカルな西洋建築で歴史を感じさせる味のある佇まいだ。
かなりデカイところを見るに、全寮制の金持ちが通うようなとこなんだと思う。
バトルロイヤルの舞台になるぐらいだし今はもう廃校になってんのかな?
「お連れ様は私が案内致しますので花咲様はどうぞ中に」
「ああ」
タカミナ達と分かれ、俺は一人歩き出す。
ふと空を見ればドローンが飛び交っている。撮影用のやつだろう。
馬鹿でかい校門を潜り少し歩くと校庭があり、そこには既に参加者達が集まっていた。
(……五百人ぐらいか?)
つっても強いと言えるようなのは百にも満たないだろうがな。
(しかしこれどうすりゃ良いんだ?)
皆、行儀良く整列してっけど俺はどこに行けば良いの?
どうしたものかと考えあぐねていると、
「よぉ、こうして顔を合わせるのは初めてだな?」
一人の男が俺に近付いて来る。
「あんたが高杉か」
「ああ、こうして顔を合わせるのは初めてだな花咲笑顔」
「……色々言いたいことはあるけど、とりあえず俺はどこに並べば良いのかな?」
「お前さんはあっちだよ。折角だ、選手宣誓やってくれよ」
促されるまま俺は朝礼台に上がらせられる。
選手宣誓って何だよ……俺はこういうの苦手なんだよ。パワハラか?
敵意、好奇心、嫉妬、様々な視線が俺を貫く。
先頭には鳳、仙道、ボブが居るあたり実力順ってか下馬評順なのかなこれ?
いやどうでも良い。それよりも選手宣誓……宣誓……。
「ごめん、何を言えば良いか分からないからシンプルに一言だけ」
全員を見渡し、俺は告げる。
「――――勝つのは俺だ」
時計の針が頂点で重なり、チャイムが鳴った。
「さぁ、始めようぜ!!!!」
高杉が叫ぶと同時に俺は跳んだ。




