バクチ・ダンサー⑩
1.三つ巴
「タカミナ、酒井、ボブ。他の連中の相手は頼んだよ」
「あいよ」
「まっかっせなサーイ!!」
「仙道んとこの連中はどないする?」
「一緒に潰しといて」
どの道、やり合う予定だったんだ。
後の話をスムーズにするためにもここでキッチリ勝っておこう。
ゴキゴキと首を鳴らしながらゆっくり歩き出す。
(思えば、こういうのは初めてだな)
強敵とのタイマンは幾度もやった。少数対多数の戦いも。
だがネームドクラスと三つ巴でやり合うなんてのは初めての経験だ。
「さあ、これで全員が射程圏内に入ったな」
俺、仙道、鳳が同時に立ち止まる。
身長の関係上、見上げる形になってしまうが……まあまあ、年齢的にはしゃーないわな。
「……!」
一番最初に仕掛けたのは仙道だった。
凄まじい風切音と共に繰り出された拳が向かう先は鳳。
「お腹、がら空きだよ」
仙道の無防備な腹に蹴りを入れる。
真っ当に考えるなら、俺も鳳を狙うべきなんだろう。
でも勘違いしちゃいけない。俺達は不良だ。正義の味方でも何でもないんだ。
「良いねえ、俺好みだ! ゴチャマンの基本をよーく分かってる!!」
俺の蹴りを受けよろめいた仙道を鳳は情け容赦なく蹴り付けた。
吹っ飛ぶ仙道……いや、わざとかあれは。しっかりガードしてたし距離を取るために跳んだんだろう。
「お前の好みは知ったこっちゃないけど、俺からすればどっちも倒すべき敵だもん」
攻撃を繰り出して隙が生まれた鳳の顔面に拳を放つ。
が、こちらの対処は早く腕を挟まれて拳を滑らされ体勢を崩す。
俺の頭部に肘を落とそうとする鳳と、復帰した仙道が迫るのが見えた。
(これは、しくったかな?)
仙道のタフさを読み違えた。
どっちか片方には対処出来そうだが一撃は確実に貰ってしまう。
手痛くはあるが、慢心に対する授業料ならばしょうがないと思っていたのだが……。
「ガッ!?」
仙道は脇目も振らず鳳の顔面を打ち抜いた。
結果、俺はどちらの攻撃も食らわず持ち直すことが出来た。
どっしりと構え、自分を睨み付ける仙道に鳳は傑作だと笑い始めた。
「ックク……なるほど、なるほどねえ」
「俺がどうしようが関係ないわけだ」
あくまで自分の筋を通すか。
最初に出会ったのは俺だが、そこに鳳も現れた。であれば仙道からすれば最優先は鳳の排除になるわけだ。
鳳を倒した後、どうするのかは分からないが……クッソ、しくった!
(最初に出会ったのが仙道だったらなぁ! 穏当に修学旅行を楽しめただろうに!!)
今からでも仙道と手を組めばいけなくもない。
だが、ここまで話を動かしておいて日和った方向に舵を切るとか無理だ。
そんなことをすればコツコツ積み重ねた俺という未来のライバルキャラの格が落ちる。デバフが山ほどつく。
不利益を被りながらも自分を貫くことを止めないキャラの前で妥協するとか典型的な踏み台キャラじゃん。
情けないキャラへは容赦なくデバフが降り掛かる。世界は賢しい者よりも蛮勇を振るう馬鹿を愛しているのだ。
「参ったね。不器用過ぎるよアンタ」
「でも、俺はこういう馬鹿は嫌いじゃないぜ」
「奇遇だね。俺もだよ」
大物っぽいトークを展開しつつ、仙道を見つめる。
「……」
マジで喋らねえなコイツ。
「よォ、花咲笑顔。多分、俺らは同じことを考えてるんじゃないか?」
「結論は同じでも理由は違うと思うけどね」
二人揃って仙道の下まで歩み寄る。最初の状態だ。
そして、
「「「ぐっ……!?」」」
俺の蹴りと拳がそれぞれ仙道と鳳に、仙道の拳が鳳に、鳳の肘と膝が俺と仙道に直撃した。
俺と鳳が辿り着いた結論。それは“的を絞らず二人を標的にする”だ。
これまではゴチャマンらしく俺も奴も弱ったところを突き崩していったが仙道のスタンスが判明したことでそれが出来なくなった。
このままでは一方的な展開で仙道が潰されてしまうのが目に見えているからな。鳳としては面白くない。
俺は愚直なまでに筋を貫こうとする仙道に敬意を払ってだ。
まあ、俺の場合は打算もあるけど。
(この局面で空気読まず仙道だけを狙い打ちにするとか小物臭いじゃん)
これでも完全に公平になるわけではないがな。鳳と仙道は常に二発食らってるわけだし。
ただまあ、そこはしょうがない。仙道が鳳のみを狙ってる以上、完全に公平なやり方は不可能だ。
そして鳳もそこは納得済みだ。でなければこのやり方を選ばんだろう。
大方、俺は中学生でガタイも自分達に劣ってるし丁度良いとでも思ってるんじゃないかな。
「オラァ!!」
「ッ!」
「……!」
またしても俺達は互いの攻撃でよろめいた。
そう、このやり方だと攻撃に全振りしなきゃならないので防御や回避にリソースを割けなくなるのだ。
結果、泥臭い殴り合い以外の選択肢が消失してしまう。
(しんどい……これ、マジでしんどい!!)
痛みは無視出来る。だが好んで痛い思いをしたいというわけではない。
何これ? 何の罰ゲーム? 修学旅行に来て何だってこんなことをせにゃならんのだ。
前世で俺が何をし……ああ! やった! 上司に暴力振るったわ俺ェ!!
こっちじゃ日常茶飯事だけどあっちじゃ普通に犯罪だもんな暴力! いやこっちでも犯罪は犯罪なんだけどさ!!
「「「……ッ」」」
ガクン、と同時に膝が笑う。
始まってからまだ五分ほどだが、防御も回避もなしにハイペースで全力の殴り合いしてんだから当然である。
体力ゲージがあるのなら俺達のそれは凄まじい勢いで減少していることだろう。
(俺もコイツらも、限界は近い……近いはずなのに、遠い……)
相手が先に根を上げるまで立ち続けなければいけない。拳を振るい続けねばならない。
終わりのないマラソンをしているかのような錯覚に陥りそうだ。
「うぶっ!?」
息を吸おうとしたところで肝臓を抉り打たれる。
二撃目が迫っている。俺は全身から放たれるレッドアラートを無視しアッパーを繰り出した。
「「「はぁ……はぁ……ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」
熾烈な我慢比べ。その結果は――――。
2.ほら、面白いことになった。
「おーっす、買って来たぞ」
牛丼の袋を片手に提げた誠一が病室に入って来た。
俺は待ってましたとばかりに簡易テーブルをセットし、今まで読んでいた漫画を片付けた。
「いやぁ、悪いな。病院の飯だけじゃ物足りなくてよ。味も薄いしな」
枕元に用意していた財布から牛丼代を手渡すと、誠一は深々と溜息を吐いた。
「そりゃ病院なんだからしょうがねえだろ」
「それ言うなら俺だって育ち盛りなんだからしょうがねえだろ」
ぶちぶち言いながらも買って来てくれるあたり誠一は実に良い奴だぜ。
や、拒否れば俺が病院を脱走するのが目に見えてたからだろうけどさ。
「それよりおい、どうだこの匂い?」
特別、牛丼が好きってわけではない。
腹減ってた時、近くに店があったら選択肢の一つに入るってぐらいだ。
だってのに今、病室に漂うこの匂いは……格別だ。この上なく食欲を刺激してきやがる。
飛びっきりエロい女が晋也くん来て? ってセクシーポーズ取ってるようなもんだ。
「っべえぞ。マジやべえ」
「はぁ」
溜息と共に誠一がベッド脇のパイプ椅子に腰を下ろす。
呆れてるようだがまるで気にならない。
「無限に食欲が沸いて来るわ」
特盛りに卵、豚汁つきはちょっと、やり過ぎたかな? って思ってたがこの分だとそれでも足りるか怪しい。
テーブルの上に牛丼と味噌汁を置き、割り箸を咥えて両手を合わせる。
「いただきます」
いざ、っと蓋を開けた正にその時だ。枕元に置いていたスマホが震え始めた。
「誠一」
「……はいはい」
よっこらせと立ち上がった誠一がスマホを取って、スピーカーモードに切り替えてくれる。
流石は相方。阿吽の呼吸……いやうめえ。牛丼うめえなマジで!?
「んぐ……はい、もしもしどなた様ー? ずずず」
はぁー、豚汁もうめえ。五臓六腑に染み渡……
《現在進行形でお前に迷惑かけられてる中学生だよ》
「ん!?」
軽くむせたが、何とか飲み込む。
いずれあちらから何かしらアクションがあるだろうとは思ってたが今日だったか。
《大丈夫? 何かごほごほ言ってるけど》
「いや平気だ。ちょっと豚汁が喉につまっただけさね」
《食事中? それならかけ直そうか?》
妙なとこでお行儀良いなコイツ。親御さんの教育の賜物か?
「いや良い。一応知ってると思うが名乗っておこう。高杉晋也だ。今日は俺に何用だい?」
《幾つかお願いを聞いてもらおうと思ってね。折角の修学旅行を台無しにされてるんだ。それぐらいは構わないだろ?》
「そうだな。内容にもよるが、なるたけ聞き届けよう」
誠一は口を挟まず、真剣な表情で俺達の会話に耳を傾けている。
実務を回してるのはコイツだからな。他人事というわけにはいくまい。
《まず一つ目。俺を正式に跡目候補の一人として認め、それを通告して欲しい》
「ほう?」
《何か問題でも?》
「いや何も。それぐらいの要求は当然だろう」
誠一はギョッとした顔をしてるな。
コイツは終わった後、何らかの形で迷惑をかけた侘びをするつもりだったんだろう。
「俺はお前さんを的にかけて、跡目候補の奴らはそれを受け入れた」
各々思惑はあれど京都入りした時点で承諾したと受け取られても当然だろう。
元々京都に住んでる奴も何人か居るが、そいつらからも辞退の申し出はなかったしな。
「こっちには菅連の跡目って景品があるのに、そっちは何もなしじゃ不公平だろう?」
《良いの? 俺、関東の人間だけど》
「構いやしねえ。既に四つ、駒は手に入れてるんだろ? なら資格は十分だ」
老け顔、酒井、ボブ、んで……あー、誰だったか名前忘れたが掲示板に晒された奴。
まあ酒井に関しては多分、アイツが譲ったんだろうから省くとしてもそれでも三つだ。
「跡目候補を三人も潰してんだ。文句なしの有資格者だよ。
東の人間にとごねる奴も出るだろうが、嫌ならお前さんを倒せば良いだけの話」
勝てなかったら? 大人しく従えば良い。
この世界、意地を通せない方が悪いのだから。
俺がそう言ってやると、
《話が分かる人で何よりだよ。まあ巻き込んだのお前だけどな》
「はっはっは」
《ああでも一つ訂正。駒は酒井の分を除いても“五つ”だよ》
「五つ?」
まだ情報は入っていない。
となれば本当についさっき、って感じか?
《仙道鈴と鳳蘭から奪い取った》
「へえ!」
誠一は驚愕に目をかっ開いているが俺に驚きはない。
あの底知れない少年ならばそれぐらいはやってのけるだろう。だからこそ跡目戦争の舞台に引きずり込んだわけだしな。
そしてこの口ぶりからして意図的に仙道らを狙ったな?
《彼らは酒井、ボブと同じく俺の下についた》
「ほう?」
仙道はともかく鳳がか?
負けても誰かの下につくような男じゃないが……いやそれ以前に花咲がおかしいな。
直接の面識こそないがその人柄については大体、把握している。
積極的に部下を増やそうなんて人間ではない。勝手に集まって来るならまだしも誰かを下につけるなんて不自然だ。
何か事情がありそうだな。そしてそこがこの話の肝と見た。
「で、他には何を?」
《通告と場所の確保》
「ふむ?」
《四十人も旅行を邪魔するアホが居るんだ。一人一人潰していくのは俺としても手間でね》
自分が負けるなどとは微塵も思っていないな。
傲慢と取れなくもないが既にトップ3を降しているのだからこれぐらいは当然だろう。
《だから一箇所に集まって潰し合おう。最後まで立っていた奴が菅原會の次期会長だ》
「バトルロイヤルか」
《ああ。既に資格を奪われて敗退した人間も含めたな。参加してくれるのなら仲間はどれだけ集めたって構わない》
「参加しないなら?」
《潰しに行く。俺と俺の下についた奴らと一緒にね。返答の期限は今日中》
なるほど、そのために花咲は優勝候補のトップ3を狙いに行ったのか。
鳳が下についた理由も理解した。ド派手な潰し合いをするために力を貸せと言われたんだろう。
既に実力は示したのだ。断る理由はどこにもない。
《バトルロイヤルの開催日程は……準備もあるし二日後の午前零時ぐらいで良いか》
「その通告と受付、祭りの会場の確保をやれば良いわけだ」
《うん。頼まれてくれる?》
「ああ、それぐらいならお安い御用さ」
《そう。じゃ、よろしく》
電話が切れた。
「……晋也」
「まあそういうこった。手配を頼むわ」
十中八九、まだ何かある。俺の予想が当たっているのなら……。




