バクチ・ダンサー⑫
1.その頃地元では
「毎度お馴染み。流浪のオカルトマニア、烏丸淳二で御座います」
「先輩、今何時だと思ってんすか……二時っすよ二時」
「夏とかならまだ良いけどこの季節にこの時間帯はキツイっす……」
ガッチガチに防寒具で身を固めた大我と龍也がぼやきを漏らす。
時刻は午前二時。二人は烏丸や螺旋怪談の面々と共にとある廃病院を訪れていた。
「馬鹿。真昼間に心霊スポット行っても怖くないでしょうが」
「怖い云々の前に寒いんすよ」
「もうね、立ってるだけで意識が遠退きそうなんすよこっちは」
螺旋怪談の活動である心霊スポット凸に付き合わされているわけだが冬場は辛い。とても辛いのだ。
とは言え愚痴愚痴言いながらも付き合うあたり竜虎コンビは実にお人好しである。
「じゃあ中に入ろうか」
「「はぁ」」
キャッキャしている烏丸達を追って竜虎コンビも病院の中へ入る。
薄暗く、陰鬱な空気が満ちた空間は冬場の冷気と相まって最悪の環境だった。
「いやぁ、やっぱ大我くんと龍也くんが居る時の凸は違うっすね!!」
「この憂鬱そうな顔が良いよな。心霊スポット来てんだなって感じがひしひしと」
竜虎コンビは螺旋怪談のメンバーに大人気だった。
「リアクションと言えば二人の後輩も良いリアクションしそうだよな」
烏丸がポンと手を叩く。
「今の四天王でしたっけ?」
「確かにあの子らも……」
「まあ花咲くんの場合はどっちかって言うと幽霊側っすけど」
螺旋怪談と塵狼はルーザーズの一件で対立はしたものの既に蟠りはなくなっていた。
なのでこうして話題にも上がるわけだが……当の笑顔達からすれば不本意なものだろう。
「花咲くんと言えば彼、結構な面倒ごとに巻き込まれてるみたいですね」
「「「面倒ごと?」」」
烏丸と竜虎コンビが目を丸くする。
「今確か修学旅行中だろ?」
「ちょっと前に修学旅行の土産は何が良いかは聞かれたよな」
「ああ、俺にも連絡来たっけ。律儀だよねえ」
どういうことだと話題に挙げたメンバーに視線を向けると、
「何か菅原會と揉めてるみたいですね」
「「「何で?」」」
それなりに長くこの界隈に居るのだ。
関西最大のチームである菅原會の名前も当然、知っている。
だが何故、笑顔と菅原會が揉めているのかがまったく分からない。
「絡まれたのを返り討ちにしてとか、誰かを助けて?」
「いやぁ……烏丸先輩、それはないっしょ。菅原會は筋を通すことで有名ですし」
仮にそういう状況にあったとしてもだ。
菅原會も自分のところの人間に非があるならそいつを粛清して話を収めるだろう。
そして笑顔も筋を通したならそれを受け入れない人間ではない。
じゃあ笑顔から喧嘩を売ったかと言えばこれもあり得ない。
降り掛かる火の粉を払うだとか、放置していれば自分にも被害が及ぶとかならまだしもそれ以外で笑顔が喧嘩を売るなんてことはまずない。
「いやそういうあれじゃなくて何か菅原會の跡目戦争に絡んでるみたいです」
「「「何で?」」」
余計に意味が分からない。
遠く離れた関西のことゆえ、事情に疎い彼らは跡目戦争が行われていること自体初耳だった。
ネット全盛の時代とは言え遠方の不良事情なぞ調べようと思わねば普通は知らないだろう。
特に全国制覇などを狙っているわけでもない烏丸達からすれば正に寝耳に水だ。
「大阪に越してったダチから聞いただけなんで俺も詳しくは分からないんですが」
難病を患った当代会長が引退することになり、跡目戦争が開催されたこと。
跡目を継ぐ条件が花咲笑顔を倒すになっていること。
笑顔は既に跡目候補のトップ3を降したらしいこと。
その上で当代会長に直談判し、笑顔自身も跡目候補になったこと。
そしてその際にバトルロイヤル形式で最後まで立っていたものが会長となるようルール変更を申し出て許可されたこと。
それらを聞かされた三人は、
「「「うわぁ」」」
ドン引きだった。
そりゃそうだ。小学校、中学校、高校と生涯で三度しかない修学旅行。
その最中にワケも分からずよそ様の争いに巻き込まれるなんて、ついてないとかいうレベルではない。
「前々から思ってたけどあの子、厄介事に巻き込まれ過ぎじゃない?」
「っすねえ……や、逆十字ん時は自分から積極的に首を突っ込みに行ったと言えなくもねえっすけど」
「つーかニコくんが巻き込まれてるってことはタカミナくんらもそうなんじゃねえの?」
「ああ、東中も一緒なんだっけか」
「あと俺、今思い出したんだけどニコくん初詣で引いたおみくじ大凶だったとか」
「あ、それ俺も知ってる。銀二達は凶だとか言ってたな」
「嘘でしょ? ああいうくじとかで凶とか見たことないんだけど」
帰って来たら飯でも奢ってやろうと頷き合う三人。
もしここに笑顔が居たなら「同情される方が辛いからヤメロ」と言っていただろう。
「あの、総長。花咲くんは大丈夫なんすかね?」
「こっちならともかく完全にアウェーで信頼出来る味方は東中トリオだけ……キツクないっすか?」
「大丈夫だろ」
烏丸は断言した。大我と龍也も頷いている。
心配する螺旋怪談の面々とは違い彼らは笑顔がどうにかなるなどとは微塵も思っていなかった。
「な、何で……い、いや花咲くんが強いのは分かってますよ?」
「あの土方をぶった倒したこともそうだし、菅連の跡目候補のトップ3だってやられてるぐらいなんだから」
「でも、流石に……」
巨大な組織は末端に行けば行くほど人の質が下がる。
しかし、逆に言えば中央に近付けば近付くほどその質は跳ね上がっていくのだ。
トップ3がやられたとて決して油断は出来ない。
「無傷でトップ3を倒せるとも思えませんし、花咲くん息切れしててやばいかも……」
口々に挙がる懸念は至極尤もに聞こえるが、
「分かってないな。見かけと違って彼がそんな可愛いタマかね。なあ?」
「ええ。そもそもの話、関東の俺らっとこまで話が聞こえるぐれえ大々的に動いてる時点であの子はもう勝ち筋つけてんでしょ」
「確実に勝てる戦いだけをするようなチキンじゃないが、勝つための努力はしっかりやる努力家だからなぁ」
三代目悪童七人隊との戦いが正にそうだ。
打てるだけの手を打ってから、笑顔は表舞台に躍り出た。
そして裏で仕込んでいた流れを殺さぬまま決戦に持ち込み勝利した。
不確定な部分は当然、ある。だがそれ以外の埋められる部分は確実に埋めて来る。
ゆえにこうしてこちらにまで話が及ぶほどに大きく動いているならやれることはもうやったということだ。
「ただ……」
「ただ?」
疑問はある。
「菅連のトップの椅子なんて手に入れてどうしようっていうんだ……?」
2.ママは元ヤン☆
息子を送り出してから四日。
娘ほどではないが寂しさを覚えながらも、高峰華恋は一家の長として仕事に励んでいた。
「部長、そろそろ」
「ん? そうね、良い時間だし切り上げましょうか」
少し早くはあるが昼休みとしよう。
そう華恋が告げると部下達は嬉しそうに各々、休息に入り始めた。
「部長、よければ一緒に食べませーん?」
「ごめんなさいね。今日はお弁当じゃないのよ」
「あらら。外、行くんです?」
「ええ。近くに新しい定食屋さんが出来たの知ってる? 娘から聞いたんだけどそこのトンカツ定食が絶品らしいのよ」
「うぉぅ……お弁当の時も思ってましたけどガッツリですねえ」
「当然。何をするにも身体が資本なんだから」
るんるん気分で会社を出て、少し離れた商店街まで向かう華恋の足取りはとても軽やかだった。
麻美と同じく華恋もまた結構な健啖家なのだ。
「あらら、これは時間がかかりそうねえ」
件の定食屋は昼時ということもあって、かなり混んでいた。
ギリギリで並ばずに済んだようだが、注文が届くのは先だろう。
おしぼりで手を拭き、お冷で喉を潤すと華恋は手慰みにスマホを取り出した。
ニュースサイトでも見ようかと思って立ち上げると、
「あら? 愛子から……珍しいわね、こんな時間に」
アイコンが揺れていたので確認すると旧友の愛子からメールが届いていた。
かつて率いていたチームの副総長であり恋愛コンビとして信州に悪名を轟かせた相棒。
そんな彼女も今ではすっかり丸くなり専業主婦として家事に子育てに奮闘していた。
月一ぐらいで連絡は取り合っていたが大体は休みの日で、時間も夜が多かった。
平日の昼間にとは何かあったのか? 少し険しい顔で中身を検める。
「『華恋の息子って花咲笑顔くんで合ってるわよね?』……どういうことかしら」
気の置けない友人だ。当然、複雑な立場である笑顔のことも話している。
気風の良い女ゆえ、その生い立ちに偏見を持つこともなく何時だって自分達の親子関係を応援してくれていた。
とは言えあちらから話を振られるのは初めてのことで華恋は眉根を寄せる。
華恋はトークアプリを立ち上げ「そうだけどニコくんがどうしたの?」とメッセージを送った。
すると一分ほどで返事が返って来た。
《やっぱりそうよね。あんたんとこの可愛い息子くん、面白いことをやらかしてるみたいよ》
《面白いこと?》
そう聞き返すとどこかのサイトのURLとIDとPASSらしきものが書き込まれた。
《菅連が運営してるSNSなんだけどちょっとアクセスしてみ》
《……チーム専用のSNS……今はそんなのがあるのね》
菅連は古くから存在する組織で、華恋が現役の時も当然存在していたし認知もしていた。
とは言えSNSがあるなどとは思ってもみなかった。
時代の流れかと思いながらアクセスしてみると、
「何、これ?」
【東からの刺客】跡目戦争について語るスレPART29【参戦】
東から最強の中坊がやって来た4
【アンチ】白幽鬼姫様について語るスレ32【お断り】
【朗報】俺らのトップがきゃわわな男の娘になるぞ!!52
このようなスレがずらりと並んでいるではないか。
スレッドタイトルに個人名こそ出ていないが、散らばっている要素を集めてみれば……。
知ってる、すっごく心当たりがある。華恋は一旦、サイトを縮小化しアプリに戻る。
《ねえ愛子、これって……》
《考えてる通りよ》
《何が起きてるわけ?》
《詳しい経緯はあたしも知らないんだけど》
そう前置きし、愛子は事の次第を説明してくれた。
説明を終えた愛子は華恋にこう問いを投げた。
《で、ママとしてはどう?》
《鼻高々とはこのことね!!》
理解のあるママちゃんである華恋からすれば当然だった。
人の息子をいきなり標的にというのは確かに気に入らない。
気に入らないがそんな状況にも関わらず我が子は一歩も引かないどころか菅連全体を殴り返してみせたのだ。
元ヤンとして、母として、これほど誇らしいことはない。
《うちは女の子で、こういうのとは無縁だからあんたがちょっと羨ましいわ》
《ふふん》
《どやらないどやらない。にしても……華恋から話は聞いてたけど、半端ないわね笑顔くん》
《そりゃもう、私の息子だもの!》
華恋の目から見ても笑顔は破格だった。
あぁ、また何かあったんだなと思う度に“大きく”なっている。強さもそうだが人間的にも。
まだまだ危うい、不安なところも多々あるが良き友人や素晴らしき先達との関わりの中で落ち着いている。
このままいけばそれこそ全国制覇も視野に入れられるほどの漢になるはずだ。
まあ、当人は気ままにやれればそれで良いという感じなのでそうはならないだろうが。
《仮に笑顔くんが最後まで立っていたら菅連の歴史でも初の会長が生まれるわね》
《ええ。中学生で、しかも関東の人間》
《反発もあるだろうけど、ここまでお膳立てされて負けたのにグダグダ言うなら菅連は終わりでしょうよ》
笑顔が自分に有利なルールを追加したならまだ言い訳は出来る。
だが、これは面倒だから全員まとめてかかって来いと言っているようなもの。
これで笑顔が勝利すれば文句を言えば、逆にそいつの格が下がるだろう。
《決戦は明日の夜、か。出来れば見に行きたいわね》
何なら今からもう京都に行きたいぐらいだ。
だが悲しいかな。自分はお母さんなのだ。母親として社会人の責務を放り出すわけにはいかない。
《あぁ……もうちょっと猶予があれば有給申請出来たのに》
《そんな華恋に朗報。バトルロイヤルの様子、有料で配信するみたいよ》
《マジで!?》
《マジマジ。私は当然、もう課金したわ。あんたはどうするの? なんて決まってるか》
《課金しない理由がないわ。愛子、どこでやれんの!?》
《はいはい、URL貼ったげるから安心なさい》
URLが貼り付けられると華恋は即アクセスし、視聴権を購入した。
値段は三千円。大人からすれば何てことはない金額だが学生にはお高い額だ。
とは言え友人同士でお金を出し合って一緒に観るなども出来るし不当というほどではないだろう。
(ニコくん、遠い空の下から応援してるわね……!!)
元ヤンママのテンションはこの上なく高かった。




